第730話 鎮魂祭
マッシュやトマスと久々に再会した翌日、アレンたちは神界、シャンダール天空国の王都ラブールにやってきた。
学園で一晩過ごし、久々に弟のマッシュと語らいあった。
レイラーナ姫が気分を良くしたのか、トマスに笛を吹かせてカラオケ大会を始めた。
名残惜しい時間であったが、マッシュから衝撃的な話を聞いた。
『アレン兄貴は魔王と戦ってるんだよね』
マッシュも魔王について知っていた。
アレン軍の幹部もいるし、ラターシュ王国の王女もいるパーティーにマッシュは所属している。
知らない方がおかしいのだが、ショックが大きかった。
両親にはアレンが魔王軍と戦っていること精霊の園から帰った時に伝えたが、マッシュは既に学園にいたから伝えていなかった。
ロダン村にもアレンが提供した魔導船アレン号がグランヴェル領を定期的に飛んでいるため、故郷にも帰りやすく、どのタイミングで聞いていてもおかしくない。
アレン自身も精霊の園の後も試練の連続で故郷に帰る暇も、学園へマッシュに会いに行く暇もそうそうなかったのだが、魔王軍については自分の口で伝えたかった。
そんな反省とも後悔とも言い訳ともとれる思考を目の前の赤ん坊の泣き声が邪魔する。
『オギャー! オギャー!!』
(元気そうで何より。赤ん坊のころから羽と輪っかがあるのね)
「そんなに泣かないで。もうすぐモルモル様があなたの名前を付けてくれるのですよ」
近未来的な車輪がないのに上空30センチメートルの所に浮く、流線形の乳母車の籠の中から赤子を両手で抱きかかえ、なだめ始めた。
王都はピラミッド構造の3階層に分かれており、上層に上がるに連れて神界人の平民、貴族、王族が住んでいる。
アレンたちが今いるのは、最上層である王族の居住エリアの中央には、頂上の開いた大広間だ。
神界人が神聖な儀式にも使う場所で、神々の神域に入るための「羅神くじ」を引いた。
そして、くじ引きの権利をセシルたちの内乱によって封殺され、アレンが床石の冷たさを知った場所でもある。
跪くアレンたちパーティー5人の前には天空大王とその王妃と生まれたばかりの赤子がいる。
アレンの横には首長のソメイと守主のアビゲイルも跪く。
さらに、その背後には竜人で、12人の族長と12人の守人長、さらに王族や貴族たちも数百人が跪いている。
上位神が玉座の檀上から見下ろす状況に、竜人たちは思わず口々に感想を漏らしてしまう。
「イースレイ様だ。初めてお見えする。竜人の我らがここにいても良いのか……」
「それで言うとこの場にきたのは初めてだ。族長任命式でもこの場に来ることはできなかった……」
「やはり、ソメイ守主様への忠誠は正しかったのか」
(あの神々も既に揃っているみたいだし、はよ終わってくれ。それにしても竜人たちが緊張気味だな)
今後の予定やレベル250突破の方法を考えながら鎮魂祭が早く終わることを願う。
なお、竜人たちはこんな大きな儀式に呼ばれることが族長や守人長という立場であっても早々ないのか、緊張で若干小刻みに震えている。
『ホホホ、早く終わって欲しい者もいるようだの。「鎮魂祭」を始める前の「命名式」をとっとと始めようかの』
(うわ、心読まれたながな。でも、嘘はついていないし。しょうがないし。モルモの実は美味かったし)
前回やって来た時、天空大王のいた玉座には豊穣の神モルモルが腰深く座っている。
アレンは本物を見るのは始めてだ。
アレンは初めて本物を目にする豊穣神に失礼なことを言ったことをまるでログを流すようにモルモの実を褒めておく。
神の名をつけたどんな環境でも育つ安価な実で、農奴のような身分の人にも手頃に買えるのに、栄養価があって美味しい。
世界に10柱といないと言われる1柱の豊穣神も今回の鎮魂祭に参加しているようだ。
豊穣の神とあって、人間界ではどの国でも街でも村でも豊穣神を祝う行事が10月に行われる。
クレナ村では豊穣の祭りをアレンの誕生日の10月1日に行われていた。
初めて会う豊穣神は前世で七福神の布袋神によく似ており、ふくよかな腹が服の外に大きくはみ出ており、頭髪はない。
豊穣の祭りで祈るとあって、どんな小さな村でも、開拓村であっても、豊穣神の像はあった。
他にも大精霊神イースレイ、四大属性神も大地の神ガイア、水の神アクア、火の神フレイヤ、風の神ニンリルも玉座の側にいる。
さらに原獣の園から白銀の獣である獣神ギランまでやってきている。
(俺の願いの結果かな。ギランもちゃんと来てるね)
豊穣神以外はアレンが大精霊神にお願いして、働きかけてくれたお陰でこの場にいる。
依頼はしたものの、神々からは特段の交渉もなく、すんなり来てくれたようだ。
神々にとっても神域を勝手に出たり、人々を無償で救ったりするのは理でできないようなので、鎮魂祭にも一声かけたら喜んできてくれたらしい。
「では、このジーゲンが式典を進めさせていただきます。まずは10万年ぶりに生まれた第一天使様の命名式を行います。皆、豊穣神モルモル様に跪きなさい」
宰相っぽい爺さんの神界人が司会進行役をするようだ。
前回羅神くじを引く際は霊晶石の判別を行っていたことを思い出す。
元々跪いているアレンたちがさらに、床の絨毯すれすれまで深く頭を下げる。
(命名式か。赤子に名前を付けるって話だよな。俺たちが狩ってきた霊獣の霊晶石のおかげで)
神界にやってきて、神域に入り、神々の試練を受けるためには天空大王にお願いして各神域に入るための羅神くじを手にしないといけなかった。
羅神くじには「霊晶石」と呼ばれる力をもった霊獣の体内にある石が必要だった。
亜神級というステータスが10万を超える強力な霊獣を倒した場合は、貴重な霊晶石を落とす。
亜神級の霊獣の霊晶石を神界人の王族の妊婦に与えたら、第一天使と呼ばれる階層の存在する天使の中でも最上位の天使が誕生する。
天空大王の王妃が生んだ赤子は10万年ぶりに生まれた第一天使のようだ。
(火の神の神域を魔王軍に襲われて多くの天使を失ったようだからな。そのせいで新たな天使の募集を階位に限らず多くを求めているらしいな)
魔王軍の侵攻によって、神界では天使ベビーブームが到来していると言う。
城下町には、専用の保育所があるのだとか。
神界人であれば霊晶石ではなく霊石を妊婦の母体に与えれば天使を生むことができる。
その場合は基本的にただの天使が生まれてくるらしい。
魔王軍が神界に来た時、魔王軍側も多くの犠牲を出したが、神界側は第一天使メルスを筆頭に多くの天使を失った。
【天使の階位と仕える神一覧12章版】
・第一天使(3組の羽):創造神、一部上位神
・主天使(2組の羽):主に上位神
・大天使(トゲトゲの輪):神々、第一天使
・天使:神々、大天使、主天使
※創造神には第二天使が仕える場合もある
(メルス、お前を命名したのは戦神ルミネアだったけか)
『そうだ。第一天使は上位神以上の神が命名するからな。神の力を分け与えられる儀式よ』
この場にはいないメルスに対して、共有で問うと即答された。
天空大王が恭しく、ゆっくりと立ちあがると王妃のベビーカーの中で泣く赤子をゆっくりと抱きかかえる。
そのまま姿勢を向き直り、ゆっくりと永久に思えるほど、まるで弓道場で足をあまり浮かさずに歩き、豊穣神の下へと歩みを進める。
そのまま玉座の前の数段の階段を歩き、最上段の一歩前で跪くと、両の手の平に乗せ高々と赤子を差し出すように最大限、豊穣神に近づける。
霊晶石を与えられ、特別に誕生する第一天使ではあるが、それとは別に特別な儀式を行う。
それは上位神以上の神が第一天使の名前を与える「命名式」だ。
『オギャアア! オギャアアアアアアア!!』
豊穣神が怖いのか、赤子が必死に泣く。
『元気な子だの』
ゆっくりと大きな手を赤子に差し出した時に豊穣神の大きさが分かる。
赤子の大きさが指先よりも小さかった。
豊穣神は全長30メートル近くもある。
これでも全長100メートルの獣神ギラン、大精霊神イースレイよりも小さい。
『ひ、ひぐ……』
指先を見つめる赤子が静かに泣き止むと豊穣神が口を開いた。
『男の子か。この子は「ホマル」とする。……将来エルメア様に仕えるかもしれぬの。神々による教育が始まるまで神界人の王よ。しっかり育てなさい。わが神力を分け与えよう。健やかにあれ』
豊穣神は手のひらに神力を集め、手を伸ばし始めた第一天使ホマルに、自らの力を分け与える。
「はは!!」
豊穣神の言葉に、天空大王はまっすぐと掲げた腕を下げ、ホマルを抱きかかえると、一歩下がった後、玉座に背を向け、ゆっくりと階段を下りる。
王妃の横の浮いたベビーカーに静かにホマルを入れると、ひと行事終えて疲れたのか指を吸いながらゆっくりと目を瞑る。
「おほん、新たな第一天使ホマル様の誕生に皆様拍手を! 後ほど、ルプト様を通じて人間界にも神託されるでしょう」
パチパチパチッ
神界人が一斉に割れんばかりの拍手をする。
「ありがとうございます。神々の世界が永久に続くため、神界人として天使を生みましたことに感謝します。では、次に此度、大変なことが起きました。聞いているかと思いますが、霊獣ネスティラドがとうとう狩られました。偉大な魂の還元に大精霊神イースレイ様よりお言葉があります」
『儂の出番は終わったようだの。よっこらしょと』
『失礼します』
豊穣神がゆっくりと玉座を立ち上がると、併せて大精霊神も立ち上がり、玉座の間を入れ替わる。
巨躯同士が動いて足場となる台座がわずかに揺れるが、行事に巨大な神々がやってくることも想定しているのかしっかりとした作りだ。
玉座の間も奥行きも含めてとても広い構造になっている。
最上位神の一柱である大精霊神イースレイの言葉をアレンたちも竜人たちも神界人たちも静かに待つ。
指先を向けられたホマルは静かなままだなと思っていると大精霊神イースレイは口を開く。
『霊獣ネスティラドは神界の淀みそのものでした。魂の循環を預かる身として、この淀みが無くなったことはとても喜ばしいことです。この霊獣を倒すため、本来はまだ循環する必要もない多くの尊い命が流れに還りました』
『ほほ。このおかげで地上はもちろん、神界でも、十分な食料を与えることができるだろうの。むん! この溢れる恵みの力を!!』
豊穣神が今度は腕を天に掲げ、神力を込めて拳を握りしめると、光る雪のようなものが開いた天井からゆっくりと降り落ちてくる。
ネスティラドを狩ることによって得た生命の循環は、豊穣神の力にもなっているようだ。
「お、おおおお!!」
「何と神々しい」
「流石は豊穣神様だ」
『キャッキャ!!』
ホマルも加護の中で嬉しそうに空から降ってくる温かい慈愛に満ちた雪に手を伸ばそうとする。
『お静かに。魂となったとはいえ、思いが叶わず道を踏み外し、彷徨い続けた者たちです。新たな魂となって生命の循環に帰った者たちの今後を祈りましょう』
大精霊神の言葉に皆が目を閉じ、改めて深く頭を下げた。
(なんか火の神が群衆を騙すのに使ってたね)
幻想的な光景にアレンの仲間たちもこれが鎮魂祭かと思う中、アレンが物騒なことを思うと、雪の1つがメラメラと燃えている。
「あちっ!?」
アレンの頭に落ちると燃えるように熱く思わず声を上げた。
『神聖な儀式。黙っておるのだ』
火の神フレイヤにお灸を据えられるアレンであった。





