第52話 交渉
11月の半ばになる。そろそろ初雪が降ってきそうな肌寒い季節だ。今日も4階の屋根裏に目覚める。
日課のために朝6時に起きることを何年もやっているので寝坊をすることはない。薄暗い中、うっかり植木鉢に手が当たる。
アレンがこの館に来て3日目に屋根裏に持ってきた植木鉢だ。館の庭に植木鉢がたくさんあったので、黙って拝借した。中に土を入れて館に持ち運んだ。
何人かの使用人に見られたのだが、こういう奇行は堂々としたほうがバレないものだ。そのまま屋根裏まで運ぶことに成功した。なお、忍び込ませた植木鉢は2つだ。もしも、誰かになんで持っていくのか聞かれたら、セシルお嬢様に頼まれたと答える予定であった。
植木鉢には草Fの召喚獣が木になったものが植えられている。特技のアロマの効果で魔力の回復を加速するためだ。もう1つは草Eの召喚獣による特技、命の草を生やすために土を入れた状態で置いてある。
魔力を消費することで、スキル経験値を稼ぐことができる。魔力の回復は最後に魔力消費してから6時間経過すると全回復する。草Fの特技であるアロマがその時間を短縮してくれる。
なお、魔力が回復するときは、魔導書でも回復する速度が確認できないほど一瞬で全快する。
アロマの効果
・香りを嗅いでから24時間のあいだ、魔力が5時間で回復するようになる
念のために草Eの命の草を3つほど作って魔導書の収納に入れているが、今のところ使う予定がなかった。命の草というくらいだから、体力回復薬と想像しているが、どの程度の回復効果があるのか分からない。今度怪我をした人がいたら使おうと思っている。
草Eの命の草だけではなく、召喚獣についても検証が進んでいない。Fランクの召喚獣も分からないことが多い。この2年ほど、家事、畑仕事、狩り、騎士ごっこの毎日だ。マッシュがどこでもついてくることもあって分からないことも多い。
(検証のためにもしっかり交渉しないとな。休みの間に買い物も終わったしな)
今日は、執事に交渉の予定だ。
起きて魔力を消費しスキル経験を稼いだ後、1階で食事を摂る。昨日と同じ食事だ。具の少ないスープにパンだ。使用人の食事などこんなものだ。
なお、貴族とはいえ、男爵家の食事は夕食こそ肉がでるが、朝や昼は結構軽かったりする。給仕担当だと気づくことがある。
いつものごとく、朝食後はセシルの世話のために部屋に入る。寝巻やゴミなどを回収し部屋の掃除をする。男爵家の娘とあって、この部屋だけで農奴だったころのアレンの家より広い。
3階は男爵家の家族が使用しており、4人で住んでいる。長男部屋もあるのだが、学園都市に通っているということで今は使われていない。
・男爵
・男爵夫人
・男爵の次男
・男爵の長女(セシル)
2階は執事、家政婦、料理長の部屋があり、男爵家の食堂、広間、客室などがある。
1階は、厨房、使用人の食堂、使用人の部屋、客室などがある。
地下1階は食糧庫などの倉庫、使用人の部屋などがある。武器防具も地下に納められている。
セシルはパンとスープとお茶という軽い食事を済ませる。ジャムはたっぷり使っている。
午後からは習い事のようだ。見たところ週6日のうち5日は習い事をしている。きっと貴族は教養が大事なのだろう。
「君は見ない子だね」
「はい、先月からグランヴェル家でお世話になっているアレンと申します」
玄関近くで習い事の先生に声をかけられる。アレンの受け答えに少し反応するが、何も言わないようだ。2階の広間を案内する。習い事はこの広間で行うことが多い。
(今日の先生はローブ着ているな。魔法の先生か?)
魔法使いのようなローブを着た男だ。歳は結構高そうだ。魔法には興味がある。当然授業を受けることはできない。先生がやってきたことをセシルに伝える。
(まあ授業受けたところで、召喚士が魔法覚えられるか分からんしな)
剣や杖を持った冒険者や魔法の先生を見かけるようになって、剣と魔法のファンタジー感が出てきたなと思う。
セシルが習い事を始めたので、フリーになる。
2階の執事の部屋に向かう。
コン コン
「入りなさい」
「失礼します」
執事の部屋だ。相談があると言ったら、話を聞いてくれるようだ。ソファーを案内され対面に座り腰を掛ける。さすが上級使用人の最高峰だ。結構な広さの部屋だ。2部屋分あり、きっと使用人たちの相談を受けているのだろう、ソファーも完備されている。
「それで、相談とはなんだね」
「実は休みについてですが、1日休みが欲しいです」
単刀直入に伝える。今現在、1週間6日のうち、午後休みの半日休みが2日ある。この休みを1つにして、完全1日休みを1週間に1日設けてほしいとお願いする。
ふむ、と言って考え込む執事だ。
「アレン」
「はい」
「ここにきてどれくらいになる?」
「10月の終わりからなので20日ほどでしょうか?」
やってきて20日ほどで休日交渉をする。新入社員が入社20日で有給寄こせと交渉するようなものだ。
アレンの考えとしては、6日に1日休みを取る。その1日休みの時に街の外でレベル上げをしようという単純な考えである。召喚獣の検証もしたい。Eランクの召喚獣は1メートルから2メートルほどの大きさのため、この館では検証できない。
「もし、駄目だと言ったら?」
「お暇をいただこうかと思っています」
「!?」
従僕を辞めると即答した。さすがに執事も驚く。齢60歳近く、最近では驚くことも減ってきたが、久々に顔に出して驚いてしまった。貴族の従僕がどれだけの価値があるのか分かっているのかという話だ。
アレンの仕事ぶりについて報告を受けてきた執事である。挨拶をし、仕事の覚えもよい。手の空いた時間には、皆やりたがらない洗濯の手伝いをする。力もあるようでとても助かるといった話であった。態度や行動から、皆本当に農奴だったのかという話を口々にする。
今はまだ早いが、現在通常の半分になっている給金を少し増やそうかという相談を男爵にしようか考えているところであった。そこにきての休みを変えてほしいという話だ。アレンの評価にブレが生じている。
「開拓村が成功したな」
「はい?」
執事の唐突な話に、なんの話だろうという顔をする。
「そして、領内開拓令は現在も有効なのだ」
目をつぶり語りだした執事だ。領内開拓令がある限り、領内に村を興し、畑を増やしていかなくてはならない。それは、既に開拓村を1つ成功させたグランヴェル男爵領についても同じことだと言う。
「はい」
返事をしてしっかり話を聞く。
「既に新たな村をどこにするか選定しているところである」
「はい」
(なんの話だろう?)
「当然新たな村には村長を置かねばならぬ。これはまだ極秘のことで他言は無用であるが、その村長の候補にロダンが入っている」
「え?」
話し続ける執事だ。男爵はロダンの働きをとても評価しているという話だ。今は平民となったが、男爵は生まれが農奴かどうかで人を評価しないという話だ。
ロダンは村を興し、農奴を先導し、皆から慕われている。これならきっと新たな村を興そうとしたとき、付いてきてくれる者はきっと多い。そして、次に興す村はきっとボア狩りをする村になる。ボアの肉は王国が求めているからだ。ボア狩りの英雄が村には必要だと言う話だった。
「アレンよ。だから決してここでの仕事は無駄にはならない」
グランヴェル男爵領であり、グランヴェルの街を統治するところで仕事をする。どこまでアレンが使用人としての階級が上がるか分からないが、ここでの仕事は決して無駄にはならないと伝える。
ロダンの跡を継いで村長になった時に役に立つという話だった。
「……」
その話を聞いてもなお、1日休みが可能かの返事を待つ。
アレンはこの世界に転生したとき、やり込むと決めている。生き方を決めているのだ。
レベルを上げて自らを強くする。もし、このまま1日休みさえ貰えないなら、ここにいる意味はないと思っている。
「それほどか、まあいいだろう。1日休みだな」
「ありがとうございます」
執事が折れた。そもそも1週間半日休2日が原則である。しかし、家の事情などで1日休みの使用人もいる。あまりに早い休日の話なので、執事として簡単に飲まないほうがいいと思っただけである。
こうしてアレンはレベル上げのための1日休みを獲得したのであった。





