第699話 パーティーの反省会
アレンは敗走して、霊障の吹き溜まり側にある砦に戻って来た。
外壁の上から転移地点の様子を見ていた守主のアビゲイルが、アレンたちの帰還に気付いて、内側に設けられた階段をすごい勢いで降りてきた。
「戻られたか! アレン殿、大丈夫か!?」
「え、ええ。問題ありません」
アレンたちが霊獣ネスティラドに挑戦し1時間以上が過ぎていた。
その間も不安になりながらもずっと待っていたようだ。
アレンたちの浮かない表情から、戦いは上手くいっていなかったことに気付く。
「……アレン殿、会議室にお茶と菓子を準備させましょう」
これから何をするのか分かってくれたようだ。
(霊獣ネスティラド戦の反省会とこれからについて考えないといけないと。あとは負けてしまった皆のメンタルケアも)
アレンが戦いの結果を受け入れ、頭を切り替えていく。
「アビゲイルさん、助かります。じゃあ、皆もそちら集合で。今後の話をしよう」
「ちょっと! 何サクサク決めてんのよ。ロザリナ、シャワー浴びて服着替えたいわ!」
「じゃあ、シャワー浴びて着替えたらで大丈夫だ。皆もな」
ロザリナはソフィー、シアも引き連れてシャワーに行くようだ。
砦内の休憩兼会議施設の建物には、要塞内に設けられた巨大な共同浴場に行く暇もない隊長格用のシャワー室もいくつも完備されている。
なお、この砦に備えつけの共同浴場は、アレンたちの好意で、温水用魔導具と浄水用魔導具で、一度に1000人規模で利用できるものを設置済みだ。
『く~ん』
「よしよし。ハクも頑張ったから」
頭を下げてうな垂れるハクの鼻先をクレナが優しく撫でてあげる。
(クレナがハクのフォローしてくれると。さて、会議に備えてネスティラドの攻撃)
アレンはメルスと監視用の鳥Eの召喚獣以外をカードに戻して、ひと風呂浴びようと浴場に向かいながら、魔導書に整理する。
【霊獣ネスティラドのスキル簡易版】
・左腕のスキル
吸引爆拳:近距離に無数の左手拳を打ち。体力を回復させる
無法掌底:地面に平手による掌底打ち。半径10メートルのバフが全て消える
・右腕のスキル
駿円斬界:円状に一回転する。超強力な物理攻撃。発動中無敵。
・両腕
万引牙双:半円100メートルに強力な範囲攻撃。敵を接近させる
※一部抜粋。10個以上のスキルを有する
【霊獣ネスティラドの行動パターン】
・知力はあるが交渉の余地はない
・基本物理攻撃だが、左腕でのデバフ、体力吸収のスキルを持つ
・バフがないとスキルなしの左腕の攻撃でも前衛、後衛関係なく即死
・体力が削られるとスキル「吸引爆拳」を多用し回復を図る
・体力をたくさん削られると「無法掌底」によってバフをかき消す
・体力をたくさん削られると「万引牙双」によって陣形を破壊する
シャワーを浴びて、頭を冷ましながら、反省点を整理する。
続々と会議室に仲間たちが揃ろい始め、竜人たちはお茶や菓子をどんどん運び、テーブルに並べていく。
一番にシャワーを浴びに行ったロザリナを残して全員揃ったところで、アレンがモルモの実を1口齧ったあと口を開いた。
「さて、必ず倒せる確証のない敵であったけど、今回は上手くいかなかったな」
アレンは「今回は」という言葉を誇張した結果、再戦があることを仲間たちに理解させる。
「なかなか厳しい戦いでしたわね。フォルマール、何かあれば、アレンの指示を聞きなさい」
「ソフィアローネ様、分かりました。ですが、ご無事で何よりです」
絶対に分かっていないフォルマールが次も何かあったらソフィーを最優先にしようと心に誓っているようだ。
そんなことを言えば、アレンの召喚獣も共有しているが、皆が100%アレンの指示を聞くわけではない。
特にSランクの召喚獣は前世の記憶をほとんど残しており、指示の解釈はもちろんのこと、指示そのものを無視することもある。
(さて、この辺も作戦にいれないといけないんだけど。だが、このまま挑戦を続けて倒せるのか)
「皆、ごめん。俺がデバフを決めまくれば、畳みかけれたのに……。今度こそ、しっかり決めるから」
「ルークその意気だ」
見た目だけ最年少のルークのフォローをアレンが入れる。
「今度こそって、何度も挑戦して運よく倒せるってやり方には、俺は反対だな。俺の神技は運の要素も強いんだ。いつか回復が追いつかず、パーティーが崩壊するぞ」
「そうですわね。回復の手は無限ではありませんし。バフを全て消されたら回復どころではありませんし」
(まあ、今回全員無事なのは運が良かったとも言える。俺やメルスだけの挑戦じゃ使ってこなかったスキルもたくさんあったし)
キールの言葉に、同じく回復役もこなすソフィーが同意する。
「なるほどね」
「ほほう」
『ぎゃう!!』
メルルとクレナがしたり顔で顎に手を当てて会話に参加した感を出す。
その背後の窓からハクが覗き込んで相槌を打つように大きく鳴いた。
「……もぐもぐ」
「……もぐもぐ」
ドゴラとイグノマスはただただ運ばれてくる菓子を食べ、疲れた体力を回復させようと、茶で胃の中に流し込んでいるようだ。
「よし。今日は休んで明日もう一回挑戦しようぜ」
「試行回数を増やせば、パーティーの中で死人が出てしまう。そもそも、体力を削りすぎると危険なスキルをネスティラドは多用する。再戦するなら必ず倒せる作戦を立ててからだろ」
「一回でデバフ決まらないから仕方ないだろ!」
キールとルークの意見がぶつかる。
パーティーの回復の要であるキールの最大の目的は、仲間の命を守ることに置いているようだ。
あやふやな確率での危険な挑戦に断固反対する。
(そうだ。確率アップだな。俺たちのやるべきことは最初から決まっていたと)
キールの言葉にアレンの中で方向性が見えてくる。
「まあまあキールはそんなに悪気があって言っているわけではありません。そうですね、確実というわけではありませんが、勇者ヘルミオス様の試練を超えるのを待つというのはいかがでしょう」
「私はソフィアローネ様の意見に賛成だ」
「おい、フォルマール。お前は賛同したいだけだろ」
「私はソフィアローネ様の意見に賛成だ」
幼さからくるのかルークは自分の案が通らないことに、別案を出してくれたソフィーやフォルマールにも噛みついてしまう。
その後も、陣形などの配置や、ネスティラドがバフを消しに来た時どう対応すべきかについて話し合っている。
(さすがに神の試練を超えてみんな意見がたくさん出るようになったな。さて、シアはどのタイミングで話を切り出すかな)
学園にいたころは仲間たちにとって、アレンのルールだけが全てだった。
前世の記憶でダンジョン攻略を行い、仲間たちはついてくるだけであった。
だが、仲間たちは転職を繰り返し、魔王軍の強敵と戦い、神の試練を超えて成長したようだ。
こういう意見交換も大事かと、アレンは自らの意見よりも仲間たちの意見の吸い上げのため、司会役に回る。
まだやってこないロザリナを置いて、皆が思い思いに意見を言い合う中、黙っていたシアが顔を上げて仲間たちを見た。
「お、シアも何か意見があるか」
アレンはさりげなく話をシアに振る。
話し合いが続き談笑に変わりつつあった仲間たちの表情が。シアの重たい表情で緊張感が戻ってくる。
「陣形を組んで、連携で体力を削っても、ネスティラドは倒れそうになるとデバフやスキルを連発して倒せない」
「……シアには、それを覆す技があるというわけだな」
「そうだ。余の神技『獣神無限爆散拳』が決まれば獣神ガルム様曰く、倒せないものはないといっている」
仲間たちはシアの言葉に絶句する。
ネスティラドに挑戦する前に仲間たちのスキルや神技の効果やクールタイムなどについても出し合い作戦の中に組み込んだ。
100連コンボ後に発動できる神技「獣神無限爆散拳」は最も発動条件が難しいとも言える。
だから、シアが言葉に出す前は、この神技については触れなかった。
(俺も正直これしかないと思っている。さて、どうやって話を持って行くかな。お? ドゴラ、話に参加するのか)
食べかけのパンをテーブルに置き、ドゴラは一度ゆっくりと息を吐いた。
「……やはりそれしかねえか」
「ドゴラ……」
菓子を食い続けていたドゴラがようやく口を開いたかと思ったら、シアの作戦に賛同するようだ。
ドゴラが賛同してくれたというだけでシアは嬉しそうだ。
「だが、コンボの条件は避けられん。攻撃を全て躱すって話じゃねえのか。あれを相手に100回も連続でスキルを当てるなど、どうやって達成しろと言うんだ」
今度は、これまで話に参加しなかったイグノマスが話に参加する。
陣形などについては、パーティーの方針に一任するつもりであったが100連コンボをネスティラド相手に達成するのは前衛を張るイグノマスの動きの負担はあまりにも大きい。
「100連といってもこれだけ前衛がいる。後方からのメルルやフォルマールの遠距離攻撃も有効よ」
「それでも1人当たりそれなりの数のスキルを確実に与えねばならねえはずだ」
(幼少期から王族のシアの方が皇帝経験のあるイグノマスより権威ある口調ね)
シアの言葉にそんなに簡単な話ではないとイグノマスは言う。
イグノマスにはプロスティア帝国で返り咲くという野心がある。
命を懸けるのは、女帝ラプソニルのためだと心に決めている。
「まあ、確かにその通りだ。だが、これならネスティラドの体力を削り、スキルを暴走させる前に倒しきることができるぞ」
「倒せる保証はあるんかよ」
「そんなものは最初からないな」
キールとルークほどの意見のぶつかりではないが、イグノマスはこの作戦を遂行するリスクについてシアに語り掛けているようだ。
「……なるほどな。それでリーダーはどう考えているんだ。概ね、意見は出たはずだ」
仲間たちの視線がアレンに集中する。
「リーダーとしての意見は、このままルークの作戦のとおり、多少陣形やスキルを考えて、挑戦回数を増やしていくだけではネスティラドは倒せない。だからと言って勇者の試練達成をただただ待つのは時間が惜しい。勇者がどれほどネスティラド戦に相性の良い力を得るかも分からないからな」
「では、アレン様はシアさんの『神技炸裂! 100連コンボ大作戦!!』で行くということですわね」
(ん? なんかすごい作戦名が出てきたな。ソフィーも俺と同意見だったってことか)
「そうだな『神技炸裂! 100連コンボ大作戦!!』でいこう」
「おお! カッコいい『神技炸裂! 100連コンボ大作戦!!』!!」
こういうのはノリが大事だ。
クレナが目を輝かせるソフィー命名の作戦名で行こうと思う。
「だけど作戦名だけじゃ、難易度変わってないだろ。回復するのは俺たちなんだが」
キールが最もなことを言う。
だが、アレンには難易度を下げるための作戦があった。
「ふっ。俺たちのパーティーには『最終兵器』がある」
(まだまだ俺の手が必要なようだな。ようは確率を上げたらええんやろうがい)
ニヤリ
不適な笑みをアレンは零す。
「最終兵器!?」
「最終兵器!?」
「最終兵器!?」
仲間たちの言葉がはもり驚愕してしまう。
ガチャ
驚く仲間たちがタイミングよく開けられた扉から入ってくる者に視線が集まる。
「ふう、いい湯だったわ~。って何よ。どうしたって言うのよ!? ロザリナ、ちょっと遅れただけじゃない!!」
髪をタオルで拭きながら会議室に入ってきたロザリナは、絶句する仲間たちが自分を責めてきたと勘違いしたようであった。





