第618話 ギランの試練②決断
アレンは、風の動力を発生させる機器や設備などを全て排除すると言う。
眠そうにしていた国王も目をパチパチさせ、王妃も王女も、身を乗り出す。
随分な夜更けだが、王家の皆は目を覚ましたようだ。
「全てとは、具体的にどういうことなのですか?」
国王が固まっているので、宰相がさらに詳細な話をアレンに尋ねてくる。
「はい。このレームシール王国では、生活に必要なほとんどの物を風力に頼っています」
(そして、魔導具はほとんどないからな。火の神の信仰ランキングが高いのもそれが理由だろうし)
穀物を脱穀するための杵を動かすのも風力だ。
山から湧き出た水を、飲料などの生活用水にしたり、畑に水を撒くのも風力に頼っている。
さらに、山をくり抜いたようなところに住むため、奥まった住宅地まで新鮮な空気を送るのも風力だ。
動力としても、送水としても、送風としても、全て風力で頼っている。
さらに、レームシール王国は魔導具があまり普及していないようだ。
5大陸同盟に加入しているが、ガルレシア大陸ではアルバハル獣王国に足並みをそろえた結果、魔王軍との戦争には消極的な政治を行ってきた。
その結果、バウキス帝国が魔導具の販売を渋っているのかもしれない。
風力に頼るだけではなく、夜更けの早い山の中にある王都から、農村に至るまで、食事にも明かりにも、薪を燃やした火の使用が一般的となっている。
魔導具が普及しない国では、255柱中上位に火の神フレイヤが信仰されているのだろう。
「これを全て魔導具にそんなこと……」
宰相が動揺しながらもギリギリ返事をする。
「そもそも、これだけ風力に頼っている国の方が少ないです。まだございます。レームシール王国は生産時間がとても短いようです。他国ではまだこの時間帯でも、活動されている方が大勢いますよ。明かりの魔導具も提供しましょう」
アレンは魔導具に置き換えることは可能であると言う。
脱穀の魔導具、送水の魔導具、精水の魔導具、送風の魔導具など、街の大きさに合わせて規格を変え、全て魔導具に置き換える。
さらに、街や村を照らす明かりの魔導具も取り付ける。
これで日照時間の少ないレームシール王国が、魔導具の力を使って生産活動する時間を増やすことができる。
国の富を押し上げ、さらに、日々の祈りの回数も増やすことができると言う。
(お金がなくなってきた。そろそろペロムスも試練が終わってほしいです。おっと、俺のことは置いておいてと)
霊石を膨大に消費するようになったアレンは、それに比例して魔石も尋常じゃないくらい消費する。
アレン軍が必死にアレンの創生スキル上げのため、魔石収集に当たってくれているのだが、湯水のごとく消費されるため、資金繰りはそんなに余裕があるわけではない。
アレンは意識を交渉に傾ける。
「し、しかし、私共は、前回もお話した通り、魔導具は魔法神イシリス様、ディグラグニ様の賜物ではないでしょうか……。それなのにレーム様を祈るなんて」
これで幻鳥レームを祈るのは間違っていると言う。
「別に『嘘をつく』必要はありません。ただただ、魔導具に金物を貼って置いておけばよい。最も目に付くために置く。これはただの『広告』なのです」
「広告!?」
(神もアイドルになる時代よ)
人々の祈りの数によって、神に至るのか決まるのであれば、祈りの回数を増やす必要がある。
人々がよく目にして、感謝するところに、祈りの対象を置いておく。
「食べ物を見たら、豊穣神のことを思う。剣を見たら、剣神を思う。ただ、レーム様を祈るための機会があまりにも少ないのです」
目の前に、よく目がいくところに、レーム像がある。
広場や神殿よりも劇的に祈りの機会が増えると言う。
「なるほど、それで、余の言葉も、祈りの機会を増やす契機になるということか?」
「国王陛下、そのとおりでございます」
国王に祈りの機会を増やすよう、前回の謁見でお願いした。
魔導具を見た時、国王の話を思い出した人々は手を合わせ、祈りを捧げるだろう。
「しかし、これを『騙す』とは言えないのか」
(やっぱりそうだよね。だが、例え『何』があってもこのクエストを達成する必要があるからな)
広告の力が最大限発揮する場所に、レームの像が貼られる。
しかし、それはまるで、魔導具の恩恵が、レームからの物になると言わんばかりだ。
強引な話ではあるとアレンは理解している。
しかし、ここで承諾を得なければ、レームを神に至らせるのは不可能だと考える。
アレンは、この場の説得を最優先にすべきと考え、目を見開き立ち上がった。
「お言葉ですが、陛下。この1000年間、レームシール王国を救済したレーム様を思ったことはありますでしょうか。なぜ、1000年という永久に思える長い時を神に至れなかった理由を!!」
アレンは演劇のように、くるりと回ると、手を上げ、まるで、神に救済を求める1人の民を演じる。
「た、たしかに……」
「では、国民をもっと思ってはいかがでしょうか。レーム様は神に至れば、きっとこれまで以上の奇跡の御業を発揮されます。その恩恵を授かれるのは、あなた方の思う民草1人1人でございますよ!」
お互いウィンウィンの関係にレームと鳥人はなれると言う。
「レーム様と国民のためにか」
「国の有り様を決めるのは、国王陛下、並びに、国家を動かすあなた方でございます。ぜひ、何卒お考えください」
ここまで来て、国王は目をつぶり考え事をする。
5分だろうか。
10分だろうか
アレンが寝てないか疑い始め、確認しようとしたところ、国王のとなりの宰相が口を開く。
「これだけの魔導具を無償で頂けると言っていただけます。国民のためにも、何卒ご決断を……」
宰相はこの状況の中でも、財政について頭が回っていたようだ。
3年どころか5年、10年分になろう国家財政を超える金額を、アレンはレームシール王国のために出すと言う。
国民の生活が豊かになるのは国益だと念を押した。
国王は静かに目を開き、頭を上げる。
その目は、両隣にいる、宰相や王妃も、そして正面にいるアレンたちも見ていない。
はるか遠くを見つめる。
「そうか、余は、余らは、ずっと何もない闇夜を祈っていたのか……」
鳥目で先が見えていなかったと国王は言う。
「いいえ、やり方には色々ございます。邪道であると言うなら、神に至った暁には手法を変えてみてはよろしいのではないでしょうか」
「そうだな。国民のためにも、アレン殿の話、受けさせていただこう」
「ありがとうございます」
「ただし、アレンよ、大丈夫なのか。流石に全てとなると時間もかかるのではないのか?」
「たしかに、全てとなると3年程度か、もう少しかかりそうでございますね」
宰相は、今度は魔導具に置き換えるための算段を予想する。
「それには及ばないでしょう。ある程度、進めていただいたところで、ギラン様には状況を説明するつもりです」
ギランの試練は決して「神にしろ」とは言われていない。
神にするための「算段をつけろ」と言われている。
レームシール王国が算段をつけて、動き始めたら、そこでクエスト達成に向けて、交渉に入ると言う。
「まずは王都から、魔導具の選定を進めますので、受け入れに向けて、迅速なるご対応お願いします」
「うむ。分かった。細かい話は宰相としてくれ」
「分かりました。では、魔導具一覧を早めに『目録』にして報告しますね」
魔導具の種類と規模について、目録(一覧)にまとめるので、それに沿って計画を立ててほしいと言う。
「おお、アレン様。それは助かります」
王と宰相とアレンの会話がここに終わった。
***
昨晩はかなり遅かったため、レームシール王国で眠りについた。
次の日の朝からアレンたちは行動を開始する。
アレンはセシルとソフィーと共に、アレン軍のいるS級ダンジョン及びヘビーユーザー島に向かった。
S級ダンジョンでは、アレンのパーティーが神界に行った今でも、アイアンゴーレムや最下層ボスのゴルディノとアレン軍の兵たちが戦っている。
今でも魔導具はアレン軍の中に供給されているし、ヘビーユーザー島にいる魔導技師団がアレンの要望に合わせてカスタマイズもしてくれる。
アレン軍内で活動するそれぞれの部隊に、レームシール王国の状況を伝え、目録の作成と、王都で最も必要な魔導具を用立てるよう指示を出した。
次は霊石の回収と要塞の活用具合を確認するため、原獣の園に向かう。
ここは竜人たちのために作った5つ目の要塞だ。
アレンたち3人は外壁の上に向かうと竜人の1人が全力で向かってくる。
「これはアレン様、すぐにアビゲイル守主を呼んでまいります!」
「ええ、お願いします」
今日はメルルたちが朝から大地の迷宮を攻略している日のため、竜人たちは霊石を回収する日だ。
外壁の上に移動してきたアレンたちは眼下で活動する竜人たちを見る。
昨日倒した100万体の霊獣が要塞周囲360度で、視界の果てまで囲むように広がっている。
「獣人も結構増えてきたわね」
「そうだな、セシル。目に見えて増えてきたな」
今日は1日かけて、20万人で霊石の回収や素材の解体を行う。
結構な数の獣人がいるなと思ったところで、アビゲイルがアレンの下へやってくる。
「アレン殿! 今回は霊石が400万個手に入ったぞ!!」
魔導袋を握りしめたアビゲイルがノッシノシとこちらに向かってくる。
「ありがとうございます。獣人たちも随分増えてきたようで、大変助かります」
「募集部隊を獣人の村々に配置しているのだが、毎日詰所に問い合わせが多くて、大変と聞いている。まあ、かなりの荒くれものが多いらしいから、配下は苦労してるらしいのだが」
かなり大変なことになっているとアビゲイルが教えてくれる。
なんでも、霊獣狩りの仕事が楽しすぎて、その噂が広まり、募集が殺到しているらしい。
元々、血の気の多い獣人たちにとって、こんな分かりやすい仕事はないらしい。
霊獣を狩り、素材を回収して日銭を稼ぐ。
才能がなくても素材回収だけでも活躍できるとあって、既に5万人を超えて、獣人たちが活躍しているとのこと。
なお、原獣の園にいる獣人は神界人の人口と同じく100万人ほどだ。
才能がなくても、たった経験値2・5億稼ぐだけで、レベルがカンストし、地上で転職クエストが受けられる。
このため、1日霊獣狩りに参加している感を出してくれるだけで、レベルがカンストの60に達する。
さらに、狩れば狩るほど、自分らの活動できる生活圏が広がっていくことについても嬉しいようだ。
原獣の園の獣人たちも、自分らの生活圏が霊獣たちに脅かされ、狭い所に閉じ込められている感じがして長年、うっ憤が溜まっていたように思える。
メルルたちの休みの日には、メルスが神界と人間界との間を行ったり来たりして竜人や獣人の転職を手伝っている。
ただし、良い話だけではないらしい
守人として生きた竜人と違って、獣人は血の気が多く規律というものを知らない者が多いらしい。
配下の守人長からも、手に負えない者もいると報告を受けて、困っているとアビゲイルは言う。
(たしかに竜人とは、そもそも気質が違いそうだな。まあ、獣人の接し方は俺の方が慣れているぞ)
アレン軍にも獣人の部隊がいるので、部隊での扱いについて、アビゲイルよりも経験がある。
「人員が増えれば、3つ4つと要塞の運用が可能でしょう。ぜひ、希望者は適性を見て受けいれて下さい。荒くれ者たちの『教育』は考えておきますので、そちらもお任せください」
「教育? う、うむ、分かった!」
手は足りないので、いくらでも受け入れてほしいとアビゲイルには伝える。
アビゲイルは何を「教育」するのか分からなかったが聞き流すように返事した。
アビゲイルは状況を伝え、霊石入りの魔導袋も渡したので、用事が済んだとこの場を去っていく。
(よしよし、進めないといけない話は全部終わったぞ。さて、創生スキル上げますか)
創生スキル上げに勤しむアレンであった。