第589話 アルバハルの試練①
広間に現れた虎の獣人は、金茶色の瞳に野心を込めていた。
細く引き締まった筋肉と金色の髪を肩まで伸ばした女性だ。
軽装の鎧を着ており、手の甲のナックルに、膝ガードをつけているのは近距離戦闘を好む格好をしている。
(シアだ)
アルバハル獣王国の獣王女であったが、アレンの仲間になり、その後、獣王位継承権を捨てて、今では神界で修業をしていた。
アレンたちと再会を果たしたシアは、まっすぐとアルバハルを見つめている。
シアに反応しようと口を開くが、シアが両手で頭の上で担いでいるものをこちらに投げてきた。
「ちょ!? ちょっと!! なんで……」
ドスン!!
何を投げているのかとセシルと声を上げようとした動きが止まってしまう。
血走ったシアの表情に、怒り狂った猛獣のような気迫を感じたからだ。
「どうだ。言われた通りの霊獣を狩ってきたぞ。さあ、余に力を寄こすのだ。くそじじい!!」
シアは広間が振動するほどの声で叫んだのであった。
霊獣の青色の返り血を体の至る所に浴びたシアが、アルバハルのいる大広間で吠える。
その後ろでは、修羅の戦いを潜り抜けたと思わせるほどの表情の十英獣の皆が立ち並ぶ。
『流石は儂の末裔だ。村の住人どもが1000年狩れなかったというのにの』
アルバハルは、シアが投げ散らかした霊獣の頭をチラ見すると、軽く一言感想を漏らした。
(ふむふむ。試練で霊獣狩りをするって話だったっけ)
シアが原獣の園に来て、すぐに召喚獣たちを解除したために、1ヵ月以上の間に何をしてきたのか正確には分からない。
ただ、村の外には霊獣が多く狩ってほしいみたいな話をしていたのは覚えている。
「霊獣を1ヵ月も狩らせおって。こいつが親玉で間違いないな!!」
怒り狂っているのか、霊獣との闘いの帰りで猛っているのか、その両方かもしれない。
スンスン
横に寝ていたアルバハルが体を上げ、鼻先を天に向けたかと思うと、鼻息を立てた。
『……全てで間違いないのか。この短期間で万を超える霊獣たちを狩りつくすとはな。隣村にも、優秀な霊獣狩りたちがいると勧めるか』
(そんなんで、広範囲の霊獣たちの存在を把握できるの。俺の召喚獣にもほしい能力だ)
「な!? 馬鹿にしておるのか!!」
追加の試練を言ってきたことに、シアが絶句する。
見た目通り、血のにじむ試練を越えてきたようだ。
『冗談だ。本気にしおって……。儂の末裔は生真面目な者が多いの』
シアとアルバハルの間には、アレンたちもいるのだが置いてけぼりを食らったまま、1人と1体の会話が続く。
「くだらないこと言っていないで、神技を頂こうか」
『シアよ。お前こそ、約束を忘れたわけではあるまいな。神技が欲しければ、儂から奪い取れと言ったはずだ』
「む!」
アルバハルを取り巻く気配に殺気が籠る。
ゆっくりと体を起こしたアルバハルの前足先から凶悪で大きな爪が顔を覗かせる。
「面白い!!」
シアがゆっくりと拳を上げ、構えの姿勢を取る。
「ちょっと、待ってくれ!!」
(置いて行かないでくれ)
『む?』
アレンが大きな声を上げ、ようやくシアとアルバハルの意識がアレンたちに向けられる。
「おお、アレンか。よく来てくれたな」
「ああ、久しぶりだ。原獣の園は十分な修行になったようだな」
1ヵ月かそこらとは思えない勇壮な顔つきになったシアのステータスを魔導書で確認する。
【名 前】 シア=ヴァン=アルバハル
【年 齢】 16
【加 護】 獣神(加護無)
【職 業】 拳獣王
【レベル】 99
【体 力】 7851+9600(真爆拳)
【魔 力】 4273+4800
【霊 力】 9073
【攻撃力】 8280+9600
【耐久力】 7851+4800
【素早さ】 6355+9600
【知 力】 3573+9600
【幸 運】 5271+9600
【スキル】 拳獣王〈8〉、真強打〈8〉、真駿殺撃〈8〉、真地獄突〈8〉、真粉砕撃〈8〉、真爆拳〈2〉、反撃武舞〈6〉、獣王無尽〈5〉、組手〈7〉、拳術〈8〉、獣王化〈6〉
・装備
【武器】オリハルコンのナックル:攻撃力12000、攻撃力6000
【鎧】オリハルコンの鎧:耐久力10000、耐久力5000
【指輪①】攻撃力5000、攻撃力5000
【指輪②】攻撃力5000、攻撃力5000
【腕輪①】クールタイム半減、回避率2割、体力5000、素早さ5000
【首飾り】攻撃力3000、攻撃力3000
【耳飾り①】 物理攻撃ダメージ7パーセント、魔力2000
【耳飾り②】 物理攻撃ダメージ10パーセント、体力2000、攻撃力2000
【腰帯】 無属性 体力10000
【足輪①】素早さ5000、転移、回避率20パーセント
【足輪②】素早さ5000、転移、回避率20パーセント
(お、連戦に次ぐ連戦でスキルも上がっていると。雑用に近いことを長い間させられてきたようだが、座禅をひたすら組まされるより良かったのでは? 神技獲得に一歩近づいているみたいだし)
アレンたちは力を求めて神界にやってきた。
神界で、神の領域に足を踏み入れ、試練を与えられ、得られる力にはいくつかあるのだが、概ね、この4つに絞られる。
【神の試練で得られる力】
・エクストラモード
ノーマルモードの限界を超えて、レベル、ステータスが上がり、スキルが増える
・加護
神がステータスを一定量増幅する加護を与えてくれる
加護の種類によっては、火攻撃吸収や体力などの自然回復もある
小、中、大、特大などによって得られる加護の効果は変わる
・神技
ノーマルスキル(剣術など)、才能スキル(斬撃など)、エクストラスキル(限界突破など)を超える、霊力を消費して使用する強力なスキル
・神器
神が人々の信仰を集めるための器
強力な武器や防具として形を変えたものを、使い手に貸与してくれる
(シアは既にエクストラモードだから。あとは加護と神技と神器を寄こしてもらおうか)
シアは獣神ガルムが、神界に行く前にエクストラモードにしてくれた。
しかし、加護によるステータス増加は一切なく、なんとなく、シアとガルムの会話を後から聞いたところ、渋々、シアの願いを叶えてくれたに過ぎない様だ。
アレンたちが原獣の園に来たのは、セシルが課された魔法神イシリスのお使いクエストの2つが原獣の園にあるのだが、シアの試練達成への協力もある。
【セシルが課された魔法神イシリスのお使いクエスト】
・シャンダール天空国にいる霊獣ネスティラドの心臓
・大地の迷宮にいる竜神マグラの角
・原獣の園にある日と月のカケラ
・原獣の園にいる獣神ガルムの尾
メルルたちに大地の迷宮を任せつつ、同時進行で、アレンはセシルとシアのクエスト達成を進めている。
今すべきことをセシルやソフィーなどと改めて共有する。
「ああ、手伝いに来てくれて助かるぞ。それで、ドゴラたちは別の試練か?」
応援にやってきたアレンたちの中にドゴラがいないことに気付いた。
「ああ、キールの試練をペアで手伝ってるぞ」
ここに来る予定であったドゴラとキールだが、薬神ポーションのクエストのため、2人は薬神の神域へ向かった。
「……そうか。それは仕方ないな」
さっきまで殺気立ってピンとなっていた尾と耳が垂れてしまう。
言葉以上にこの場にドゴラがいないことにショックを受けたようだ。
(獣人は喜怒哀楽がハッキリしているな)
前世の頃は、サラリーマンだったので感情を殺さないといけないことは結構あった。
獣人のように心のままに生きてみたかったなと凹んでいるシアを見て思う。
「それで、霊獣の親玉を狩って、アルバハルとの戦いに勝てば、神技をくれるって話か?」
「ああ、そのとおりだ。父上も使っておられた『フルビーストモード』を余の始祖から頂けるという話だ。ほれ、霊石だ。獣人たちに霊石を回収させたぞ」
シアが状況を教えてくれる。
原獣の園は、霊獣がかなりの数跋扈しており、獣人たちを苦しめているそうだ。
十英獣の皆と協力し、この1ヵ月間に渡って霊獣たちを狩りつくし、亜神級と思われる霊獣も3体狩ったそうだ。
渡された魔導袋の中には霊石にまじって3個の霊晶石があるようだ。
(あふん、じゃあ、レベル3アップを逃してしまったか)
ショックを受けるアレンの様子を見越して、シアは霊晶石や霊石の詰まった魔導袋をアレンに渡してくれる。
『それで、今生の別れは済んだかな。儂の末裔よ』
「ふん、その余裕。余の拳でもって打ち砕いてくれる」
(どんな関係だ。たしか、聖獣は幻獣に至り、神獣になるんだっけか)
アレンはメルスから聖獣について話を聞いたとき、幻獣という存在も知った。
何でも、力をつけた聖獣は、ある一定のラインを超えると幻獣となり飛躍的に力が増すそうだ。
シアはアルバハルの一族の末裔のようだが、先祖は幻獣に至っていたようだ。
大広間の中央で、シアとアルバハルが対峙する。
アレンたちや十英獣の皆は、部屋の脇に移動し、経緯を見守るようだ。
(さて、勝算はあるよな。聖獣と神獣の間だと亜神級の強さぐらいだろうし)
現在、大地の迷宮で狩り中のメルルたちがいるので、クワトロをこの場に呼ぶことはできない。
アルバハルのステータスを鑑定できないが、ある程度の予想は付けることができる。
亜神級の霊獣だとステータス10万くらいか。
「すみません。シアに補助魔法をかけてもよろしいですか?」
装備を固め、レベルを限界まで上げたシアであるが、アレンの予想するステータスだと勝利からほど遠いかもしれない。
『当然。孤独な至高など意味がない。儂らは群れてこそ力を発揮する。好きなだけ補助を使うのだな』
全く問題ないらしい。
(獣人の評価は、集団をどれだけ集められたかにもよってくるのかな)
「じゃあ、シア。ソフィーも精霊を出してくれ」
「はい、アレン様」
ソフィーが大精霊の加護を与え、シアのステータスを上昇させていく。
アレンも魚系統の特技、覚醒スキルに加え、新しく手にした創生スキルの金の卵をシアに与える。
十英獣のリーダー的な存在の占星獣王のテミを筆頭に、レペなど仲間たちがワラワラと補助スキルや魔法をかけまくる。
『ふむ……』
仲間たちに囲まれたシアの様子に、アルバハルはその様子に目を顰め静観を続ける。
「助かる。では、行くぞ」
『やっとか。寝るところだったぞ。さあ、来るのだ!!』
アルバハルは挑発することを忘れない。
「うおおおおおおおおお!!」
床板を砕き、拳に力を込めたシアが一気に距離を詰める。
体高5メートルを超えるアルバハルの顔面に凶悪なまでのオリハルコンの拳を叩きこもうと飛び上がった。
しかし、シアの拳がアルバハルに当たることはなかった。
幻影を見せられているかのように、アルバハルの体はその場から消えたかと思ったら、最小限の距離だけシアの拳を避けていた。
「ガハ!」
軽く避けたかと思うと、まるで猫パンチするかのように腕先だけでシアに振るう。
ジャブのように前足先で軽く振った一撃はかなりの力が込められていたようだ。
アルバハルの一撃によって吹き飛ばされ、大広間の壁に叩きつけられるシアであった。





