第476話 残された者
大精霊ムートンが吐き捨てるように語るダークエルフの歴史は続く。
精霊王ファーブルの決断が今回のような結果を招いた。
「……」
エルフのフォルマールが黙って聞いている。
祈りの巫女の末裔にして女王の子であるソフィーは、静かに精霊神を見つめる。
精霊神は本件について、何も言わないようだ。
アレンの仲間たちはエルフ側の話ばかり聞いていた。
ただ、冒険を進める中ダークエルフとも共闘して魔王軍と戦うことになった。
ハイダークエルフのルークは大事なパーティーメンバーだ。
語られない側の思いを聞いたような気がする。
(たしか、休戦と戦争を繰り返したんだっけ)
アレンはソフィーから聞いたエルフとダークエルフの歴史を思い出す。
3000年前に誕生した祈りの巫女によって、エルフはダークエルフとの戦いで快進撃を開始した。
2つの種族は休戦と戦争を繰り返し、エルフがダークエルフをローゼンヘイムから追い出すまで戦争自体は1000年近く続いた。
大精霊の話はきっと、最初の休戦協定を結ぶまでの理由と、そこでダークエルフたちは何をしていたのかという話なのだろう。
『あのまま、長老の決断で要塞から撤退するか、将軍たちの決断でラポルカ要塞の中で籠城して戦えば勝機は見えておったのだ!!』
大精霊ムートンは語気を強める。
精霊王ファーブルのふざけた決断がダークエルフの未来を決定づけたと言いたいようだ。
才能が力を極める世界で主力の2000人が失われたことはとても大きい。
『……』
精霊王は大精霊が何を言っても無言でテーブルの上で項垂れている。
(さて、そろそろ話が終わらないし、間に入るか。できれば当人同士で話をつけてほしいのだが、話が大きすぎるな)
精霊王は何も言わないためか、大精霊の興奮が激しさを増す。
大精霊が興奮しすぎて、体からポコポコと温泉地で嗅いだような硫黄の香りがし始めた。
換気のために窓を開けることにする。
アレンはパーティーのリーダーとしてこの場を収めるべく、前に出ようとした。
すると、ルークが話に入ろうとする。
アレンは静観する立場に再度戻った。
「もうそんなにファーブルを責めるなよ」
ルークがとうとう精霊王を抱きかかえ擁護に回った。
『ダークエルフの王の幼い子は何も分かっていないのか……』
この話を聞いて正気かとルークを見て落胆する。
「なんだよ。結果論だと何でも言えるじゃねえか。ファーブルも、長老や将軍も答えが見えない中、頑張ったんじゃないのかよ!」
『ぬお!?』
ルークの言葉は紛れもない正論だった。
あの場でどうしたら良かったかなど、ダークエルフにエルフの戦況が分からない状況では何とでも言える。
大精霊が萎んでいく。
随分感情豊かな精霊だなと思う。
「そうだな。先導した者としての責任があるかもしれないが、後からこうすれば良かったというのは違うと思うぞ」
アレンはルークの言葉に賛同する。
「そうね、責任ある立場なら、まずは責任を取るべきだけど」
セシルがアレンの言葉に賛同する。
ただし、貴族の娘として生まれたセシルは、決断には相応の責任が伴うものだという考えだ。
(セシルとしては貴族の娘的にムートン側かな。結局、ファーブルは今なお精霊王の立場から変わらないんだし)
この数年、魔王軍との戦いの中でアレンは責任ある立場になった。
自らの判断が誤ったらどうなるかよく考えるようになった。
自らの作戦で、ローゼンヘイムでの魔王軍の侵攻はエルフ兵たちが命を落とした。
プロスティア帝国の帝都パトランタ北部での戦いでは、アレン軍にも勇者軍にも犠牲を強いた。
敵が細かい作戦などない物量戦で出てくることも多い中、無血での勝利はとても難しい。
(あの時父さんは何を思ったんだろうな)
父のロダンは、クレナ村を開拓する際、最初の年にグレイトボアに冬を越すための食糧の半分を食べられてしまった。
その後、農奴たちを奮い立たせ、ボア狩りをする決断をすることになる。
ボアを狩り仲間たち皆で腹を満たし、翌年も開拓村の開拓を進めた。
ボア狩りのロダンの誕生の話なのだが、その際にロダンが幼いころからの友人を1人亡くしている。
決断には結果が伴う。
決して良い結果だけをもたらすわけではない。
もしかしたら、ボア狩りに失敗し多くの農奴が死んだかもしれない。
もしかしたら、ボアなど狩らずに居心地が悪くて食料が少なくても元来た村に帰るという選択肢が一番の正解だったかもしれない。
かもしれないの結果論なら何とでも言えるという話だ。
ただ当事者の大精霊が精霊王を責めるのは分かると思う。
契約者であるダークエルフは牙の門2階層で死んでしまった。
難しい問題だ。
なお、祈りの巫女の誕生後初めて結んだ休戦協定を破ったのはダークエルフだと言われている。
さらに言うと、ダークエルフに休戦協定を破らせるために挑発的な外交をしたのはエルフのようだ。
1つの結果が善悪の一言では片付かないことが種族や国家の問題なのだろう。
「大精霊ムートン様、御事情は分かりました。攻略の失敗を聞いたのはメガデス様からということですね?」
『ぬ、そうであるな』
竜人とダークエルフの部隊の半数以上が爪の門と牙の門の2階層までに死んでしまった。
ダンジョン攻略の失敗後、大精霊ムートンは牙の門2階層に留まっていた。
そこにやってきたのはメガデスだ。
試しの門攻略は失敗に終わり、英雄アステルは死んだと言う。
大精霊は『そうか』とだけ言い、3000年間階層に留まった。
長い時が流れ、精霊であったムートンは大精霊となった。
「じゃあ、竜王マティルドーラが審判の門の前に座っているのも知らなかったんですね」
『そうだな。いや、そうだ。わ、我は騙されておったのだ!!』
またボコボコと体から泡ができ始めた。
この状態を「バブルムートン」と名付けようかと思う。
大精霊は精霊王がその後どうなったかも知らない。
ただ、絶大な力を持つ精霊王自体は生きていると考えていたようだ。
しかし、竜王まで生きていたとなると、「何故?」という疑問が湧く。
(その辺については、事情を竜王から聞くか。謁見は叶わないけど)
竜王との謁見は最初の1回目以降叶っていない。
今回のように過去の攻略を知る者から情報を得るかもしれないと思ったのか、「竜王は伏せっておられる」という理由の一点張りで会えない。
「ムートンはこれからどうするんだ?」
(ん? お?)
アレンが竜王との今後の対応を考えていると、大精霊に対してルークが話しかけた。
『こ、これからとは何だ?』
大精霊は『これから』などないと言いた気だ。
「俺たちは今試しの門攻略中なんだ。ムートンも仲間になれよ」
『な!?』
「なんだよ。いいじゃねえか。攻略はまだ終わってないってことだろ」
『終わっていない……か。だから我はあの場に留まっていたのか』
バブルムートン状態であった体の泡が静まり返り、ゆっくりとルーク、そして抱きかかえられた精霊王を見る。
「いや、そこまでは知らねえよ。俺はまだ先に行く。精霊王もこの先に連れていく。だからお前も来い」
ツッコミをするように、ルークは大精霊の体をぺんぺんと叩く。
帰ったら、ダークエルフたちや里にいる精霊たちを紹介すると言う。
(これは助かる。これがルークの器か)
アレンもルークがいわなければ、大精霊を仲間にする予定であった。
『なるほど。当代の王の子に資質はあったのか。良かろう。見届けさせてもらうぞ』
何か自らが3000年その場に留まった答えを見つけたような態度だ。
「おう! よろしくな!!」
『我、大精霊ムートンに今一度、手を』
仲間たちが無言で経緯を見つめる中、ルークは手を餅状の形になった大精霊ムートンの額に触れた。
パアッ
魔法陣が輝き、大精霊ムートンとルークが覆われる。
ブンッ
アレンの手元に魔導書が現れた。
漆黒の魔導書の表紙には銀色の文字で新たなログが書かれている。
『ルークトッドは大精霊ムートンと契約を交わした。エクストラスキル「毒沼津波」を手に入れた』
「おお! ルークがまた強くなったわね」
「ちょっと、見せなさいよ!!」
セシルが食い入るように魔導書を見ている。
アレンや仲間たちは魔導書に表示されたログやルークのステータスを確認する。
【名 前】ルークトッド
【年 齢】16
【加 護】精霊王(加護無)
【職 業】黒魔導士
【レベル】60
【体 力】1839
【魔 力】2552+1200
【攻撃力】1067
【耐久力】1067
【素早さ】1544+1200
【知 力】2902+1200
【幸 運】1307
【エクストラ】飢餓地獄、毒沼津波
【スキル】黒魔導士〈6〉、火〈6〉、氷〈6〉、泥〈6〉、闇〈6〉、魑魅〈2〉、短剣術〈6〉
・スキルレベル
【黒魔導士】 6
【 火 】 6
【 氷 】 6
【 泥 】 6
【 闇 】 6
そこには確かにルークの新たな力、エクストラスキル「毒沼津波」がある。
最大3つまで手に入れることができるというエクストラスキルの2つ目を手に入れたようだ。
なお、ルークもアレンたちと冒険するうちに転職も終え、黒魔導士になりレベルもスキルもカンストしている。
4月になったら始まる転職ダンジョン改が待ち遠しいとルークは言っている。
「まだ、戦いは終わっていないんだよな。ファーブルも一緒に試しの門を攻略するぞ!!」
ルークは凹んでいる精霊王も忘れず頭をワシワシ撫でる。
『ルーク、あ、あたいは、あたいは……』
ルークの言葉に涙腺が緩んでしまったのか、精霊王に涙が溢れてくる。
「いいんだ。話せないんだろ。聞かねえよ」
ルークは一緒に審判の門を越えようと精霊王に言う。
ボタボタと流れる涙が、背中から優しく抱きかかえるルークの服を濡らしていく。
(色々あったが、ルークのおかげで良い形で話がついたな。ドラゴンに続いてスライムも仲間にすることができたぞ)
粘菌のような大精霊は、冒険の中で仲間になる王道中の王道のスライム枠だとアレンは思う。
***
ここは竜王マティルドーラのいる神殿だ。
アレンが大精霊ムートンを仲間にしてから数日経った日のことだ。
竜王に対して竜人の神官は食事を運んでいる。
体長が100メートルに達する竜王に対して巨大な魔獣の丸焼きが運ばれてくる。
よく焼けたグレイトボアの倍以上のバイソンのような、Aランクの大きさの魔獣だ。
バキバキ
竜王は頭からバイソンのような魔獣を平らげていく。
「あ、あの、竜王様、今日はこの辺で……」
食べ過ぎるのも体に悪いと神官の身として窘めようとする。
『ぬ? まだ足りぬ。もっともってこい!!』
結局、骨ごと全部平らげた後、神官にもっと持ってくるように伝える。
これで今日10体目の魔獣の丸焼きだ。
あまりに強く怒鳴ったため、全身の筋肉は躍動し、体全身から魔力が漏れてしまう。
老齢でしわが全身にあった竜王は、アレンたちが会った時よりも体つきが良いようだ。
パタパタ
竜王から逃げるように竜人たちが出ていく。
代わりにと、虫の羽が虹色に輝く妖精竜のメガデスが竜王の元にやってきた。
『メガデス様か。アレンたちの試しの門攻略は順調なのでしょうか?』
『ああ、順調なようだね。ムートン君が合流して牙の門の3階層も今日、攻略が終わったよ。これまでにない速度で攻略しているね』
当たり前のように大精霊ムートンがアレンの仲間になったことを伝える。
『そうですか。それは良かった』
竜王の瞳が照らされた魔導具の灯りに反射して怪しく光る。
牙から滴る魔獣の血がボタボタと床に落ちている。
『ああ、もう少しで君の悲願も達成するかもしれないね』
『ありがたきこと……』
竜王がメガデスに頭を下げると、メガデスはまたパタパタと飛んで行った。
竜王はメガデスの行方を追うことなく、審判の門を背に正面を向いている。
まるで誰かがやってくるのを楽しみにしている。
誰もいなくなった竜王の間で、竜王マティルドーラは野望溢れる表情をしているのであった。





