第758話 魔王軍撤退戦②
【魔王軍撤退まで残り2分30秒】
『魔力の補充、……規定値まで40%、41%、42%。転送者の座標の補足を開始します……。転送開始完了まで残り150秒』
「おおっと、この座標も追加するじゃったな……。何故こんな場所を、誰もおらんぞ……。対象者と座標を固定してと」
時空神の神域の2階層では機械的なメッセージが流れている。
全長10メートルに達した魔神王ビルディガの右前足にある大鎌を1つ叩き切ったアレンが、追撃すべきとさらに迫る。
魔王軍が既に撤退を開始しており、あまり時間がないことを知るアレンは、速やかに障害となるビルディガを一気に切りかかる。
アレンたちには大精霊神イースレイを含め圧倒的なバフがかかり、魔神王ビルディガの陣営は崩壊寸前だ。
「霊斬剣!!」
『ふん、無駄なあがきだ。全ては無駄な徒労に終わる。いまこそ理を元に正す時だ!!』
強固でメタリックな外骨格で覆われた左前足の大鎌を振り上げ、グラハンの特技「
霊斬剣」は切り落とすほどの威力はなかったようだ。
ビルディガの耐久力の倍に達する90万を超える知力を込めたが、物理耐性〈極〉に阻まれ、アレンの剣が深くめり込み、大きく亀裂が入るにとどまった。
(なんだか強い信念を感じるな。命懸けなのはお互い一緒ってわけか! だが、お前の正義のために俺たちは犠牲になるわけには行かないぞ!!)
正義のぶつかりを感じるが、アレンは自らの決断を優先する。
「疾風迅雷だ!!」
アレンは背後を見ることなくフォルマールに指示を出す。
「分かっている! 疾風迅雷!!」
ドンッ
『がは!?』
アレンの横顔をかすめながらフォルマールはクールタイムがリセットされたおかげで再度、発動可能になった神技「疾風迅雷」を発動する。
大きくひび割れた大鎌を上手く破壊できるよう、針の穴を通すような狂いない狙いでもう1本も破壊した。
(おい、耳をかすったぞ! フォルマール!!)
「アレン様、魔神たちも一掃しましたわ!!」
ソフィーが残りはビルディガとその背後の2階層の間の割れ目にいるギイだけだと叫ぶ。
「うらああああああああ! 毒沼津波!!」
ルークは頭に乗る毒沼の大精霊ムートンにスキル「毒沼津波」を発動するように指示を出す。
既にスキル「呪詛禁刃」によって1体の骸骨がもたれ掛るビルディガはデバフ耐性が下がっていた。
(お、ビルディガの物理耐性が「極」から「強」に下がった。もう時間の問題か)
『ぐぬ!!』
ルークのデバフ攻撃によって全身に強力な酸を浴びてメタリックな全身の外骨格に煙を上がり、物理耐性が下がる。
魔神たちを一掃したソフィーの大精霊たちも含めて仲間たちが一斉攻撃を浴びせる。
ルークはさらにデバフをかけ、フォルマールはアレンたちの攻撃によって弱くなった外骨格を狙い、ソフィーは大精霊たちに魔力と霊力を注ぎ込みビルディガにけしかける。
「よし! 一気に畳みかけるぞ! 霊斬剣!!」
ズバッ
仲間たちの中で最も威力の高い攻撃手段を持つアレンが、ビルディガの腹部を剣で切り裂いた。
これまで金属に当たるような高い音を響かせていたが、アレンの攻撃を耐えるほどの耐久力はなかった。
【魔王軍撤退まで残り1分30秒】
全身の外骨格が破壊され、割れ目から紫の血を吹き出すビルディガは、両足にも大いにダメージを負っているのだが倒れない。
回復役の魔神王マーラもおらず、魔神や上位魔神たちは一掃された。
両手の武器となる大鎌は2つとも破壊され、強固な耐久力のある外骨格でも、時間を稼げそうにない。
あと30秒もかけずに倒せるとアレンたちもビルディガも同様に考えが巡った時だ。
『……ギイよ。吾輩を化身にせよ!!』
血を吐きながらビルディガが決死の覚悟でギイに化身になるよう怪光線を飛ばすよう指示する。
『ギイ!?』
ギイが驚きのあまり目玉だけの化け物だが、器用にのけ反って驚いて見せる。
ビルディガの叫びとも取れる指示は下の階層のシノロムにも聞こえたようだ。
「ば、馬鹿な! 説明したじゃろ!! あれは一時的に力を増すためのもの! 二度と戻れぬ自我を失った魔獣に成り下がるのじゃぞ!!」
(ん? 化身になっても勝てば魔王軍幹部に取り立てるとかマーラが言っていなかったか?)
『構わん。そして、シノロム長官よ。撤退に集中せよ!!』
『ぎ、ギイイ……』
さすがのギイにも六大魔天であり魔王軍最高幹部のビルディガを化身にするのはためらう様だ。
自らの命よりも作戦遂行を優先するようだ。
『早くせよ!! 吾輩の命が尽きる前に!!』
「そんなことさせるか! ソウルセイバアアアアアアアア!!」
アレンはグラハンの特技「ソウルセイバー」を使い、これ以上の戦いにもつれないように畳みかけた。
人のいうところの肩の部分から、アレンの剣がルークのデバフによって、すいすいと切り裂かれていく。
ビルディガの真っ青に光る複眼が光を失い、とうとう両の後ろ足が力を失いゆっくりと粉砕された足場の床石に全身が倒れ込もうとした。
ギイの怪光線がビルディガの全身に降り注ぎ、あと数センチメートルで地面につきかけたところで両足がぴたりと止まった。
カッ
『ぎゅっりりああぱあああっ! わ、吾輩……!? 吾輩の!!』
「ぐは!!」
機械が再起動するかのように目を真っ赤に光らせたビルディガは、肩から大きく割かれ心臓近くまで達した剣を、追撃のために引く抜こうとしたアレンを胴体で体当たりして吹き飛ばす。
「アレン様!?」
「おい、大丈夫かよ!!」
「俺の心配はいい! 化身になりやがった。みんな気をつけろ!!」
時間がない中、メキメキと外骨格の下から血肉が膨れ上がり強大になっていくビルディガに対峙する。
切り落とされ、弓矢で爆散した両方の前足から触手のように伸びた血肉が大鎌と結合し、こちらに迫ろうとする。
ビルディガが再度攻撃体勢に入る前に、間髪入れずに時空神デスペラードが前にでる。
『私が引き止めましょう!! む!! 空間固定!!』
ピキピキッ
ガラスのような多面構造の中に全長15メートルを超え、さらに膨張しようとするビルディガを封じ込める。
(体力が全回復しやがった。こいつを倒して、システムを奪うなんてできるのか)
『ぐらひゃおう!?』
ビルディガは既に思考まで汚染されてしまったのか、何故体を動かせず、困惑しながらも結界となった多面構造の中で暴れる。
『今です。時空管理システムを止めてください!!』
時空神が参戦し、アレンの決断を後押しする。
アレンたちと時空神の目的は魔王軍を神界から逃がさず全て倒し、時空管理システムを取り返すことだ。
時空管理システムさえ奪えば、魔王軍は神界から出られなくなるので、目の前で多面構造の結界に閉じ込められたビルディガのように後で始末すればよい。
アレンたちは閉じ込められたビルディガを後目に、2階層へ続く割れ目を目指し駆け抜ける。
【魔王軍撤退まで残り1分00秒】
『ギイイ!? ギイイイイイ!!』
穴を塞ぐように全身から触手を伸ばす巨大な目玉の最終魔造兵器ギイが下の階層へ通じる道を塞ぐ。
(時空神に頼んで下の階層へ飛ばしてもらうか……)
アレンは、態々、道を閉ざしたギイを倒すよりも、この目玉だけなら仲間たちに任せるという選択もあるのか思考が巡る。
バキバキ
ガシャンッ
『こ、答えを!? 吾輩の答えも!!』
『馬鹿な!?』
だが、時空神の神力を込めた結界を力づくで溢れるように出てくる。
力を籠めすぎて溢れた血肉により自らの外骨格を粉砕し、内臓をまき散らしながらもビルディガは化身になる前からの使命である「時間を稼ぐ」ためだけに、命を捨てて突っ込んでくる。
「構いません! 私たちだけで!! ジゲン様、足止め願います!!」
「任せとけ!! カカ、燃やし尽くせ!!」
覚悟を決め、化身となったビルディガに立ち向かうのは、仲間や精霊たちも同じだった。
『必ず引き止めます故、システムの奪還お願いします!!』
全身の神力を漲らせ、時空神はビルディガと対峙する。
ソフィーたちと一緒に時空神も化身となって襲い掛かるビルディガに迫る。
ソフィーの空間の大精霊ジゲンと時空神の2重の結界で封じ込めるが、時空神の神力が十分に込められておらず、ビルディガは無理やりガラス状の結界からはみ出てくる。
火の大精霊カカが火の玉となって襲い掛かる。
(急げ。もう30秒もないぞ!!)
【魔王軍撤退まで残り30秒】
アレンは仲間たちにこの場を任せ、時空神がビルディガとの戦いに集中するならと、割れ目から2階層へ目指す選択をする。
『ギイイ!!』
アレンが剣を振り上げると触手を広げたギイが壁となろうとする。
ソフィーとルークがビルディガとの戦いを選択する中、スキル「真強引」を発動し、威力を上げていたフォルマールがアレンに加勢する。
2人と時空神の力があれば、ビルディガは足止めが可能と瞬時に判断し、自らが何を優先すべきかチームで一番冷静なフォルマールが手助けしてくれる。
「神覇流星矢!!」
修行でスキルレベルが8になった神技「神覇流星矢」はスキルレベルの5倍の40本の矢となってギイに襲い掛かる。
振り上げた触手を爆散させ引きちぎり、目玉に十数本の矢を突き立てる。
『ギイ!?』
紫の血を吹き出したギイが仰け反り絶叫しているところ、追撃すべきとアレンが跳躍して迫る。
「うおおおおお!! 霊呪爆炎撃!!」
剣の周囲を火で象った髑髏たちを宿した斬剣が10メートル近いギイの目玉を一刀両断した。
「こっちは構わん!! 真・金弓箭!!」
フォルマールは狙いをビルディガに変え、ソフィーたちの戦いに参加する中、アレンに下へ降りろと叫ぶ。
「皆も無茶をするなよ!!」
仲間たちを背にしながら、アレンは声をかけて割れ目へ向かう。
切り裂かれ2体に分かれたギイはそのまま割れ目の隙間から落ちてしまう。
アレンは、追い越さんとクワトロの特技「飛翔羽」によって一気に加速する。
(いたぞ!! すぐ下だ! あれが時空管理システムなのか。キューブ状の物体だ)
何か大きな魔導具を1人の魔族がタッチパネルで操作していた。
その前の台座の上で、両手で掴めるほどのソフトボールほどのキューブ状の物体が浮いている。
何やら魔界から持ってきた禍々しい道具がいくつか手元や足元に配備されており、時空の管理するシステムを干渉しているようだ。
白衣を着たヨボヨボの爺さんは、プロスティア帝国の帝都パトランタでも見たシノロムだ。
割れ目の上空目掛けて、先程から声を張り上げていた。
(これが転移装置か。なんだか準備完了感が凄いぞ!!)
時空管理システムの周囲で、本体全体を神学文字が円状に何重に覆う。
時空管理システムが点滅しながらアレンにも聞こえる声で音声を響かせる。
『魔力の補充100%で完了しました。転送者の生体反応確認。座標を補足しました。いつでも転送できます。起動スイッチを押してください』
「これで調整はすべて終わりじゃな。って、お前は!?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
全ての作業が終わり、タッチパネルを押して魔王軍が撤退しそうなところ、アレンが斬撃がシノロムに迫る。
ボタンを押させまいと今にもアレンの斬撃が、よぼよぼの爺さんの首元に迫ろうとしたところ、背後から何かが伸びてきた。
ビュンッ
「ぐ!? ま、まだやられていなかったのか!!」
『ギ、ギイイ……』
シノロムに迫るギイが自然落下しながら意識が朦朧としながらも触手を伸ばしアレンを捉えたようだ。
「させるかああああああああ!!」
アレンは絡んできたギイの触手を容易に切り裂く。
「よくやったのじゃ! 時空管理システム発動なのじゃ!!」
シノロムはギイが命懸けで時間を稼いだことを知り安堵の表情を浮かべた。
逆に、アレンは触手に捕らえられたまま、それでも鬼気迫る表情で時空管理システムを今にも発動させようとするシノロムを迫るのであった。
コミック11巻よろしくお願いします。