第493話 竜王戦②
竜王マティルドーラと英雄アステルは光の柱に包まれる。
「神技を見つけてたんだ」
『ギャウ』
クレナは何が起きたのか理解した。
魔法使いと魔法具使いの神技は、試しの門で発見したのだが、竜と乗り手の神技は見つけることはできなかった。
竜の乗り手と竜専用の神技はないか探してみたが、今日まで見つけることはできなかった。
『……そうだ。我らは最強だったのだ。我が相棒よ、共に勝って神界に行こうぞ』
竜王は審判の門を背にアステルに語る。
「ああ、そうだね」
竜王の意気込みにアステルは同意する。
竜王は巨大な翼を広げ、ゆっくりと上昇し始める。
「させない!」
上空から攻撃しているハクとクレナよりも高い位置での攻撃は不利になる。
上がり切る前に攻撃すべく距離を詰めた。
接近をアステルがすぐに察知する。
「むん! 真槍鳴閃!!」
『ギャウ!?』
槍先から生まれた衝撃波が数十メートル先にいるハクの腹部を襲う。
バランスを崩しながらも、落下しないよう踏ん張り、竜王から距離を取る。
「なるほど。新たな乗り手と竜は遠距離に弱いようだ。マティル、ブレスを吐きつつ距離を取ってくれ」
クレナとハクの動きからアステルは、相手の得意不得意をすぐに把握する。
巨大な竜王の周りに纏わりつき、竜王の機動力を奪おうとした。
クレナたちは近接戦を得意としている。
これは、剣を武器とするクレナと幼体であるハクの攻撃範囲が狭いことを意味した。
『メガデス様に勝てたからと言って、我らに勝てると思うな!! グルアアアアア!!』
竜王が中空にいるハクとクレナに強力なブレスを吐きつける。
竜王も遠距離に主体を置いて攻撃する方法を選択する。
ハクは慌てて神殿の柱を盾に回り込むが、石でできた巨大な柱が竜王のブレスの超高温に耐えきれず溶解し始める。
「ハク、動きを封じて」
このまま防戦になっても竜王のブレスは躱しきれないと判断する。
『ギャル、グルアアアアアア!!!』
クレナの言葉に、ハクも負けじとブレスを吹きかける。
次元竜となって、新たに獲得した特技「次元の息」だ。
竜王とアステルがハクのブレスに包まれる。
アステルの耳飾りが紫に輝き始めた。
「これが、メガデス様を倒して手にした力か。マティルは大丈夫?」
『ぬう、問題ないとは言えぬな。動きが悪くなったぞ』
アステルは何らかの耐性のある防具で防ぎ、竜王は耐性があるが、それでも動きが遅くなったとクレナは把握する。
「竜王は遅くなった。しっかり回り込んで、槍の攻撃受けなくして」
『ギャウ! まかせて!!』
動きの鈍る竜王からブレスを受けないよう、手綱を握るクレナはハクの背中から指示を出す。
竜王の首の後ろにいるアステルに攻撃の標準を合わせた。
ハクの背に乗っていたクレナがアステルのいる竜王の背中に勢いよく飛び乗る。
「やああああああ!!」
ガチン
ハクが上手く旋回し、アステルに剣戟が届く。
アステルのオリハルコンの槍にクレナの大剣が交差する。
「んぐ!? こ、この力は!!」
転職を繰り返し、武器を錬金し、神技で強化した魔法具を装備するクレナの力は、アステルを圧倒する。
ゴリゴリと力にものを言わせて、防ぐアステルを槍ごと押し込んでいく。
『む、アステルよ。大丈夫か!!』
竜王は自らの体をよじらせる。
竜王の背にいるアステルとクレナに、振動が生じる。
クレナが一瞬バランスを失い体勢を立て直そうとする瞬間をアステルは見逃さない。
交差するクレナの大剣から流れるように逃れ、クレナの腹部をアステルは蹴り飛ばす。
強力な一撃を受けたクレナは勢いそのままに神殿の床まで吹き飛んでいく。
『マンマ!?』
かなりの距離を吹き飛ばした。
慌てて、ハクがクレナの元に飛んでいく。
「クレナという乗り手はかなりの力のようだ。これは長引くと危ないよ」
近距離での戦いでクレナの強さを十分に理解した。
『そうか。では、戦いを終わらせるぞ!』
竜王はアステルが何をしてほしいのかすぐに理解する。
3000年たっても意思の疎通は瞬時にできるようだ。
乗り手と竜の思いが1つとなり、一瞬にして翼を大きく広げた竜王とアステルの2人は体全身が輝き始める。
幾何学的な金色の文字が、アステルが握るオリハルコンの槍に浮かび上がる。
槍先に竜王とアステルから溢れた輝きの全てが集中していく。
「神技竜王貫通牙!!」
『神技竜王貫通牙!!』
竜王とアステルは同時に神技によるスキルを発動させる。
片手で竜王の首に掛けられた手綱を握り、もう片手で槍を握りしめたアステルがクレナ目掛けて、槍を全力で投擲した。
必死にクレナの元に飛んできたハクよりも早く、アステルの槍はクレナに達する。
「……んぐ」
クレナはふき飛ばされた先で、体勢がおぼつかない間でも攻撃が迫っていることが分かる。
大剣を使い迫る攻撃を防ごうと構えた。
大剣を構えたところに、アステルの槍は驚異的な威力でクレナの元に瞬く間に到達する。
強烈な衝撃を受けたと思うや否や、オリハルコンの大剣の中ほどから一気に亀裂が生じた。
ガキン
ハバラクによって錬金したオリハルコンの大剣が、アステルたちの神技に耐えられなかった。
そのまま吸い込まれるようにクレナの腹部に迫る。
クレナのオリハルコンの鎧を砕き、アステルの槍はクレナの腹を突き刺し、背中から刃が出てしまった。
クレナはさらにその場から吹き飛ばされた先で動かない。
あまりの一撃に意識が朦朧とし、クレナの視界が霞む。
『マンマアアアアアアアア!!!』
虫の息となった状況に、ハクは泣き叫びながらもクレナの元に移動する。
『む? 生きておるぞ!』
100メートル以上吹き飛ばされた先にいるクレナがまだ辛うじて生きていると竜王は言う。
「逸らされてしまったか。心臓を狙ったはずなのに……」
上手く躱されてしまったとアステルが驚愕する。
『だが、もう少しで乗り手は死ぬ。止めを刺すぞ!! グルアアアアアアアアア!!』
竜王は攻撃を止めず、最後の一押しにかかる。
一度顎を上げると、口元から柱を溶かすほどの高熱のブレスをクレナに向けて吐きつける。
『マンマ!!』
床石も柱も熱で真っ赤になる中、ハクは翼を丸め、身を挺してクレナを庇う。
槍が腹部に刺さった状態であるが、クレナはスキル「限界突破」を発動中だ。
超回復の効果は健在で体力が回復しつつあった。
もう少し耐え忍べば、クレナが息を吹き返す。
そんなハクの思いを踏みにじらんとばかりに、竜王は全力でブレスを吐く。
ハクの翼は燃え、皮膜はなくなってしまった。
必死にブレスの勢いが落ち着くのを待つ中、竜王は翼を広げた。
クレナを覆うように庇うハクの上空に、竜王は一気に距離を詰めた。
『乗り手もろとも捻りつぶれろ。弱き竜よ!!』
100メートルに達する竜王はその太い脚でハクをクレナもろとも捻り潰そうとする。
竜王は、最後の最後まで非情なまでに攻撃の手を緩めない鬼気迫る表情をしている。
『んぎゃあああ!!』
泣き叫びながらもハクは必死にクレナを守ろうとする。
腕を掲げて庇おうとした腕も、踏ん張る足もあらぬ方向に曲がってしまう。
ズンズンズン
竜王はハクとクレナを踏みつぶそうと何度も踏みつける。
体の至る所から骨が露出する中、クレナを思うハクは涙を零した。
「……ハ、ハク?」
ハクの零す涙が顔に当たり、顔面がびしょ濡れになったクレナの意識が戻った。
『りゅうのたましい(ドラゴンビート)……』
理解が追い付く前に、ハクは瀕死の中、クレナに止められていた覚醒スキル「竜の魂」を口にする。
カッ
ハクの大きく開いた目が真っ赤に輝いた。
その目付きには今まであったハクの甘さも弱さも見られない。
瀕死の重傷だった肉体は治っていき、体中の筋肉が躍動を始めた。
メキメキ
『ぬ?』
踏みつける竜王はすぐに異変に気付いた。
今まで床にめり込ませていたハクが微動だにしなくなった。
「なんだ? マティル。竜が大きくなっていくぞ!!」
竜王の背に乗るアステルも状況を理解する。
地面に潰れるハクがみるみると大きくなっていく。
竜王の大きさの数分の1しかないハクがとうとう竜王とほぼ同じ大きさになってしまった。
血のように真っ赤になったハクの目は殺意で満ちていた。
「ハ、ハク、駄目。暴走しちゃう!!」
叫ぶクレナの声も聞こえない。
「マティル、いったん距離をとって!」
『お、おう。ぬぐ!?』
翼を広げ、上空に少し上がったところで竜王は顔を歪ませる。
巨大になったハクが竜王の太い尾に嚙みついたのだ。
ハクは凶悪な牙でメリメリと咥え、首を振るだけで竜王の巨大な体を投げ飛ばした。
吹き飛ばされた勢いで、竜王の尾は真ん中から食い千切られてしまう。
『グルオオオオオオオオオオオオオ!!』
ハクは咥えた竜王の尾を床に吐き捨てると、口元が一気に輝き始めた。
吹き飛ばされ体勢を戻そうとする竜王目掛けて血塗れになった口から、ブレスを吐きつける。
それはブレスというよりも超高熱の光線であった。
ブレスを直接受けた竜王は悲痛な声を出し、さらに吹き飛ばされる。
まっすぐ光線のように吐かれたブレスに竜王が吹き飛ばされいなくなった先の柱も、その先の柱も瞬時に蒸発させ、巨大な神殿の外にまで達する。
ハクの覚醒スキル「竜の魂」によって、ハクは見た目も力もブレスの威力も明らかに飛躍的に向上している。
【名 前】 ハク
【種 族】 次元竜
【形 態】 成体
【ランク】 亜神
【レベル】 90
【体 力】 61246+40000
【魔 力】 44846+40000
【攻撃力】 77646+40000
【耐久力】 61256+40000
【素早さ】 77646+40000
【知 力】 41726+40000
【幸 運】 41748+40000
【特 技】 次元乱流、氷結地獄、終焉の炎、かみ砕く、切り裂く、踏みつぶす、気配察知〈9〉、竜目〈4〉、ブレス無効、魔法耐性〈9〉、物理耐性〈9〉
【覚 醒】 竜の魂
尾を食いちぎられ、ブレスによって大きく火傷を負った竜王の戦意は一切衰えていない。
八つ裂きにせんとばかりに向かってくるハクに相対する。
『3000年間力を蓄えてきたのだ。この日のために。今日の勝利のために、グルオオオオオオ!!』
竜王とハクの殺し合いは続いていく。
爪で裂かれ、尾で吹き飛ばされても竜王はハクを殺さんと向かっていく。
柱を折り、床石を粉砕しながらも2体の巨大な竜の戦いは続いていく。
だが、竜王とハクの力の差は歴然のようだ。
竜王の翼はハクの一振りの尾で砕かれ、爪によって体中から血をまき散らしている。
クレナは鬼気迫る状況に、腹に刺さるアステルの槍を引き抜いた。
「ん、んぐ!?」
竜王の背中から降りたアステルがやってきた。
「すまないが、降参だ。君の竜を止めてほしい」
アステルはハクの覚醒スキルで、決着はついたと判断をしたようだ。
『な!? 馬鹿な、何故諦める。まだ戦える。我はこの日のために……』
ハクと戦いながらも、竜王はアステルの動きを視界に捉えていたようだ。
「多くを犠牲にしてしまったからだ。マティルまで失うわけにはいかないよ」
こうなってしまっては勝利よりも神界よりも大事な物がアステルにはあった。
既に戦いと呼べる状況ではなく、全身から血を流した竜王は瀕死の状態だ。
「そうだね。終わらせないとだ」
クレナは何をすべきか理解し、行動に移す。
竜王と戦うハクの背中から、首の上を駆けるように走り頭部に至る。
『グルル!!』
「ハク。もう、ダメって言ったよね!!」
ハクは足元で立ち上がる力を失った竜王からクレナに視線を移す。
鼻先に立つクレナが真っすぐにハクの真っ赤な瞳を見つめる。
真っ赤な瞳はゆっくりとその色彩を失い、クレナを見る優しい目に変わる。
ハクは自らの意思で覚醒スキル「竜の魂」を解いたようだ。
『もう少しであったのだ。もう少しで神界に行き神竜になって……』
敗北を悟った竜王が項垂れながら思いを口にする。
「そうだね。一緒に世界の全てを回ろうといったな。だが、僕らの夢はあの時終わっていたんだ」
『こんな馬鹿なことがあるか。このような相手、絶対に敵わぬではないか』
メガデスはなぜ、このような契約を交わしてくれたのか愕然とする。
「……マティル」
『我は神界に行き力を得て、お前を生き返らせたかっただけだったのだ……』
竜王の思いにアステルはショックを受けた。
竜王は自らの願いが潰えたことを悟り、大きな涙を零す。
こうしてクレナとハク、アステルと竜王マティルドーラの戦いはクレナたちの勝利で終わったのであった。