第741話 魔神王戦③時間との戦い
魔法神と時空神の神域に魔神たちが溢れてから30分ほどが経過した。
アレンたちと魔王軍との戦いは続いていく。
『しっかり押し込め。奴は我らと戦うしか選択肢はないのだ』
無機的な口調でビルディガが上位魔神と魔神の軍勢をけしかける。
魔神たちを邪神の化身に換えるギイを中心に後衛、中衛、前衛の完璧な布陣だ。
大精霊たちはソフィーとルークの守りを優先しつつ、遠距離攻撃で陣形の破壊に努める。
「真・強引! ……真・強引! むん! 弾幕撃!!」
『ギイ!?』
フォルマールの矢は高い天井目掛けてまっすぐ進んだかと思ったら、弧を描くように軌道を変えたかと思ったら、32本に分かれてギイをめがけて降り注ぐ。
5本の矢がギイの頭部に刺さり、それ以外の矢が後方にいる魔神や上位魔神に向かっていく。
スキル「真強引」を3回発動し威力を上げ、Sランクの魔石を神技「無限の矢筒」で矢に換えた矢の一本一本は魔神であっても致命傷だ。
頭部を貫き、喉元を通り、胴体深くまで突き刺さる。
魔神よりも倍近いステータスの上位魔神たちも致命傷を負ったようだ。
必死に回復させ、守りに特化した陣形を立て直そうとする。
『グルオオオオオオオオ!! 絶対零度!!』
マグラが凍てつく吹雪のブレスを口から噴き出す。
前衛はもちろんのこと、中衛にまで足元からガチガチに凍らせていく。
タイミングを狙っていたアレンがリオンと魔王軍の陣形の中に突っ込んでいく。
「ソウルイーター!!」
武器を持ち迫る前衛たちもアレンは屠っていく。
バフを受け10万程度のステータスになった魔神程度なら、大地の神ガイアから報酬で貰ったアレンの剣を手にし、グラハンの覚醒スキル「憑依合体」で知力を増やしたアレンの敵ではない。
魔力を吸収する斬撃は、魔神をやすやすと袈裟懸けで真っ二つに切り裂いた。
2、3体リオンと一緒に魔王軍が前衛の陣形を切り崩し、矢や長槍で構える中衛の陣形までやってきた。
さらに切り裂こうとしたところで、ビルディガがアレンの目の前に現れていた。
何度となく同じように突っ込んできたので、易々と読まれていたようだ。
『大回転粉砕撃!!』
大回転しながら、瓦礫となった床石を火花を散らし吹き飛ばしながら、一気に距離を詰める。
「く、くそ!!」
(タイミングばっちりかよ)
この時、アレンは中衛を切り付けた瞬間のため、避けることも攻撃に移ることもできない。
マーラたちのバフを貰い、ステータスを跳ね上げた球体となったビルディガをアレンは自らの剣の腹で受けるが、耐久力が足りず吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばしたところから直角に方向転換して、同じく陣形の中衛近くまでやってきていたリオンに襲い掛かる。
『無限天元突!!』
リオンはビルディガの攻撃を読んでいたように神A「蓋世天錫」を使い、10回同時攻撃で突き立てる。
『ふぐ!? な、なんなんだ!? お前ら「錫」を持ったそいつを狙え!!』
リオンの一撃があまりにも重く、たまらず上位魔神や魔神たちに指示する。
マーラたちのバフを受け圧倒的な耐久力と物理耐性(極)のビルディガの強固な外骨格を粉砕し、紫の血を噴出させる。
敵陣深くで単身となったリオンに対して、攻撃魔法や弓矢が360度、雨あられのように降り注ぐ。
『エビルフレア!!』
『ダークネスランス!!』
『連撃矢!!』
『むう……。これは避けられそうにないな』
無駄な行動をとらず、攻撃を一身に受けたリオンは光る泡となる。
アレンたちの陣形の最前列で、覚醒スキル「輪廻転生」で体力全快となって復活する。
ビルディガに吹き飛ばされたアレンがフォルマールのいる中衛付近まで吹き飛ばされた先で起き上がる。
『全く無茶しよってからに。ぜえぜえ、回復が追いつかぬぞ……』
水の大精霊トーニスが貝殻のついた杖先から水の塊を生成したと思ったら、アレンに対しておもむろに投げつける。
ビシャリと前進に浴びるとビルディガに受けたダメージは全快した。
(これで全員、邪神の化身になってしまったか)
目玉から出てくる怪光線でアレンやリオンによって倒された魔神たちに降り注ぐ。
『ぐへぬおおおおおお!!』
メキメキと音を立て魔神が復活し、雄たけびを上げながら地べたから立ち上がる。
『ふふ、これで最後の魔神が邪神の化身になりましたね。そんなに焦ってギイを攻撃しても無駄なこと。ここにいる魔神たちを一掃する程の力はありませんよね?』
(ずっと挑発しやがって。神界闘技場と天空国には絶対行かせないってことか。お? 時空神はようやく回復したか。じゃあ、作戦加速してください)
どんな目的か分からないがアレンをこの場に動かせなくすることに意味があるようだ。
時空神デスペラードは仲間たちに降り注ぐ大精霊たちの回復魔法でようやく失った腕を再生できた。
アレンとリオンがむやみやたらと突っ込んできたわけではない。
この戦力を相手に短期で倒すことはできなくても、なるべく短期間で勝利を勝ち取る作戦を実行してきた。
『絶対回廊!!』
カチンッ
時空神は一連の攻撃に参加せず神力を練っていた。
神力を込めた結界が化身となった上位魔神に襲い掛かる。
ピラミッドの下部を上下にくっつけて、正八面体構造の中に無理やり押し込めた。
邪神の化身が武器を振るい叩くがビクともしない中、時空神は両手を大きく引くようにアレン側の陣撃の後方の壁まで移動させた。
壁に3分の1ほどめり込むほど叩きつけると、その場に固定された。
結界内で暴れる化身たちが壁に10体いる。
「これで22体倒したぞ。ルーク大丈夫か!!」
「ぜぇぜぇ……。まだまだ大丈夫だ。戦いに集中しろ!!」
心配するアレンの言葉を息を切らしながらも声を張り上げるルークが一蹴する。
アレン、ソフィー、フォルマール、ルークの4人に、召喚獣たち、精霊たち、大精霊の中で戦いに最も負担を強いているのはルークだ。
足場には神技「精霊神の障壁」と神技「太極図」を維持している。
お互い陣形を組む戦い方では、ルークのような設置型のデバフは効果が大きい。
だが、マーラを筆頭に、魔神たちがバフをかけ、デバフを必死に解除しようとしている。
ルークは膨大な量の霊力と魔力を流し込み、デバフの範囲を割れ目の近くにいるギイのところまで伸ばそうとせめぎあっている。
さらに、火の大精霊カカが全魔力に一部の体力まで使用し、魔神を燃やし尽くしている。
火属性高火力のカカの攻撃は化身となった魔神と相性がよく、既に12体燃やした。
そのほか大精霊と精霊合わせて7体の顕現を維持しながらの戦いに目が霞、意識が飛びそうなほどの疲労を覚えているようだ。
『ふふ、仲間たちも随分無理されているようですね。それだけ戦っても私たちの戦力は半分も減っておりませんが、いつまで持つでしょうか? 焦りは禁物ですよ』
ニヤニヤしたマーラが挑発してくる。
「そうか? 焦っているのはお前たちの方だろ。バフはどれだけ持つんだ? 1時間か? 2時間か?」
魔神王オルドーが時間との戦いと言っていた。
ここに来た目的はまだ分からないが、魔王軍側の時間は有限のようだ。
おそらくだが、魔神王マーラのかけたバフの時間がタイムリミットと推察する。
マーラがこの場に縛られている以上、他の戦場に向かいサポートすることはできない。
『……こざかしい人間だ。私たちの作戦は貴方のような雑魚どもがどれだけ知恵を練っても無駄というものを』
状況を読まれているのか、マーラはようやく焦りを口にする。
(2時間も持たないと思っていて良いだろう。だが、神界をこんなにしやがって……)
30分以上が経過し、クワトロの特技「追跡眼」から絶望的な情報が伝わってくる。
***
シャンダール天空国のピラミッド構造の王都ラブールの目と鼻の先という場所まで、バスク、ガンディーラ、200体で構成される魔神と上位魔神で移動した。
あと一歩で王都ラブールに到着かと思ったら、王都周辺にある大小の街々を襲い始めた。
ここは王都周辺の中でもかなり大きな城下町だ。
王都に次いで、ここには何十万人もの竜人や神界人がいる。
「魔王軍を止めろ! あいつが指揮官だぞ!!」
王都周辺で竜人の守人長を務めるボラムソが指揮を執る。
竜人たちが10人がかりで槍を持ち、バスクに襲い掛かる。
『け、雑魚が! てめえらトカゲ野郎が何体きても真・阿修羅旋風!!』
両手の大剣を広げ、竜巻のように大回転を始めると、襲い掛かってくる竜人たちを肉塊どころか肉片に変えていく。
アレンたちが提供したヒヒイロカネの防具を纏っていたのだが、耐久力が多少上がっても、魔神王バスクの相手ではないようだ。
「ば、馬鹿な!!」
『け、てめえが指揮官だな。おめおめ出てきやがって。死にさらせ!!』
「ぐえしゃ!?」
「守人長殿!!」
バスクは跳躍したかと思ったら魔剣オヌバを天高く振り上げ、着地と共に、アダマンタイトの防具を身に纏う守人長ボラムソを脳天から真っ二つに切り裂いた。
即死級の一撃に、竜人の守人たちは叫び、バスクに敵意を向けるが、あまりの力の差にビビッておよび腰になる。
『おいおい、ビビってしまったのかよ。かかってかねえとお前ら皆殺しだぜ。なあ、メルスちゃん!!』
『言ってろ!!』
『メルス殿、挟み込むぞ!!』
メルスとルバンカが竜人では相手にならないとバスク相手に前線に出る。
ルバンカの言葉にメルスは歯ぎしりをしながらも同意する。
できれば、もう一体の魔神王ガンディーラをどうにかしたいのだが、とてもじゃないが戦力が足りなすぎる。
駆けつけた竜人たちも小山ほどあるガンディーラを見て絶句して、気力を失いかけ自らの武器を落としそうになる。
街の外壁よりも巨大なゴーレムがこちらに寄ってきたのだ。
「や、やめるのじゃあああああ!! 降ろせえええええ」
魔神王ガンディーラがおもむろに片手で地面にある建物を基礎ごと掴み持ち上げる。
中には建物に住む神界人の家族がいるようだ。
父親と思われる神界人が必死にガンディーラに救いを乞う。
だが、ガンディーラは目の周りに魔法陣を生じさえ、建物の中を覗き込む。
『……該当なし』
無言で機械的にガンディーラは一言呟くと、大きく振りかぶって遥か彼方まで建物を投げた。
ドオオオオオオン
何もない空の上を無情にも高速で飛んでいき、街の外れの外壁にぶつかった建物は粉みじんに砕けてしまった。
外壁の下にはこれまで投げつけて粉砕された建物の残骸が高く積まれている。
瓦礫の下から出てくる者は1人もいないようだ。
『ひいいい、こっちにきたああああ』
大人の天使に顔を埋めていた幼い天使が視線の端で恐る恐る窓の外を見て絶叫する。
建物の窓から無数の瞳が涙が零れ震えている。
ここはこの街唯一の学校のようだ。
小さな神界人だけでなく多くの幼い天使たちが建物内に避難している。
そこへ地響きを上げながら魔神王ガンディーラが向かうのであった。