第738話 行使された作戦
アレンたちのいた魔法神と時空神の神域の1階層は魔神や上位魔神のバフの声で満たされていた。
相対する者は誰もおらず、床石は広範囲にめくれ、階層の調和がとれた位置に置かれた魔導船やゴーレムも破壊され、残骸となって散乱している。
『ふん、ガンディーラのたった一撃でたわいもない。ん?』
大剣を肩で担ぎ、オルドーは大きくため息をついた。
だが、残骸となったゴーレムの腕が動いたかと思ったら、模型として飾ってあるはずなのに動き始める。
ガラッ
ガラガラ
ルバンカとリオンが全ての手を使い大きくゴーレムの残骸を持ち上げると、下にペクタンを抱えたアレン、両腕を肘から先を失い負傷したままの時空神が出てくる。
ガンディーラの一撃で吹き飛ばされ、床石やゴーレムの残骸を叩きつけられ、全身を負傷しているものの、物理耐性強などステータス以上に自らの耐久力が高いアレンは無事であった。
横で負傷する時空神にしても魔神王の一撃で死んでしまうほど弱くはないのだろう。
(背後にいたマクリスとクワトロは助からなかったか。随分な状況だな。フルパーティーでも厳しいぞ)
アレンは召喚獣を召喚する際、共有を漏らすことはほとんどない。
共有は召喚獣と召喚士の距離が一度、50メートル以上離れてしまうと発動できない。
知力の低かった従僕時代と違い、1体当たり200の知力が必要程度の条件なら、全ての召喚獣を共有しても制約されることはない。
その場に召喚してどちらかに移動させるにしても、魔力を消費しないスキル「共有」で視界を共有させておくのは召喚士として基本中の基本だ。
吹き飛ばされた衝撃で一瞬、思考が止まったアレンがすぐに頭のリソースを割き確認するのは召喚獣たちの視界だ。
自らの視界で瓦礫の中にいることを理解すると同時のタイミングで、クワトロとマクリスの視界がないことに気付く。
ソフィーのバフは全てかけた状態での戦いであったが、ロザリナのバフがないこともあって、守りがかなり薄かったようだ。
今なら、回復優先してほしいから、相手によっては省略するキールの耐久力上昇バフもほしい。
(陣形の最後方にいたから直撃は避けられなかったか。ソフィーたちはマグラも庇ってくれて無事と)
まるで倒壊したビルの下から出てくる大怪獣のように、瓦礫となった魔導船の下から覚醒スキル「竜王の魂」を発動させ、白金に輝く武器と防具を身に纏うマグラが姿を現した。
「ソフィアローネ様御無事ですか!!」
「マグラ様、助かりました」
「ふう、ムートン、ナイス判断だぜ。マグラもありがとな」
マグラの強固な竜鱗と被膜で覆われた翼で細かい土砂まで防いだおかげで、ソフィーやフォルマールやルークは無事だった。
人類以上に圧倒的に感覚が研ぎ澄まされた大精霊たちが瞬時に精霊使いであるソフィーやルークの守りに徹してくれたことも、3人が無事な要因なようだ。
だが、無事な3人に共有した視界を一瞬だけ見ながらも、3人のマグラに対する礼の言葉も無視して、すぐに魔王軍総司令の背後にいる参謀キュベルを睨みつける。
『ふん、それがどうしたというのだ。……貴様はキュベルか』
『おやや、竜神マグラ様じゃありませんか! 僕の進言で神界を攻めた君も召喚獣になれ果てたのかな。「3獣」だけじゃなくアレン君はすごい者たちを召喚獣にしちゃうんだから。凄いよね。ん? あれ?』
(マグラとキュベルは知り合いか。キュベルは人間界であれこれ画策してきたらしいからな。竜神にまで至ったマグラなら何か知っててもおかしくないか。何も言っていないが因縁があるのか。お? リオンを見ているな)
キュベルの言う「3獣」とは人類の繁栄に貢献し、人々から崇められるマクリス、クワトロ、ルバンカと呼ばれる3体の聖獣のことだ。
『ん? 君は……』
『ん? 貴様は儂の知り合いか?』
視線を感じて何も知らないリオンが反応を示す。
キュベルは元々、法の神アクシリオンの第一天使キュプラスだった。
召喚獣と魔王軍参謀の立場になったが、元は主従の関係だ。
『いやいや、まさかね。一瞬、面影を感じたけどありえない』
キュベルが首を振るい自らの思考を否定しているようだ。
(さて、主従の関係を示したらこの状況を打破できるかなと思ったが、信じてくれないかもしれないな。ペクタン、皆に回復を。さて、一斉攻撃されたら対応できないんだが。クワトロ、再召喚早々すまないが、適当に鑑定していってくれ)
邪神と呼ばれた法の神の一部(心臓部分)を召喚獣にできたことは、アレン、引いては人間側にとって奥の手のような気がする。
打開できるか確信が持てない状況で軽はずみにネタ晴らしするのはやめようとアレンは思った。
『プルップー!!』
『承りましたわ』
ペクタンに特技「回復茸」を発動させ、頭の胞子を振るうと、仲間たちは全回復する。
魔神王、1000体近い魔神と上位魔神に弧を描くように囲まれたアレンは次にどうするか考える。
クワトロが4つの目で4体ずつ、特技「鑑定眼」で鑑定していく。
アレンたちが瓦礫に埋もれている間に、魔神王マーラや魔神や上位魔神のバフは終了しつつあり、5体の魔神王はステータスが概ね1・5倍、上位魔神のステータスは15万前後、魔神は10万弱となった。
上位魔神や魔神の1体1体はアレンたちの敵ではないが、あまりにも敵が多すぎる。
召喚獣を限界まで召喚しても、仲間たちが全て揃わぬ現状を打破するのは厳しい。
だからと言って、セシルやララッパ団長のいるこの場を離れるわけにはいかない。
(時空神の腕の回復が遅いな。オルドーの一撃が強力なのか。神切剣とか言ってたし、ヘルミオスのかつて倒したと思っていた魔神の1体は魔王軍総司令だったとかそういう話か?)
『どうやら神々と相性の悪い暗黒属性の攻撃のせいでしょう。今の回復のお陰でもうしばらくすれば完治できるはずです』
「助かります。数が多すぎますので、引き続き共に戦って頂けると助かります」
『もちろんです。私の妻に危険がありますし』
オルドーの一撃によって両腕が欠損した時空神が気丈に立ち上がり、戦闘に参加すると言う。
『非戦闘の神が一柱追加したくらいで現状を打破できるとは思わない事なんだよね~。ほら、補助もかけ終わったし、どうする? アレン君どうするの? うん?』
勝利を確信するキュベルのルンルンの笑顔が仮面越しでも伝わる。
『キュベルよ、くだらない煽りで貴重な時間を無駄にするな。お前は我と一緒に神界闘技場にこい。さすがに、3姉妹が全員出張ってきたら我でも手が余るからな』
『あ~はいはい。そうですね~。了解でありますよ! 魔王軍総司令殿!!』
オルドーの指示をキュベルが小馬鹿にしたように敬礼しながら返事する。
『ガンディーラとバスクは天空国で暴れてこい。対象が街中で見つかるかもしれぬから慎重にな。マーラとビルディガでこいつら雑魚共を一掃しろ。魔王軍に抵抗したことを後悔するよう徹底的にやれ』
魔王軍全軍を指揮するオルドーはアレンたちのことを「雑魚共」と一蹴し、これ以上見ることもしないようだ。
淡々と元々練られた作戦を実行するようだ。
だが、総戦力で明らかにアレンたちを上回っている現状で、無駄に突っ込んでいくこともなくアレンは様子を伺う。
『いひひ、ようやく暴れられるぜ。神界人共をぐちゃぐちゃにするぜ!』
『おう、一人残らず、皆殺しだ! 血だ! 血を寄こせ!!』
バスクの言葉に魔剣オヌバが呼応する。
『一人残らずではない。バスクとオヌバよ、目的を忘れるなよ。ガンディーラも何かあればバスクごと始末しても構わん!!』
『ギュリリリリリン!』
アレンたちの背後でオリハルコンの巨大ゴーレムである魔神王ガンディーラが機械音を鳴らし返事する。
『ああ、こんな木偶にやられねえぞ。いひひ』
(3手に分かれるだと。皆殺しじゃないって最高指揮官が言ってるし、クワトロ、追跡眼だ!)
オルドーたち6体の魔神王は3手に分かれ神界へ移動を開始するようだ。
うち1手はここに残り、残りは2手に分かれ、魔神や上位魔神もそれぞれに付いていくようだ。
4つの翼、4つの目を持つ鳥Sの召喚獣クワトロには、特技を目の数だけ発動するという特殊能力がある。
そのうち、目の能力は「万里眼」、「鑑定眼」、「追跡眼」の3つだ。
【クワトロの特技の特徴】
・万里眼
障害物がなければ1000キロメートルまでの物体の情報を瞬時に把握できる
把握できる情報量は知力に依存する
・鑑定眼
対象1体の名前、年齢、ステータス、攻撃耐性、防御耐性、バフ、デバフの状態が分かる
・追跡眼
対象1体の背中から5メートル程度の位置から追跡できる
人体と同じレベルの視界範囲と聴力で、周辺情報も収集可能
効果は発動から1ヵ月
・4つの目
万里眼、鑑定眼、追跡眼を同時に4つまで発動可能
(キュベルは鑑定眼も弾いて無理そうだし。オルドーはいけるかな。って、いけた。脳筋キャラで助かった。バスクも問題なしと。バスクの耐性防御の魔法具はデバフにならなければ発動できそうだな)
この時空神の神域から離れると言うバスクとオルドーに、クワトロは特技「追跡眼」を発動した。
この特技は対象がどこへ行ってもまるで真後ろから追尾するように様子を確認する能力だ。
アレンは共有でクワトロと視界を共有しているため、特技「追跡眼」の情報も共有できる。
『ではシノロムよ。我とキュベルを神界闘技場へ! バスクとガンディーラを天空国へ飛ばせ!! 魔神らも作戦どおり采配して転移せよ』
「はは! ちょちょいのちょいじゃ!! ポチッとな」
ブウウウン
『私のシステムが……』
横にいる時空神が苦々しい顔をする中、シノロムの管理システムへの干渉によって選別されたオルドーたちの足元に魔法陣が出現した。
「いけませんわ。天空国には力なき神界人たちが! 神界闘技場にはクレナさんたちがいます!! 止めなくては!!」
ソフィーが尤もなことを言う。
だが、邪魔をすれば絶対に殺すという圧をアレンたちにかけ続けている。
「……今は、この場でできることをしよう」
「そ!? そ、そんな!! そうですわね……」
(やつらの表情からも絶対に邪魔ができないと分かっての作戦なんだろう)
アレンも苦渋の決断をする中、転移システムは作動したようだ。
ビュウウン
転移先を示された者たちが凄い勢いでその場から消え、その後、次第に光が崩壊するように魔法陣も消えていくのであった。





