第483話 万全の準備①
アレンたちは鱗の門3階層を攻略中だ。
試しの門は爪、牙、鱗の3つの門という名のダンジョンで構成されている。
各門は3階層で構成されている。
攻略の条件は3階層から挑戦できる門番を倒すことだ。
この鱗の門の3階層を攻略し、門番を倒せば審判の門を望むことができる。
3階層についても、1階層、2階層と同じく隔絶された個室の空間となっていた。
2階層と違い雷の罠は存在しない。
床にある魔法陣を踏み、空間を移動し続ける。
(なんだ、この素早さの低下は)
魔導書を見ながら転移したアレンが自らのステータスの変化に気付く。
さらに、飛んだ先の空間は魔獣が多数いることも目視と鳥Eの召喚獣の覚醒スキル「千里眼」で確認する。
「皆、今は低速3分の1倍だ。陣形を固めろ。ハクを中心に動いてくれ。クレナ、すごく遅くなったって意味だぞ」
「分かった!!」
アレンが念を押したクレナが笑顔で返事をする。
『ガウ!!』
アレンの指揮と共に、仲間たちの陣形は密集していく。
3階層は素早さが下がる空間で構成されており、それぞれの空間において、数割減から数分の1まで素早さが低下する。
時計の魔導具を見ると、時間の流れがゆっくりしていることが分かる。
何でも時間の流れが自分らだけ変わるようだ。
なお、魔獣たちは減速することなくアレンたちに襲いかかってくる。
パーティーを密集させるのは、後衛を守るためだ。
普段以上に前衛と後衛の距離を近くしておかないと、不測の事態を防ぐことはできなくなる。
3階層になると当たり前のようにSランクの魔獣が出てくる。
ゴーレムのタムタムまで影響を受ける中、仲間たちの中で唯一、時空耐性を獲得したハクのみが素早さが変化しない。
その体格を活かして、正面からの敵の攻撃を防いでくれる。
「さて、今日中にも3階層の攻略をしたいぞ」
Sランクの魔獣がいようと、魔獣の系統など関係なく、アレンたちは難なく殲滅していく。
特に、2階層で手に入れたセシルの神技がかなり優秀だ。
遠距離攻撃に素早さ低下など関係ないため、威力が上がった魔法で距離を詰められることなくガンガン倒していく。
1月に攻略を開始した試しの門の攻略も、今は3月の下旬だ。
2ヶ月もダンジョン攻略に時間を掛けてしまった。
鳥Bの召喚獣に乗って、移動を続けながらアレンはセシルに話しかける。
「さて、早めに門番のいる門を探すぞ」
「そうね。それはそうと、ラターシュ王国に戻らなくていいの?」
「ん? まあそうだな。そろそろ戻るかな」
「姫様がアレンに用事があるのかしら?」
「いや、俺は聞いてないし」
セシルが数日ぶりに思い出したかのような話をする。
アレンはグランヴェル伯爵より用事があるのでラターシュ王国へ戻ってきてほしいと言われていた。
何でもレイラーナ姫が、アレンに用事があるとか。
できれば、用事の内容についても聞いておいてほしいと思う。
いつでも良いと言われたので、ダンジョン攻略を推し進めていた。
攻略の切りがよくなったところで、ラターシュ王国に戻ろうと思う。
「お! とうとう来たな!!」
空間を転移させながら、いつ戻るか話をしていたら最後の門が転移した先の空間の中央に鎮座してある。
ようやく最後の門かとキールが歓喜した。
アレンたちは鳥Bの召喚獣を降りて、門の前に歩いていく。
『……』
精霊王ファーブルは門の前に浮く小さなメガデスを不安そうに見ている。
「大丈夫だ。クレナもハクも強くなったからな。もうちょいだ」
『う、うん……』
『ここが試しの門の最後の門か。我はとうとうやってきたのか』
ルークはファーブルの頭をワシワシと撫でて励ました。
ルークの肩に乗る大精霊ムートンは巨大な門を見上げている。
『まさか、たった2ヶ月かそこらで攻略するなんて前代未聞だよね』
言葉とは裏腹にメガデスはニコニコしながら、アレンたちの攻略について感想を漏らす。
「仲間たちのお陰です。挑戦の前に、次の門番はどの程度の強さですか?」
アレンが毎度のごとく門番の強さを確認する。
この強さによって、今後の予定が変わってくるからだ。
『これでも神の使いだからね。僕は前回の門番ロードメルクの力の数倍だよ。戦うなら覚悟するといいね』
怪しく笑いながらメガデスは自らの力を語る。
「僕はと?」
『そう、このダンジョンの案内役にして、試しの門の最後の門番は僕が務めているんだ。よくぞここまで来たね』
「ちょっと、何で教えてくれなかったのよ! 神の使いに勝てるわけないじゃない!!」
『そうだね。試すも試さないも資格を持った竜とその乗り手が決めること。ここは試しの門なのだから』
セシルの言葉にも怪しい笑顔を浮かべたメガデスは嫌なら挑戦するなと断じる。
『……』
(ファーブルのこの様子なら、前回の挑戦もここまで来たということかな)
アレンが精霊王を見ると、精霊王はずっと気まずそうな顔をしている。
どうやら、最後の門番がメガデスであったことを知っていたようだ。
多くの犠牲を払いながら向かった先で、最後の最後の挑戦で神の使いであるメガデスの門番戦で敗れたのだろう。
「神の使いがお相手とは厳しい戦いになりそうですね。ちなみに何竜でしょうか?」
アレンは下手に出ながらも、意識の全てをメガデスに傾けて情報の収集を怠らない。
爪の門番は光竜で、牙の門番は古代竜だった。
メガデスも種族的なカテゴリがあるのか確認する。
『時空神デスペラード様の使いの僕は次元竜さ』
勝利を確信した口調でメガデスは言い切る。
「クレナ、ハク。挑戦するか?」
「もちろんだよ」
『ギャウ!!』
クレナもハクも挑戦すると言う。
「挑戦する方向でお願いします。ただし、竜も乗り手についても準備不足です。万全の準備をしても?」
『ん? もちろんだよ。いくらでも待つよ』
(ほう、メガデスは余裕と絶対に負けない自信があるということだな)
前回の牙の門の門番戦を見ても、攻略の速度に鑑みてもクレナもハクも相応の強さだ。
そんなクレナやハクを見てなお、メガデスは余裕の態度を崩さない。
アレンは前世のゲームでしてきたようにしっかりとボス戦前の準備を整えることにする。
試しの門の外に出るなり、仲間たちがアレンの周りに集まってくる。
「アレンどうするの?」
セシルは何ができるのか考えるが満足な答えが出ない。
「ロードメルクの数倍となるとかなりの強敵だな」
「そうですわね。今回は手伝えませんですし。アレン様は良い考えがありそうですの?」
思案顔のソフィーがアレンの表情から考えがあることに気付く。
アレンは魔神レーゼル戦では、大陸を越えて勇者ヘルミオスを助っ人として召喚した。
S級ダンジョンの最下層ボスと戦う際は、案を講じて各大陸の英雄たちを結集しての挑戦であった。
常人では考えられない発想がアレンにはあると仲間たちは確信している。
「そうだな。S級ダンジョンにクレナたちを送って、ヘビーユーザー島だ。移動しながら、今回の作戦を伝えるぞ」
アレンが策を講じる間に、クレナとハクにはレベル上げをするように言う。
「うん! さすがアレンだ!!」
クレナが感心して満面の笑顔になる。
(懐かしいな。ボス戦前にどれだけ周到に用意できるかが勝負の分かれ目だな)
前世の記憶と今与えられている状況の全てを総動員して、クレナをどれだけ強化できるか考える。
まずは、レベルが足りないクレナとハクはこのままS級ダンジョンでアイアンゴーレム狩りをしてもらう。
その間にやることがアレンにはあった。
アレンたちは移動を開始した。
カンカンカン
ここはヘビーユーザー島の中央付近で、火の神フレイヤの神殿の山の麓にある鍛冶職人の工房群だ。
今日も今日とて、アレン軍の武器と防具の強化のため、ハバラクを筆頭に10の工房でドワーフの鍛冶職人が金槌を振るう。
「おう、アレン殿か」
工房の中に入ってきたアレンたちにハバラクが気付いた。
「お疲れ様です。ハバラクさん、武器と防具は順調でしょうか」
「ああ、毎日楽しくてしょうがないぜ」
鎚を振るうことが生きがいのハバラクにとって、オリハルコンやアダマンタイトの武器や防具を作るのは楽しくてたまらないようだ。
「いくつか作成していただきたいものがございます」
「おう、何がいる?」
「こういう『もの』を作ってください」
アレンのイメージをしっかり伝えることができるよう、魔導書にメモしてきたものを羊皮紙に書き写していく。
「ん? ほほう。これは随分なものだぞ。少し時間が掛かるな」
アレンが何を作ってほしいのか、ハバラクは理解したようだ。
「問題ないです。まだ日にちがございますので、製作に必要な日数は確保できるかと」
「ああ、分かった。優先してやろう。皆にも声をかけてくるぜ」
こうして、ハバラクに対する作業依頼が終わった。
「すごい発想ね。でも、これは強くなりそうね」
セシルは感心した。
「そうだな。次はカサゴマさんのところに行くぞ」
「え? ああ、そうね。せっかく出たんだからそうだけど、ちょっともったいなくない?」
先日3階層で手に入った「もの」をセシルは思い出した。
「そうだが、クレナたちの勝利には代えられないからな。手段は選ばずってやつだ」
アレンの言葉に仲間たちは頷いた。
アレンたちは魚人たちのいるクーレの町の傍にある魔法具使いのカサゴマの工房に向かった。
工房に入ると、すぐにカサゴマがアレンたちに気付く。
「これは、アレン総帥。今日は皆してどうしたんですか?」
「今日はちょっとお願いがあって来ました」
「お願い?」
カサゴマは工房での作業を止め、アレンたちと共に広い作業部屋に移動した。
アレンとカサゴマはテーブルを挟んで対峙する。
何用だとカサゴマはずっと怪訝な顔をしている。
「それでお願いとは何でしょうか?」
「カサゴマさんにこれを使って、魔法具を製作してほしいのです」
端的に目的を伝え、アレンは淡く光る指輪をテーブルに置いた。
「はて? これは」
カサゴマは眼鏡をクイっと片手で上げてテーブルの上の指輪を見る。
指輪に見えるが、人が装備するに少しばかり大きいようだ。
まるで指輪という存在を具現化したような形をしてキラキラと輝いている。
「それは、攻略中の試しの門で手に入れた物です。『魔法具使いの神技』といいます」
是非これを使ってほしいと言う。
アレンは、手に入れた経緯を含めて、この神技を使った時にもたらすであろう効果を語る。
カサゴマは一瞬、信じられないと険しい顔をしたが、どこか納得したようだ。
アレンは、こんな見たことのない島の所有者であり、聖獣マクリスを召喚獣として従えている。
今では神界を目指して、試しの門を攻略中であることも聞いていた。
「これまでにない魔法具を作ってほしいということですかね。取引と言うことでしょうか? さすがに、このような物を貰っても……」
カサゴマは自然と「取引」という言葉を口にする。
今の話が本当ならかつてない魔法具を作れるようになることを意味していた。
金貨を積めばいくらになるか分からない高価な品にどのような取引になるのか警戒をする。
「いえ、無償で差し上げます」
「む、無償ですと。あ、あの、アレン総帥は、軍を指揮する者。あまり羽振りがいいのは……、自軍以外にもオリハルコンの武器を提供しているとかも聞いておりますし」
元々、プロスティア帝国の帝都パトランタの一等地で店を構えているカサゴマは商売っ気が強い職人だ。
アレンがここ最近、貴重な装備品やアイテムを配っているという話は、この島に来て耳にしてきた。
仕事がらアレン軍の幹部級の者とも話もする。
オリハルコンの武器まで配っている。
人生の先輩としても、それはどうかとアレンの行動をたしなめる。
こんな行動をしていけば、軍の維持にも支障が出るのではと言いたげだ。
「御高説ありがとうございます。しかし、今は魔王軍と戦う大事な時、手段は選んでいられないのです。そして、カサゴマさんには今以上の力をつけてほしい」
魔王軍との戦いのためにも神界へ行くのは必須と考えている。
アレンには無料で上げてもいいのでカサゴマにこの神技を使ってほしい。
カサゴマは、プロスティア帝国唯一の星4つの魔法匠の才能があった。
プロスティア帝国の皇帝ラプソニルにお願いして、ヘビーユーザー島で聖珠作成をしてもらっている。
だが、指輪であったり首飾りなどの魔法具の製作は聖珠と違って、見劣りをする。
星4つの才能と試しの門で手に入る貴重な素材をもって、ようやくS級ダンジョンの最下層で手に入る指輪や首飾りと同等のものが作れる程度だ。
これはステータス5000上がる指輪やステータス3000上がる首飾りが作れるだけに過ぎない。
S級ダンジョンの最下層で活動をするアレンたちにとって魅力的ではない。
「この神技を使い、今まで以上の力をつけ、これまでになかった魔法具を提供いただけたらと思います」
魔法具使いの神技を無料で与えるので、アレンに協力するように言う。
「ふむ。無償で提供するからただで魔法具がほしいと」
これが納得感のある取引であるかカサゴマはさらに考える。
なんとなく、カサゴマが考えていることも分かったような気がする。
納得感のある正規の取引を望んでいるようだ。
「カサゴマさん、私たちは間もなく神界に臨みます」
「はい、そのためのこの神技という話を理解しました」
「そうです。その神技があれば神界に行ける。今までにない素材も手に入るでしょう」
(神界に絶対に行く。神界に行けば、絶対にいい素材が手に入るし。神技を使えるカサゴマさんならすごいアイテム作れるんじゃね。よ、涎が)
諭しながらもアレンの中に欲望が溢れていく。
「お金よりも優先すべきものがあると。分かりました。これを使えばいいのですね。って!?」
アレンは英傑の類で、自分には見えない先を見ているのだろうと納得することにした。
カサゴマは魔法具の神技を手に取ると、体全体が光の中に包まれる。
「私と一緒ね」
「まあ、作った神が一緒だろうからな」
魔法神イシリスは、魔法使い、魔導具使い、魔法具使いを司る神だ。
だから、魔法神イシリスが管理運営を手伝う試しの門には魔法使いの神技も、魔法具使いの神技もあっただろう。
「こ、これは」
光が収まったカサゴマは自らの手を握りしめ困惑している。
「言葉が聞こえるはずです。その言葉を口にしたら神技は発動します」
「え、えと、アルティメット・マジック・クラフター? へば!?」
カサゴマは神技を発動させた。
ある程度落ち着いたところでカサゴマにアレンたちは神技の扱い方について助言を始めた。
カサゴマに魔法具の製作をお願いして、工房を後にする。
「なんか、何とかなりそうな気もしてきたわね」
アレンの行動は全て門番であるメガデスへの勝利に向けていた。
勝利に近づいたとセシルは感心している。
「ああ、だが、この島でまだやれることが残されている」
「まだあるの?」
「ああ、そうだ」
アレンはそう言ってとんでもなく悪い顔をする。
何が始まろうとしているのと仲間たちは息を飲むのであった。