第735話 襲われた神域①
アレンたちの目の前に魔王軍幹部のビルディガとバスクが現れた。
破壊されたゴーレムの腹部の上に立ち、アレンたちを見下ろしている。
アレンはSランクの召喚獣と成長レベル9まで上げた召喚獣たちで弧を描く陣形を広げていく。
にやつくバスクの表情から勝利を確信しているようだ。
8体の大精霊たちもソフィーとルークの守りを優先するように前列に出る。
(ずいぶんデカくなったな)
元々大柄でドゴラよりも2周りほどでかい印象であったが、既に2倍近い大きさになっている。
筋肉隆々の4メートル近い体に合わせて、両肩に背負うオリハルコンの大剣と魔剣オヌバは3メートル以上ありそうだ。
その隣にいるメタリックな甲虫のようなビルディガはバスクよりも、さらに大きな5メートルほどある。
元々甲虫系のフォルムであったが、コガネムシかダンゴムシのように丸みをおび堅そうだ。
アレンは2体の見た目の変化に警戒心を露わにする。
「状況を説明していただけますか?」
一緒に転移してきた召喚獣を含めて、自らの視線を外すことなく時空神を起こし、状況を確認する。
(敵はこいつらだけなのか。上の階層がどうとか言っていたな。目的は魔法神? 魔法の研究の成果を奪いに?)
無数の選択肢がアレンの頭の中に浮かんでくる。
第一天使ルプトから魔王軍やってきたと聞いていたが、この場にいるのはビルディガとバスクだけのようだ。
『……助かりました。まさか、これほどの力があろうとは。私としたことが苦戦を強いらされてしまいました』
「いえいえ、ルプト様の指示です。魔法神の神域を狙っているようですね。他に敵は来ていましたか?」
『イシリスの研究の成果を狙っているのでしょうか。他の敵はいないようです』
バスクとビルディガは、いやおうなしに時空神に襲い掛かってきたようだ。
魔法神の神域に入りたいようで生かさず殺さずでいたぶられる中、隙を見てルプトに状況を伝えてきたことを説明してくれる。
『その説明、少し間違っているぜ。俺たちは上位魔神みたいな雑魚じゃねえ。「魔神王」になったんだよ。げへへ』
「魔神王だと? 何だそれは」
『へへ。魔王様の新たな力によって俺は生まれ変わったってわけよ。魔神王バスクと呼んでくれや。なあ、オヌバ』
『お前はいつもうるせえぞ。まあ、俺も強化されたがな。魔王ゼルディアスか……、不思議な奴よ』
真っ赤な血が葉脈のように張り巡らせている漆黒の大剣に語り掛けると、魔剣オヌバがそっけなく回答する。
(クワトロ、2体の鑑定を)
『……』
共有した意識でアレンはクワトロに特技「鑑定眼」の発動を指示すると無言で答えてくれる。
魔導書に鑑定結果が表示される。
【名 前】バスク
【年 齢】51
【種 族】魔神王
【体 力】200000+100000
【魔 力】190000
【攻撃力】180000+150000
【耐久力】180000+100000
【素早さ】190000+50000
【知 力】180000
【幸 運】150000+50000
【攻撃属性】暗黒、土
【耐久属性】暗黒、ブレス耐性(強)、魔法耐性(強)、回避率(強)、状態異常(極)
【名 前】ビルディガ
【年 齢】1289995
【種 族】魔神王
【体 力】190000
【魔 力】180000
【攻撃力】200000
【耐久力】250000
【素早さ】250000
【知 力】160000
【幸 運】150000
【攻撃属性】無、クリティカル率50%増
【耐久属性】物理耐性(極)、ブレス耐性(強)、魔法耐性(強)
(鑑定できたと。上位魔神の頃から随分強化されやがったな。アンドレに比べてややステータスが劣るが、耐性などを鑑みるとそれより上か。っつうか、バスクはいつも良い装備しているな。この耐性を突破して2体を倒さないといけないのか)
ステータスが5万~7万の上位魔神の3倍近くある。
耐性には中、大などあるが、2体は「極」がある。
【耐性、バフ効果の強弱一覧】
・弱:耐性、バフを4割引き上げる
・中:耐性、バフを6割引き上げる。耐性強弱表記がない装備は、中なことが多い
・強:耐性、バフを8割引き上げる。デバフをかけるには相対的にかなりの知力が必要
・極:耐性、バフを9割9分引き上げる。ほぼ無効。デバフをかけるのは諦めた方が良い
トランクス風のパンツ一枚のほぼ全裸の格好しているバスクだが魔法具は全て一級のもので揃えているらしく、ステータス補正、バフ補正が半端ないことになっている。
耐性「強」や「極」の数の多さに、一緒に情報を共有することができるメルスも、表情が強張り緊張感を増す。
『バスクよ。余計なことは言うな』
『へいへい。魔法神の神域をこじ開けることを優先だったな。わーってるよ』
『だから黙っていろと言っている。我らの作戦が漏れるだろ。……やれやれだ』
無表情のビルディガが改めて諫めようとしたが、バスクの性格からかこれ以上は諦めたようで、関節の可動域が少ないのか、小さく首を振るう。
「目的は……魔法神様の研究施設? 研究成果でしょうか?」
横にいる時空神に小声で確認する。
(魔法神の神域をこじ開けようと尋問していたのか)
『分かりませんが、イシリスの神域を目指しているようです。これから私は、私と魔法神の神域の全ての階層への移動権限を停止させます。セシルさんは私が用意した専用の空間にいますが、その方が安全でしょう。そこまで時間がかかりませんのでよろしくお願いしますよ』
「ありがとうございます。では、私たちだけで戦います」
時空神の言葉にアレンたちは作戦が固まっていく。
どうやら、神力を行使しようにも2体の魔神王相手に苦戦を強いられ、権限の行使が出来なかったようだ。
『管理者権限発動。魔法神イシリスへの全入室権限棄却要請……。時空神の試練空間入室権限棄却要請。固有結界発動。物理攻撃遮断。魔法攻撃遮断…』
両手を胸の前で合わせ、全身に神力を巡らせ、ブツブツと時空神が魔法神イシリスとセシルの元へ誰も行かないよう結界を構築していく。
だが、誰もそれに気を止めることはなかった。
時空神の横で、激しい戦いがまさに始まろうとしていた。
ルークとフォルマールとソフィーの3人は陣形を組むため、背後を見せないようゆっくりと後退する。
アレンたちも2体の魔神王も、対峙するお互いがどうやって倒すかでこの場の緊張感が増す。
『いひひ、この間たまんねえぜ! 新たに手に入れた力、無双断絶!! 食らいやがれ!!』
2本の大剣を両腕ごと地面に水平にしたまま突っ込んでくる。
合わせるように太い脚に筋肉を込め体勢を低くし準備していたルバンカが合わせるように飛び掛かる。
『むん、完全防御、ぐ、ぐぐッ!?』
ルバンカが3組6本の腕を胸の前で交差するように防御の構えを取ったまま前進し、敢えてバスクの攻撃を受ける。
敵が攻撃を仕掛けてきた場合、受けるか、躱すか、しないといけないのだが、躱すとダメージを避けることができるが、後衛に被害が出る可能性がある。
(絶対防御でも体力が8割近く持って行かれたな。ただのスキルだと思うが。ブロンを出すか)
敵の強さの推し量る上でも、確実に勝つため、初見の攻撃を受けるのは大事だったが、重い一撃に緊張感がさらに増す。
アレンは成長レベル9の石Cの召喚獣に覚醒スキル「自己犠牲」を発動させた。
後衛のソフィーだと当たれば即死だと判断し、石Cの召喚獣にダメージを肩代わりさせる。
『へえ? これで倒されないとはやるじゃねえか。強化された俺の一撃を耐えるとはな! じゃあ、これならどうだ。狂化!!』
ボコボコ
バスクの筋肉が膨張し、おぞましい顔付きになりながら、肉体がさらに強化されていく。
常時発動のバフスキルを使用し、さらに自らのステータスを上昇させていく。
「させるか。そのスキルは発動に時間が掛かんだよ。一斉攻撃だ!!」
『フリーズキャノンなのらああああああ!!』
『炎極殺!! ぐおおおおおおおおおお!!』
アレンの言葉に合わせるように遠距離攻撃に秀でたマクリスとマグラが一斉に、スキル「狂化」発動中のバスクを狙い撃ちにする。
『させるわけないだろ。大回転粉砕撃!!』
ギュルルル!!
バチバチバチ!!
だが、ここまで静観していたビルディガが丸まり、光沢のある外骨格で球体を造ったかと思ったら、その場で回転始める。
一瞬で固い床石が摩擦熱で、真っ赤になり溶け始めたかと思ったら一気に加速して前進する。
そのまま、バスクと遠距離攻撃の間に踊り出て、マクリスの氷塊を爆散させる。
(マクリスじゃ。足止めにもならないか。って、んん!?)
上位魔神を一撃で屠ったマクリスの特技「フリーズキャノン」では一瞬の足止めすらできないようだ。
そのままマグラの特技「炎極殺」の炎の中を突っ込んでいく。
高熱で大玉となった自らの体を真っ赤にしながらも、ものともせずに前進する進路をアレンに変えて迫った。
ビルディガが一瞬炎に包まれたため、アレンが自らの視界を失うことを予想していたようだ。
前衛の少ないパーティーのため、前衛の位置に立っていたアレンは退避する時間が残されていない。
背後にはソフィーやフォルマールなど後衛、中衛もいるので逃げるわけにもいかない。
そんな状況がアレンの決断を鈍らせた。
「うおおおおおおおおおおお!!」
両手で力強く握りしめた「アレンの剣」は諸刃のオリハルコンの剣だ。
剣の長さはアレンの体に合わせて100センチメートルの神聖オルハルコンで屈指の強度を誇る。
キイイイイン
ビルディガの球状の肉体を切り付けると、火花が散りながら、そのまま勢い変わらずアレンに迫った。
一切止めることができず、自らの剣の諸刃を止めることもできない。
アレンの脳裏に死が沸き上がり、押し返され剣ごと真っ二つになろうとした瞬間だ。
アレンとビルディガの大玉の間にルバンカが割って入る。
ルバンカは戦いのセンスで攻撃対象にアレンを選んだ。
『アレン殿!! むん!! がは!?』
脇腹目掛けて1本の腕で突き上げると、アレンはビルディガの攻撃の軌道から逃れることができた。
「ぐ!? ルバンカ!! 皆!!」
吹き飛ばされた先でルバンカが次の攻撃をする間もなく、ビルディガの大玉の直撃を受け、光る泡へと変わっていく。
だが、アレンの攻撃、ルバンカの機転と自己犠牲の精神が、ソフィーたちに次の行動を取る猶予を与えた。
『皆も攻撃を願いします!』
『おう、分かったぜ!!』
火の大精霊カカが大火球を一瞬で手の上に作り上げたかと思ったら、回転して迫るビルディガに迫る。
さらに他の大精霊も大きな的だと言わんばかりに一斉集中で攻撃すると次第に勢いが殺されていく。
『ぐぬぬ』
とうとう回転速度を殺されたビルディガがそれでも仲間たち、召喚獣たちの一斉攻撃に耐えられず後方に飛ばされてしまった。
丸まった体を元に戻したビルディガが悔しそうな声を上げて立ち上がった。
『てめえら調子乗んなよ!!』
ビルディガへの攻撃へ向かったことをいいことに2本の大剣を振り上げたバスクが飛び上がった。
(距離を詰めないと攻撃は通らないからな。近距離攻撃が主体の2体で遠距離が得意な俺たちに攻めてきやがったと)
「ルバンカ召喚」
アレンはルバンカを再度召喚して、敵のステータスや攻撃手段、これまで戦った経験から、気を取り直して策を練っていた。
『読みやすい攻撃よ! 地獄突!!』
『がは!?』
読んでいたアレンがルバンカを待機していた。
特技「獣の血」、覚醒スキル「幻獣化」、覚醒スキル「嵐獣化」によってステータスを上げたルバンカが3本の右腕でバスクの横腹に突き上げた。
アレンたちの一進一退の戦いは続いていくのであった。