第643話 大地の迷宮RTA⑫回復の泉
名工ハバラクが工房で鍛造を急ぐ。
仲間たちが小休憩していると、ハバラクが工房から出てきた。
「ほらよ。2本のスコップだ」
「ありがとうございます。これで、攻略に弾みがつきそうです。皆も休憩は終わりです。出発しますよ!」
1個当たり10分、計20分の時間を使って、漆黒に輝くアダマンタイトのスコップが2個仕上がった。
小休憩は終わりだと、アレンは仲間たちに隊列を組むように指示を出す。
こうして工房を離れ、下の階層へ向かう階段を目指す。
それから1時間もしないうちに、漆黒の50階層へと到着した。
この階層があまりにもひどい時間泥棒の構造となっている。
床も壁も漆黒に輝く、縦横1000キロメートルという巨大な平面だ。
一応、区切りの良い50階層なので、1つだけ広間があり、階層ボスもいるのだが、そのほとんどが通路だけの大迷宮となっている。
床も壁もアダマンタイト材質となっており、ヒヒイロカネまでのスコップだとビクともしない。
だから、アダマンタイトのスコップが必要で、49階層までに必要な材料をそろえた状態で工房に向かう必要があった。
さらに言うと、鍛冶職人はエクストラモードな上に、スキルレベルが高いほど鍛冶の速度は飛躍的に上がる。
力をつけてきたのはメルルたちだけではなく、ハバラクもだ。
60階層攻略時に貰った大地の神の加護も、鍛造の精度に磨きがかかる。
「いきますわよ。おりゃ!」
50階層に着くや否や、ソフィーがアダマンタイトのスコップを握りしめる。
アレンは信用が足りないため、スコップの使用を禁止されている。
(ふむ、良い角度だ。これならスコップが壊れることはあるまいて)
アレンは、胸の前で腕を組み、師匠のようなポジションでスコップを振るうソフィーを生暖かい目で見守る。
スコップで掘ると、材質に関係なく、2回に1回程度の確率で破壊される。
これは鍵やツルハシも一緒だ。
優しい掛け声と共に、アダマンタイトで出来た床石に巨大な大穴を開ける。
「良かったです。壊れませんでしたわ」
大穴が開いたことよりも手に握りしめるスコップが無事なことにソフィーは安堵する。
「よし、無駄な時間を浪費することがなくなったぞ。次は『回復の泉』を探すぞ」
ミニ土偶の時計を確認したアレンは下の階層を目指す。
それからさらに数時間経過した。
【57階層・残り13:13】
・アダマンタイトのスコップ2個
・鍵2個
・その他必要アイテム省略
アレンたちは57層で階段よりも優先して目指す場所があった。
掌の上で色とりどりに輝く石ころを転がしている。
石ころが点滅を始めたかと思うとパアッと音を立て始めた。
「ふむ、この先じゃな。おっと、私の石がのうなったの」
道標に使っていた石ころが光る泡となって消えていく。
(時間ギリギリだったということか。理想は59階だけど)
占いに使う「石ころ」は、テミの魔力と霊力を元に構成されている。
この「石ころ」はソフィーの精霊よりも、アレンの召喚獣の方が原理としては近いのかもしれない。
テミの最大魔力に、占いの持続時間が比例するため、出発から12時間弱の現在、とうとう効果が切れてしまった。
特に廃ゲーマーではないアレンの仲間たちのスキルや魔法の効果が続々と切れ始める。
テミよりも前にかけていたバフが効果が切れた者もいる。
アレンのパーティーの方が、装備が良かったり、転職を多く繰り返したことにより、最大魔力が多いため、あと1時間以上、スキルの効果は持続しそうだ。
通路の角を曲がったところで行き止まりの部屋に到着した。
(お? あったぞ。謎オアシスだ)
チャプチャプ
どういう原理か知らないが、部屋の中央に小さなオアシスが存在する。
これが「回復の泉」だ。
ちょうど攻略の中間地点辺りにあるため、「回復の泉」に行く前提でバフを最初から全開で移動してきた。
【大地の迷宮攻略メモ⑧】
・51階層から59階層に50%の確率で回復の泉が存在する
・泉の水を飲むと、体力、魔力、霊力、クールタイムが全回復する
・泉の水の回復を利用して、ソフィーのスキル「精霊神の祝福」を24時間の攻略のうち、6時間経過後、18時間経過後に使用する
アレンたちの中で、回復の泉にひと際、目を輝かす者がいる。
『ギャウ!!』
ザブウウウン
餌を出された犬のようにすごい勢いでオアシスに顔を突っ込む。
顔先の体積と同じ量のオアシスから滴る水が溢れ、床石を湿らせていく。
「ちょっと、あなたは飲む必要ないでしょう」
『ギャウギャウ!!』
誰もハクに「待て」など教えていない。
持続的なスキルを現在使用していないハクが、のどを潤すためだけに泉の水をむさぼり飲む。
(ふむ、ハクにも持続時間がないわけでもないんだけど。クレナがいないと暴走するけど)
ハクには自らのステータスを強化するバフスキル「竜の魂」があるのだが、指示が聞かない状況になるため、大地の迷宮を長時間移動するといった状況では役に立たない。
仲間たちも仕方ないねと、ハクによって水面が半分以下になった泉の水で喉を潤す。
「よし、皆、バフを再開してくれ。次は80階層ギリギリまで粘らせるぞ」
精霊神の祝福はかなり強力なバフなのだが、クールタイムリセットを最大限活かすため、使いどころが大地の迷宮攻略最大のポイントだと考える。
アレンの言葉に仲間たちは力強く返事して先を急ぐ。
60階層に到達したアレンたちに待っていたものは、50階層と同じアダマンタイトで出来た大迷宮だ。
「60階層に到達したぞ。もう階層ボスを倒す必要がないからな」
既に60階層ボスを倒してハバラクに加護を貰っている。
この階層には用はないので、ソフィーにお仕事があるとアレンは言う。
「はい。行きます! んりゃああああ!!」
腹から声を出すソフィーが大きく振りかぶってアダマンタイトのスコップを漆黒に輝く床石に叩きつけた。
パアアァ!!
大きな穴が床に開くのと同時にソフィーの手元のスコップが光る泡となって消えていく。
「はわわわわ!?」
2回で泡となって消えたためにソフィーの動揺が隠せないようだ。
「気にするな。心配なら70階層は……」
「ソフィー。気にすることないわよ。次は行けるわね」
「は、はい」
ソフィーはアレンに申し訳なさそうにしながらも、セシルに返事をする。
(ふっ……。この世は無常よな)
アレンは目をつぶり、世界の儚さを思う。
「何ふざけたことやってんの。行くわよ!」
セシルの言葉に、仲間たちは下の階層を目指す。
61階層からはさらに霊獣が強く、厄介になる。
「ここからは、作戦通り隊列を狭めます。あまり離れすぎないようにしてください」
60階層以降を攻略したことは何度もないのだが、召喚獣を通して、ここから先の難易度の高さを知っている。
だれがこんな大地の迷宮を挑戦するのか、試練を提供する大地の神に問いただしたいほど、最後の最後まで凝った仕様になっているようだ。
(む!)
アレンたちの隊列の中でもっとも視界の開けたポジションにクワトロがいる。
このダンジョンは横幅1キロメートルほどで、直線の距離は平気で10キロメートルを超える。
当然、肉眼で見えるのはよっぽどデカい霊獣なのだが、人間大ほどの霊獣だと視認できない。
しかし、常時、4つの目の1つで、特技「万里眼」を発動しているクワトロが数キロメートル離れた怪しい動きをする「土塊」を視界の先でとらえた。
「いた! 罠使いがいるよ!!」
『モコモコ!!』
タムタムに乗り、同じくスクリーンの拡大鏡に映し出された土塊をメルルが発見する。
大小の円筒状の粘土で構成された土人形で、背中の首元に、無数の糸が繋がっている。
無数の糸の先には、糸と同じ数の風船が浮いており、お陰でメルルが「罠使い」と呼んだ土人形は地面から少し浮いている。
土で出来た操り人形なのだが、これが60階層以降の攻略の難易度をはね上げているのは間違いないだろう。
(罠を増やす奴か。落とし穴だけ作ってくれたらいいんだけど。そういうわけにはいかないか)
地面の硬い床石を雨上がりの地面のように柔らかくほぐすと、バランスボールサイズの大きな土の塊を1つ作り出す。
プチっと背中に繋がった紐を1つ千切ると、風船の繋がった紐を土の塊につなげ直す。
風船の力でゆっくりと上昇を開始したところで、アレンは声を上げようとした。
「俺たちに任せろ!」
アレンたちの中で視界が抜群に良いのはゴーレムに乗ったドワーフたちだ。
超合体ゴーレムとなって、5人で100メートルを超える巨大な飛行用ゴーレムを操作する中、ガララ提督が操縦席で声を上げる。
背中に取り付けられた主砲から数キロメートル以上離れた先の1メートルに満たない風船を打ち抜いた。
パンッ
風船が弾けると糸でつながった土の塊は一気に地面に落ちる。
「モコモコ!?」
頭の上に土の塊が落ちてきたため、奇怪な音で上げる罠使いが慌てて避ける。
ドオオオンッ
100メートル四方を吹き飛ばすほどの巨大な爆発が起きる。
(中に入っていたのは地雷か。罠を空中散布しやがって。大地の神め、上空移動での攻略を潰しに来るとか大人げないぜ)
この大地の迷宮は、大地の神ガイアが造った『土塊』がそれぞれの役割を果たしている。
【大地の迷宮にいる土塊たち】
・土偶は、ダンジョン案内人、店主などの役目
・埴輪の番人は、店のアイテムを盗んだ者を倒す
・埴輪の番犬は、店のアイテムを盗んだ者を倒す
・土人形の罠使いは、侵入者を視認したらダンジョン内の罠を増やす
土の塊を破壊するか触れると起動する仕組みとなっており、罠には「地雷」「霊獣召喚」「落とし穴」「転移罠」「毒矢」など様々な効果がある。
落とし穴は破壊して落ちた先の床を落とし穴に変える。
落とし穴だけなら良いのだが、転移罠を発動させ、仲間たちの一部を巻き込んでしまうと、今回の攻略は終了する。
仲間たちの回収に時間を要するためだが、当然飛ばされた仲間たちに危険が及んでしまう。
「次のT字路を左じゃな」
『左です』
「ちょっと!?」
テミの声を鳥Fの召喚獣の特技「伝達」で仲間たちに共有させる。
『モコモコ』
『モコモコ』
『モコモコ』
直角の道を曲がった先には無数の罠使いが既に罠を作りまくって待ち受けている状況に、セシルは絶句するのであった。