第695話 霊獣ネスティラド戦③
中衛のルークが30メートルほどの距離から一気に前へと駆ける。
最大でも10メートル程度しか距離を取らない前衛と違い中衛は30メートル、後衛は50メートルほどのかなりの距離を取っている。
『ルークがデバフのため前へ出た。作戦通り行動しろ!』
ネスティラドの圧倒的な攻撃に備えた戦闘配置は声を荒らげなければ届かないのだが、鳥Fの召喚獣の特技「伝達」を使えば、敵に聞かれずに作戦を伝えることができる。
精霊の中でも圧倒的な耐久力と体力を誇る空間の大精霊ジゲンが、ルークの下へ向かっていく。
上半身だけの鎧の姿がソフィーのスキル「精霊の衣」によって、一度霊力の塊へと自らの体を分解したかと思ったら、再合成するようにルークの鎧となる。
『ソフィーよ。全霊力を我に注ぎ込むのだ!』
「はい!!」
ソフィーから注ぎ込まれる霊力を吸収するように、ルークの体を覆う。
完全に実体化していない半透明ではあるが、その硬度は注ぎ込んだ霊力によって、オリハルコンを超える。
・精霊の衣の効果(スキルレベル9)
【スキル使用者】ソフィアローネ
【スキルの種類】バフ
【消費魔力(霊)】1万(霊力)
【エフェクト】対象1人の体を優しいオーラが包み込む
【効果①】対象1人に精霊の加護を防具としてまとうことができる
【範囲】使用者を中心に10キロメートル
【成長性】精霊の階級にかかわらずレベル上がるごとに1体増える。レベル9の場合は9人の仲間にそれぞれ1体、防具としてまとう
【持続時間(秒)】消費霊力/100
【発動時間】60秒
【クールタイム】1時間
【必要スキル経験値】スキルレベル2になるまでに1万必要、以降10倍必要
【注意点①】まとう相手のダメージを優先して受けるため、体力がつきたら1日間顕現できなくなる
【注意点②】顕現できる精霊数はスキル「生命の泉」の効果により増えるため、そのスキルによる効果に依存する(現在10体)
【注意点③】同じ対象に複数の精霊は顕現できない
【注意点④】対象の精霊は使い手が契約した者に限る
※霊力(魔力含む)36万の場合1時間持続
※時の大精霊の加護で2時間に持続時間増加
※生命の泉とかのクールタイム1時間に修正予定
「うりゃああ!!」
ルークがネスティラドの腹部を軽快な動きで切りつけると、交互に繰り出す1組の勾玉の形をした短剣である神器「精王の勾玉」の剣先から火花が散る。
『消えよ。儂は探し物があるのだ。邪魔をするな!!』
ネスティラドは一方的に攻撃を受けるわけではない。
『ぐ! なんて力だ。このような相手本当に勝てるのか?』
(おい、大精霊。仲間たちの士気を下げるな。ぶっちゃけ、光の玉なしどころか、負けイベの「ゲマ」なみの戦力差なんだよ!!)
霊力を込めない左腕の裏拳がルークを襲う。
ジゲンは、身に纏う鎧を膨張させ防御に徹するが、あまりにも強いネスティラドの一撃に本音が漏れる。
仲間たちが必死に神々の試練を超え、力をつけているのだが、それでもネスティラドとの戦力差はあまり縮まっていないとアレンは考える。
光の玉をかざす前のラスボス戦以上の絶望的な力の差がネスティラドとの間にはあった。
『ルークのデバフだ! デバフさえ与えたら戦力差が縮まる。この戦力差ひっくり返すぞ!!』
アレンは必死に仲間たちを鼓舞する。
仲間たちはたくさんのバフを覚え、装備を強化してきた。
それでも強化しまくったメルスが一撃で瀕死の攻撃を受けた以上に、仲間たちとネスティラドとの間には大きな戦力差がある。
攻撃力もそうだが、耐久力と耐性が高すぎて、仲間たちの攻撃はネスティラド相手にほとんど与えられない。
だが、圧倒的なデバフ職であるルークのスキルがネスティラドに当たれば、その差を縮めることができる。
「……俺が支援するぞ。ルークはスキルを当てることに集中しろ! 何十回でも安心して打て!!」
「おう! 助かる!!」
大柄で獲物も長いイグノマスはここが自分の働き時だと確信したようだ。
小柄で獲物の短い短剣を2つ持つルークの背後2メートル程度の距離から3メートルを超える長槍でネスティラドを襲う。
「むん! カリプソンよ。我が覇道を邪魔する全てを打ち滅ぼせ! 真・水竜破!!」
神器カリプソンの槍先から水竜の頭部が現れたかと思うと、胴体、尾と全てを破壊し洗い流すが如く、ネスティラドに襲い掛かる。
『ふんっ。は!!』
ネスティラドは腹にもろに攻撃を受けているのだが、あまりの力の差に、イグノマスの一撃はネスティラドを一歩も後退させることはできない。
頭部、胴体、尾の順にスキル「真水竜破」により生じた水流は、壁に打った水鉄砲のようにネスティラドの胴体で四散する。
イグノマスの攻撃を無視してネスティラドは構わず、小柄なルークの頭を飛び越え、攻撃を繰り出す。
ネスティラドの横殴りの左腕が迫るが、イグノマスは槍を振りかざす途中であった。
「ぐ!? アクア様!! 行雲流水!!」
はっきりと分かる死がイグノマスに迫るが、自らが攻撃を加える最中であり、最も避けずらい体勢だ。
そもそも、ルークの壁役をかって出たイグノマスは後方に下がるなど許されない。
仲間たちの1つ1つの行動が、その他の仲間たちの次の動きを変えていく。
任せると言われて譲ったのに逃げられては、陣形も作戦も成り立たない。
だが、ルークを置いて避けるわけにも、耐えるわけにもいかないイグノマスは水の神アクアの慈悲を乞う。
神技「行雲流水」を発動させると、神器ワタツミの魚鱗で覆われた鎧から一気に水が生じ、イグノマスの全身を覆う。
まるで水を得た魚のようにイグノマスの動きに切れが増し、ネスティラドの手刀の直撃を避け、威力を殺す。
「がふ!!」
だが、完全には避け切れなかったネスティラドの一撃が、イグノマスの全身の水を赤く染める。
「イグノマス!!」
「大丈夫だ。俺のことは気にするな! この程度、何十発でも受けて見せるぞ! ルークも一手でも多くスキルを加えるのだ!! 九段連撃!!」
神技で耐久力と回避率を上げても、3発でも限界なはずなのだが、イグノマスは持ち前の意地で大ぼらを言ってのける。
その言葉に嘘はないと言わんばかりに一歩前に出て、スキル「九段連撃」を発動する。
本来は9か所に渡る槍の突きで、面を制圧するような連続攻撃なのだが、ネスティラドの全身から火花が散るだけだ。
「おら!! 毒凶牙! 呪詛禁刃!! 毒沼津波!!」
キンッ
キンッ
ステータスや耐性を下げ、呪いや毒状態にする攻撃を加える。
それぞれのスキルのクールタイムの合間に、中距離でも使っていたスキル「毒沼津波」を近距離でも惜しまず発動する。
だが、その全てを受けてもネスティラドの動きに全くの変化は見られない。
【イグノマスのスキル説明簡易版】
・真一段突:正面からの突き
・真足払:下方への払い。対象はたまに転ぶデバフ効果。発生確率は知力依存
・真兜割:上段から振り下ろす。対象はたまに耐久力低下。発生確率は知力依存
・真水竜破:槍先から水流が出てきて直進して襲う。水属性
・覇王烈斬:上段からの強力な切りつけ。大地を割く衝撃波が襲う。元エクストラスキル
・九段連撃:9回の連続付き
・流星光弾:光の速さで強力な一撃を与える。光属性
・破軍一閃:軍隊を貫く強力な一撃
・行雲流水:スキルレベル1当たり、体力、素早さ、耐久力が5000上昇し、回避率が10%上昇
※属性説明がないのは無属性
「おい! ちゃんとデバフは効くんだろうな!!」
既に10回を超えるデバフをルークはかけているのだが全く効果が見られない。
イグノマスと同じく前衛の立場のドゴラが背後にいるアレンに対して思わず声を荒げてしまった。
『ドゴラ、ゼロではない。メルスのデバフは何度か通じたからな!!』
「本当だろうな!!」
『30日で2回だ!』
(デバフスキルをかけるタイミングもあるし。メルスだけの挑戦だと試行回数にも限界があるし。ですしおすし)
「ば!! ふざけろ!?」
ドゴラが思わず吹き出しそうになる。
アレンは過去にメルスのみ単身でネスティラドを攻め、デバフの耐性について検証を済ませている。
1000回魔法をぶつけても一切通じないネスティラドであるが、100回に1回程度、デバフであれば通じることがある。
あまりに低い確率であるが、0ではないと分かった時、ネスティラドとの戦いにわずかながら勝機を見出すことができた。
なお、虫系統などメルス以外の召喚獣でデバフの特技や覚醒スキルは1000回以上検証したが一度も成功していない。
『おい、ソフィーよ。そろそろクールタイムは終わったじゃろう。ドゴラの攻撃がぬるい。次はこっちにライトを寄こすのだ』
「はわわ、大丈夫です。少々お待ちを」
「私たちも精霊ほしいな!」
「うむ! 精霊の衣を所望するぞ!」
「は、はいいい!?」
神器ガグツチの中から火の神フレイヤが声を上げる。
素の状態では1時間あるクールタイムは、装備やスキルの圧倒的な削減効果によって90秒程度になっていた。
『あらあら、忙しくなりますわね』
光の大精霊ライトはじゃがいも顔のドゴラの全身を神々しくも包み込む。
【現在のソフィーのクールタイム減少効果】
・腕輪①:50%減
・腕輪②:50%減
・時の精霊クイック:50%減
・ロイヤルオーラ:50%減
・天翔乱舞〈8〉:80%減
・天使Bの特技「クレイジーダンス」:50%減
【クールタイムの削減効果】
・60分の場合
60×0・5×0・5×0・5×0・5×(1ー0・8)×0・5=22・5秒
・1日の場合
24×60×0・5×0・5×0・5×0・5×(1ー0・8)×0・5=9分
攻撃を加える仲間たちに対してソフィーは大精霊と精霊たちを1体ずつスキル「精霊の衣」を発動させていく。
【仲間たちの精霊の衣の組み合わせ一覧】
・ルーク:空間の大精霊ジゲン
・ドゴラ:光の大精霊ライト
・クレナ:風の精霊ゲイル
・シア:雷の大精霊ジン
仲間たちが必死にルークのフォローに入り続け、30分以上の時間が流れる。
ルークは300回近くのデバフを交互に発動させ続けた。
「呪詛禁刃!!」
『ぬ?』
『うああああああああああ!!』
ルークの短剣の片方がネスティラドの胸に突き立つと、明らかに違和感を覚えたようだ。
まるで呪いが掛けられるように巨躯のネスティラドの背後から、毒々しい骸骨が叫びながら、覆いかぶさろうとするのであった。