第746話 神界闘技場強襲④※他者視点
魔神王キュベルは魔神レーゼルも使用した魔法「ダークネスソウル」を発動させた。
守備の陣形が魔王軍の攻めによって壊れ、十分な数の天使を削り倒し、そこから一気に攻めきる作戦のようだ。
キュベルの魔力を吸い、全長100メートル近い球状の魔法弾を見て、天使たちの誰もが絶句する。
3割近い天使が殺されてしまい、守備の陣形が崩壊しかけた現状で防ぎ切れそうにない。
『く、くそ!! 終わりだ!!』
口々に天使たちは絶望を口にする。
神界闘技場は300キロメートルもあり、一番近い武具神の道場まで片道100キロメートル近くある。
ステータスが何万もあっても、これから助けに向かってもまだまだ時間がかかりそうだ。
キュベルたちもそれが分かってか、早めに剣神の道場で修業する天使たちを一掃することを選択したと思われる。
「させない!!」
大剣をもってキュベルに迫る。
『いい加減諦めろ!』
「へば!?」
総司令オルドーが大剣を振るい、キュベルの魔法を止めようとするクレナを難なく切り飛ばす。
片腕で魔力を込め漆黒の玉を掲げるキュベルは仮面の下でニヤニヤと笑みを零す。
『名残惜しいけど、じゃあね~。ん?』
ドン!!
今まさにキュベルが放つ渾身の「ダークネスソウル」が天使目掛けて解き放たれようとした瞬間だ。
音速を超え、破裂音を鳴らし、空気を吹き飛ばす何かが近付いてくる。
向かってきたのは1本の矢であった。
空から一本の矢が、剣神の武道場目掛けて凄い勢いで向かってくる。
オルドーの破壊した天井を通り抜け、ダークネスソウルの漆黒の魔法弾の中央に当たると、そのまま無理やり突き進んでいく。
『へ? え? ぐは!? ぼ、僕の手が!!』
矢の一撃によって中央からドーナツ状に大きな穴の開いたダークネスソウルは球形に維持することが難しくなり四散し始めた。
矢は勢いそのままにキュベルの手首に当たるとそのまま一気に貫通し、手首から拳が吹き飛ばされてしまう。
手を落とした矢は、恐ろしいほどまでに神力が込められており、まるでホーミング機能があるのか、軌道を変え総司令オルドー目掛けて、さらに加速し迫っていく。
『オルドー総司令、お避けくださ……。がは!!』
魔神の1体が心配で声を上げるが、最後まで言い切れなかった。
矢がオルドーへ直進する先にいた魔神の頭を貫通し、爆散させても勢いは止まらない。
さらに、神力が込められた矢が通過したことによって、球状を保てなくなった「ダークネスソウル」は自壊するように弾ける。
衝撃波が魔神や上位魔神たちに襲い掛かり陣形を維持できず、吹き飛ばされてしまう。
衝撃波を切り裂くような矢がオルドーの心臓をもう少しで貫くというところで、オルドーは片手で握りしめた。
『ふん、これは弓神コロネの矢か。大したものだな。遠距離攻撃できる神へ優先して救援を求めたというわけか。小賢しい! 貴様らも魔神になったのだ! さっさと立ち上がらぬか!!』
どうやら、遠距離攻撃を得意とする弓神の道場に向かったルプトの話を聞いた弓神コロネは、剣神の道場まで100キロメートル以上離れたその場で、神力を込めた矢を放ち、攻撃のサポートをしてくれたようだ。
腹立たしいと矢をバキっと音を立て粉砕し、魔神たちに檄を入れる。
破壊された「ダークネスソウル」の衝撃波を浴びたくらいで倒れるなと言われ、魔神たちが、戦闘再開と言わんばかりに天使たちを睨みつけた。
もう少しで剣神の下で修業する天使たちを一掃できるとしていたところで、邪魔が入り、陣形を立て直し、再度攻撃しようと動き始めようとした。
ドンッ
だが、さらなる追撃が魔神たちに迫る。
上位魔神や魔神の陣形の背後の道場の壁が轟音と共に破壊され、1本の槍がまっすぐ中に入っていく。
『プギャア!?』
『ヘグアァ!?』
『ギャババ!?』
上位魔神と魔神合わせ3体の頭部をやすやすと貫通した1本の槍がオルドーに迫る。
「やあああ!!」
2度目の、オルドーに対する神々の攻撃とあってクレナが反応することができた。
神器アスカロンを掲げたままオルドーへ向かっていく。
オルドーは大剣を片手で扱い、向かってくるクレナを弾き飛ばすことができたが、そのため、躱すことも受け止めることもできない。
大剣を持たない方の腕で飛んできた槍を受け止めたが、メリメリと刺さっていき貫通し、さらにオルドーの心臓目掛けて、なかなか勢いが止まらない。
『ちょこざいな! むぐおおおお!! こ、これは槍神ガイダルクの槍!!』
貫通したが腕に力を込め、刺さった槍神ガイダルクの槍はようやく勢いが止まった。
自らに手傷を負わせた槍を投げ捨てて怒りを露わにしている。
『まったく頭が回るもんだね。脳筋のケルビン君じゃ気付かないようだろうし、ルプト君の作戦かな』
武具8神のうち、遠距離攻撃に秀でた弓と槍を優先して協力を求めたことにキュベルが感心する。
そのキュベルは、上位魔神の1体に回復魔法をかけてもらい、吹き飛んだ手首をミチミチとまるでなかったかのように再生させていく。
怪我をおったオルドーについても、瞬く間に回復魔法をかけられる。
『さて、仕切り直しというわけだな。お前たち武具神がやってくるぞ! 速やかに……』
総司令オルドーが改めて、上位魔神、魔神たちに指揮しようとするが、無数の風を切る音が聞こえる。
道場内に入って来る物ですぐに誰が投げたのか分かったようだ。
『む!! 今度はブーメラン!? 投擲神カイリか!!』
道場に出来た穴を縫うように巨大なブーメランが建物内に侵入し、魔神たちを薙ぎ払う。
その後は、それぞれの道場で修業する天使たちの攻撃が届き始めた。
『槍や矢もだ!? 皆、守りを固めよ!!』
オルドーたちが破壊した道場の天井から無数の矢が降り注ぎ、その下にいる魔神たちの陣形を襲う。
矢に紛れて、槍も降り注ぐ。
『ふ~ん。槍神と弓神で修業する天使たちも加勢しているのかな~。無駄なことなのに』
キンキン
天使の矢や槍ではダメージを与えられないのか、穴の開いた天井付近にいる魔神王キュベルは涼しい顔で避けようともせず、キンキン音を立てて弾かれていく。
中には師範代や師範級の矢や槍があるのか魔神では無傷ではいられない。
バフが効いた上位魔神にもダメージが通っておらず、主にダメージを受けているのは魔神たちのみのようだ。
加勢が始まったことに3割近い被害を受けた天使たちは緊張感のある表情を僅かに緩ませたが、まだまだ脅威が終わったわけではない。
引き締めた表情に戻し、陣形を固め、魔王軍との戦いに備える。
吹き飛ばされた先のクレナも神器アスカロンを握りしめ、オルドーとキュベルに刃を向けた。
矢、槍、ブーメランが降り注ぐ中、改めてお互い睨み合い、戦いが再開しようとしたとこで待望の声が道場に響く。
『お~盛り上がってんじゃねえか!』
剣神セスタヴィヌスが剣を片手で担ぎ、悠然とヘルミオスたちもやってきた、剣神専用の道場側の扉から入ってきた。
「ごめん、待たせたね」
『ギャウ!!』
「なんだ、この状況だ。お前ら気合入れろよ!!」
「勇者さん!! ハクも皆!!」
「おいおい、地獄かよ……」
「そのようだな、レペよ。気合いを入れるのだ」
勇者ヘルミオスとそのパーティー「セイクリッド」、アレンたちのパーティー「廃ゲーマー」、ガララ提督のパーティー「スティンガー」、ゼウと十英獣たち、竜王マティルドーラが姿を現す。
クレナたちが必死に時間を稼ぎ、救援を待ち続けたが、弓神、槍神とその天使たちだけではなく、武神オフォーリアの下で修業に励む勇者ヘルミオスと協力する仲間たちが剣神と共にやってきた。
矢や槍の加勢でも堅かったクレナの表情が希望を見出し、ようやく明るくなる。
『剣神が出てきたか……』
30人ほどの仲間たちが出てきたが、オルドーが驚異に感じているのは剣神だったようだ。
『そうだぜ。ん? ムライがいねえじゃねえか。……って、ひでえ状況だな』
陣形を組んだ天使たちの集団に、ムライ師範代の姿がないことに剣神は気付いた。
「ムライさんはあのでっかいのに……」
クレナが状況を報告しようとしたが、剣神は手の平で制止、最後まで言わせない。
『剣の道の途中だったのによ。随分なことをしてくれたな。お前ら全員生きて帰れると思うなよ』
武具8神のまとめ役にして、闘神3姉妹の末妹の剣神セスタヴェヌスの全身を殺気の籠った神力が覆っていく。
誰よりも怒り狂っていることに天使たちも魔神たちも士気高かった顔が恐怖に染まる。
剣神が肩に担いだ剣を握りしめ、向かって来ようとしたとき、ヘルミオスが1人、総司令オルドーの下へ向かう。
まるで古くからの知り合いの下へと向かうような自然な足取りだ。
「魔神オルドー……。やっぱり生きていたのか。ラムチャッカ海峡で倒したものだと思っていたよ」
『うん? 誰だお前は?』
総司令オルドーはヘルミオスのことを知らないようだ。
「これで3度目になるのに僕のことを忘れちゃったのかな」
『3度? 我に3度もあった人族などおったかな』
ヘルミオスとオルドーは知り合っているようだ。
何の話だと聞こうとしたクレナは声を掛けることができない。
今まで爽やかに笑みを零す表情とは違い、ヘルミオスの表情は憎悪に染まっていた。
ただならぬ状況に、キールはあることに気付く。
この状況なら魔神たちも含めて攻撃が止まっておりバフをかけ放題だ。
「おい、今の内に補助魔法を!!」
「ええ分かった。人魚姫!!」
ロザリナがバフをかけ始め、他の仲間たちもバフを掛け合い、さらに天使たちにかけてあげ、天使からもバフも貰っていく。
お互いの間合いに入ったヘルミオスを見て、オルドーは何かに気付いたようだ。
『……ああ、あの時、要塞を守っていた勇者か。ガキが随分大きくなったな。あの時はすまなかったな。キュベルから獣人どもの国に関わるから負けてくれと言われておったのだ』
負けたフリをしていたと総司令オルドーはキュベルに意見を求める。
『は~い! ヘルミオス君お久しぶり~。そうなんだよ。残念だったね~。友達の名前はなんだっけ。僕は最後まで様子を見ていたけど、えっと、たしか、ガッツンとか呼んでいたよね』
キュベルの言葉にヘルミオスは逆に怒りに満ちた表情がゆっくりと笑みを零していく。
だが、全ての怒りを内心に封じて成すべきことに気付いたようだ。
「良かった。魚人の時は僕のこと気付いていなかったようだね。まさか殺したと思っていたお前が総司令だったとは聞いて驚いたよ。キュベルもこの場にいる。武神様の下で修業を積んだんだ。是非、君たちに僕の新たな力を味わってほしい」
ヘルミオスはオルドーとプロスティア帝国の帝都パトランタでも会っているのだが、魚人であったり、魔王が出現して話しかけれる状況ではなかった。
だが、勇者ヘルミオスは勇者軍を結成し、アレンたちと共闘するためS級ダンジョンで行動を共にする中、魔王軍の幹部の情報をメルスから聞いていた。
魔王軍の状況を共有するとき、たしかに、火の神フレイヤの神器を奪う際、最前列で指揮を取っていたのが総司令オルドーだ。
ヘルミオスにはメルスの話を聞いていた時、怒気とも殺意とも思えるものが沸き立つ思いをアレンの仲間たちは見ていた。
『それでどうするのだ? あまり詰まらぬものなら我は今忙しいのでな。作戦の最中なのでな』
魔王軍は作戦進行中でヘルミオスに相手をしている暇はないとオルドーは吐き捨てるのであった。
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