第693話 霊獣ネスティラド戦①
要塞に隣接する霊障の吹き溜まりは、数十キロメートル先まで広がる巨木が生える森林地帯だ。
資源の乏しい神界にとって、霊障の吹き溜まりは貴重な木材資源を手に入れることができる場所なのだが、地上の魔獣でいうところのBランクやAランクの霊獣が跋扈するため、とても危険な場所だ。
中には亜神級の霊獣という上位魔神を超える力をもった者まで湧き出てくることがあるらしい。
そして、この霊障の吹き溜まりには「ネスティラド」と名付けられた霊獣がおり、神級もびっくりするほどの強敵がいる。
アレンがこれまで戦ってきたどんな相手よりも強い。
対話することも不可能で、こちらに気付いたら襲ってくるのだが、倒せばセシルがエクストラモードになるのに必要な「ネスティラドの心臓」を手にすることができる。
アレンたちは鳥Aの召喚獣の覚醒スキル「帰巣本能」を使い、転移先の巨木の前に現れる。
『この巨木を回り込んだ先にネスティラドがいる。皆、昨晩の作戦のとおり動いてくれ』
(ハクが大木からはみ出てるからな。すぐに行動に移すぞ。ネスティラドは巨木の先だ。セシルのために奴の心臓を持って帰るぞ)
「……」
クレナがハクの足を「分かったね」と言わんばかりにポンポン叩きながら無言で返事した。
鳥Fの召喚獣の特技「伝達」越しに、アレンの話に仲間たち全員が意識を集中する。
感情の起伏の激しいハクであっても、緊張感のある表情で、鳴き声を発さず小さく頷く。
鳥Eの召喚獣は、巨木の先に座る霊獣ネスティラドの視界をアレンとメルスは共有する。
胡坐をかいて、頭をだらりと下げ、今は休んでいるようだ。
体長は時期や機嫌によって大きさを変えるようだが、今は10メートルほどだ。
体長と同じくらいの長さの右腕をだらりと地面に投げ出している。
(右腕のリーチが長いのが曲者なんだよな。いや。もう何度も思考は重ねた。思考するよりも行動に移す時だ)
仲間たちは神界での試練を超え、転職を重ね、十分と言ってよいほど力をつけた。
せっかくロザリナとソフィーとメルスが転移前にバフを全て振りまいてくれた。
1秒を惜しんで作戦に移行することにする。
『よし、ドゴラとメルスは作戦通り、大木を左右に回り込んだらそのまま奴に突っ込め。シアとクレナは2人の後ろ。イグノマスはさらに後ろだ。後衛たちにネスティラドを絶対に近づけるなよ』
(この役は調停神に乗ったクレナが適任だが、いないものは仕方ない)
既に細かい立ち回りや役目については説明が終わっているので、ザっとした内容の指示を出す。
この場に調停神ファルネメスはいない。
クレナはファルネメスに乗って神技「超突撃」を発動する。
ネスティラドと一気に距離を詰めることができ、前衛であるクレナが中衛や後衛の陣形を組むまでの時間を稼ぐことができる。
距離を詰めることと攻撃を一度に行うことのできる、この神技は強敵との戦いにおいて最も大事な「安定して陣形を組む」という前衛としての役目を果たしてくれる。
だが、調停神がいないものはしょうがない。
メルスの数ある天使Bの召喚獣のバフのうち、今回は素早さ上昇を選択する。
ドゴラへ最後に任せたぞの視線を送ると、視線で「任せておけ」と言わんばかりに返して、メルスと一緒にドゴラが大木を左右それぞれから回り込む。
シアとクレナも続き、イグノマス、さらに少しおいて、アレン、ルーク、フォルマールも左右に分かれて、移動を開始する。
アレンの後ろにはさらに間をおいて移動を開始したキール、ソフィー、ロザリナが続く。
そこまで見守った後、ハクが移動を開始し、最後にメルルが残される。
ハクが十分に離れたところでメルルは移動しながら、自らの前方に浮く魔導キューブに指示を出す。
「タムタム降臨!!」
魔法陣が中空に浮き、タムタムの足がようやく出かけたところで、最前列のドゴラとメルスがネスティラドとの位置が10メートルを切る。
「うおおおおおおおおらあああああああ!!」
神器カグツチとオリハルコンの大斧を両手にそれぞれ握りしめたドゴラが攻めてくるぞと言わんばかりに吠える。
『ぬ?』
ドクンッ
ドゴラが太い木から回り込んだ時から、ネスティラドは気付いていたようだ。
腹から胸元まで張り出した巨大な心臓が一度大きく躍動した。
心臓が鼓動するたびに、衝撃波で大木がミシミシと揺れる。
重い頭を上げ、視線を向けようとしていたが、ここに来て10メートルにはなる体を起こそうと右腕の拳を地面に当てた。
右左不揃いで10メートルを超える右腕が大きな腕は地面に当てているが、右腕の半分ほどの長さの左腕をドゴラへ向けた。
迎撃の構えのようだ。
「フレイヤ、行くぞおおおお!!」
『うむ!! わらわの神器。存分にふるうが良かろう。我が使徒よ!!』
『なんだ。休んでいたものを……。さては貴様が儂の「もの」を盗んだな!!』
俺を狙わんと言わんばかりの気迫にネスティラドの意識の全てをドゴラに向けた。
(よし、前衛として完全に合格だ)
何度もメルスと一緒にネスティラドとの戦いに挑戦しているアレンにとって、今回の戦いで大事なものは、「陣形」だと考える。
【ネスティラド戦開始前の陣形】
・前方正面:ドゴラ、メルス
・前方右側:クレナ
・前方左側:シア
・前方やや後ろ:イグノマス
・ネスティラド背面前面:ルバンカ
・ネスティラド背面後方:マグラ
・中央:アレン(グラハン憑依合体済)、ルーク、フォルマール
・後方:キール、ソフィー、ロザリナ
・最後方:メルル、ハク、マクリス、クワトロ
ネスティラドは魔法が通じず、圧倒的なステータスを誇る強敵だ。
だが、完全無欠かと言われたらそんなことはないとアレンは考える。
アレンが独自に何度も挑戦した結果見えてきた弱点があった。
それは魔法の類など、一切の遠距離攻撃をしてこないことだ。
戦闘は単調そのもので、飛んだり、体を転移させてくるなどアクロバティックな行動は一切しない。
霊力を拳に集中させて攻撃することはあるのだが、スキルと言えば、その程度だ。
そんなスキルについても10メートル程度の射程なので、それ以上距離を開けていれば、攻撃を受けることはない。
そうであるならば、前衛が動きを封じ、中衛たちがフォローに回れば、後衛の安全が保障される。
陣形を組み、中衛、後衛を守れば、回復、補助、中長距離からの攻撃の支援を貰いながら、一方的にネスティラドとの戦いを運ぶことができる。
(バフが切れないようにしないとな。あとはデバフか)
アレンはドゴラからルークを見る。
大精霊たちを顕現させ、デバフをかけ、動きを悪くし、耐久力や耐性を下げようと指示している。
ドゴラとメルスの左右では、ドゴラたち中央の2人が取りこぼさないよう、クレナとシアも中衛、後衛をカバーするように弧を描くように、ネスティラドへ襲い掛かる。
「おら!!」
『むん!!』
「外れだ。動きが単調なんだよ!!」
(うほ、上手い!! 会心の動きだぞ!! ドゴラ!!)
ドゴラはカグツチを振るおうと正面から向かってくるのに合わせて、ネスティラドは体を起こしながらも、強力な左腕が振るわれる。
左腕は右腕の半分だが、拳の大きさは大人がすっぽり入りそうなほど巨大だ。
だが、ドゴラは攻撃を止め、地面を蹴り上げ跳躍した。
ドゴラに向かってくる左腕の上に着地したかと思ったら、さらにネスティラドに向かって距離を詰める。
ネスティラドはどれだけの知能があるのか分からないが、複雑なスキルや魔法がないように行動もしない。
ドゴラは、自らを標的にしていたら、必ず行動に移そうと立てていたと思われるほど自然な動きだ。
そのまま、肩の近くまで接近したドゴラは両の大斧を左右から袈裟懸けに振り落とした。
ドックンドックン躍動するネスティラドの首元の太い血管が体表近くまで浮き上がっている。
急所を切り降ろさんと両手に力を込めて切り付けた。
キンッ
キンッ
だが、どれほど強度のあるものを切り付けたのか、刃の切っ先で火花が散るのだが、ドゴラの2本の大斧はネスティラドの血管が躍動するのに合わせて上下に動くだけだ。
(全身全霊でもビクともしないからな。通常の攻撃では歯が立たないか)
ドゴラの攻撃は巨大な獲物に見合う強力なスキルを持っているのだが、その分スキルの発動時間が長い。
距離を詰め、最も攻撃が速いスキル無しの攻撃を選択したが、ダメージがどれほど通ったのか分からない。
『いつまで儂の肩に止まっておる』
『ドゴラ、避けよ!!』
神獣化したシアの声が鳴り響く。
立ち上がったネスティラドは、体を起こそうと使っていた右腕が自由になると、肩に止まる羽虫を振り払わんとばかりに手の甲を振るう。
目の前に壁が現れたと思ったら退避する間もなかった。
「分かって……。へぐあ!?」
返事が十分にできることもなく、ドゴラの体の倍はあろう手の甲がドゴラに当たり、10メートル以上後方に容易く吹き飛ばされた。
名工ハバラクに鍛え上げられた神聖オリハルコンで出来たドゴラの鎧に亀裂が生じる。
「ヒール!!」
いくつかのランクのある回復魔法の中でもスキルレベル1で、発動時間の短い「ヒール」をキールは選択した。
回復魔法がドゴラに向かって走り、吐血したドゴラの体力を一気に回復させる。
受けたダメージの様子からこれで完全回復できるとキールは判断したようだ。
『ネスティラドが戦闘態勢に入ったぞ。ここからが本番だ。ドゴラのお陰で陣形はばっちりだ。前衛たちはこの陣形を死守するんだ!!』
鳥Fの召喚獣を使ったアレンの檄が飛ぶ。
前衛は背後にいる中衛を、中衛は後衛を見ることができない。
前衛と中衛に後方は問題ないと伝え、ネスティラド相手に集中するように伝える。
この場で全体を俯瞰してみることができるのは召喚獣たちの視界を共有することができるアレンとメルスだけだ。
チラチラと見ようものなら、敵の行動を見逃し、行動の判断を誤るからだ。
「うん!! 前衛任された!!」
『余の拳は軽くはないぞ! むん!!』
ネスティラドが立ち上がり、右手の拳を握りしめ、憎悪に歪んだ顔をこちらに向けるが誰もが気圧されることはない。
吹き飛ばされたドゴラの穴を埋めんと言わんばかりにクレナとシアが左右からネスティラド相手に襲い掛かるのであった。





