第555話 神聖オリハルコン
アレンたちは神界人が住むシャンダール天空国の王都ラブールへ向かう。
竜神の里にある審判の門を越え、神界に至ったアレンたちは竜人たちと出会い、族長やアビゲイルの協力を経て、天空王に会うまでに至った。
現在アレンたちは3階層目の王族が住む階層に移動し、王族も利用する豪華な客室にいる。
アレンがこの場にいる理由は2つある。
1つ目は、お金のためだ。
アレンは学園制度を5年制に見直し、生徒たちを転職までさせて、より上位の才能で戦場に送り出そうと提言した。
アレンは5大陸同盟が王侯貴族に兵役を求める現状については、やむを得ないという立場だ。
ただ、死亡する人はできるだけ減らしたいと考えている。
そのためには、兵役義務のある全世界の生徒をラターシュ王国の学園都市で受け入れなければならない。
ラターシュ王国の学園都市にだけ、去年よりダンジョンマスターディグラグニが造った転職ダンジョンがある。
現在の学園都市を2倍の広さにするほどの拡張工事が必要だ。
建物や魔導列車、浄水、灯りなどインフラに使われる魔導具も高額だ。
当然、優秀な講師あってこその良い教育が行われる。
長年の戦闘経験を積みながらも、その功績が称えられ、前線から離れた後も宮廷などで王家への指南役や護衛をしている者たちはタダでボランティアで来てくれるわけではない。
優秀な人材を講師として招くにもお金が掛かる。
アレンは5大陸同盟の会議で、学園の年数制改革に金貨1億枚を3ヵ月で用意すると発言したこともあって、賛成多数で可決した。
アレンの思いには、もしかしたら現在2年生のマッシュが魔王軍と戦うと言い出すかもしれないという兄心もあった。
アレン、ペロムス、セシルに対峙するよう豪華で煌びやかな服を着た男が座っている。
取引を行う神界人で貴族の男は契約書の羊皮紙をペラペラとめくりながら考え事をしている。
目の前の男はエピタニという、貴族でもあり貿易を生業にする豪商で、神界でのペロムスとの取引を一手に行っている。
彼がこの契約書にサインをしなければ、契約は成立しない。
(お前か。ペロムスの取引を難航させているのは)
アレンたちが精霊の園で大精霊神イースレイから問題を与えられている間にペロムスは動いてくれていた。
新妻であるフィオナと共に、街に出ての市場調査や、目の前に座るエピタニという名の貴族兼商人の男との交渉を続けてくれていた。
「たしかに、ふむ、この額で問題はない。結構な量だが、我も方々に約束をしておるのでな。期日までに用意できなければ値下げさせてもらうが問題はないか?」
エピタニはチョビ髭をいじりながら、ペロムスに睨みを効かせる。
「問題はありません。既に商品は整いつつあります。後程、受け渡しの方法の詳細をこちらでまとめさせていただきます」
「ふん。我も忙しいのだ。資料は簡潔に頼むぞ」
エピタニは随分尊大な態度だなとアレンの仲間たちは思うが口にしない。
ペロムスから事前に聞いた話だと最初会った時より、これでもかなりマシになったとか。
メルスやルプトが、アレンのバックについていることなどが知られ、あまり無下に扱わない方がいいという空気が広がっていった。
ただし、それでもエピタニの横柄な態度が完全に良くなることはなかった。
(なるほど、さすがに精霊の園の件は神界人の耳には入っていないのかな)
さすがに精霊の園での騒動を耳にしていたら、もう少しましな態度になるのではと考える。
ペロムスの努力を無駄にしないためにも、仲間たちは表情にも出さないよう澄ました顔を見せる。
エピタニが視線を集める中、もったいつけるようにゆっくりとペンを手に取り、サラサラと契約書にサインをする。
ペロムスはホッと胸を撫でおろした後、口を開いた。
「エピタニ様、素晴らしい取引を進めていただきありがとうございます。是非、次回はもう少し関税を考えていただけると助かります」
(そうだぞ。そっちばかり関税かけてきやがって。旨味が減るだろ)
取引を進めるにあたって、神界側から人間世界との取引するにあたって、関税をかける決まりがあるとエピタニは言ってきたとペロムスは言う。
少なくとも1万年近く、地上の人間世界とは取引をしていないはずだが、何の決まりだろうと思ったが、条件を飲むしかなかった。
その関税の割合は前世の記憶をたどっても、びっくりする率であった。
【神界が取引をするにあたってかけてきた関税の税率】
・1000%、武器や防具など
・500%、魔法具を含めた装飾品
・200%、家具や家財など木工品
・100%、魔導具
・100%、パンや加工肉、青果などの食料品
神界は雲で覆われた大地が広がり、鉱物も希少で、木々も霊獣たちの住処に多く生えており、食料も含めて、「もの」がとても少ない。
神界にいる神界人、竜人含めても人口もそれほど多くないため、北アメリカ大陸ほどの広大な土地と、少ない資源の中でやりくりができているという状況だ。
「まあ、今回はこちらが商品を買うばかりだからな。そちらが必要なものがあれば考えなくもないぞ」
神界は地上の100倍近い値段で物の売買が行われている。
人間世界では、農奴でも比較的に購入可能なモルモの実でも、神界では金貨単位で売買されている。
短期間で金貨30万枚用意するために取引を進めてきたのだが、どうも足元を見ているだけではないことがペロムスが対応していく中で分かった。
何でも、今回の関税の背景には、神界を支配する王侯貴族たちは、お抱えの職人たちがいると言う。
鍛冶職人、魔法具職人、木工職人らを高額で雇っており、彼らの生活を守るために関税をかけてきた。
逆に、食料品の関税が他と比べて安いのは才能がない貧しい竜人が食料生産の担い手になっており、食料生産者の暮らしなど知ったことかと一番低い関税率となっている。
魔導具は魔法神イシリスからいただいてばかりで、守るべき生産者がいないからの関税率らしい。
(王侯貴族も最後の道楽といえば旨い飯か。いつの時代もどこの世界も変わらないな。長く生きる分、旨い飯にはありつきたいってか)
アレンはフォルマールから、エルフ誕生について話を聞いた。
大精霊神イースレイは地上の世界樹を管理させるために、神界人を元にエルフロードを創造した。
命の循環を担う世界樹の傍にいても問題がないよう耐性があるように作られたのだが、元は神界人だという。
エルフロードにするために必要な能力を全て取った後の残り物が、人族だと言う。
だからエルフと人では随分寿命が違うのだとか。
じゃあ、神界人はどれだけ生きるのかというと1万年近く生きるらしい。
【種族による寿命】
・神界人は1万年
・ハイエルフ、ハイダークエルフは3000年
・竜人は1000年
・エルフ、ダークエルフは300年
・人族、ドワーフ、獣人、鳥人、魚人は100年
神界人は創造神エルメアが神界を管理するために造った究極の生命体らしい。
天使は霊晶石も合わさると、数万年以上生きるらしい。
第一天使になると10万年を優に超えて生きていられるようになるらしい。
(さて、本物のオリハルコンはあるかな?)
「たしかに、エピタニ様。神界には魅力的な物がたくさんありますからね」
ここにきて、アレンは2つ目の目的を達成するため口を開いた。
探しているものが神界にあるから、神界の商売を管理しているこのエピタニという男と話をするため、取引の席に参加した。
「ほう、お前がたしか、ペロムス殿の主というわけだな」
「主というわけではありませんが、仲間ですね。エピタニ様、こちらも神界の貴重な商品を買いたいと考えておりますので今後ともご贔屓に」
取引モードに変わったアレンはニコニコしながら話を進める。
「そうだぞ。取引はお互い様だからな。それで、何を望むのだ?」
「人間世界では目下、魔王軍と戦争をしております。武器や防具、魔法具などを多く求めております」
「ほう、武器や防具、そして魔法具か。地上は野蛮で戦争ばかりしているとは本当であったのだな」
戦争のない神界で暮らすエピタニからさらに蔑んだ視線を向けられる。
アレンたちに対するエピタニの評価が一段階下がったようだ。
神界では、神の庇護があるために戦争はない。
暮らしの悪い竜人が武器を取り、決起することが過去に何度かあったらしいが、神界人のために天使軍が出てきて、圧倒的な力で鎮圧させると言う。
どんなに不満があろうと、どんな扱いを受けようと神界人への反発は許されない行為だとメルスから聞いている。
それは、創造神エルメアが造った神界の制度を揺るがす行為に他ならない。
天使たちは究極の種族である神界人に霊晶石を与えて作られた存在で、神に限りなく近い存在だと言う。
そんな天使たちの軍勢で攻められたら竜人などひとたまりもないのだろう。
武器や防具の関税が高いのは、神界人が戦う必要がないことの表れだ。
わざわざ、人間世界の武器など求めておらず、武器や防具自体も骨とう品や美術品に近い扱いなのだろう。
「はい、できればオリハルコンを求めています。ご用意はできないでしょうか」
「ん? そうだな。我もいくつか持っておるが……」
「ガイア様のお造りになったものを求めています」
「ほう。神聖オリハルコンか」
「左様でございます。最大の神力を込めたものを求めております」
アレンは武器の強化が必要だと考えている。
せめて、強敵と戦っても折れないものが欲しい。
アレンは神界で、霊獣ネスティラド、精霊獣などの強敵と戦った。
その両方でオリハルコンの剣は根元から粉砕され、窮地に追い込まれた。
より強い武器を手に入れることも、アレンの目的の1つだ。
休暇の終わったメルスに以前確認したことがある。
『大地の神ガイアの造ったオリハルコンと魔法神イシリスの造ったオリハルコンの強度は同じか? ミスリルみたいに違うのか?』
メルスの回答は『知らぬ。ただ、魔法神イシリスのオリハルコンは、ガイア様の造ったものの模倣である。ガイア様のお造りになったオリハルコンは「神聖オリハルコン」だから厳密に言えば違うな。ただ、ガイア様のオリハルコンはほとんど世界にはないぞ』
もしかしたら、大地の神と魔法神の造ったオリハルコンに違いはないのかもしれないとアレンは考える。
実際、ミスリルの剣だと、鉱山産でもダンジョン産でも多少の硬度の差がでる程度だ。
さらに厳密にいうと、これはミスリル鉱を領土に持つグランヴェル伯爵に聞いた話だが、鉱山産のミスリルは産地によって強度は違うという。
これは大地の神ガイアが込めた神力によって、ミスリルの強度に差が生まれているかららしい。
さらに、アレン軍に籍を置く、名工ハバラクの話では、ダンジョンで手に入るミスリルの武器の強度は全て均一で一切差がないという。
物によっては、大地の神ガイアが造ったミスリルの方が魔法神イシリスの造ったミスリルの強度をかなり上回るという。
魔法神のミスリルは大地の神の造ったものの模造品に過ぎないとか。
人間世界で手に入るオリハルコンはほぼ全てダンジョンで魔法神イシリスが提供するものだ。
さらに言うと、大地の神ガイアが造ったオリハルコンには「神聖」がつくという。
ここまで情報を方々から集めると、何をすべきか自ずと答えが出てくる。
アレンは希少で手に入らない大地の神の造った「神聖オリハルコン」を求めている。
魔法神が作った模造品を超える、大地の神が最大限の神力を込めたものを何としても手に入れる。
「ガイア様のオリハルコンか。ガイア様は下界の神であるからな……」
(あかん。これはないやつや。だが、探すしかあるまい)
エピタニの返事から、アレンは圧倒的な知力をもって「ない」と断定する。
もったいぶって、値を吊り上げたいのか、プライドが邪魔をして「ない」と言えないのか、エピタニの表情の機微からアレンは確実に見破ることができる。
表情を見破るために、エピタニの尊大な会話を邪魔せず好きに話をさせていたとも言える。
豪商のエピタニがないのであれば、神界人が持っている可能性はかなり低い。
(じゃあ、地上で探すか。いや、せっかくガイアの羅神があるんだし、ガイアと直接交渉するか。それとも……)
アレンは、エピタニの前で難しい顔をして何かを考え始めた。
エピタニは何事だと思う中、仲間たちはアレンが何を求めているのか理解する。
こうして、エピタニとの取引を終えたが、アレンの求める物は手に入れることが出来なかった。
更なる強さを求め、神界での活動を再開するアレンであった。





