第744話 神界闘技場強襲②※他者視点
第一天使ルプトの要請を受け、剣神セスタヴィヌスとその門徒の第一天使ケルビンたちが魔王軍の神界への襲来に備え始めた。
しかし、対応が終わらない状況で、魔王軍が剣神の道場に強襲した。
『まさか、この剣神の道場を襲ってくるなんて、何を考えているのだ……』
師範代で大天使ムライが絶句して声を漏らす。
クレナと共に道場で訓練中の天使たちに戦闘態勢に入るよう指揮していると、天井が崩落してくる。
あまりの衝撃に天使たちも同じように困惑の言葉を口々に言う。
255柱いると言われる神々の中でも、神界闘技場は最もと言っても良いほどの戦力を誇る。
神界闘技場には上位神である剣神を筆頭に7柱の武具での戦いに長けた神々がいる。
修行の身で戦闘訓練中の天使も全部合わせて1万体ほどいる。
魔王軍が何故神界にやってきたのか分からないが、少なくとも神界闘技場を攻めることはないと考えて疑うことはなかった。
だが、そんな理由を考えるよりも前にやるべきことがある。
道場で天井が崩落し、割れた隙間から魔王軍が姿を現してから何秒も経たない。
『うあああ、脚が……』
『げ、げふ。助けてくれ……』
この道場には1000体ほどの天使が訓練を受けていた。
天使たちの中には崩落で足が巨大な瓦礫に巻き込まれた者たちも多かった。
剣神流師範代ムライは、すぐに今の状況を理解し、指揮を取り始める。
『けが人を救助せよ!! 模擬用の剣を捨て、戦闘態勢を急げ!!』
『は!! 瓦礫から自力で出れないものは声を上げよ!!』
天使たちがすぐに行動を開始した
兄弟子の天使たちがムライの指揮に答えるように返事をし、数名の天使たちで瓦礫を撤去して救出する。
『ぬおおおお! こんな瓦礫ぐらいで!!』
中には自力で瓦礫の下から数百キログラムにもなる瓦礫を持ち上げ這い出てくる天使もいる。
天使とは、神界人が霊石や霊晶石を与えられ、生まれてきた者たちだ。
何万年も生き、武術のスキル、攻撃魔法、回復魔法も習得可能だ。
神ではないが、天使のランクに関わらず、神に最も近い存在だと人々から崇められる存在だ。
第一天使クラスになると上位魔神ほどの力を得るが、ただの天使であってもステータスが1万を超える。
まだ修行中の身であっても、重たい瓦礫を持ち上げ、自らの力で出てくるなど造作もない。
『おやおや、剣神ちゃんはいないね? せっかく遊びにきたのに~』
緊張感の漂う現場の中で、キュベルが額に水平に手を当て、ふざけた口調で辺りを見渡し始めた。
背後には700体の上位魔神や魔神を控えており、全身に魔力がめぐり体表で弾ける状況に、バフを受けていることが師範代ムライはすぐに分かった。
1体1体が天使よりも力があることはすぐに理解したムライがすべきことはたった1つだ。
『何をふざけたことを!! 何をしにやって来た!!』
最前列にいる魔神王オルドーとキュベルに対して大きな声で吠えた。
先ほどの一撃で傷ついた天使も多い中、その横でクレナが真っ白になる。
だが、慌てて腰に下げる魔導袋から天の恵みを使用し、けが人の手当てを済ませると剣を握りしめ、キュベルを睨みつけ口を開く。
「そうだ! こんなことをして!!」
戦いに優れた感性を持つクレナはアレンほど知略や戦略が得意ではない。
神器アスカロンを引き抜き、側で敵意を向きだしにするクレナに対して、ムライは一瞬、眉間に皺を寄せる。
今なすべきは、時間を稼ぐことだ。
第一天使ルプトとケルビンは剣神に仕える武具神への協力を依頼している。
剣神は武神へ報告に行っている。
突如として一方的な攻撃を受けた天使たちは、修練用の武器しか持っておらず臨戦態勢がとれていない。
少しでも時間を稼がねばならないのだが、クレナの好戦的な態度のせいで、魔神たちも勢いづいており、今にも戦いが始まりそうだ。
『おやおや、クレナ君もいるね。他のみんなはどうしているのかな~』
「お前なんかには教えてあげない! こんなことをして、何をしに来た!!」
猛るように大声で吠えるが、その横でムライも同じくキュベルに問う。
『そうだ。貴様ら、どんな了見で、このような狼藉を働くのか!!』
ムライも会話を広げて目的を聞きつつ、時間を稼ぎたい。
『それはもちろん、剣神ちゃんやケルビンちゃんと遊びにきたんだけど、おやや、この場にいないってことは怯えて隠れているのかな~』
「誰が! 剣神様はお前ら何かに隠れたりしないよ!!」
終始ふざけた態度のキュベルに魔王軍の目的は未だに分からないが、このまま少しでも多くの時間を稼ぎたい。
この場にいる天使たちは間もなく戦闘態勢に入ろうとしている。
だが、明らかに戦力は魔王軍の方が上だ。
万を超えるステータスを誇るルプトやケルビンが凄い勢いで片道で最大300キロメートルにもなる神界闘技場を飛び回っても、応援がやってくるまで時間がかかる。
キュベルが殺意むき出しのクレナと挑発を繰り返すムライに答えていたが、すぐにオルドーが我慢の限界を迎える。
先ほどからキュベルの会話を聞いていたが眉間に皺を寄せて吠える。
『何をごちゃごちゃ言っている! このまま敵の戦力が揃うまで待つつもりか!! 剣神が出てこないならそれでも構わぬ。この場にいる天使どもを皆殺しにするまで!! お前たち! シノロム長官の研究の成果を見せてみよ!! さすれば大魔王様からさらなる報酬が貰えるぞ!!』
『ウオオオオオオオオオオ!!』
『キュベルも良いな!!』
『あ~はいはい。も~熱いな~』
総司令オルドーが魔神たちを鼓舞し、キュベルに真面目に働くようけん制する。
さらに自らも漆黒に闇が漏れる大剣を背から引き抜き自ら先頭に立って突撃してくるようだ。
『いかん、くるぞ!!』
前方の瓦礫から天使たちは既におらず、ムライは背後に向けて声を変えた。
『き、きた!?』
まだ準備が整っていない天使たちのおよび腰の声がする。
総司令オルドーは魔力を大剣に込め距離を詰めてくる。
このままでは危ない修行中の天使たちに1つの決断をする。
ムライの全身に霊力が溢れ、アダマンタイトの剣も包み込んでいく。
『はぁ!! 剣神流奥義!! 昇破一閃!!』
ムライは腹の底の丹田に力を込め、ダンッという音を立て、床を蹴り上げたところで、オルドーの心臓目掛けて剣を振り上げた。
スキル「瞑想」を発動させ、霊力を満たしたムライは、剣神流を修練して体得できる「技」「奥義」「秘奥義」のうち、自らが発動できる最強技「奥義」を発動した。
【剣神流のランクと威力の説明】
・剣神流とは、自ら持つ霊力、魔力を体内に練り合わせ、肉体と剣に纏うことで威力、スキルの命中率を上昇する
師範以上の剣神流の使い手は、因果律を修正するほどの強力な命中補正がある
・技:通常のスキルの威力が増す。
スキルの場合は、威力は将級エクストラスキル
元エクストラスキルの場合は将⇒王⇒帝と元のスキルの威力から1段階スキル上昇
神技発動時も剣技の場合は威力上昇
・奥義:専用のスキルを使う。威力は帝級エクストラスキル同等
・秘奥義:専用のスキルを使う。威力は神技以上
※神技に剣神流「技」を掛け合わせるより剣神流「秘奥義」の方が威力がある
天井と床板の中央でオルドーと切り合う。
吸い込まれるように心臓から喉音にかけて斬撃を浴びせるムライの奥義「昇破一閃」のアダマンタイトの剣先が向かう。
アレンの剣同様に大剣とは違い、小回りが利く1メートルに満たない剣で急所を狙う。
だが、斬撃はオルドーに届くことはなかった。
『軟弱なスキル。軟弱な力だ!!』
鼻で笑うように、スキルを発動することもなくオルドーは大剣を片手で振るう。
アダマンタイトに似た漆黒の色をしているが、鉱石の種類としては違うようだ。
漆黒の闇が覆う大剣がムライの剣に達する。
お互いの剣がぶつかり合うとムライの剣は何の抵抗もなく紙切れを割くように、切り裂かれ、その斬撃はムライの肉体を襲う。
頭から真っ二つにムライを切り付けた。
ザシュッ
『……!?』
「ムライさん!!」
オルドーの一撃を受け声を出すこともできずムライは絶命した。
クレナが叫ぶが、非情な攻撃は続く。
『は!!』
オルドーは二度と復活できないぞと言わんばかりに、刀身が消えるほどの速度で無数の斬撃をムライの肉体に浴びせ、さらに細切れにする。
ベチャリッと音を立て、細かくなったムライの肉片が床板に散らばった後、天使の羽が居場所を失ってゆっくりと降りてくる。
何もなかった地面に降り立つようにオルドーは肉片となったムライを踏みつぶしてしまう。
あまりにも非情なふるまいと何事もなかったかのように笑みを零すオルドーの態度に、クレナの中で怒りを爆発させる。
「うああああああああああああ!! 焔烈火斬!!」
気合の掛け声と共にクレナはスキル「瞑想」を発動させ、体を霊力と魔力が満たしていく。
神器アスカロンにかつてないほどの魔力がみなぎり力が宿る。
既にスキル「限界突破」を発動させ、仲間たちの中で誰よりも転職を重ねステータスを上げたクレナがさらに21000ほど全ステータスを増加させる。
天性の剣術の才能から神界にやってきて数か月で剣神流を学んだ証として「天騎士」へと剣神より転職してもらったクレナが火属性の斬撃を浴びせるスキル「焔烈火斬」を発動させる。
『ほらほら、そんな単調な攻撃じゃ僕らは倒せないよ』
「かはっ!?」
クレナは吐血し、一瞬視界が霞む。
キュベルはムライやクレナの一連の攻撃の中、静かに魔力を手の平に集めていた。
魔力弾とも言える魔法攻撃を横腹に不意に受け、瞑想して溜めた魔力と霊力が自らの体から抜けていくような感覚がある。
『貴様は確かアレンの仲間か。雑魚が!!』
キュベルの魔力弾を受けて崩された体勢を立て直そうと、もう一度瞑想を発動させようとしたところオルドーの攻撃が続く。
ドオオオオン
魔神王になって5メートルに達したオルドーの足蹴りを腹にもろに受けたクレナが、道場端の壁に吹き飛ばされ、体が埋没するほど叩きつけられてしまう。
『さて、邪魔する天使共を皆殺しにしろ!!』
『おおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
総司令オルドー自ら先陣を切る中、上位魔神や魔神の士気が最高潮になる。
『さあ、残虐ショーの始まりだよん』
キュベルが悲惨なこの状況にニヤニヤとするのであった。





