第595話 シアの願望
アレンたちは鳥Bの召喚獣に乗って獣神ギランの下へ向かう。
天を何も遮るものがない上空で、日の光を浴びて、アレンたちは創生スキル上げが捗った。
シアが霊獣を1か月狩り続けてくれたおかげで霊石は3万個近く集まっていた。
シアと十英獣の皆は狩りが専門で、村人の獣人に倒した霊獣から霊石集めをさせていたのだとか。
「これを使い切ったら、アビゲイルさんからもう一度霊石を回収に行くぞ」
「進んで集めてくれて助かるわね。この卵の一部はアビゲイルに渡しましょうよ」
果てしなく広い原獣の園の移動で、小一時間ほど平和な創生スキルによる金の卵作りの作業ができた。
移動していると、シアが何かがすごい勢いでこちらに向かってくるのを発見した。
「む! 敵か!!」
『クワアアアア!!』
青白い炎に包まれた、巨大なカラスのような姿をした霊獣が2体、敵意むき出しで口を広げ襲ってくる。
アレンは鳥Bの召喚獣を共有で指示をしながら、シアが殴りやすい位置取りを行う。
「ふん!!」
霊獣2体の嘴がシアを貫こうとするのだが、1体の嘴を一撃の拳で粉砕し、もう1体の喉元にも拳がめり込んだ。
瞬く間に鳴き声を発する暇も与えられず、絶命した霊獣2体が原獣の園の大地へ落ちていく。
倒した霊獣の霊石を回収することなく、アレンたちは先を急ぐ。
「この辺は鳥系統の霊獣のねぐらなのか……。もっと高度を上げて、皆、振り切るぞ。グリフ、天駆だ!!」
『グルル!!』
鳥Eの召喚獣に覚醒スキル「千里眼」を発動してもらうと、アルバハル村に向かった時はいなかった空を飛ぶ鳥系統の霊獣がこの付近には多かった。
原獣の園の大地は乾燥しているのだが、葉の落ちた巨木が群生しており、体長数メートルから10メートルほどの鳥の霊獣が何十、何百体と留まっている。
はるか上空に居るアレンたちをその目は捉えており、翼を広げ向かってくる。
成長レベルを限界まで上げ、指揮化も使った鳥Bの召喚獣は翼を力強く広げたかと思うと一気に速度を加速させ、この場から退避した。
(それにしてもたしか……)
アレンは少し前、メルスから聞いた話を思い出そうとしたところ、意識に語り掛けてくれる者がいる。
『アレン殿、このあたりは幻鳥レーム様のねぐらだ。先に大きな巣があるはずだ』
(そうなのか、助かる。獣神だけが原獣の園にいるわけじゃないって話だからな。レームシールのレームだよな)
アレンは意識の中でルバンカに返事をする。
幻鳥レームは人間世界にある鳥人国家レームシールが祀る幻鳥だ。
聖鳥クワトロよりもはるか昔から信仰されており、今では神界に巣を作り暮らしているようだ。
レームシール王国ではほかにも亜神級の魔獣アルバヘロンレジェンドも祀っているが、こちらは魔獣なので、祈るというより畏怖される存在だと言う。
なお、アルバヘロンレジェンドはDランクの下級の魔獣が成長を続けて亜神に至ったと言われており、アルバハル獣王国など一部の国や地域で熱烈なファンがいる。
なんでも、出世鳥と言われており、立身出世や成長を夢見る冒険者たちのあこがれでもあるらしい。
【出世鳥アルバヘロンと魔獣ランク】
・Dランク アルバヘロン
・Cランク ハイアルバヘロン
・Bランク アルバヘロンジェネラル
・Aランク キングアルバヘロン
・Sランク アルバヘロンエンペラー
・亜神 アルバヘロンレジェンド
「幻鳥の領域に足を踏み入れたようだ。このまま退避しよう」
「幻鳥ですか。ゆくゆくはレーム様も神鳥に至るのでしょうか」
「だと良いな。神鳥の羽なら何か死者蘇生の効果とかありそうだからな」
(一度に羽1枚の制約とか嫌よ)
召喚獣のデザインや特技、覚醒スキルにはモデルとなった神が多いようだ。
霊Aの召喚獣の見た目は魔法神イシリスであった。
クワトロの覚醒スキル「不死鳥の羽」は、幻鳥や神鳥がモデルになったのかもしれない。
『ここはまだ幻鳥様の領域だ。……もっと離れた方が良いぞ』
ルバンカから忠告を受けたので、鳥Bの召喚獣の進行方向をさらに微修正する。
安全圏へ移動できたようで、追ってくる霊獣がいないことを確認する。
アレンは気を取り直して、霊獣たちに邪魔されたせいで、散らかった創生スキル上げ用の盛り土や卵が転がらないように敷いた藁などを直し始める。
「飛行する敵が多いのね。……仕方ないわ。シア、場所を代わって頂戴」
「助かる」
セシルがシアと席を代わるという。
シアだと遠距離攻撃が少なすぎて、鳥Bの召喚獣を無駄に加速させたり方向を転換しないといけない。
セシルが広範囲に魔法で蹴散らせば、鳥Bの背は揺れず、アレンが創生スキル上げに集中できると判断したようだ。
(まあ、この知力なら邪魔にはならないけどな)
アレンの知力の高さなら、共有を通じて、鳥Bの召喚獣を指示しながらも、揺れる背中の上で無駄なく作業に集中することはできる。
シアがソフィーと対面するように座ると、作業が始まる。
「できた金の卵をこの穴に入れていってくれ」
広げてある魔導書に金の卵を拾って入れるように言う。
「分かった。おっとすまない」
シアの手から零れた金の卵が鳥Bの召喚獣の背を転がり、地上に向かって落ちていく。
「む? ホーク拾ってくれ!」
『ピイ!!』
中空に出した鳥Eの召喚獣が瞬く間に金の卵を咥えて、戻ってきて魔導書の中に収納した。
「おわっと」
シアの手からまたもや転がっていく。
「ホーク」
『ピイ!』
「すまないな」
シアの口から放たれたそれは、一切の謝罪の気持ちがそこにはなかった。
まったくすまない感じはしないが、そもそも大したことだとは思っていないのだろう。
「シアはお手伝いなんてしたことないからな」
「む? そんなことないぞ」
「そうなのか」
「うむ、部屋の掃除をしに来た女中にねぎらいの言葉を送ってあげていたぞ」
アルバハル獣王国で獣王女として育てられたシアは得意げに答えた。
「それは手伝いではないな。まあ、俺はセシルの布団をたたむ際に暴れて邪魔を……」
ズン
(痛い)
王侯貴族を同じくくりにするならセシルよりはマシだったと言いたかった。
アレンが従僕時代の話をすると脇腹に鈍痛が響く。
背後を隣り合わせにしたセシルの肘打ちが脇腹に決まってしまった。
(それで言うなら、ここには王女が2人と貴族しかいないな。農奴出身者はいませんか)
良いところの生まれの3人に囲まれているなとアレンは一瞬笑みを零した。
「……ゼウ兄さまは何か言っていたか」
シアはアレンとの会話で昔のことを思い出したのか、先ほど当たり前のように手伝ってくれると十英獣を先導してくれるゼウの話を口にする。
「ん? シアをよろしく頼むって言っていたぞ」
「まだそのように甘いことを……」
「大事な妹だからな」
アレンがゼウを地上から連れてくる際、問われたことはたった1つだった。
『それは、シアのためになるのか?』
ゼウは中央大陸北部への魔王軍拠点殲滅へ参加し、その後は学園都市の開発に協力していた。
ゼウが学園都市にいるだけで、アルバハル獣王国がどれだけ5大陸同盟に協力し、魔王軍と戦うのかという姿勢を示すことになる。
中央大陸を筆頭に、諸外国の獣人たちへの視線は大きく変わっただろう。
代理人を置いて、神界にやってきたのだが、実情を知らない者たちにとっては場を投げ出してきたと思われかねない行動だ。
だが天秤にかけるまでもなく、アレンが「そうです」と答えると、ゼウは「では行こう」と答えてくれた。
「余は小さく見えるか?」
「ん?」
シアの口調が変わったため、アレンは作業を止めて顔を上げる。
金茶色の瞳をまっすぐこちらに向けていた。
「余はソフィーやルークのように、種族全体を思って行動しているわけではない。所詮は余の願望よ」
「ふむ」
「余は無数に分かれた獣人国家を統一する最初の皇帝となろう」
何度も語って聞かされたシアの夢だ。
「獣王家が殺し合い、国土を取り合う歴史を終わらせたいってことだろ?」
「……たしかに、ベク兄様のようなことは決して起こしたくはないな」
アレンは、獣王国で何が起きたのか聞いている。
ゼウからはS級ダンジョンで聞くことはなかったが、シアと仲間になってベクの見方が変わったような気がする。
シアとゼウの兄であるベクは、優秀であったが、国土を守るため国民の期待に応えるために、命を懸けて隣国と王子との戦いに勝利した。
獣王になることの意味を、血まみれのベクを見て幼少のころ知ったと言う。
獣王国は獣王武術大会で獣王同士が殺し合いをして、国境線を変えてきた。
まるで強い雄のライオンが、ハーレムを総取りするようなシステムが獣王国の中で組まれていた。
アルバハル獣王国は国境線を広げたり、縮めたりしながら、現在の大国になったらしい。
なんでも、現国王の先代でヨゼという名の獣王には力があり、各国の獣王武術大会で総合優勝しまくった結果だとか。
その分、隣国からは大きな禍根を残しているとシアから聞いた。
アレンはシアの内心に、全ての獣王国を統一して獣帝国を築くことで、殺し合いの歴史を終わらせたいと考えているのではと問う。
「仲間も大事、家族も大事、だが一番大事なのは己の心だ。欲深くていいだろ。少なくとも俺のパーティーには聖人君子はいらないぞ。強欲こそ王家に生まれたものの本分だろ。ゼウさんはそれで言うと、シアの言う通り優しすぎるな」
(前世の感覚だと、ゼウの生き方は美談になりそうだがな。まあ、獣王を目指しているのも、妻を獣王妃にするためらしいけど。それも我欲か)
愛妻家のゼウは、ベクが殺したブライセン獣王国の獣王の妹を妻に迎えている。
「たしかにね」
「まあ、ルークの純粋さには心が痛みますわ」
セシルもソフィーも同意する。
精神的にも肉体的にも幼いルークが、一番パーティーの中で欲望は薄く、自らの種族であるダークエルフと家族のために戦っている。
魔王打倒後のローゼンヘイムの立場も考えて動いてきたソフィーにとっても、ルークのあまりの純粋さに心が痛むこともあるようだ。
仲間たちにはそれぞれ己の夢のためにあってほしいとアレンは思う。
(目的も情熱もワクワクも失ったやり込みほど空しいものはないからな)
数千時間やり込んだゲームでも、時々我に返ることがある。
熱意を失っても、それでも惰性でやり続けることがどれだけ空虚だったか。
仲間たちには自らの我欲を貫いてほしい。
それがどれだけ個人的なことでも構わない。
それがどれだけ壮大でも、アレンは受け入れる。
「たしかにな。世界を苦しめる魔王討伐が通過点のアレンは言葉が違うな。そうだ。そうだな!」
シアの目から迷いが消えていく。
中空を見つめるシアの目には、自らの目標を達成した世界が見えているようだった。





