第604話 ギランの試練②交渉
シアに試練の1つ目である、聖域内でのギランとの鬼ごっこをしてもらう。
その間に、アレンたちは別行動で、シアのために2つ目の試練を攻略すると言う。
(試練も代行する時代や)
仲間たちは絶句している。
神の試練の本人ではなく、別の者がするなど聞いたことがない。
『そのような冗談が通じるなど、本気でお考えでしょうか』
「神の試練に条件などあるのでしょうか。難易度も報酬も全て神の判断に委ねられていると考えておりますが……」
アレンの仲間たちが挑戦する試練は多様で、報酬となる神技や神器についても効果が様々だ。
試練の結果を是とするのか否とするのか、与えた神が決めるのが基本だ。
『神にこれだけ交渉を迫るなど、前代未聞ですね。本当に神界に来る資格があるか真面目に選別したのか、時空神に問わねばなりませんね』
人間界と神界の時空を管理している時空神デスペラードに、正しい試練を課したのか、責任を追及すると言う。
「時空神様の御心は計り知れませんが、晴れて神界に来たと受け止めております。獣神ギラン様のご要望についても、必ず満足いく結果をお約束しましょう」
(交渉は根拠なくても断言すべし)
アレンは静かに獣神ギランを見つめた。
微笑を浮かべ、ギランに同意を求める。
『しかし』
「そもそも、今回は獣神ガルム様のご威光を無視して、ルバンカを勝手に召喚獣にした私にも責任の一端がある話ではないでしょうか?」
(老いたアルバハルに、老いたギラン。原獣の園は、高齢化が進み、若い有望な人材ならぬ神材は少ないと)
神材というわけの分からぬ単語が誕生した。
『たしかにそうですが』
「シアの仲間が協力して試練に臨んだ。2つ目の課題についても、交渉事なら私が、戦いになればシアにも出てきてもらいましょう」
アレンは、獣神ギランが獣神ガルムの意向に従って行動していることが分かった。
獣神ガルムが支配する原獣の園で、獣神ガルムの息のかかった神を多く存在させたいようだ。
だから、期待の新人のルバンカが勝手に召喚獣になったことに、ガルムに代わってギランが怒りを覚えた。
試練の2つ目に、幻鳥レームを神鳥にするなどの課題を与えてきたのも、ルバンカの一件が絡んできているようだ。
アレンたちの同行を許可するなら、シアがいようがいまいが、交渉事はアレンがする予定だ。
ならば、特に問題ないだろうとギランに畳みかける。
見つめ合うアレンとギランを、仲間たちは緊張感をもって推移を見守る。
『仕方ありませんね。細かい拘りでしたか……。手法についてはお任せします』
「お任せください」
1つ目の試練のギラン追いかけっこのシアと、2つ目の試練の幻鳥レームの神鳥計画が同時進行で開始することになる。
「すまぬ」
ズシズシと四足歩行の巨大な獣の状態のシアがアレンの下にやってくる。
「仲間だろ。こっちは俺に任せろ、そっちは修行からだな。今のままじゃ、一生追いつけなさそうだ」
「たしかにそうだな」
シアと獣神ギランとの間には、途方もない力の差があり、現状では一撃を与えるなど、ほぼ不可能と言ってよい。
(獣帝化を覚えたばっかだからな。スキル上げを優先だな)
「最大魔力をあげる装備に切り替えて、一度に発動できる獣帝化の効果時間を延ばす必要があるな。あとはクールタイムを半減するために……」
アレンはこの状況で短期間にシアが強化するためのメニューを提示する。
【シア強化プラン(短期間コース)】
・1日15時間、訓練に費やすこと
・魔法具は魔力が最大になるように
・腕輪2つでクールタイムを全て4分の1に
・ソフィーが1日2~3回精霊神の祝福をかけに来る
「じゃあ、わたくしもクールタイムは半減する腕輪を装備しますわね」
ソフィーも1日に1回でも多く精霊神の祝福をかける装備に変えると言う。
「そうしてくれ」
仲間たちもワイワイと何ができるか話をする。
(強くなるための方法を模索する話をするのが一番楽しい)
ソフィーの神技「精霊神の祝福」はクールタイムをリセットしてくれる。
そのソフィーにクールタイムが半減する腕輪を2つつけて、シアの獣帝化が切れるたびに、クールタイムをリセットすると言う。
魔力が1万台のシアは、装備を変えれば5万を超えるため、魔力と霊力も合わせて2万から10万に変わる。
これだけで、獣帝化の持続時間は10倍になる。
「みんな助かる」
「いえいえ、これから別行動しますが、一緒に試練を超えましょう」
ソフィーも優しくシアを励ましてくれる。
ギランとの力の差を見せつけられて、心が折れかけたシアの表情に気迫が戻ってくる。
「それでも、獣帝化が切れた場合は、神域のとなりに稽古用のブロンも置いておくから、スキル上げに使ってくれ」
成長スキルを使用し、ステータスを上げた石Dの召喚獣が、さらに特技や覚醒スキルを使って圧倒的な耐久力を持つ。
獣帝化以外のスキル上げも同時に上げていくよう伝え、シアの魔導袋に天の恵みや、金の卵などの回復薬を大量に入れる。
さらに鳥Aの召喚獣に「巣」の設置をして準備がおおむね整った。
(まあ、最初からシアを特訓させるつもりだったんだろうけど)
『いかがしましたか?』
ギランの本音を読むようにアレンは視線を向けたが、心の内など見せるはずもない。
「いえ、準備が整いましたので、シアをよろしくお願いします。神鳥にすると聞いていますが、何か問題でも抱えているのでしょうか?」
『……それを踏まえて試練です』
ヒントはくれないようだ。
(試練の難易度を上げるための黙秘か。それとも口にするのは憚られる理由でもあるのかね)
「ありがとうございます。それでは」
諸々の対応に礼を言って、アレンは指揮化した鳥Bの召喚獣にセシルとソフィーと一緒に乗って、この場を離れた。
「それにしても、厳しい試練よね」
「素早さを鍛えるシアらしい試練とも言えるな」
「なるほどね。でも、うまくいったわね。これでシアのスキルが上がったら一撃を与えられるかもしれないわ」
「もちろんそうだが、セシル。だが、大事なことを忘れているぞ」
「え? 何かしら」
「シアの試練の1つ目は、『仲間たちの補助可』だろ」
「ああ、ロザリナのスキルね!!」
「そういうことだ。ギランの試練の2つ目をこなしつつ、ロザリナが神の試練を超えたあたりで、もう一度、本気で挑戦してもらうつもりだ」
シアは残念がっていたが、まだ全力でギランの試練の1つ目に挑戦したとは言えない状況だ。
現在ロザリナは歌神ソプラと踊り神イズノの両方の神の試練を受けている。
アレンたちが精霊の園に行く前から試練が始まっているため、歌神の試練だけならとっくに終わっていてもおかしくない。
「でも、だったらそう言ったらいいじゃない」
「シアの誇りを態々傷つける必要もないだろ。最終的に総力戦でギランをボコボコにするぞ」
「言い方ね。でも、これでちょっと、希望が見えてきたわ。って、金の卵作らないの?」
「シアから貰った霊石が切れたんだ」
ここに来るまでに、シアからもらった3万個の霊石は全て消費してしまった。
アビゲイルたち竜人の下に霊石を回収しに行くと言う。
「あら、それならついていくわよ?」
「そうですわ」
(霊石がすぐになくなってしまうな。こっちも何とかしないとか。一度アビゲイルさんと相談するか。それとも……)
アレンは霊石を大量に収集するための方法を考えていた。
対応に時間がかかりそうな、幻鳥レームの試練より先に、霊石の回収や今後の対策を行うことにする。
「たしかにそうだな。じゃあ、ツバメン。幻鳥レームの側で巣を作っておいてくれ」
『ピィ!!』
気合の入った返事をする鳥Aの召喚獣1体を幻鳥の巣へ向かわせて、3人でシャンダール天空国へ転移した。
ここは、シャンダール天空国のボアソの街にある竜人族の首長ソメイの館だ。
最初訪れた時は、地面の雲をこねくり回した「かまくら」のような見た目で、木材は床板とか柱に最小限使われていた。
今では壁や屋根に石材を使った巨大な館となっている。
アレンが神界の岩でできた島を切り出した石材を使って、族長の館をすぐに改築するよう依頼したのだ。
これは神界で9つに分かれた竜人族を統合するために、まずは首長として、見た目が大事だと考えた。
石材の少ない神界において、誰が全ての竜人を支配する立場にいるのか、知らしめる必要がアレンにはあった。
(これでいっぱい霊石を集めてくれているといいんだけど)
転移するなり、石造りの武骨な館の一室に転移したアレンを1人の竜人が発見する。
「これはアレン殿!」
「ああ、カタクチさんお世話になっております。いつも待機させて申し訳ありません」
「何を言っておりますか。アレン殿のおかげで私は門番長になったのですから」
竜人のカタクチがアレンに感謝の言葉を贈る。
カタクチはアレンが神界に来た時、最初に出会った竜人だ。
シャンダール天空国にあるボアソの街と、審判の門の間に設けられた門の前で、門番をしていた。
アレンは創生スキルを鍛えるため大量の霊石を必要としている。
アレン軍を神界に連れていくことができれば、ある程度目途が立つ。
しかし、神界に連れて来ることができる人数には限りがある。
そのために霊石収集を期待しているのが、族長のソメイと守人長のアビゲイルだ。
アレンのために霊石集めに協力してもらおうという。
信仰ポイントが貯まるカードも持たせて、魔法神イシリスで貴重な魔導具や魔法具と交換するための信仰値も貯めてもらっている。
アレンが石材を態々ソメイに対して提供しているのもそれが理由だ。
いつ来るか分からないアレンが、転移する先に指定した部屋で、待機するものが必要だとソメイは考えた。
門番をしていたカタクチの役職を上げ、門番長としてこの部屋でアレンが戻ってきた時すぐに対応できるよう待機してくれている。
「アレン殿、これはアビゲイル殿より預かっている霊石でございます。今回は結構たくさん集まったのですよ」
(お! いいね!!)
アレンは一瞬にして明るくなる。
「申し訳ありません」
毎回、下手に恐縮です感を出すことを忘れない。
セシルがアレンの横で生暖かい視線を送る。
「ソメイ様は7つの族の長となりましたからね。これは随分多いですよ」
「そんなにですか。本当に助かります」
(お? 期待させるね。1000万個くらいか。いやさすがにそんなにはないか。少なくとも100万個くらいとみた)
アレンは落ち着いた表情で装い、期待を込めて両手を出した。
「こちらは12万個の霊石になります」
アレンの期待とは裏腹に、12万個の霊石をカタクチは魔導袋ごと渡すのであった。