第734話 砕かれた結界
第一天使ルプトが慌ててやってきて、魔王軍に侵攻されたことを告げる。
「魔王軍が侵攻? どちらにでしょうか?」
慌てるルプトに比べて、アレンの発言はとても落ち着いていた。
「おい、そんなに落ち着いている場合かよ!」
ルークが思わず、アレンの態度を責めた。
いつも同意してくれるソフィーもたしかにアレンの態度はあまりだと思ったようで目を見開いた。
だが、会話に参加せず、不安そうに経緯を伺う。
(ソフィーは魔王軍に故郷を侵攻された過去があるからな。だがこれだけでは何も動けないぞ。ここは神界。人間界じゃないんだから)
これまで魔王軍と対峙したことのないアビゲイルや獣人たちも、魔王軍という言葉にソフィーたちほどの反応を示さないが、何事かと様子をうかがう。
アレンにとって優先順位ははっきりとしていた。
家族や仲間、そして、人間界で暮らす人々を守るため、魔王と戦っている。
脅威となる魔王軍がどこにいてもすぐに戦うに行くつもりだが、何も考えずにやみくもに動くことはしない。
力ある神々と弱き人々どちらを守るべきかはっきりしている。
今ここで神界にやってきた魔王軍に打って出るのが正解とは言えない状況にアレンたちはあった。
神界に魔王軍が何しにやってきたのか目的があるのか、それとも単純に攻めにきたのか、できるだけ情報を得る必要がある。
魔王軍の行動は、その作戦の結果は人類の滅亡に繋がっているのだろうが、常に何が目的なのか分からないことが多い。
魔王軍がローゼンヘイムに侵攻した時も、エルメア教国で邪神教教祖グシャラが騒乱を起こした時も、まずは情報収集に努めた。
だが、それでも、結果的に見れば、全てが後手に回り、完全勝利とは言えなかった。
ローゼンヘイムの侵攻は魔王軍の神界侵攻の目くらましによる火の神フレイヤの神器の強奪だった。
邪神の化身の騒動では、火の神フレイヤの神器を使って、邪神の復活に必要な魂の収集だ。
プロスティア帝国では元獣王太子ベクを追ってやってきたら魔王軍が暗躍しており、邪神を復活させた。
しかし、復活させた邪神は魔王によって吸収されてしまった。
魔王が邪神を求めるのは自らを「超越者」にするためであった。
ローゼンヘイムの侵攻からの作戦は全て魔王を強くするためのものだった。
そのために、後から調べてみると、アルバハル獣王国やプロスティア帝国内部に何年も前から魔王軍を侵入させていたらしい。
(地上と同時侵攻も考えられるからな。俺たちが神界にいることくらい把握しているだろうし)
焦るルプトの前でアレンは頭の中であらゆることを想定する。
これからの行動のため、次の発言に全神経を集中する。
だが、ルプトの発言は絶望そのものであった。
『時空神より救難信号を受けています。どうやら魔王軍は時空神の時空管理システムに強制介入してやってきました。魔法神の研究施設内への被害を必死に止めていると……』
どうやら時空神デスペラードの助けを求める知らせを受けてルプトは動いているようだ。
だが、アレンにはそんな事情よりも大事な情報があった。
「皆、セシルが危ない! すぐに転移するぞ。精霊たちの加護と補助を! ペクタン、防御茸を!! フォルマールは持っている亜神級の霊晶石を矢に換えろ!! メルスは、とりあえずボンボンで素早さアップで!! いそげ!! 」
(魔法神イシリスの側にいるララッパ団長たちもな。そうか、時空神の神域そのものが狙われていたのか)
神界に直接侵入してきたかと思い、思考を巡らせていたが、仲間が危機に直面していた。
「は、はい!」
「おう、ムートンたち加護を!」
『プルップー!!』
「ああ」
『そうだな』
鬼気迫る顔に変わったアレンがペクタンとメルスを側に召喚させて、仲間たちにも速やかにすぐに戦闘に入れるよう、バフを指示する。
ビッチビチ
魚系統を召喚してバフの掛け忘れはしない。
アレンたちは今、神域の中でいくつかのグループに分かれて活動しており、セシルやララッパ団長たちはとても危険な状況であることが分かった。
頭の中で神界の絵を描くように仲間たちの状況を整理する。
【神界を活動する仲間たちの場所など】
・原獣の園:アレン、ソフィー、フォルマール、ルーク、アビゲイル
・魔法神の研究施設:ララッパ団長、他団員たち
・時空神の管理システム:セシル
・武神の神域:ヘルミオスとそのパーティー、アレンのパーティーの残り、ガララ提督のパーティー、竜王マティルドーラ
・神界闘技場:クレナ
・大地の迷宮:名工ハバラク、ザウレレ将軍らゴーレム部隊、他職人たち
『まちなさい』
ルプトはさすがに何も説明せずに行かせるわけには行かなかった。
「なんでしょう。時空神の神域ならすぐに転移できます。……情報収集ならメルス残ってくれ。皆は補助を続けてくれ」
Sランク召喚獣たちの中でも、主線級の力のあるメルスを残すべきかアレンは一瞬迷った。
会話するだけなら霊系統でも良い。
だが、ルプトによって天使系統で数多の武器や防具を出せ、天使の輪で召喚スキルも使用可能な「何でもできる」をコンセプトのメルスなら、対応できることも多いだろうと判断する。
『たしかに。時空神様が苦戦する程の強敵です。私はこれより神界闘技場に向かい戦いに優れた神々の協力を要請します。メルスは速やかに天空大王に会い、天空国の守りを固めるよう指示してください』
『そこまで話を聞けたら十分だ。バフもう掛けたからアレンは行って良いぞ。アビゲイルよ。私と共に天空大王に会って状況を説明するぞ』
「ああ、分かった」
ルプトはアレンが理解できる最小限の内容で、最大限の状況を説明した。
(神界はこれから戦いに特化した神々を招集して臨戦態勢に入るのか。以前、火の神フレイヤの神器を奪われているし、対策を立てていて当然か。大天使たちがいないのは裏で動いているからだろうか)
神界は一度、魔王軍の侵攻を許している。
神界では失った天使たちの補充の意味を含めて、今では神界闘技場の武具8神の下で、万を超える天使たちが修業中だ。
武具8神自ら戦闘に入ることも予想される。
大量の物資や人員を一気に転移させられるメルスを残す選択は正しかったのかもしれない。
元第一天使のメルスなら天空大王は真摯に話を聞いてくれるだろう。
現第一天使ルプトでないと神界闘技場にいる神々を動かすのは難しいかもしれない。
アレンとルプトの話を聞きながら、アビゲイルは一緒に戦おうという態度を先ほどから示している。
しかし、たしかにシャンダール天空国へ向かった方が良いことを理解できたようだ。
守主として竜人の兵を動かす絶対的な指揮権がアビゲイルにはあった。
アビゲイルの側にいる獣人たちも深刻な状況を理解したようだ。
「おい、戦いが始まったんだな。俺たちも行くぞ」
「おう!!」
「半分はすぐに村に戻り、武器を取れ」
ここにやってきた獣人の有力者は才能の星の数が2つや3つと多い者も多いことも、霊獣狩りの際、協力を求めた際に知っている。
数十人規模だが、竜人たちと一緒になって戦うと意気込んでいる。
魔王軍がこの原獣の園にも来ることを想定したのか、半数は残して村に戻って戦いに備えると指示するのは、さすがは村の有力者といったところか。
「アレン様、全ての補助が掛け終わりました。大精霊たちも全て顕現を維持しています」
ソフィーもルークも4体の大精霊たちを維持している。
(転移先は超合体ゴーレムも魔導船も入る巨大な空間だ。Sランクの召喚獣ごと突っ込むぞ)
召喚獣たちもソフィーたちやペクタンのバフをかけてもらっている。
「では、私たちは時空神の神域に向かいます」
『ええ、気を付けて。あなたたちが人類の希望であることを忘れないように』
「ありがとうございます。皆、いくぞ!! 場所は時空神の神域の1階層だ。敵のすぐ目の前に転移するかもしれないからな!! 気合入れていくぞ!!」
アレンは鳥Aの召喚獣に覚醒スキル「帰巣本能」を発動した。
ここはピラミッドの下部を2つくっつけた8面体構造している1階層だ。
上部は魔法神イシリスの研究施設となっており、信仰ポイントの交換やセシルの試練達成報酬などを貰う。
下部は時空神デスペラードの管轄で、神界、人間界、暗黒界の3界の時空を管理しており、セシルの試練のための空間も用意されている。
中央の一番広い1階層がそれぞれの階層への入り口となっている。
鳥Aの召喚獣の巣は、この1階層に設置していた。
視界が一気に変わる中、五感を研ぎ澄ませ集中するアレンが最初に気付いたのは何かが燃える匂いだった。
ローゼンヘイムの戦場でも何度も香った、火魔法や火属性のスキルの行使によって、高熱で岩石などの無機物が燃えた際に生じる煙のようで、かなり鼻に付く。
目に入る状況に頭の理解が追いつくと、一瞬転移先を間違えてしまったのかと思うほどの惨状がそこにはあった。
床石が大きく破壊され、天井の一部が崩落している。
至る所で火が起こり、激しい戦闘が行われていた跡か、ララッパ団長たちによって整理された魔導船やゴーレムの展示物もいくつか破壊されている。
「おいおい、何だよ。うわっぷ!?」
煙が吹き付け目に入ったのか、ルークは驚きながらも手で振り払う。
この惨状とは違い、誰もいない事にアレンは違和感を覚える。
「ホークたち。誰かいないか全体を探してくれ!!」
アレンが鳥Eの召喚獣たちを放とうとした瞬間だ。
『おい、いい加減。上にも上がれるようにしろや!!』
『がば!? だ、誰が貴様らなんぞを!!』
少し離れたところで倒壊したゴーレムの先で、大声が聞こえたかと思ったら、叫び声と共に何かを叩きつける響く音が聞こえた。
死角になっていたゴーレムの腹の背後から何かが、アレンたちの下へ吹き飛ばされてくる。
「時空神様!!」
地面に叩きつけられないよう、アレンが咄嗟に受け止めると、声で誰か分かったようだ。
『アレンさんですか? よく来てくれました!!』
どれほどの攻撃を受けたのか、衣服は裂かれ、全身に打撃痕のある時空神は鬼気迫る表情をアレンを見て緩ませた。
『お? アレンく~んじゃねえか。いひひ』
時空神の後を追うように、倒れたゴーレムの上に軽快に飛び乗ったのはバスクであった。
『……また邪魔をしに来たか』
少し遅れてビルディガもゴーレムの上に現れる。
魔王軍との戦いが始まろうとしているのであった。





