第729話 人類希望の像
アレンの目の前でゴーレムが慎重に自らの銅像を広場の中央に置こうとしている。
日の光を浴びた輝きからもミスリルで出来ているようだ。
ミスリル以上の硬度を持つ鉱石は、「彫刻」や「鍛冶職人」の才能がないと加工できない。
等身大のアレンそっくりで右手を優しくこちらに差し出しているのは、まるで全ての種族を受け入れ、守ろうとしているようだ。
表情からは慈愛と強い信念が感じられる。
「アレン様、素晴らしい像でございますわね」
「……そうだな」
(どうしてこうなった。こんなこと頼んでいないぞ)
感動するソフィーに適当に返事をして、アレンが足早に近づくと、ゴーレム隊のザウレレ将軍が気付いた。
「これはアレン総帥、いらしていたのですね。皆、敬礼!!」
配下のドワーフたちと一列に挨拶をしてくれる。
挨拶のポーズなどはアレンが指示したわけではないが、アレン軍独自の作法があったりする。
なお、アレンは2万人ほどのアレン軍の最高指揮官である「総帥」という地位になる。
「いえ、楽にしてください。それであれは何でしょう。私の像に見えますが」
「は! この『人類希望の像』でございますか? 吾輩の伝手で腕の良いドワーフの職人がいまして、是非、人類に多大な貢献をしたアレン総帥を称える……」
ここからザウレレ将軍はどれだけ自らが、この腕のある職人に頼み込んだか語り始めた。
何でもバウキス帝国の皇帝ですら、気分が乗らなければ、像の製作を拒否するくらい実力があり、それでいて頑固な職人らしい。
アレンの活動と理念、それから、将来について3日3晩語り明かし、酒の樽を3個を空にするほど飲み明かし、ようやく、着手してくれたらしい。
ソフィーが頬の手を当てて感動しているのは、まるでそれが生きたまま像になったと思えるほどの出来だからだろう。
だが、そんなことはどうでも良かった。
話の腰を全力で折ることにする。
「申し訳ありませんが、このようなことは望んでおりません。撤去していただけますか?」
(既に像の名前があるのか。広場に何か像が必要ならドゴラ当たりの像にしよう。その方が火の神の力が増すだろうし)
ピエール口調でいつも話が長いザウレレ将軍の話を打ち切った。
「いえ、しかし、既にこのように素晴らしい像を……」
と言いながらも助けるようにザウレレ将軍はソフィーを見ている。
「このような像は不要です。私がもし魔王との戦いに勝った暁に、記念として建てるなら分かりますが、今はこのように祀られる立場にはありません」
台座の上に置かれ、固定する作業に入ろうとする中、何事だと作業するドワーフたちの視線がアレンたちに向かう。
アレンがこの像の必要性がないことを淡々と理路整然に語る中、ソフィーが口を開いた。
「アレン様、よろしいですか?」
「え? なんでしょう」
圧の強い言葉に、思わず仲間のソフィーに丁寧な口調になってしまう。
「50年以上に渡る魔王軍との戦いの中、今は反転攻勢をかけた節目の年になるかと思います。圧倒的な力に対して私たちひ弱な人類にはすがるような存在、救いの手を求める存在が必要なのです。起こした奇跡はもちろんのこと、あらゆる種族に受け入れられたアレン様こそ相応しいです」
「人類の希望と言うなら勇者が……」
「勇者ヘルミオス様は確かに人類の希望です。ですが、この学園の改革を主導したのは紛れもないアレン様です。御発案から資金の提供までアレン様のお力は大変大きいです」
その上で勇者ヘルミオスの像を立てるのは筋が通らないとソフィーは圧をかける。
「え、だから……」
「おい、アレン。もうあきらめろよ」
ルークも同調し、どうやらアレンの希望は通らないようだ。
(仕方ないがこれ以上拘るのもおかしな話か。とりあえず、忘れよう。って、大事な用事を忘れていたな)
アレンの像が台座に固定されていく様子をソフィーは満足そうに見ている。
衝撃的な出来事に本来の用事を忘れていたことに気付いた。
「すみません、ザウレレ将軍。この像の建設以外で何か大事な用事はありますか?」
「いえ、吾輩は特にはございませんが、いかがされましたでしょうか」
「街の建設を主導していただいてありがとうございます。実は神界でハバラクさんが大地の迷宮で鉱石収集を手伝って頂けるゴーレム使いが必要でございまして」
アレンがここにやって来た目的とザウレレ将軍と合わせて10人くらいの星4つのゴーレム使いが必要なことを伝える。
「そうでしたか。いやいや、吾輩もとうとう神界に足を踏み入れるとは、手練れをすぐに人選しましょう!! ん? 何でしょう? 誰かやってきますね。アレン様のお知り合いでしょうか?」
「そんなことはありませんが、生徒か冒険者の方々でしょうか」
ザウレレ将軍が快く返事をしてくれていると何やらキャピキャピとした少女の声が聞こえた。
どうやら10人弱の集団がこっちに向かってきているようだ。
アレンとドワーフたち以外誰もいない広場のためか良く響く。
空に待機していた鳥Eの視線をやってくる集団に合わせる。
「ちょっと、いつまで歩かせんのよ。ライバック、この先なのよね!!」
ガンガン
(ん? この声は?)
「姫様、この正面のとおりの先です。響くのでそんなに盾を叩かないでください」
無表情で背負う巨大な盾を槍斧で叩かれたことを止めさせようとする。
「姫様、本当に入って大丈夫なのでしょうか? 来月まで立ち入り禁止って来ていますが」
(トマスさんやん)
腰帯にフルートのような縦笛をさしたセシルの兄のトマスが不安そうにしている。
「もう! ライバック、トマス。ここではレイナでしょ! 姫とか呼ばないの!! 私が担任から怒られるじゃないの!!」
「いや、僕らは学園行ってないしそんなルールとか……」
「トマス! 口答えしないの!!」
「へば!?」
「まったく、文句が多くて困っちゃうわね。マッシュもそう思うでしょ。ちょっと、リーダーなのに何黙ってんのよ」
(お? マッシュだ。その横にはリリィもおるで)
「レイナが一番文句多い……。そして煩い」
「しっ! リリィ!!」
「本当のこと」
トマスは恐怖知らずのリリィの発言に慌てて制止しようとする。
「ちょっと、マッシュ。いつまで黙ってんのよ」
「……アレン兄貴」
「本当だ。アレンの兄貴だ」
(誰がアレンの兄貴だ)
マッシュの言葉にリリィが答える。
レイラーナ姫が騒いだためかなりの距離まで気付くのが遅かったが、他の人たちもアレンたちが像の前にいることに気付いた。
(グランヴェル伯爵の話とおりだと。この場にセシルが居なくて命拾いしたな)
トマスは去年の転職ダンジョンが出来てから、才能を手に入れ、このラターシュ王国王女レイラーナの護衛のため、行動を共にしてきた。
トマスは、本来は王城で次期グランヴェル家当主として経験を積み、王侯貴族のコネや関係構築のため、役人として働いていたのだが、インブエル国王より王命を態々貰って、レイラーナ姫の学園での活動をサポートするという立場だ。
ラターシュ王国で貴族として生きるトマスにとってこれ以上有用なコネはないだろう。
アレン軍の拠点を使っている上に、トマスが定期的に伯爵に近況をまとめた手紙を送っている。
アレンは5大陸同盟会議など、ラターシュ王国の王城の状況をたまに聞く機会があったので伯爵より耳にしていた。
そのレイラーナは、同じ年に学園に入学したおり、マッシュと一緒にパーティー名「百花繚乱」を結成した。
クレナの妹で拳士の才能があるリリィは今年の4月から学園にいるので1年後輩だ。
槍使いの才能があるマッシュがパーティーリーダーだと言う。
(ふむふむ、盾使いライバックに中距離攻撃のレイラーナとマッシュ、近距離攻撃のリリィ他にもバフ役に回復役もいるようだし、バランスはいいな。ライバックは主従の契りの方がアレン軍より大事と。トマスさんの転職も手伝ってみるようだし助かる。まあ、姫のついでだろうけど)
【マッシュのパーティー「百花繚乱」(星の数)】
・盾王ライバック(☆☆☆☆)
・大演者トマス(☆☆☆)
・斧槍聖レイラーナ(☆☆☆)
・槍使いマッシュ(☆)
・拳士リリィ(☆)
・その他数名の生徒
前世の記憶でパーティーのバランスは考えがちだ。
8月、9月は学園の夏休みだということも思い出す
学園外のメンバーであるライバック、トマスもパーティーに加えて、どうやら楽しく冒険者ライフを楽しんでいるようだ。
パーティーが増えて、アレン軍の拠点が手狭になったのか、自らの拠点を探して移り住んだ話も聞いている。
「アレン殿、すまない。我は許可したわけでもないのだが、新しくできる学園の新市街について姫様に聞かれてな。アレン殿の像をぜひ見たいと……」
齢50歳を過ぎており、レイラーナ姫の護衛を国王から勅命を受けた上に、ラターシュ王国の近衛騎士団長を兼務しながらもアレン軍人族部隊の将軍のライバックが、普段の無口な感じと違い、厳しい胸の内を吐き出してくる。
アレン軍の将軍とあって、ライバックはザウレレ将軍同様に、転職ポイントを消費し優先して星4つに転職してもらった。
「いえいえ、アレン軍の人族部隊将軍のライバックさんがたまに抜けられるのは厳しいですが副将軍も頑張っておりますので。それぞれの立場があっても気にしないですよ」
どうやらアレン軍が主導して開拓する学園都市新市街の情報をライバックから聞いたレイラーナ姫が、期日を待たず無理を言って、皆でやって来たという話のようだ。
「兄貴の像……。人類希望の像」
マッシュは台座に掘られた像のタイトルと人物名を呼んでいる。
(もう兄ちゃんとは呼んでくれないか)
マッシュの成長をアレンは感じる。
仲間を集い、自らの足で歩きだしていた。
「そうなんだ。止めようとしたんだが、恥ずかしい限りだ」
「へ~。担任のカルロバ先生も兄貴はすごかったって言ってるよ」
「お? 担任はカルロバ先生なのか。まだ服はピチピチなのか?」
(俺の弟が学園に入ってくると分かって警戒したのかな。っていうか、その結果王都の冒険者ギルドに帰れなかったかもしれないな)
1学園20以上の教室があり、3学年もある中、わざわざ、マッシュの担任になったようだ。
自分の時は態々王都からやってきて剣聖クレナがいるから担任になったっていってたが、その後も冒険者ギルドに戻らず学園に残留しているようだ。
とりあえず、卒業生あるあるの先生の特徴をアレンは口にする。
「ぶっ!? ピチピチ」
「え!? そうなんだよ。何で破れないんだろうってくらいピッチピチだよ」
レイラーナ姫は吹き出し、マッシュも笑いそうになる。
「そうなのか。じゃあ、この感じだとレイラーナ姫様も一緒の教室なのか?」
「うんうん」
「へ~。学園のダンジョン攻略の課題は大丈夫だったか」
「全然、簡単だったよ。これなら村でボア狩っていた頃の方が大変だったな」
「いやいや、俺たちも転移の罠で危なくなったからな。ダンジョンのランクが上がると罠が厳しくなるぞ」
「へ~。百花繚乱には盗賊がいるけど、注意するよ」
学園にいたころセシルとドゴラがピンチになった罠対策はできているようだ。
久々の兄弟の会話に仲間たちが黙って見守っていたが、ライバックが口を開く。
「せっかく、来ていただいたのなら、アレン殿もゆっくりされたらどうなのだ」
ここで、2人で立ち話をするよりも皆でとライバックは言う。
「そうだな。次の予定があるけどマッシュの冒険の話も聞きたいし……。ん?」
カッ
突然に天が光り、アレンたちはとっさに手で視界を隠してしまう。
手を覆った視界の端で無数の翼が目に入る。
『アレンよ。ここにいましたか。探しましたよ』
「うわああああああ!? る、ルプト様!?」
第一天使ルプトがアレン像よりも高い位置に現れてトマスが思わず腰を抜かした。
マッシュとレイラーナも驚愕している。
アレンが棒立ちする中、ザウレレ将軍とライバック将軍が速やかに膝をついた。
『鎮魂祭の準備が整いました』
『祭りは明日行います』
『アレンは祭りの出席者です。遅れずに参加するように』
第一天使ルプトが3体の大天使を引き連れて現れるのであった。