第599話 ルバンカの過去②
騒然とする中、ルバンカは目覚めた。
「あなた!?」
「オーガが攻めてきたのか」
寝室から飛び出てきたルバンカは、何が起きたのかすぐに理解して歯ぎしりをする。
オーガエンペラーは無数のオーガを引き連れ、ルバンカの住む村を襲ってきたようだ。
「うう……。こわい……」
「大丈夫だよ。父ちゃんすごく強いんだ」
異様な状況に目覚めたが子供たちは不安そうだ。
兄が震える妹を抱きしめてあげる。
ルバンカはこの状況で何をすべきか、すぐに判断した。
部屋の奥の隅の床板を力任せにメキメキとめくると、収納庫が姿を現す。
「皆、ここに隠れろ!」
魔獣が村に襲ってきたときのための避難場所がこの家にはあった。
「あなたはどうするの?」
「何とかする。だから絶対にここから出てこないでくれ。いいな!!」
ゴリラの獣人のルバンカが革のグローブを急いで両手にはめながら答えた。
「分かったわ。ここに入るわよ!」
母の指示で兄と妹は収納庫に入ると、ルバンカは蓋を閉じた。
ルバンカは震える家族に忠告すると入り口まですごい勢いで走る。
村の外は獣人たちが慌てふためき大騒ぎになっている。
(ずいぶんスピードが出てるな。だが、この感じだとカンストまではしていないか)
物の数分で何キロメートルも離れた村の入り口に到着した速度から、アレンは獣人だったころのルバンカのレベルを推察する。
学園でダンジョンに通いまくって、たった1年で仲間たちのレベルを60でカンストさせたアレンの分析だと、ノーマルモードでも限界までレベルを上げるのは至難だ。
日々、魔獣狩りの状態に身を置いて2億を超える経験値を稼がなくてはいけない。
命がけのこの世界において、食い扶持を稼ぐ以上に危険な状況に身を置く者は少ない。
家族がいるなら当然だろう。
魔王が魔獣のランクを上げる前の世界ならなおさらだ。
瞬く間に門の前に到着すると、門の前には槍などの武器を持った獣人たちでごった返していた。
皆、武装しているところを見ると、この村で戦える者たちが集まってきたのだろう。
「おおお! 待っていたぞ。バル、来てくれたか」
獣人の1人がルバンカの登場で一気に顔が明るくなった。
「当然だ。村の中はお前たちに任せたぞ!」
「え? バル殿はどこにって……」
ルバンカは村人たちの集団をかき分け、すでに閉ざされた村の門の前に立つと、腰をかがめ一気に跳躍する。
10メートルを超える門の天辺に手をかけると、手の力だけで全身を門の上に躍り出ることができた。
「なんて数だ……」
閉ざされた門の上でルバンカは驚愕した。
月の明かりに照らされた村の外では無数の火の明かりが揺れていた。
無数の火は、オーガが握りしめる松明の明かりで、オーガの真っ赤な目が火の光に反射して怪しく輝いている。
数千を超えるオーガの群れがルバンカの住む村を取り囲んでいた。
「橋を破壊しろ!!」
「え?」
「早くしろ。絶対に村にオーガを入れるな!!」
村には大きな堀があり、橋を渡って村の中に入るのだが、今は夜なので橋は上がっている。
この橋をオーガに奪われると、村にオーガが際限なく入られるので、吊り橋の稼働路を破壊して動かなくしろとルバンカは叫んだ。
門の内側では斧を持った獣人たちが稼働路を破壊する音が聞こえる。
その様子にルバンカは堀をひと泳ぎで渡り、さらにオーガの集団に躍り出た。
(どいつがボスだ)
ルバンカの絶え間なく変わる視線に、アレンも一緒になってオーガエンペラーの居場所を探す。
ゴブリンもオークもそうだが、ボスを倒すと群れは四散するのはよくあることだ。
この状況で村を救うには、確実に今回の大群を率いるきっかけとなったであろうオーガエンペラーを潰すしかない。
『オオオオオオ!!』
1体の若いオーガがルバンカが堀から渡ってきたことに気付いた。
5メートルはあろう巨躯を揺らし、こん棒を握りしめ、ルバンカに襲い掛かる。
「むん!! 爆裂撃!!」
『グオア!?』
ルバンカは腰を下げ、重心を低くすると正拳突きを食らわせた。
オーガの膝は、ルバンカの拳によって反対方向に一気にひしゃげ、地面に倒れこもうとする。
ルバンカは体勢を崩したオーガの顔面に拳を合わせて頭部を爆散させる。
(拳士系統の才能かな。スキルの強さ的には「拳獣聖」か「拳獣王」かな)
アレンは獣人だったころのルバンカの才能を分析する。
『ほう、奴が我らが村を襲ったのか。皆でかかれ』
村の先にある丘の上にはオーガエンペラーが、静かにルバンカの様子を見ていた。
『グオオオオオオ!!』
『グオオオオオオ!!』
『グオオオオオオ!!』
無数のオーガが執拗にルバンカを襲い始めた。
常に数体のオーガと戦う形が続く中、ルバンカの体力は削られていく。
無数のオーガを一掃するようなスキルや魔法はなく、近距離系の物理攻撃のスキルを続けていく中、ルバンカの動きは鈍くなる。
優位に戦いを進めてきたルバンカだが、攻撃をかわされたり、逆に攻撃を受けてしまう回数が増えていく。
ドウン!!
「ぐぬ!?」
(誰も助けに来ないのか)
ルバンカはやられ始めたが、堀の先にある門は固く閉じたままだ。
アレンはルバンカの星の数は貴重な3つか4つの拳士系の才能であると推察するが、数千の群れを1人で戦うのは厳しいと判断する。
アレンも戦ったことがあるオーガよりずいぶん弱く見えるのは、魔王が魔獣たちを1ランク強化する前の世界のようだ。
だが、レベルをカンストするまで鍛えたわけでもなく、皮手袋など装備も不十分なルバンカには多勢に無勢のようだ。
『……そろそろか、お前らいけ』
『グル!!』
『グル!!』
オーガエンペラーの指示で、オーガよりもひときわ大きいオーガキングが、疲れ果てたルバンカめがけて向かってくる。
「む? ぐはあ!?」
勢いそのままに2体のオーガキングに、弧を描くように大きく吹き飛ばされたルバンカは堀の手前に落下した。
立ち上がろうとするルバンカを2体のオーガキングが足蹴にしながら抑え込む。
『よしよし。そのまま抑えていろ』
地響きを立てながら、丘の上からオーガエンペラーが下りてきた。
2体のオーガキングに地面に押さえつけられている。
ルバンカは腹を地面につけたまま、頭だけ見上げて、ゆっくりやってくるオーガエンペラーを睨んでいる。
「き、貴様がオーガどもを引き連れてきたのか!!」
こいつを倒せば、オーガの群れを撤退させられる。
必死に体を起こし、倒しに行きたいのだが、オーガキング2体がかりで押さえつけられてしまい身動きができない。
『そうだ。そして、貴様が我の村を3つも滅ぼしたのだな』
「ああ? だったらどうだっていうんだ?」
ルバンカは自らの村の近隣にできた3つのオーガの集落を攻め滅ぼしている。
村長の家にはルバンカの狩った3体のオーガキングの角が飾られてある。
『同じことをしてやると言っているのだ。お前たち、この村を襲え!!』
『グオオオオオオ!!』
『グオオオオオオ!!』
『グオオオオオオ!!』
村を囲んでいたオーガたちが、待ってましたと言わんばかりに我先に堀を渡り始めた。
体長が人間の数倍のオーガにとって、この程度の堀などなんということもなかった。
そのまま、ある個体は塀の丸太を砕き、またある個体は塀を悠々と越えていく。
「ぎゃああああ!! オーガが村に入ってきたぞおおおおお!!!」
阿鼻叫喚が村の中で広がる。
逃げ惑う獣人たちに数百、数千のオーガの群れが襲い掛かる。
建物が壊され、獣人たちの絶叫が広がる中、ルバンカは大声で叫ぶ。
「き、貴様ら!! 絶対に殺してやる!!」
『ぐぬ!?』
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
2体のオーガは押さえつけた両腕を振りほどこうとするルバンカの力に驚く。
ルバンカには戦う理由があった。
村の中には、オーガに怯える妻と幼い2人の子供がいた。
今にもオーガキングの抑え込みから開放されそうなところでさらなる絶望がやってくる。
『元気のいい腕だな。これは貴様に滅ぼされた我が子の恨みだ』
メチメチッ
ニヤニヤとしながらも、振りほどこうとするルバンカの腕をオーガエンペラーはつかむと、ねじりきるように引きちぎった。
「ぐあああああああ!?」
ルバンカは腕を付け根から引きちぎられ、何をされたのか理解した後、絶叫と共に痛みが後から遅れてやってくる。
『これは滅ぼされたもう1つの村の分だ』
メチメチッ
さらなる絶望がルバンカを襲う。
さらに、もう片方の腕をオーガエンペラーに引きちぎられてしまった。
両腕を失い、大量の血が地面に広がっていき、だんだん意識が薄れそうになる。
オーガが家に隠れる獣人たちを出すために、松明を家に投げ入れたのだろうか。
それとも家々を破壊して獣人をつかみ上げた際に起きたのか、火の手が上がっている。
村のあちこちで火が燃え上がるのが、朦朧とする意識の中見える。
「無事でいてくれ……」
声にもならない声をつぶやくルバンカは諦めかけていた。
世界は残酷なことも知っているし、この状況で奇跡が起きるはずがないことも分かっている。
自らが死んでも、もしかしたら床下に隠れている自分の家族が発見されない可能性がまったくないわけではない。
『さて、最後だ。これが貴様に滅ぼされた3つ目の村の分よ』
両腕を引きちぎられたルバンカの頭にオーガエンペラーの手が届こうとする。
すでに諦めているルバンカは抵抗することもなかった。
ゆっくりと迫るオーガエンペラーの手を見ることもなく、自らに残された時間で家族の安寧だけを願う。
その時だ。
村の絶叫も、ルバンカを囲むオーガエンペラーを筆頭に無数のオーガたちの不快な笑い声も、全て静かになっていく。
「なんだ? 誰だ?」
大量出血で意識が朦朧とする中、何かが囁いているように聞こえた。
1人の男が側に立っているような気がする。
『……力あるものよ。秩序になりたいか。秩序に飲まれたいかの? 儂の頼みを聞いたら力を与えてやろう』
老人の声のようだ。
「何の話だ?」
この状況で語り掛ける老人などいるはずがない。
死ぬ前に幻聴でも聞こえているのかと考えるが、体力が尽きかけた中、あれこれ考える余裕がない。
だが、奇跡なのかもしれないと思った。
『そうだ。儂は奇跡よ。時間がないぞ。早く答えた方がいい』
老人はさらに語り掛けてくる。
自分の心を読んだかのように、答えを督促された。
「力が欲しいと言えば、この場を救ってくるのか」
『力は与える。だが、獣人のためにその力は使ってもらう』
救うとは断言しない老人に対して、反論する気力も、交渉に知恵が回ることもない。
「力が欲しい」
考えるまでもなかった。
オーガエンペラーに両腕を引きちぎられ、間もなく頭もちぎり落されるだろう。
自らの死もそうだが、何より家族のためにも力が欲しかった。
『そうか。では獣人たちを頼んだぞ』
(顔が見えんな)
状況を見ていたアレンだが、ルバンカの意識と共有しているようだ。
意識が朦朧とするルバンカの視線の先から近づいてくる老人は、視界が隠れており見ることはできない。
「な!? これは!!」
1人の老人が引きちぎられた腕に手を当てると、ルバンカの体に熱いものが流れるような感じがしたのであった。





