第733話 満たされた湖
アレンがあと10日で17歳になる、9月20日の朝のことだ。
原獣の園の荒れ地に、大精霊神イースレイ、豊穣神モルモル、獣神ギラン、仲間たち、アビゲイル、とアレンの召喚獣の覚醒スキル「帰巣本能」で転移する。
(うしうし、お待たせだぜ。思いのほか鎮魂祭の後まで付き合わされたぜ)
アレンたちは第一天使ホマル誕生祭を開催後、天空大王に言われ、赤子をあやすのに協力させられ、鎮魂祭の翌日になってしまった。
獣人の中でも、役職のある責任者たち100人近い責任者にも来てもらった。
アルバハルもいるのだが、獣神ガルムの神殿でも始祖アルバハルの村でもない。
目の前には広大な大地が広がっているが、村も要塞も草木もない。
乾燥してひび割れた地面には、竜人たちと獣人たちが十分に狩った後なので、跋扈する霊獣もいない。
アレンが大精霊神から命の雫や生命の泉の話を聞いてすぐに思いついた場所だ。
大地の迷宮を攻略中、鳥Aの召喚獣に、今後のこの場所にやってくることを見越して、巣を作りに行ってもらっていた。
『……』
アルバハル獣王国の始祖として獣人たちから絶大な信頼を寄せる老齢のアルバハルであっても、無言で神々に敬意を伺っている。
ここには10柱ほどしかいないと言われる上位神のうち2柱がやって来ている。
獣神ガルムが創造神エルメア側と争っていたのは100万年近い昔の話らしい。
今となっては敵ではないが味方でもないという曖昧な状況に、獣神ギランは常に2柱を視界に入る立ち位置を維持している。
見つめられる先のモルモルは、まるで自分の庭を歩くように、転移した先でテクテクと歩く。
『ほほ、殺風景なところだの。ここに命の雫のため池を作るのだな』
豊穣神がギランの視線などどこ吹く風で、かつて隕石が落ちた古いクレーターのように盆のように凹んだ地面を見て呟いた。
何もない原獣の園の大地なのだが、ここにはかつて巨大な湖があったようだ。
乾燥してひび割れた大地、水が流れた後もあるのだが、アレンたちは攻略の際、この場を通りかかっていた。
『なるほど、かつての湖に……。魚神ミンギアの神域ですか』
「そのとおりです。かつての湖を活用したいと思います。ここは獣人の居住区からもかなり離れておりますので、安全かと」
アレンが豊穣神に説明していると、大精霊神は空を見上げた。
『皆さんお待ちです。時空神デスペラードさん。速やかに始めてください』
『はい。イースレイ様』
ギランの言葉に、空中に時空神デスペラードが現れた。
「時空神様、御協力感謝いたしますわ」
『なに、エルフを導くものよ。私の力の領分ですので、お気になさらず』
割と丁寧口調で腰が低めの時空神にしか頼めない話があった。
(安全に「命の雫」を運ばないといけないからな)
恵みをもたらす濃縮された生命の素となる「命の雫」は人間が触れれば瞬く間に、人の体が溶けてしまう。
この湖の後は、前世の記憶だとどれほどか分からないが「ビクトリア湖」くらいは少なくともありそうだ。
琵琶湖もびっくりな巨大な湖の跡は、光の神アマンテの幹部である魚神ミンギアの神域であった。
大精霊神様より、この湖いっぱいの命の雫があれば、原獣の園全土を緑豊かにすることはできないが、1万年以上に渡って、周囲1000キロメートルを豊かな大地にできるのだとか。
人々が触れると危険な「命の雫」を安全かつ迅速に運ぶため大精霊神経由で時空神に運搬をお願いした。
『では、始めましょうか。はぁ!!』
空中に浮く時空神が両手を水平に伸ばしたまま神力を全身に巡らせ始めた。
ザアッ
強大な魔法陣がはるか先の上空に出来たかと思うと滝のように煌めく「命の雫」が地面に向かって落ち始めた。
(湖の底にも魔法陣を引いて、こっちの魔法陣に飛ばしてくれてんのかな。霊力も魔力も吸収する命の雫は神力だと運べると。そ、それにしても……。これはいつまでかかるんだろうか)
ものすごい轟きと共に完全に乾いた湖の後に命の雫が広がっていく。
だが、このビクトリア湖を思わせる巨大な湖を満たすにはいかんせん水量不足なような気もする。
チョロチョロとした水量で出てくるお湯で風呂を貯めるようなものだ。
湯舟を満たそうと思ったらこのままだと何日も何十日もかかってしまいそうだ。
アレンが口を開こうとしたとき、大精霊神も同じことを思ったようだ。
『申し訳ありません。デスペラードさん、生命の泉の命の雫はまだまだ十分ございます。転送速度を速めて頂けませんか?』
『お、おかしいですね。全力で転移システムに働きかけているのですが……。私の神力がどうも干渉されていますね』
『何か問題でも起きたのですか?』
『いえ、セシルさんが私の神域で暴れているのが原因でしょうか。時空管理システムとは領域が異なるはずなのですか……。少々お待ちください。直接管理システムで作業をしてきます』
(セシルが暴れているって。試練頑張ってくれていて助かる)
セシルの試練が影響しているかもしれないと言われ、そういうこともあるのかなと納得してしまった。
エクストラモードになったので、スキルレベルもしっかり上げるよう伝えている。
時空神が滝のように流れる「命の雫」をそのままにしてその場から転移していなくなってしまった。
どうやら時空神のピラミッドを上下にくっつけた正六面体構造の下部にあるという時空管理システムへ転移したようだ。
「時空管理システムに問題が起きているようですわね。何かあったのでしょうか」
時空神の神域に何か問題が起きたのかとソフィーは胸を当て心配する。
「ソフィーは心配性だな。ん? 何か流れが凄くなったぞ」
滝の流れがナイアガラを滝のようにドドドッと轟音を上げ、とんでもない水量に変わった。
乾いていた湖の底を凄い勢いで「命の雫」が満たし始めた。
(時空神が転移システムを全力で稼働してくれているのかな。時空を管理するだけのシステムではないと)
時空神は人間界、神界、暗黒界の時空を管理している。
「よし、ペクタン。神樹の種を出してくれ」
『プルップー。ん、んんんっ!?』
プリッ
アレンは側にペクタンを召喚し、月に一度しか発動できない覚醒スキル「神種生成」を発動させる。
ペクタンは中腰を落とし踏ん張り始めた。
(ありがたみが全くないな)
尻から勢いよく出たのは野球ボールの大きさの梅干しの種のようだ。
アレンは地面に出たてほやほやの神種を拾うと自らの投擲スキルを意識する。
「うおおおおおおおお! 我の魔球を受け取れ!!」
全力で投擲すると滝つぼとも言える時空神の魔法陣の真下まですごい勢いで飛んでいき、命の雫の中に沈んでいく。
パアッ
メキメキ
水中に沈んだ種が芽吹き、メキメキと成長を始めて水面から幹を伸ばし始めた。
人間界では世界樹の実の中にある種をそのまま地面に埋めても成長しないのだが、ここは豊富に満ちた生命の源泉とも言える「命の雫」がある。
「なるほど、世界樹は命の雫で良く育つな」
『……世界樹がまた1本増えてますね。この件についてはエルメア様の了承を取っていないのですが、結構なことをしているのですよ。アレンさん』
アレンは「命の雫」を養分に神種の成長させることにした。
神種とは世界樹の種のことであり、成長すると世界樹になり、この広大な荒れた原獣の園が緑になるだろう。
「精霊の園は行き場を失った命の雫のため池ができる。さらに原獣の園で頑張ってくれた獣人たちも神として報酬を与えられる。私はその助けが出来て何よりです」
『やれやれです』
ため息をついたが、もともと話がついていることもあって反対はしないようだ。
「ギラン様、余裕があれば神力を込めてあげてください」
神力を込めると世界樹の成長が早くなるのは、ペクタンを召喚獣にする過程で知った。
『老体には厳しいですが、獣人のため、出来ることはしましょう』
神々とアレンたちが事を進める中、アルバハルの周りにいる原獣の園にいる獣人の有力者たちがザワザワとし始める。
既に獣人たちには話がついており、これから原獣の園が豊かになることに期待しているようだ。
『ほほ。この恵み、儂も少し使わせてもらおうかの』
(何だよ。やはり何かするためにやってきたのか)
『モルモル様、いかがされましたか?』
鎮魂祭の流れも含めてアレンと大精霊神と台本を用意したのだが、豊穣神が予定なくこちらにやってきた。
明らかに警戒したギランは姿勢を低くし両目でモルモルを捉える。
『いやなに、神力が足りない獣神たちでは十分な世界樹を成長させるために時間が掛かろうというもの。獣人たちが不憫に思っただけのこと。ほいさっさ!! 豊穣爆誕!!』
豊穣神が縁起良く小躍りしながら、片足でテンテンテンと小刻みにステップを取ったかと思ったら、片手を命の雫のため池に向けた。
メキメキ
ポコポコ
木々が一気に芽吹いたかと思ったら、ため池を囲むように木々が成長を始めた。
枝分かれをしながら5メートルを超える木になると、青々とした葉から見え隠れるするのはアレンが幼少の頃からよく食べたモルモの実だ。
さらに、豊穣神は命の雫の力を借りて、原獣の園の乾いた地面を遥か地平線の先まで草原に変えていく。
「す、素晴らしい」
「このような恵みをありがとうございます」
「実がなっているぞ。ん? このつる状の草は。むん! おお!! 芋だ。たくさんの芋が地面に実っているぞ!!」
『ほほ。祈りを捧げれば、来年も実をつけようぞ。このモルモの木より先は命を奪う危険なため池のようじゃよ。背丈の高い木々を敷き詰め、入れないようにしたが、気を付けることだな』
(大精霊神が管理した命の雫を時空神が運ぶ。その力を借りて豊穣神が獣人の信仰を集めて、まさに漁夫の利。だが、獣人たちが喜んでいるし、食糧を大量に作れるのは豊穣神のお陰か。命の雫の注意点も教えてくれたし、ここは感謝しておこう)
アルバハルと獣人の有力者たちをここに集めたのは、原獣の園に「命の雫」のため池を設けるのだが、これは獣人たちにとって危険だ。
ため池の危険性について獣人の有力者たちに説明しておこうと考えていたところだ。
荒れ果てた大地に早急に食料を実らせた豊穣神が説明の一助を担ってくれたことには素直に感謝することにする。
『儂は用を済ませた。それではの』
豊穣神がどこかへと転移してしまった。
「では、現状について改めてもう少し説明しますね」
モルモの木が防波堤のようになったため池に、今も時空神の魔法陣から止めどめとなく「命の雫」が零れる中、改めて獣人たちに説明する。
「なるほど、居住区には適さないということか」
「獣人たちにはしっかり説明しておこう」
「特に食料を取りに来る獣人には話しておかないとな」
ウンウンと頷き、アレンの説明に理解を示す。
ここまで黙っていた始祖アルバハルがアレンの下へ歩み寄る。
『なるほど、これは素直に礼を言わないといけないようだな。アレンよ。色々気遣ってくれて感謝する』
始祖アルバハルが礼を言ったところで、アレンの上空に魔法陣が生じる。
「いえいえ、アルバハル様にもシアに力を与えて頂いた礼がございますので。ああ、時空神様、命の雫を運んで頂き……。ルプト様?」
(1体でやってきたな。なんだなんだ)
アレンが礼を言おうと頭を上げると、頭を上げるとそこには第一天使ルプトがいた。
いつも付き従えている大天使たち3体はいない。
明らかに焦ったような表情にアレンたちも何事かと緊張感が走った。
『アレンよ。神界に魔王軍が侵攻してきました! すぐに行動に移すのです!!』
「なんですって!?」
ルプトの叫ぶような言葉に理解が追いつかないアレンであった。





