第540話 精霊獣戦③
オオサンショウウオの背中に怪しげな木の生えた精霊獣とアレンたちの戦いは続いていた。
『ギェコ!!』
(鳴き声はカエルだな。この行動、次は舌か)
アレンが両手を前に合わせ、防御の構えを取る。
精霊獣が巨大な口を開き、アレンと数百メートルも距離があったのだが、瞬く間に一直線に伸びた舌がアレンを襲う。
「ぐむ!」
何度も攻撃を受けたオリハルコンの鎧は無数にヒビが入り、既にボロボロだ。
「アレン様、申し訳ありません」
「問題ない。この程度なら回復もいらない」
(体力を全快にするメリットは俺にはないからな)
慌てて魔導具袋から回復薬を取り出して使用しようとするソフィーを制止する。
精霊獣の攻撃は、アレンの真後ろのソフィーを狙ってのことだ。
この速度で攻撃されると、ソフィーは躱せないし、もろに受けると致命傷になる。
ソフィーやルークを守る大精霊も、1つになった精霊獣の攻撃で倒されかねない。
精霊獣の口元に舌が戻ったのと同時にアレンは前進する。
このタイミングが、精霊獣との距離を詰める絶好の機会だと分かっている。
30メートルほどの巨躯となった精霊獣の上部へ攻撃すべく、精霊獣の前で一つ飛び上がった。
「霊呪爆炎撃!!」
『ギェウ!?』
精霊獣の木の幹にアレンの渾身の一撃が襲う。
(今度こそやれたか!)
背中に生える木を縦に切り裂かんとばかりにめり込んだオリハルコンの剣は、精霊獣の耐久力が邪魔をして、幹の途中で前に進まなくなる。
精霊獣が全身を震わせ、アレンを吹き飛ばそうとする。
アレンは無駄な攻撃は受けまいと、精霊獣から距離をとり、ソフィーやルークの前に立った。
精霊獣は腰を大きく振り始め、アレンを振り払った時よりもさらに頭の木が揺れる。
「くそう、3発も食らわせたのに」
ルークが、これから何が起きるのか予見して悔しがる。
精霊獣の頭上の木の枝から真っ赤な実が落ちて、大きく広げた精霊獣の口の中に入る。
精霊獣が一口、二口咀嚼すると、これまで受けた3発の霊呪爆炎撃によって損傷した精霊獣の木の部分がメリメリと完全回復していく。
「……やはり、私たちの精霊たちも協力して3人で攻めた方が……」
ソフィーは状況を理解しているものの、思わず口に出す。
「いや、このままでいい。これはタダの時間稼ぎだからな」
(霊呪爆炎撃は消費魔力1万か。攻めが足りなくて、木が再生してしまうな)
霊斬剣は1撃で消費魔力1000消費し、霊呪爆炎撃だと1万消費する。
威力は魔力消費量に比例する傾向にある上に、攻めの機会もそこまで多くないため、使うグラハンの特技は霊呪爆炎撃にしている。
精霊獣はある程度ダメージを受けると、赤い木の実を食べて完全回復してしまう。
メキメキ
消費して足りなくなった赤い木の実が木の枝に当たり前のように実る。
最初は木の実を狙ったのだが、無意味であることが分かり、木の部分の幹を狙い始めた。
(さて、正念場だな。ソウルセイバーを試してみるか? もう1時間経過してしまったんだが)
アレンにはもう1つ試していないグラハンの特技がある。
全霊力を消費する特技「ソウルセイバー」の威力は霊呪爆炎撃の比ではない。
攻撃の機会を伺いながらも、ソフィーとルークには守りに徹して貰っている。
外で待機しているクワトロが、間もなく目的の物を持ってくることを伝えているので、無用なリスクを避けた。
無用な冒険を避け、安全に戦いを運んでいると待望の瞬間が訪れた。
アレンたちの前にメルスとセシルが転移してやってきた。
『待たせたな。真実の鏡だ』
メルスはセシルたちに真実の鏡を回収させるべく、山の外の精霊獣と戦っていた。
セシルが真実の鏡を手に入れたことが分かったメルスは、セシルと合流し転移してこの空間に戻ってきた。
(ポンズとコンズはこっちにやってこないか。ん?)
セシルの緊張した表情と、メルスとセシルしかいない違和感にソフィーは思わず口にする。
「フォルマールはどうしたのですか!」
「ごめんなさい、救ってあげられなかったわ。この鏡を手にするために火口の源泉に飛び込んだの!」
「そ、そんな……。い、いえ、アレン様、鏡が手に入りました。勝利は目前です」
フォルマールの死を意味する言葉にソフィーに言いようのない衝撃に包まれる。
しかし、今の状況に気丈に何を優先すべきか、気持ちを奮い立たせた。
(フォルマールが死んだだと。俺の選択が間違っていたのか?)
脳裏に自らの選択の結果、仲間の死の衝撃、安全策が他になかったのか自戒の思いが溢れてくる。
『アレンよ。反省すべきところもあったかもしれないが、今は鏡を使う時だ』
メルスがアレンを思考の渦から呼び戻す。
「……ああ、これで終わらせるぞ」
メルスから鏡を受け取ったアレンは、一瞬大精霊神を見た。
『……どうしたのですか?』
(まだ、何かを考えているだと。これは罠か?)
メルスがやってきたことにも、アレンの手元に真実の鏡があることにも大精霊神に動揺が見られず静観している。
「アレン、早く鏡を使って!!」
フォルマールが命をかけ手にした鏡を使うようセシルが大きな声で叫ぶ。
トーニスが嘘をついているようにも思えない。
アレンは検証不可のこの状況で鏡を精霊獣に向かって、両手で大きく掲げる。
精霊獣にかざすと、真実の鏡が輝き始める。
『グェコ!? ギュ! ギュ! ギェコココ!!』
精霊獣は何かを喉に詰まらせたかのように苦しそうにし始めた。
詰まっていたものを履きだすかのように口から2体の精霊を吐き出した。
ソフィーとルークは何を吐き出したのか分かり、吐き出した所へ駆け寄った。
「ローゼン様!」
「ファーブル!」
2人に抱きかかえられたモモンガの姿をしたローゼンと、漆黒のイタチの姿をしたファーブルはほどなくして目を覚ます。
『ここは?』
「ローゼン様、御無事ですか?」
精霊獣の口から吐き出され、粘液でベタベタになったローゼンの状態が分からないソフィーは天の恵みを使う。
ローゼンとファーブルを救い出したのに、アレンたちの前には、未だに精霊獣が敵意をむき出しにしている。
「ちょっと、話が違うわよ! 精霊獣はやられていないじゃない! トーニス騙したわね!!」
『な!? 儂は騙しとらんぞ!!』
『ふふ。鏡の回収ご苦労様でした。お陰で2体分の精霊神の力を手にすることができたと言うわけですね』
頂くものは頂いたと大精霊神は勝ち誇って言う。
ローゼンとファーブルは力を失い、大精霊神の言葉からステータス的にも精霊王になってしまったようだ。
しかし、このような状況でも、アレンは戦意を失っていなかった。
「十分だ。ローゼン様大丈夫ですか? 精霊王の祝福をお願いします」
今最も欲しいのはローゼンが使う「精霊王の祝福」による強力なステータス強化だ。
『はは。アレン君は相変わらず容赦ないね』
今精霊獣から出てきたばかりなのにと言いながらも、ソフィーの手の中からローゼンはふわりと自分の力で宙に浮く。
腰を振り始めると、光の雨が広いドームの中に広がった。
この場にいる全員のステータスが3割上昇し、アレンは自らのステータスの爆増を実感する。
「これで、皆戦力がアップしたぞ。戦いを終わらせるぞ」
『そうだな。一度しか機会はないはずだ。私がその機会を作ろう。裁きの雷を!!』
メルスはアレンが何をしたいのか理解し、精霊獣との距離を一気に詰める。
向かってくるメルスを迎撃すべく長い舌を伸ばす。
メルスの無防備な腹目掛けて舌が伸び、直撃を受けたメルスは勢い良く吹き飛ばされた。
しかし、既に覚醒スキル「裁きの雷」は発動していた。
メルスの全魔力が込められた裁きの雷が精霊獣の身を焦がし、僅かであるが「裁きの雷」の追加効果でマヒの状態にする。
アレンはメルスの一連の行動の間に、精霊獣に一気に距離を詰める。
ただ、状況を理解していたのはアレンとメルスだけではなかった。
ルークが大きな声で叫ぶ。
「精霊王の障壁を!!」
ファーブルも無事に戻ってきたので、エクストラスキルを発動させ、アレンの攻撃の御膳立てをした。
精霊獣を漆黒の闇が取り囲み、あらゆるステータス、あらゆる耐性をわずかであるが下げた。
「グラハン行くぞ」
『おう! 決め時であるな!!』
アレンは剣を高々と上げ、グラハンの特技の1つの発動を意識する。
全魔力と全霊力が剣に注ぎ込まれていくことが分かる。
飛び上がり、先ほどの狙いの通り木の部分を狙う。
マヒ状態により、精霊獣の防御や退避の行動が遅れてしまう。
「ソウルセイバアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
剣は何倍にも何十倍にも大きくなり、上段から振るわれ精霊獣の木の部分を粉砕する。
さらに威力は留まることを知らず、精霊獣の背中に深々とめり込み、大量の血が噴出する。
あまりの威力に精霊獣の足から衝撃が地面に伝わり、床石に大きな亀裂が入る。
「アレン様、なんて威力でございますか……」
さきほどから苦戦していたことが嘘のような強力な一撃だ。
「いや、流石に倒しきれないか。だが、木の回復部分は破壊したぞ!」
(精霊王の祝福で強化した上での一撃だったんだが)
深い致命傷の一撃を受けたが、まだ精霊獣には辛うじて息がある。
完全に倒しきらないといけないと思ったところで、精霊獣は今までにない行動を始める。
『ギェコ……』
オオサンショウウオの形をしているため、4足歩行で先ほどまで行動していたのだが、立ち上がり、両の前足を高らかに上げ力強く握りしめる。
「何かしてくるぞ。警戒を!!」
仲間たちに守りを優先するようにアレンは叫ぶ。
ズウウウウウウン
精霊獣の渾身の一撃は地面の岩盤に、巨大な衝撃音と共にアレンの一撃と合わさり深々と亀裂が入っていく。
床石は、巨大な亀裂はどんどん広がり、ドーム状の空間の天井にまで達した。
『ゲェコゲェコ!!』
勝利を確信する何かがあるのか、ボロボロの精霊獣はにやけが止まらないようだ。
(む? これは、まさか)
アレンは剣を強く握りしめ、追撃をしようとするが、体のバランスを崩す。
「ちょ!? 何よこれ!! 山が揺れているわ」
こんな大きな空洞を内包する巨大な山が、精霊獣の渾身の一撃で大いに揺れ始める。
アレンが精霊獣の狙いを理解したのと同時に、精霊獣に光る水が降り注いだ。
「こ、これは命の雫!!」
岩盤を破壊し火口の部分から引き込んだ命の雫を、精霊獣は大きな口を開けゴクゴクと飲みこんでいく。
瀕死状態であった精霊獣の受けた傷はどんどん癒えていく。
「うへ? なんだよこれは?」
「また形が変わっていくぞ!!」
絶句するルークにアレンは答える。
長く伸びた尾に、2足歩行のスリムなトカゲのような姿で立ち上がる。
前足の指先からは鋭利な数メートルの爪が生えており、トカゲのようなスマートな顔からはちょろちょろと舌が出ている。
『キュロロロ!!』
精霊獣は後ろ足でこれまでにない俊敏な速度で移動する。
アレンに一足で距離を詰めると、爪の生えた前足を振り下ろした。
これまでよりもさらに力をつけた精霊獣の攻撃に、アレンの体は岩盤の床に埋没する。
「アレン様!!」
「戦いはまだ終わっていないということだ! 皆、気を引き締めろ!!」
(やばい、強すぎる。意識が飛びそうだったぞ。ソウルセイバー使い切っちゃったんだけど)
相変わらずステータスが鑑定できない精霊獣はこれまで以上の強さがあるようだ。
表情に出さないが、命の雫の吸収した精霊獣の驚異に、必死に仲間たちの気持ちを鼓舞する。
『ほう、この状況でまだ諦めませんか。さすがは創造神エルメアが集めし者たちと言ったところですね』
大精霊神は思わず感想を漏らす。
『……メルスお兄ちゃん』
大精霊神と随分距離のある壁際にいるルプトだけが心配そうに兄を見つめる。
『絶望を知るといいですよ。この世は地獄。私たちは今までもこれからも絶望の中にいる。全ては無駄に終わるのです』
アレンたちの戦いを見て、何かを諦めるかのように大精霊神は呟いたのであった。