第594話 獣王を望む者たち
ホバ将軍に十英獣を率いて、日と月のカケラ探しを頼んだが断られてしまった。
仲間たちは全員固まってしまう。
シアやテミが視線を向けるので、アレンは話を進めよという意味だと理解する。
「あの……。お考えを聞いても?」
流石に断言されただけでは、事の真意は分からない。
「申し訳ないが、そのような話、我には荷が重いのだ」
「荷が重い? カケラを探すだけですが……」
世界で一番優しいと言われる「お使いクエスト」だとアレンは考える。
そもそもで言うと、テミが占い神の修行をし、大地の迷宮を攻略するまでの時間稼ぎとも言える。
獣神に会い、シアが修行に励む予定なのだが、並行して「とりあえず」探しておいてほしいのに、何故断るのか分からない。
「カケラを探し、セシル殿を強化し、魔王軍を倒し世界に平和をもたらす。そういう話と受け取ったが違うのか? アレン殿」
「そのとおりです。ですので、テミさんが抜ける今、頼めるのは……。他の皆さんはいかがでしょうか?」
(え? 思ったよりも真剣に考えているのね。じゃあほかの人に頼むかな。誰がいいんだろうか……)
元獣王親衛隊長、将軍職もこなし、アルバハル獣王国の獣王武術大会で総合優勝の称号「獣王」を持つホバしかいないと考える。
「あまりに重い頼みよ。責任と重圧に踏みつぶされそうだ。皆もできぬだろう?」
筋肉を膨張させ、残りの十英獣をホバは睨みつけた。
アレンの問いに肯定的に答えようものなら、ホバの肉体がさく裂しそうだ。
(あれだな。交渉か。ようやく理解出来た件について)
アレンと同時にソフィーが、少し遅れてセシルも何が起きているのか気付いたようで、ハッとしている。
シアはどうやら、ホバが求めているものまで分かったのか難しい顔をしている。
「では責任と重圧に負けない適任者がいるということですね」
ホバ将軍の演技に最後まで付き合うことにする。
「当然だ。この者なくして、そのような大役は果たせぬ」
「是非、名前を聞かせて頂いても?」
もったいぶるので、もったいぶった問いかけをする。
こんなに答えが分かる質問は珍しいと皆の顔がホバに集まる。
「ゼウ様に決まっておる。是非、呼んでくれ。まだ枠があるのだろう。ゼウ様の下、我ら一丸となって大事なカケラ探しに当たらせてもらう」
(まあ、そうだよね。獣王親衛隊の隊長の立場を蹴って、今ではゼウさんの私兵長を務めているからな)
ホバ将軍はゼウを呼べと断言した。
そのホバ将軍はアルバハル獣王国の獣王武術大会で総合優勝を果たし、その栄誉をもって、獣王の最側近である獣王親衛隊に配属された。
その後も総合優勝のタイトルを保持し続け、親衛隊の隊長まで上り詰める。
そのホバ将軍はS級ダンジョン「試練の塔」を攻略後、隊長の地位も、獣王親衛隊の地位も獣王に進言し、放棄することになる。
獣王からは「勝手な判断は許さぬ。辞めたければ我を倒せ!」と言われたらしい。
取り立ててもらった恩に対してホバは、槌を握りしめ、獣王に襲い掛かることで答えた。
王城が破壊されるほどの激闘の末、獣王に半殺しになりながらも、ホバは自らの信念を曲げることはなかった。
結局、獣王はホバの信念に折れて、親衛隊の隊長の任を解く。
肩書も名誉も捨て、ホバ将軍が次に手にしたのはゼウ獣王子の私兵団の団長であった。
S級ダンジョンの活躍を見たホバ将軍は、ゼウ獣王子こそ次期獣王であることを疑っていないようだ。
「ホバ将軍、シアは既に獣王であることも、王族の地位も捨て、魔王軍との戦いに臨んでおります」
アレンの発言に、レペもそうだそうだと頷いている。
レペもアレン同様に、なぜこのような回りくどいことをするのか分からないようだ。
「そうであるが?」
「次期獣王はゼウ獣王子で間違いありません。そうだな? シア」
「うむ、そのとおりだ。しっかり治めてくれ。ホバは次期獣王親衛隊の隊長よ」
ゼウが獣王になれば、ゼウが率いる私兵も獣王親衛隊となる。
ホバは納得したかのように、ひと飲みで木のジョッキに注がれた酒を飲み干して、ゆっくりと立ち上がった。
ゲプッ
ホバは軽くげっぷをした後、胸をパンパンにするほど大きく息を吸い込んでいく。
「獣王とは、獣王国で誰よりも強き者がなるものだ!! そして、それを民が認めてこそ強き王国は築かれるのだ。決して、誰もなり手がいなかった。もっと相応しいものがいるのにと一片も思われるわけにはゆかぬのだ!!」
一息に思っていることをホバは叫んだ。
(このまま魔王軍と戦うため、シアの手伝いをするわけにはいかない。今後の獣王国の歴史に禍根を残すと。いや、そんな難しいことではないな)
「ホバ将軍は『納得』されたいのですね」
「そうだ。己の信じた道を最後まで進ませてくれぬか!」
ホバは「結果はどうであれ」という言葉を飲み込んでアレンに懇願したように感じた。
立場の全てを捨てて「ゼウ」に賭けたホバの願いであった。
なお、将軍職も捨てると言って獣王に「ふざけるな!」とボコボコにやられたらしい。
この時は本気で殺されかけたらしい。
(エルフとダークエルフの問題は「棚上げ」という形で終わったけど、ゼウとシアの獣王位継承問題か。原獣の園攻略の合間に再燃するとは思わなかったぜ)
アレンがこの世界で冒険を進めていく中で抱えている大きな問題の1つだと思う。
「民の人望なら兄上の方があるのだがな。アレンよ、すまんが頼まれてくれぬか」
10歳も年上のゼウの方が、公職にもついており、アルバハル獣王国での民の信任は厚い。
内々の話で時間を掛けてしまって申し訳ないとシアは言う。
「分かった。すぐに連れていく。あと、テミさんは、魔導船に送ります。占い神タルロットの神域へ向かってください」
「うむ。助かる」
アレンは行動に移すことにした。
(最小限だけど、ツバメンはつけておかないと、すぐに合流できないからな)
ゼウ獣王子を神界へ連れてくる手続きをしていると、翌日になってしまった。
アレンたちは出発の準備を済ませた十英獣の待つ、アルバハル村の入り口にやってきた。
「お待たせしました」
「なんの。こんな短期間でゼウ様を神界に連れてきていただいて感謝をする」
戻ってくるなり、ホバから礼を言われる。
(確かにその通りだな。ゼウさんを連れてくるのに1日かからなかったのは、かなりフットワークが軽い方だ。つうか、学園都市にいたし)
ゼウは学園都市で、獣人たちの陣頭指揮を執っていた。
現段階で、アルバハル獣王国の正規軍を中央大陸北部に獣人の軍を大量に送るのは政治的な障害が大きい。
アレン軍に参加する獣人たちが魔王軍と戦うのとはわけが違うハードルがある。
アルバハル獣王国は、アレンが行った学園都市改革の一環で、大量の人手が必要なラターシュ王国の学園都市に、人員を送ることにしていた。
都市の開拓や、兵の訓練に協力をしており、これでも60年以上、兵を中央大陸に送ってこなかったアルバハル獣王国にとって大きな一歩である。
その正規軍の陣頭指揮を執っていたのが、獣王族であるゼウだったのだが、昨日の段階でアルバハルにいるムザ獣王に確認してくれた。
神界でのアレンの活動に協力してよいか尋ねたところ「自分で判断しろ。それが獣王を目指すものの考えか!」と通信の魔導具越しに叱責されたらしい
獣王の許可がいらないと判断したゼウが引継ぎを済ませ、アレンたちと共に神界にやってきた。
「……ホバが迷惑をかけたようだな」
来て早々にホバが起こした発言を謝罪する。
「では、アレン殿。話を進めてくれぬか」
ホバは悪びれる素振りを一切見せない。
(さて、気を取り直して、指示をしていくぞっと)
「では、ツバメン、オキヨサン、原獣の園で先行させているホークを3体つけるので、先ほどテミさんが指示した方向を目指してください……」
アレンはここに来る前に軽くゼウに説明をしているが、もう少し丁寧に今後の話をしておく。
「カケラのサイズはどんなものなのだ?」
「それが魔法神も分からないらしいです」
昨日、改めてララッパ団長越しに、カケラの具体的な情報を聞き出そうとしたが分からなかった。
「困った話だな」
「ですので、何かあったらオキヨサン越しに相談してください」
カケラはサイズからしてどんなものか分からない。
カケラに限らず、何か不思議なものを発見したら、霊Aの召喚獣経由で教えてほしいと言い、ゼウは了解し頷いた。
「ふむ、いきなりだが、まあ良い。余に続くのだ!」
「は! 皆、ゼウ様の後を追うのだ!!」
「まじかよ。俺、こういうノリは嫌いなんだけど。だったら、歌神のところに居た方が……」
「レペ、何か言ったか!!」
「ホバ、てめえがうるせえって言ったんだよ!!」
ギャアギャア言いながら、ホバが遠くでレペをしばいているのが分かる。
「……すまぬな」
「気にするな。改めてシアの試練超えを手伝うぞ。アルバハルさんに教えてもらった獣神の神殿を目指そう」
「ああ」
「アレン、獣神様には『様』をつけるのよ」
シアの思いをセシルが汲む。
アレンはシア、セシル、ソフィーと4人共に獣神ギランの下へ向かう。
セシルに返事しつつ、指揮化して、2倍の大きさになった鳥Bの召喚獣に乗る。
指揮下しないと2人乗りでちょうどよく、指揮化すると3人乗りでちょうどよいのだが、召喚獣の枠にも限りがあることだし、仕方ない。
(5人乗りの車も、本当に5人で乗ると狭かったりするからな。そういうもんか)
「ふむ、余が前方に注意を払おう」
「お願いしますわ。私とセシルがアレン様のお手伝いをしますわね」
鳥Bの召喚獣の首元にシアがまたがり、シアが前方を注意してくれる。
盆に藁を敷いたものを魔導書からだし、創生の準備を進める。
「ルバンカ、場所は分かるか」
『ここからなら北東に真っ直ぐだ』
アレンの視線と共有したルバンカが、カードの状態で意識に語り掛けてくる。
「じゃあ、グリフ行ってくれ!!」
『グルル!!』
ゼウを神界に連れてきた後、獣神ギランの下へ向かうアレンたちであった。