第610話 ギランの試練②幻鳥レーム
アレンたちは6日に渡る霊石狩りをいち段落させ、幻鳥レームのいる巣へと向かった。
竜人の安全性を配慮しつつ、1日1つの要塞で100万体は霊獣を狩れるので、2つの要塞で200万体になる。
1体あたり平均3つの霊石を落とすので200万体なら600万個だ。
隔日で霊石狩りを行う予定なので、日間300万個の霊石は確保できそうだ。
ただし、信仰ポイントで魔法具を交換するためには1000億ポイントにもなるポイントが必要だという。
スキル経験値を稼ぎつつ、メルルたちと竜人たちには信仰ポイントも稼いでほしいと祈っている。
創生スキルのレベル上げの目途が立ち、寄り道した甲斐があるというものだ。
パラパラ
鳥Aの召喚獣がすでに「巣」を設置しているため、アレンたち3人は転移するだけだ。
移動中もアレンは、集めた1000万個の霊石を消費せんと言わんばかりに高速で魔導書のページをめくっている。
「そろそろ着くわよ」
「あと5分」
「私はあなたのおかあさんじゃないわ」
セシルはボケたらちゃんとツッコんでくれる。
すでに枯れた巨木が等間隔に生える幻鳥レームの領域に、アレンたちは既に足を踏み入れている。
レームの前では創生スキル上げは一時お預けにすることにする。
(ここも随分乾燥しているな。生物って獣人くらいしか原獣の園にはいないからな)
最近、原獣の園にかなりの人数の竜人を連れてきたが、あまりにも殺伐とした樹林が広がっている。
ここは神界。そもそも生物のための世界ではない。水など必要としないのだろうが、潤い溢れる精霊の園が懐かしい。
2つの要塞と1つの宝物庫兼居住用の街には、多くの竜人の喉を潤し、生活のために必要な十分な量の巨大な溜め池を、ソフィーが用意した。
霊獣を狩って手に入った土も宝物庫兼居住用の街へ運んだので、食糧生産のための畑作も始まっている。
意識の中心を目の前に光景に戻した。
ここは乾燥して木々には葉がなく、視界は開けている。
ひと際大きな木の頂上には、枝を組んで作った巨大な巣の中があり、ちらりと羽を収めている幻鳥レームの長い尾びれが見えている。
「まずはご挨拶しないとな」
「ええ、ちゃんとやるのよ」
巨木の頂上に大きな巣を作り、そこで丸くなっているようだ。
そのほかの巨木にも聖鳥なのか霊獣なのか巨大な鳥たちが真っ赤な目を光らせ、アレンを睨みつけている。
友好的とは思えない状況でも、アレンはセシルたちと共に指揮化した鳥Bの召喚獣に乗って、翼をはためかせ、レームと目が合う高度まで上昇した。
木の高さは300メートルほどだろうか、木の頂上には100メートルほどの巨大な巣があり、30メートルほどの幻鳥レームが丸まっていた。
(フクロウかな。森の賢者か。美しいな。やはり信仰を集めるには見た目も大事なのかな)
フクロウを思わせるよく見た形状をしているのだが、虹色の羽がとても美しく、垂れた尾びれもかなり長い。
神になるには見た目も大事なのかなと思う。
既にレームの居る高さまで達したため、お互いの視線が合う。
少しの沈黙に、ソフィーがたまらず口を開こうとしたところで、レームの嘴が動いた。
『ギラン様から聞いています。あなた方が私を神鳥にしていただけるということですね。お待ちしていました』
「そのとおりでございます。別件で用があったため、すぐに来られず申し訳ありません」
『大丈夫です。念のために先に言っておきますが、私は争いを好まないのです』
(あらやだ、失礼しちゃうわね)
意見がぶつかったら武力による争いになると言わんばかりの態度に、一瞬だけアレンは眉をひそめた。
100メートルほどの巨大な巣の端に、鳥Bの召喚獣を止まらせ、アレンたちはレームの巣に降りた。
敵意は一切ないのだが、どこか、興味がなさそうにアレンたちを見ている。
「お心深い幻鳥様なのですね。そうなのです。私の仲間のシアのため、レーム様を神鳥にするためにやってまいりました。何かお困りなのでしょうか?」
交渉の基本は会話を進めることだ。
幻鳥レームに起きた現状を把握しないと、神鳥にするのは難しいだろう。
『困っているですか……。私は何も困っておりません』
「え? 困っていない。ですが、神鳥になれないのですね」
『神に至るにも順序が必要です。信仰値を貯め、その日が来ることを待っています。鳥人たちは私のために今日も祈りを捧げていただいております』
「ふむ、それで?」
『待っているのです』
(待っているってなんだよ。待ってたら神鳥になれるんか? 何も問題ないと聞こえるが)
「まあ、困りましたわね。では、なぜ神鳥になれないのでしょうか? いつ頃からお待ちなのですか?」
アレンの困惑は、セシルもソフィーも同様であった。
『そうですね。1000年ほどでしょうか』
「1000年って!! どれだけ待てば神になれるのかってだれか知らせに来たりするものなのですか?」
10年とか100年という話ではなかったことに、セシルが思わず声を荒らげてしまった。
『もちろんです。いつの頃でしょうか、ギラン様より順番が来るまで待つようにと言われ、この1000年間。レームシール王国を離れ、この地で待っているのです』
「ふむふむ、情報はなしっと! 達成させる気あるんか!!」
アレンはあまりにも雲をつかむような話で、思わず声を上げる。
この会話から分かったことは、神鳥になるには順番なのか、それとも、何かが足りなくて待っているだけという。
「メルス様なら何かご存じではないでしょうか」
ソフィーは打開の方法をメルスに求める。
「たしかに、ちょっと待ってな」
(話聞いていたか)
アレンは共有するメルスの意識に語り掛ける。
『聞いているし、見ているが、今大地の迷宮で忙しいのだ』
(それで、ギランのクエストで、レームを神鳥にしないといけない。何をしたらいいか分かるか)
構わず話を続ける。
『……ふむ』
(何だよ。また、理がどうとか言って、情報を秘匿する気かよ)
『そのつもりではない。アレン殿は神界へ至ったのだ。ある程度、理についても触れる機会があるのは当然のことだ。それに私からの、これまでの会話でもそれなりに開示することもあったはずだ』
メルスは秘匿する程でもないとアレンの意識に語り掛ける。
幻獣アルバハルからは、獣人たちが獣王化や獣帝化するルールを聞いた。
獣神ギランからは、ルバンカが神に至る流れについても話を聞いた。
(じゃあ、何だよ。1000年待つなんて普通なのか。そんなに待てねえぞ)
『全ての神が亜神から神に至れるというわけではない。アレン殿はこの神界において、多くの亜神級の霊獣を狩ってきたはずだ』
(ん? なんだ。あの霊獣たちは神にならなかったやつのなれの果てか)
『なれの果て……ほとんどがそうだ。言い方は少しは選んでほしい』
生命の循環の道を踏み外した者が霊獣になるとメルスから聞いた。
現世に未練があったり、力のある者の方が霊獣になりやすいという話だが、亜神級の霊獣を何十体もアレンたちは狩っている。
(なるほど、だから神級の霊獣はいないのに、亜神級はこんなにいるのか)
『そういうことだ。私はギラン様が、本当に今回の件をアレン殿に委ねたとはとても思えぬ』
原獣の園では力のある者は神から認められ、聖獣、幻獣になり、その後、神に至る。
亜神級の霊獣が多いのは、神に至れない者がそれだけ多いのだろう。
さらに、神級の霊獣をあまり見ないのは、現世に満足を行ったのか、亜神級に比べてもかなり長生きで一生を終えるものは少ないのかもしれない。
(ん? どういうことだ)
『1000年待って、神に至れないならそういうことだ』
(先がないと。神界でも、神になるポストが少ないのか)
昇進できなくて、課長どまりで部長になれないみたいな話なのか。
こんな巣で1000年も丸くなっているなんて正気の沙汰ではない。
『そうだ。それに、だいぶ言葉を選んで話すのだが、アレン殿も知っていると思うが、獣神ギラン様はあまりエルメア様のお考えに協力的ではない』
(だから、エルメアが気に食わないガルム門下のレームを冷遇しているのか)
『私は言葉を選んだつもりだが?』
(メルスは具体的になぜレームが神になれないのか分からないってことだな)
『そういうことだ』
(ルプト経由でレームを神鳥にお願いできないか)
『エルメア様にか。それこそ難しい話だ。私も亜神級の者たちから随分相談を受けたが、エルメア様に上申して話を聞いてもらったことなどないぞ』
メルスは創造神エルメアの側近中の側近の第一天使で、十万年を仕えていた。
相談を受けることなど日常茶飯事だったようだ。
ここまでの会話で、亜神級に至った者たちがどれだけ神に至れるのか難しいことがよく分かる。
メルスの双子の妹の第一天使ルプトのコネでも、神を1柱増やすのは難しかった。
「どう、結構話しているわね。何か分かったの?」
セシルがやり取りをするアレンの顔を覗き込む。
「メルスでも分からないってさ。ただ、結構、難しいのではという話だそうだ」
「何よ。そんなの。どうしたら神になれるのか分からないなら、難しいというか不可能じゃない」
「確かにその通りだ、さてと」
ここまでの話を整理する。
(最初に目の前で神に至ったのはローゼンだっけか。レームと何か違いがあるのか。結構神になるのって難しいんだな)
アレンが魔導書に、ここまでの状況を整理する両隣でセシルとソフィーがのぞき込む。
【幻鳥レームが神鳥になれない理由】
①神になる順番を待っている
②信仰値が足りない
③神鳥の枠が別の何かで埋まっている
④エルメアに嫌われている
「1000年待っているのだから、もう少し待てばなれるのかもしれないの①ですわね」
「そうだ、ソフィー。来年にはなれるのかもしれない。だが、たぶん、そんな理由ならギランは態々クエストにしないと思うぞ」
「④だったら、どうするのよ」
「そもそも神鳥にするつもりはなかったってことだ。無理だと言わざるを得ないな」
「なんか、私も無理だと思えてきたわ」
答えが分からないし、話が大きすぎて、人々の力ではどうすることもできない。
アレンはセシルとソフィー、それぞれの意見にそうだねと返事をしつつ、視線を正面に戻した。
「幻鳥レーム様、なかなか難しい状況のようですね」
『そのようです。私はただただ待つだけです』
レームは何も慌てていなかった。
順番を待つしかできることはないと悟っているのかもしれない。
「その上で、念のため確認なのですが、私はこのクエスト達成に向けて、相応の行動をとろうかと思います。レーム様は神鳥になりたいとお考えで良いのですね」
『相応の行動ですか……。その問はとても怖いです。私は、何かと争ってまで、神に至りたいとは思っていません』
レームがアレンの発言に身震いをする。
「いえいえ、そんな私は何も争いごとをしようとは思いません。ただ、レーム様のお考えは知っておきたいのです。神に至りたいでよろしいですか」
『……私は、獣神ガルム様にお声をかけていただき、現在があるのです。神に至り、ぜひガルム様のお力になりたい。その力はきっと私を慕う鳥人たちのために使われることでしょう』
「分かりました。では、このアレン。レーム様が神に至れるよう全力を尽くしたいと思います」
アレンは幻鳥レームの本心が聞けたので、改めてクエスト達成に向けて、気持ちを新たにする。
「そんなこと言ったってどうするのよ。エルメア様にお願いなんてできないんでしょ」
「確かにできない。そうだな、とりあえず、レームシール王国に行ってみるか」
「レーム様の故郷でございますね。鳥人たちの様子を見たら何か分かるかもしれませんわ」
「そうだ。もう少しヒントが欲しいからな」
アレンたちは次に向けて行動に移すのであった。