第602話 ギランの試練①(1)
緊張で固まるシアに獣神ギランはさらに語り掛ける。
『どうしたのですか? 早く上がってきなさい』
「分かりました」
一歩前に出ようとしたとき、アレンがシアの前に躍り出る。
「申し訳ありません。事前に試練の内容を聞いてもよろしいですか?」
(このまま殺し合いが始まっても困るんだが?)
ギランが待つ神域という円形の内側へシアが足を踏み入れる前に、アレンは問う。
『そんなに怯えることはないのですが、そうでしたね。あなた方は大精霊神イースレイ様の試練に臨んだようですが、その緊張は無理もないでしょうか。ですが私は荒っぽいことが嫌いなのです』
この原獣の園にも、アレンたちの大精霊神イースレイの試練の状況が届いている。
試練で神級の精霊獣と戦い、大精霊神の祀る御山を破壊した話を呆れながら口にした。
(お? さっきルバンカの首を一方的に吹っ飛ばしておいて?)
「それは助かりました。この神域内でどのような試練をお与えになるのですか?」
これから始まる試練はシアだけしか参加できないようだ。
アレンはギランへのツッコミをぐっと飲みこんで、試練の内容を確認した。
『1つ目の試練の内容は単純です。この神域内にいる私の体に一撃でも攻撃を与えることができたら、私の神器を与えましょう』
「攻撃とは、ギラン様も攻撃してこられると?」
『いいえ、私はこの中でシアさんの攻撃を避けるだけです』
(お! こんな狭いフィールドで、シアが一発でも攻撃当てたらいいだけなのか!)
「期限とかはありますか?」
『ありません』
「では、もちろん装備や仲間たちの補助魔法なども問題ないですよね……」
『一切問題ありません。ただし、シアさん以外の者は、この神域内へ頭上や足元等も含めて一切入っていけません』
(ここは一周半径450メートルくらいか)
半径500メートルの真っ白な台の上の中心部で、半径450メートルの囲いの中はギランの神域なのだろう。
この中で鬼ごっこをしろと言うことか。
シアが一撃でも攻撃を与えられたら、試練を超えたと判断され、神技が貰えるようだ。
【ギラン試練①のルール】
・挑戦者はシア1人のみ
・達成条件はギランに一撃を与えること
・装備、魔法、回復薬などあらゆる補助が可能
・ギランは攻撃をしない
・半径450メートルの範囲
・制限時間なし
・報酬は獣神ギランの神器
アレンは魔導書にギラン試練①のルールを記録する。
「そういうことだ。シア、とりあえずそのまま参加してみてくれ。相手との実力差も知りたいから、最初は今の装備のみでだな」
魔導書でシアのステータスを確認する。
・シアのステータスその①現状
【体 力】34451
【魔 力】11073
【霊 力】11073
【攻撃力】63880
【耐久力】27651
【素早さ】30955
【知 力】13173
【幸 運】14871
スキル「真爆拳」及び武器や防具、魔法具も込みのステータスだ。
長い冒険の末、武器や防具、魔法具を揃え、転職の果てに圧倒的なステータスを手に入れた。
このステータスなら、今なら本気を出した魔神レーゼルも1人でボコボコにできるだろう。
「う、うむ。分かった。すまないな、話を進めてくれて」
「気にするな。緊張せずにいこう」
シアはアレンたちを背中にし、前に進み、神域に足を踏み入れる。
ギランは神域の中央で、静かにシアを見つめていた。
『いつでもどうぞ』
「では、挑戦させていただきます。むん!!」
シアは真っ白な足場の石台に力を込めて踏み込み、ギランに迫る。
距離にして200メートルほどだが、地を駆けながら一気に加速する。
一歩当たり数十メートルは移動する圧倒的な脚力と、遠慮のないオリハルコンを纏った拳が獣神ギランに迫る。
瞬きしようものなら、姿を見失うほどの速度だ。
シアの拳は全長100メートルにもなる、余裕溢れるギランの巨躯の顔面を捉えていた。
(補助かけなかったから油断しやがったな。毛の一本でも触れたら、俺たちの勝ちだからな!!)
鳥Eの召喚獣が特技「鷹の目」を使って、ギランの試練の結果を捉えようとする。
ギランはどこに触れたら負けになるのか言わなかった。
大きさが仇になったとアレンは悪い顔が止まらない。
半径450メートルの広さは、前世では一般的な学校の運動場の10倍近い広さになる。
圧倒的な素早さを持ったシアにとって、この程度の距離は何秒もかかる時間ではなかった。
『ふっ』
正面から迫るシアに獣神ギランがため息をついたように見えた。
シアはそんな気がしたが、すでに加速した体は慣性の法則に従って、そのままギランの顔面に当たろうとする。
顔面に拳が当たるまで1センチメートルもない。
その瞬間、シアの視界からギランが消えたようだ。
「な!? 馬鹿な! どこだ!!」
シアは正面にもそして左右にもいないギランを完全に見失い、辺りを見回した。
「シア! 後ろだ!!」
(しむらー!!)
「いつのまに!!」
獣神ギランはアレンたちの目の前にいた。
巨大なギランの股の先で、シアが驚愕している表情が見える。
獣神ギランは、シアの認識を超える圧倒的な速度で、シアの攻撃をかわし、そのままシアの向かってきた先のアレンたちの前に悠然とやってきたことになる。
『随分優しい試練を選んだつもりですが、これは長くなりそうですね』
ニヤリと笑みを零し、ギランは鋭い犬歯を覗かせた。
シアは、あまりの速さに固まってしまう。
(なるほど、かなりの速さだな。この速度でルバンカの首を飛ばしたのか)
「たしかにこれはふざけた挑戦は失礼に当たりますね」
アレンは圧倒的なステータスの差を理解した。
『そうですか。本気を出すということですね』
「シア、ちょっとこっち来い」
「そうだな」
アレンは魔導書の中から装備品を出す。
「攻撃力なんていらないからな。腰帯も素早さが上がる風属性に変えてと」
・シアの装備(変更後)
【武器】オリハルコンのナックル:攻撃力12000、攻撃力6000
【飛竜の鎧】オリハルコンの鎧:耐久力5000、素早さ5000
【指輪①】素早さ5000、素早さ5000
【指輪②】素早さ5000、素早さ5000
【腕輪①】クールタイム半減、回避率2割、体力5000、素早さ5000
【首飾り】素早さ3000、素早さ3000
【耳飾り①】物理攻撃ダメージ7パーセント、魔力2000
【耳飾り②】物理攻撃ダメージ10パーセント、魔力2000、攻撃力2000
【腰帯】風属性 素早さ10000
【足輪①】素早さ5000、転移、回避率20パーセント
【足輪②】素早さ5000、転移、回避率20パーセント
アレンはシアとギランの圧倒的なまでの素早さの差に、装備の見直しから始める。
「ソフィーは精霊の加護を全部かけてやってくれ。素早さが上がるの全部な」
「分かりましたわ。3体ともかけます」
ソフィーが風の幼精霊エアル、風の精霊ゲイル、雷の大精霊ジンを続けて顕現させていく。
(ソフィーは素早さが上がる精霊たちを全階位持ってて助かる)
【ソフィーの精霊の加護】
・風の幼精霊エアル:素早さ1000
・風の精霊ゲイル:素早さ3000
・雷の大精霊ジン:素早さ10000
【鳥Hの召喚獣の覚醒スキル「金の卵」の効果】
・全ステータスを3000上昇
「よし、補助もかけ終わったし、シア、フルビーストモードだ」
「ビーストモードの方が、効果が大きいが?」
「フルビーストモードも成長するからな。スキル上げも兼ねているんだ」
「なるほど、そうか。分かった。フルビーストモード! ぐるおおおおおおぉおおぉぉ!!」
アルバハルからもらったスキル「獣帝化」によって、シアの体は二回りほど大きくなる。
・シアのステータスその②素早さ特化装備、仲間の補助、フルビーストモード
【体 力】28451
【魔 力】19073
【霊 力】19073
【攻撃力】43880
【耐久力】28651
【素早さ】93955
【知 力】19173
【幸 運】20871
シアのステータスは装備を見直し、ソフィーやアレンの補助によって圧倒的なステータスを得た。
素早さ特化に見直しをしたため、シアの素早さは10万に届きそうだ。
「ぐるるる! 行きます!!」
『やれやれ、何が「行きます!」ですか……。私は先ほどから、ずっと待っていますよ』
神域の中央に移動したギランは余裕の表情を崩さない。
「ぐる!」
シアはギランの返事を合図とばかりに、一気に跳躍する。
400メートルほどの距離を数歩で詰めると、拳を握りしめ、ギランの顔面を襲う。
『馬鹿の一つ覚えで……』
ギランが最後まで言い切る前に、シアの拳がギランの顔面を襲う。
残像を残したギランの体にシアの全身は通過したところで姿を消し、神域の境界ギリギリのところまで移動していた。
「ぐるる!!」
10万近いステータスをもってしても、ギランは捉えられなかった。
しかし、シアはそのまま余裕の表情を見せるギランに対して、さらなる追撃を迫る。
拳を握りしめ、ギランを追う。
ギランは、あまりの速さに残像を残しながらも、当たり前のようにシアの攻撃を躱す。
いくら攻め立てても、一向にギランを捉えられそうにない。
そのまま1時間ほどの時間が過ぎる。
スキル「獣帝化」の効果が切れ、シアの体が元に戻っていく。
「はぁはぁ……。なんて速さだ」
シアは、未だに涼しい顔をして追いつくことができないギランを見ながら、必死に息を整える。
「よし、ソフィーは精霊神の祝福だ」
「畏まりましたわ。アレン様、精霊神ローゼン様、シアの脚力に祝福を! 精霊神の祝福!!」
ソフィーの神技「精霊神の祝福」は、亜神の霊獣ガニラスと戦った時よりさらにスキルレベルが2上昇し、スキルレベルが5になっている。
「ぐるおおおおおお!!」
ソフィーが神技「精霊神の祝福」をかけ、シアのスキル「獣帝化」のクールタイムがリセットされる。
シアは再度、スキル「獣帝化」を発動させた。
(スキルレベルも2に上がったな。やはり、スキルレベルが上がる毎に、増加するステータスは上がってくのか)
シアはスキルを使用したことにより、ステータスはスキル「獣帝化」のスキルレベルが2に上がったことにより、攻撃力と素早さが1万、それ以外のステータスが6000増加していた。
【フルビーストモードの効果】
・全魔力と全霊力を消費し、1秒当たり10の魔力(霊力も)を消費する
・持続時間の計算式
19073(魔力)+19073(霊力)÷10(秒)÷3600(時間換算)
=約1時間
・スキルレベルが1上がるごとに、攻撃力と素早さは5000、それ以外のステータスは3000上昇する
・スキルレベル2で、攻撃力と素早さは1万、残りは6000上昇する
・シアのステータスその③ソフィーの精霊神の祝福(レベル5)、フルビーストモードレベル2
【体 力】55886
【魔 力】43695
【霊 力】43695
【攻撃力】38495
【耐久力】73144
【素早さ】142142
【知 力】43825
【幸 運】46032
仲間たちの補助魔法やスキルなどを受け、再度フルビーストモードになったシアが、獣神ギランに向き直る。
「グルル!!」
『それで勝利したつもりですか。どれだけ速くなったか確認してあげましょう。かかってきなさい』
シアの挑戦が続いていくのであった。





