第632話 仕掛けのスイッチ
3日間、ゼウ獣王子と十英獣の皆が探し回って見つからなかった神殿の中に、「日と月のカケラ」のヒントが隠されているとテミは占った。
神殿と思われる巨大な建造物内で、占いが終わったテミは1人、スタスタと歩き出した。
アレンたちやゼウ獣王子たちは、テミの後ろをついていく。
「あんだよ。その先は広間で行き止まりだぞ」
「黙ってついてくるのだ」
「けっそうかよっと!」
自信満々に歩きだしたテミに対して、レペは忠告するがホバによって一蹴された。
テミは占い神の試練を越えたとあって、今まで以上に自信に溢れている。
(確かにこの先には壊れた像が1体あるだけの大広間だけど。つうか、この神殿は神々と思われる像が立っているだけで何もないし)
ゼウたちが休憩の拠点としていた広間を抜け、出入り口と反対となる通路を奥へ奥へと進んでいく。
壁や柱が何で出来ているのか分からないが、通路にも日の光は入ってこないのだがとんでもなく明るい。
まるで日の光を浴びているようだ。
何故「神殿」とアレンが思うのかは、倒壊して朽ちた神々の像が見受けられるからだ。
どんな神がここにいたのか、「日と月のカケラ」は何を意味しているのか、テミがフリフリと揺らす尾を見ながら、アレンはまだ確認していないことを思い出す。
(メルス、この神殿はなんだ?)
『ん? しらん。俺は扇のキレを確認するのに忙しいのだ』
キレを確認する切れ気味の返事が共有を通してアレンに入ってくる。
扇を握りしめ、竜人たちのバフに徹するメルスから底知れぬ怒りを感じる。
メルスは現在、原獣の園の竜人たちと共に霊獣狩りに参加している。
アレンとは視覚を共有しているため、わざわざこちらに来るより、竜人たちと狩りをした方が効率が良い。
なお、攻撃ではなくバフに徹しているのはメルスの攻撃力が強すぎるからだ。
マクリスのロイヤルオーラのかかったメルスのあらゆる攻撃に、霊獣は耐えられず霊石ごと爆散する。
霊獣狩りに使っている要塞は2つあるので、バフ役としてマクリスとメルスで分かれて丁度良いと思う。
そのメルスだが、第一天使として10万年も生きたのだが、こんな神殿は知らないらしい。
アレンは、予想はついていたのだが、念のため聞いた程度だ。
メルスは第一天使だった頃、獣神ガルムに会う機会も少なく、故に原獣の園へ来ることもほとんどなかった。
神々のいなさそうなこの神殿に来る可能性など皆無に等しいだろう。
創造神エルメアは獣神ガルムと距離をとっているのではと思えることが節々に見られる。
獣神ガルムが古代神と呼ばれることに理由があるのだろうか。
(見たこともないし、何なのか予想もできないと。って、通路を抜けるぞ)
「ここに呼ばれたの。さて、この中のどこかの~」
先ほどのゼウが休憩していた広間の数倍の大広間が通路を抜けた先に続いていた。
テミの案内はここまでのようなので、皆が大広間に入って辺りを見回した。
「本当に何もないわね。吹き抜けね。天井が随分高いわ」
セシルが辺りを見回した後、さらに天井を見つめる。
これまでの広間や通路と違い、高層ビルが丸っと入りそうな、ピラミッド構造の数階層分の高さをぶち抜くほどの、天井の高さに圧巻される。
前世の中央アジアで見たことのある独特の美しい模様が床石に描かれている。
「あら? でも、中央に何かありますわ」
ソフィーが指を差した先には女神の像が1体転がっている。
全長3メートルにはなろう女神の石像が、腰の部分からへし折れており、上半身が地面に落ちている。
「俺は理解した。ここに『日と月のカケラ』の何かがあるんだろう」
元々、テミに日と月のカケラの場所を祈ってもらって、ここまでやってきた。
アレンはとうとう、何らかの「答え」がここにあると確信し、大広間へと入っていく。
「ちょっと、『何か』って何よ」
「スイッチだ。たぶん、上の階か下の階に繋がる階段か、転移装置となるスイッチがあるはずだ。俺には分かる」
「分かるって凄いわね」
アレンはこの状況に既視感を覚える。
前世でもダンジョンや朽ちた王城などを攻略するイベントは数々あった。
その中で、一見これ以上行き場がないと思えるような場面で、隠れた「仕掛けのスイッチ」が地面などにあり、それを押すと、新たな道が出来て攻略が進んだことがよくあった。
(さて、どや顔で言い切ると恥ずかしいのでマリア出てくるんだ)
アレンは保険を掛けるため、霊Cの召喚獣を呼んだ。
『はいデス』
「地下に何かあるのか知りたい。ちょっと床石の下潜ってみてくれ」
1階の下に地下があるかもしれない。
スイッチなど見つけずとも、隠し通路を発見するのはわけがない。
『分かったデス! ふ~んデス!! 入らないデス~……』
洋風の人形の姿をした霊Cの召喚獣が目を輝かせ、光る床に向かって潜ろうとする。
しかし、床石に触れた頬がベタっと潰れ、学園のダンジョンの頃は潜れた地面に潜れないようだ。
「結界か何かあるのかな。今度は天井から上の階層へ移動してみてくれ」
壁全体が通過できないのか確認したい。
『分かったデス。今度こそ~いけまし……』
成長レベル9とあって、凄い勢いで上昇したと思ったら、天井の床石を突き抜けて声が途中で途切れて聞こえなくなった。
どうやら、天井は透過できるが床石は結界か何らかの力が働き、潜行することはできないようだ。
アレンの仲間たちもゼウ獣王子と十英獣の皆も、霊Cの召喚獣の検証を見つめている。
「アレン様の言う通りですわ! 地面に何かございます!!」
ソフィーが両手を握りしめ、アレンの功績を称えてくれる。
「ソフィーよ。褒めるのはまだ早いぞ。きっと、床石のどこかに『仕掛けのスイッチ』がある。みんなでそれを探すぞ!!」
勝利を確信したアレンは「はいはい、例のあれね」と言わんばかりに、地面を這いつくばり、床石の先へ通じる仕掛けとなるスイッチを探し始める。
「我々も探すぞ」
ガサガサという表現がぴったりなほど広間の中心から円を描くようにアレンが頬を床石にこすりつけながら、スイッチを探す様子を見てゼウも口を開いた。
「おいおい、何があるか知らんがこんなに広いのに探すのかよ」
「き、貴様!!」
「わーった、わーたから! 真面目かよ!!」
バッキバキに筋肉をこわばらせたホバを見て、レペも観念したようだ。
皆、アレンを習って床石に頬を擦りつけながらごそごそと『仕掛けのスイッチ』を探すことにする。
それから小一時間経過するが、そのようなスイッチは見つからなかった。
「ちょっと、アレン。全然、仕掛けなんてないわよ!」
貴族の尊厳もなくアレン同様に床石に頬をつけながら、本当にあるのか疑わしいとセシルから非難の声が上がる。
「そんなことはない。絶対にある。先入観を持ったものには決して攻略できないスイッチがな!」
「アレン、あなたの過去に何があったのよ……」
目を充血させ、頬が床石を削るほどの勢いで散策するアレンに、セシルは引いている。
アレンは前世でスイッチ攻略の意味を理解できなかった幼少期の怒りがこみ上げてくる。
小2で挑戦したピラミッド攻略に健一少年は絶望をした。
(まん丸ボタン、お日様ボタンの攻略法を俺が絶対に見つける!!)
「いいか! 模様、出っ張り、へこみ、床石の色の変化、全てがヒントだ。絶対に『仕掛けのスイッチ』がある!!」
答えに固執した者、先入観や思い込みを走らせた者から脱落していくとアレンは必死に説く。
それからさらに小一時間経過する。
だが、この人数で探すには半径数百メートルと広間は広すぎており、何ら怪しいスイッチは見つからない。
「ふむ、たしかにこの人数だと広すぎるな。マツヒメ、『伸びた髪』を使ってくれ」
『分かった』
アレンは、おかっぱ頭で振袖を着た少女の市松人形霊Dの召喚獣を創生し、召喚した。
成長レベル9まで上がった霊Dの召喚獣は、3万に達した知力を使い、ぐんぐんと頭の毛を伸ばしていく。
霊Dの召喚獣は1万本に達する髪を知力依存で伸ばすことができる。
「おいおい、なんだ」
レペが慌てて、地面から飛び上がる。
長い髪が大広間を一気に埋め尽くしていく。
(いきなりマツヒメの力を借りる場面が来るとはな。やはり創生スキルは選択の幅を広げてくれるようだ)
召喚獣の特技や覚醒スキルは単純な戦闘にだけ活用されるものではないとアレンは考える。
『広げた』
完全に広間を満たしたところで、霊Dの召喚獣が片言の言葉で呟いた。
「よし、床石を全て押すんだ。隙間なくだぞ」
『分かった』
ウネウネ
海面に漂うワカケのように広がった霊Dの召喚獣の長い髪はウネウネと動き、隈なく押していく。
しばらく、ウネウネとした異様な光景で沈黙していたセシルが口を開く。
「何も変化ないじゃない」
「床には何か絶対に仕掛けがある。全力で床石を押すんだ! 隅から隅までだ」
『分かった』
ウネウネ
ウネウネ
ウネウネ
アレンが霊Dの召喚獣に檄を入れる中、仲間たちは途方に暮れる。
「おいおい、なんだ、こりゃ」
「ふむ、だがこれも必要なことなんだろ。この下にも仕掛けとやらがあるかもしれないな。ホバよ、一緒にこの石像を持ち上げるぞ」
「は!」
レペは呆れているが、ゼウはまだ押していない床があることに気付く。
地面に転がる石像の下に「仕掛けのスイッチ」があるかもしれないと、ホバと一緒に2人で、上半身が転がった女神の石像を持ち上げた。
「おっと、これは見た目以上の重さでありますな」
「そうだな。この下半身の上に積み上げるぞ」
レベルがカンストした2人の獣人にもズシリとくる重さだ。
たまらず、手を休めるためにも、床石以外に置き場を探す。
「それ、ゆっくりゆっくり」
下半身の切れ目にピッタリ合うようにゆっくりと微調整し、ゼウとホバが女神像の下半身に上半身を置いた時のことだ。
カチン
(ん?)
視界の端でアレンはゼウとホバの行動を見ていたが、望んでいた音が思わぬ方向から聞こえたため、改めて像へと視線を向けた。
上半身と下半身が一体となった女神の像は光に溢れ始めた。
その光はゆっくりと足元へ移動し、床石全体に広がる。
床石の光は魔法陣のように幾何学的な文字で輝きだしたかと思ったら、足元を大きく揺らし始める。
ズズズズズズッ
何かの「仕掛けのスイッチ」が発動したようだ。
「ちょっと、何よこれ!?」
セシルが転ばないよう足を踏ん張る。
「マツヒメ、髪の毛を伸ばすのを解除するんだ。床石に亀裂が入っているぞ」
『分かった』
霊Dの召喚獣が一気に髪の毛の長さを戻すと、床石が綺麗な丸い穴が床下へと広がり、覗き込むとらせん状の階段も見える。
下の階へと続く階段への隠しスイッチが像をくっつけることで起動したようだ。
(仕掛けのスイッチスイッチ……)
2時間ほど床石にあると言われた隠しスイッチを探したアレンの仲間たちやゼウ獣王子たちがアレンを見つめる。
アレンは無言で下の階層へと続くらせん状の階段を見つめる。
誰もが次に何を言おうと沈黙しているところゼウ獣王子がとっさに口を開いた。
「た、たしかにアレン殿の言う通り、スイッチが隠れてあったな。皆、下の階層だ。ついてまいれ!」
部屋を照らす日の光のような、ゼウの優しさを感じるアレンであった。