第596話 神話の世界①
獣神ギランの神域を目指して3日が過ぎた。
「ふむ、シアたちの霊石が底をつきそうだな」
「数が足りなくてすまぬな」
1日1万個のペースで消費されるとは思わなかったとシアは呆れている。
「アビゲイルさんの方の霊石を回収に行くかなって、ん? なんだ? 変な模様だな」
アレンがセシルに同意しようと、視線を正面に向けようとすると、地表の違和感に気付いた。
原獣の園の大地が何か波打っていた。
カチカチに乾燥はしているのだが、干ばつにあったかのようにうねる大地が干乾びている。
(これは、あれか? 昔は湖だったとかそういう感じか)
前世で干乾びた湖の底を見たことがある。
「ルバンカ」
『なんだ?』
カードの状態になっているルバンカの精神にアレンは語り掛ける。
「原獣の園は、昔はもっと緑豊かな大地だったのか? 例えば、この辺りは巨大な湖だったとか?」
アレンたちはジャンボジェットほどの速度で移動しているのだが、はるか先まで、湖の跡のような大地が広がっている。
想像を絶する巨大な湖が存在したようだ。
『ふむ、この辺りは魚神様の領域だったからな。現在は、聖魚も含めてその席を空けていると聞いている』
(それだと、俺の検証が正しいんじゃないのか)
「ん? ああ、水の神アクアが魚人たちを支配しているのはそのせいか?」
アレンはルバンカの言葉で、検証をさらに先へ進める。
(鳥神も魚神も現在不在と。神の柱数には限りがあるのか)
アレンは1つ疑問に思っていたことがある。
獣人には獣神がいる。
竜人には、大地の迷宮で捕えられているが竜神がいる。
エルフの神は精霊神や大精霊神だ。
ドワーフを創造した神は魔法神イシリスだと知り、さらに疑問が大きくなった。
なぜ、魚人には魚神がいないのだろう。
理由は不明だが、昔はいたが現在は不在の立場で、魚人信仰の役割を水の神が担っているのだということか。
「この原獣の園にはいくつの神域があるんだ?」
『……領域だけの話なら22……いや、20だな。今ではその半数もいないらしい』
(なんで言い間違えるんだよ。らしいって誰に聞いたんだ)
ルバンカの神域数の言い間違えに違和感を覚えた。
そこまで多くない神の柱数を言い間違えるような話でもないような気がする。
「これだけ広いなら、神々がそれだけいるのは当然のようですわね」
ソフィーは精霊の園を見ながら思い出す。
精霊の園にいる大精霊神イースレイは、門番である精霊王コンズと精霊王ポンズを従えている。
数年前、精霊王ローゼンが精霊神に至り、ファーブルも精霊神になった。
精霊系統の神は3柱しかおらず、以下は亜神級の精霊王が数柱いるようだ。
この原獣の園だと10柱前後が現在もいて、空いた神の席も合わせると、領域は20か所に分かれるらしい。
「アルバハルのいたゴツゴツした地形もどこか別の神の神域だったりしたのか」
『あの辺りは岩山神様の神域だと聞いている』
聞いたことのない神の神域だった。
「なるほど」
(あほみたいに移動しないといけない理由はそういうことか。いくつか分かったことがあるぞ)
「アレン、分かったことがあったら言うのよ」
セシルが食い気味にアレンの分析を声に出すように言う。
「いや、いくつもの神域をまたがって移動させられるなと思ったからな。この原獣の園は20の神域に分かれていると仮定するなら、この広大さにも納得がいく」
地球表面いくつ分にもなる巨大な原獣の園はそもそも20近い神が支配する神域だ。
20分の1が1つの神域の領土ならそこまで広すぎないのかもしれない。
1柱の神が人間世界の大陸ほどの神域を持つなど当たり前のようだ。
「そして、今は不在の神の場所を獣神や幻獣が治めている。もしくは魚神の神域のように空白地帯にしているということですわね」
「なるほどね。神域をまたがるのは、獣神ガルム様がこの原獣の園全体を治めているから。だから移動には時間がかかると。それで?」
ソフィーもセシルも自らの言葉でアレンの説明の理解を進める。
神域を大きく移動しなければいけない事態になった理由は分かったが、だから何っていうのがセシルの正直な感想だった。
アレンは得への追及は極限までストイックだ。
利益にもならないことには関心がないとも言える。
アレンは魔導書の後半部分を開く。
そこには、これまでの分析の結果が何十ページにも渡ってびっしりと書かれている。
その中の1つにページのメモに、新たな検証結果をニコニコしながら記録していく。
「ふむふむ。ハクが神竜になれない原因分析と? なぜ、この話に繋がるのだ?」
アレンの魔導書にはこのようなメモがある。
【ハクの神竜計画】
・ディグラグニは神に至る
・ファーブルは神に至る
・亜神級の霊獣を狩ってもハクは神竜にならない
【ハクが神竜になれない理由(仮説)】
・幼体だから
・信者がいないから
シアがアレンの魔導書の内容を読んで、さらに意味が分からないとセシルも一緒に反応する。
ここで新たな新説を魔導書のメモ機能に追加していく。
【ハクが神竜になれない理由(新説)】
①神の柱数は255前後に抑えられている
②同じ系統の神は1柱が基本
③上位神になると同系統でも複数の神が至れる
④竜神マグラのせいで同系統の神枠が埋まっている
「なるほど、そういうことでしたのね。①のせいで、現在、魚神がいない。②のせいで大地の神がいるから岩山神がいないとそういうことですのね」
「そういうことだ。岩山神なんて聞いたことがないけどな。恐らく遥か昔からその枠は大地の神が領域を支配しているのだろう。今では大地の神がその枠を埋めているんだろう」
ソフィーがアレンのメモの内容を理解した。
しかし、セシルはアレンの分析に疑問があるようだ。
「でも、ディグラグニ様は、魔法神イシリス様が上位神でもないのに神になれたじゃない」
「それはエルメアがディグラグニとイシリスは別系統と考えた。ダンジョンと魔法だと領域が広すぎるからな。もしくはその方が、旨味があるってところだろう」
誰にとって旨味があるかは、言うまでもない。
「最終的に神にするかどうかは創造神エルメア様のご判断になるということか。時には255柱を超えることもあるし……」
「本当は今は255柱もいないのかもしれない。何柱かは、有能な神のために枠を空けているかもしれないぞ」
アレンの説明の後半をシアが最後まで説明し、自らも納得する。
「なるほど、そうなりますと……! では、もし大地の神ガイア様の神域で竜神マグラ様を召喚獣にすることができたらなってことですわね!!」
ソフィーは語気を強めて、アレンの分析の先に何が待っているのか予想した。
Sランクの召喚獣は神ではない。
この世界から竜神がいなくなることを意味する。
枠を空けた先で、2日に一度、亜神級の霊獣を大地の迷宮で狩り、神器に信仰値をため続けている竜がいる。
「そうだ、ソフィー。完全に竜神の枠が開くことになる。ハクが枠の余った竜神に至ることができるというわけだ。分析は検証してこそ、立証されるからな。楽しみでしょうがないな」
アレンはハクだけが神に至れない原因から、神の理を分析する。
さらに、その理を自らのパーティーの強化に活用しようとする。
アレンの悪い顔が始まって、シアもほどほどになとため息をついた。
『……』
共有した意識の中にルバンカが、アレンの視界を通じて魔導書を見ているような気がした。
「ルバンカ、どうかしたのか?」
『面白いと思っただけだ。そうか、アレン殿は理の側にいるのか』
セシルたちにとって、不思議な光景のように思える。
アレンと召喚獣の会話は、アレンの独り言のように見えるし、作戦中の誤認を防止するため、アレンは意識のみで召喚獣と語ることが多いことを知っている。
アレンは敢えてこの状況でルバンカと会話する様子を見せた。
「初めて『アレン殿』と呼ばれたような気がするな。少しは俺のこと認めてくれたのか?」
『大きな器だと思った。その中に入っているものを覗いただけのことだ。そうか。ふむ……』
要領を得ないルバンカの意識のようなものが流れてくる。
この感じは一言で言うと『迷い』だと直感で分かった。
「何か分析して欲しいことでもあるのか?」
『……そうではない。それに、我は原獣の園にやってきて日が浅い。人間世界で聖獣を長いことしていたからな』
「それで?」
『我が知っていることにも限りがあるということだ。我を召喚獣に誘ったのも、原獣の園が何であるか知りたいようであったが期待をするなということだ』
アレンはルバンカを原獣の園攻略のためにも必要だと考えていたことは、意識の中でルバンカに共有されていた。
これからする話は、獣神ガルムや獣神ギランに聞いた話がほとんどで、それも原獣の園全体でみれば、ほんの取るに足らない話かもしれない。
(前置きが長いが、取るに足らない分析するほどでもない話かもしれないってことか)
「話は全て聞いてみなければ、有益かどうか分からない。話を聞くことが攻略の基本だな。何でも知っていることは言ってくれ」
村人全員に話してみないと、ゲーム攻略の糸口は分からない。
浜辺のカップルの会話で、誰が世界へと繋がる船を得るための情報に繋がると思うだろうか。
RTAで1000回プレイしているゲームなら、特定の人物の会話だけがストーリーを進めることを知っているが、原獣の園に来たのは初めてだ。
『この神域が広いのは原因がある。いや、広くても当然なのだ』
「原獣の園の広さの原因か」
『神域が多くて当然のことだ。ここは、この無限の大地こそが元来の神界だからなのだ』
思いもよらない話をルバンカは口にした。
アレンが目を見開いたため、セシルが口を開く。
「ちょっと、アレン。私たちにも聞こえるように言いなさいよ」
「セシル、この原獣の園が、本来の神界だとルバンカは言っている」
「何よそれ。『創世記』でも、そんな話聞いたことがないわよ」
学園にいた頃に神学の授業で、創造神エルメアが世界を創造した神話である『創世記』は習った。
アレンは、仲間たちに話の内容を伝えながら、ルバンカと会話を続ける。
『元来な。原獣の園で太古の昔に争いが起きて、今ある神界の形になったと聞いている。我が生まれる遥か以前の話だ。故に争い以前の世界に住まう神々を古代神と呼ぶ』
「メルスからもそんな話、聞いたことないな。それで、この原獣の園には古代神しかいないということか」
『それも違う。それは遥か太古の話だ。何でも100万年前の争いで多くの神々が滅んだ。数少ない生き残りであったガルム様を残してどれほどの古代神がいるのか。そもそもガルム様だけかもしれぬ』
神界の歴史のようなものを聞いた。
「わたくし、そのような話初めて聞きましたわ。確かなのでしょうか。ローゼン様もそのようなこと……」
ルバンカの話を一言で言うと「にわかには信じがたい」だ。
天動説が有力な世界で、地球は回っていると言うに等しいか、それ以上の話だ。
なぜなら、人間世界も神界も創造神エルメアが創造したとされているからだ。
「メルスに確認して裏付けが必要だな。今、ちょうど戦闘中で聞ける状態ではないがな」
「何よ。大丈夫なの?」
「俺も召喚獣たちに指示を送ってた。ふむ、決着がついたようだな」
『レベルアップのログ 235⇒236』
魔導書の漆黒の表紙には銀色の文字でログが流れた。
アレンたちが会話する中、大地の迷宮攻略組は亜神級の霊獣と激闘を繰り広げていた。
原獣の園に到着して、アレンは6回目のレベルアップを果たす。
「ルバンカ。ほかにも気づいたことがあったら教えてくれ」
『分かった』
「む? 景色が変わってきたぞ」
湖の底のような地形が終わり、草原のように姿を変えていく。
狼らしき聖獣が首を上げ、大きく遠吠えをした。
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』
はるか数十キロ先の狼らしき遠吠えが返事のように木霊する。
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』
まるで縄張りに入ってきた者たちを知らせているみたいだ。
「俺たちの到着を知らせているみたいだな」
「歓迎してくれるとよいのだがな」
先ほどの話でシアも緊張で身震いをしているようだ。
神話の一端に触れたような気がするアレンたちは、獣神ギランの神域に足を踏み入れようとするのであった。
更新再開(*'ω'*)





