第473話 大精霊ムートン
アレンたちは牙の門1階層を早々に攻略して、次の階層にやってきた。
かなり貴重な腕輪が1階層に出たので数体の鳥Dの召喚獣には、他にお宝がないか探してもらっている。
2階層の攻略を開始して5日が過ぎた。
アレンたちはガスボンベのようなものを担いでいる。
「シュコーシュコー」
アレンたちは目や鼻を塞いでいる。
ララッパ団長が作ってくれた浄気の魔導具で清められた空気をチューブから直接吸う。
チューブの空気を吸う音を奏でながらアレンたちは進んでいく。
この2階層は毒と沼地の大地であった。
至る所でポコポコと沼地から毒性のガスを噴き出している。
アレンたちは香味野菜の効果で完全に毒を防ぐことができる。
しかし、臭いものは臭い。
腐臭で目も染みる。
健康上問題ないことと耐えることは別だった。
1日10時間近くダンジョンの攻略に時間を掛けるならなおさらだ。
セシルからは「装備が臭くなったわ!」と殴られて、アレンは世界の理不尽さを知る。
なお、ハクに装備する防護服はないのだが、早々に毒耐性を手に入れていた。
どうも、この試しの門という名のダンジョンは挑戦者である竜の耐性を上げる仕様になっているようだ。
しかも、耐性は一気に〈2〉が付いた。
種族がランクアップすると付く耐性も大きいようだ。
ハクは毒沼から湧いてくる魔獣にも平気で食らいついている。
香味野菜を使えば、鳥Eの召喚獣も毒を受けず次の階層を探すことができた。
しかし、10体ほど飛ばして次の階層への魔法陣を探しているのだが、見つけることができなかった。
どうやら、完全に環境に溶け込んでいるパターンのようで、そうすると怪しいところが至る所にある。
少し盛り上がった丘、無数にある毒の沼地、大小さまざまな墓場などだ。
鳥Eの召喚獣にも調べさせつつ、少しでも怪しい沼地や丘などは自分で調べる必要があった。
お陰で5日も探索に時間を掛けていた。
違和感のある場所は「調べる」を選択するに限る。
沼地の底も調べることにした。
魔獣の巣窟かもとクレナにスキル「覇王剣」を振るってもらう。
沼を吹き飛ばしてもらうと、宝箱らしきものの残骸があった。
次の階層へ行くための魔法陣はなかったが、宝箱が沼地の底に眠っていることが分かった。
「やっぱり、沼地の中に宝箱があったな」
『いひひ』
沼の中から和装の霊の恰好をした霊Aの召喚獣が宝箱を抱きかかえて出てきた。
他の沼地にも宝箱があるかもしれない。
宝箱の内容物を壊さないよう霊Aの召喚獣に沼地に潜らせてみると、10個目の沼地で宝箱を発見する。
中を開けると杖が出てきた。
「私の杖よ!!」
(キール用かもしれないけど)
かなり強めに奪い取られてしまった。
この世は弱肉強食のようだ。
セシルが全力で、杖の効果を知りたいと言っている。
外の世界は随分暗くなっていた。
このメンバーに鑑定スキルがあるものはいない。
新しい武器の鑑定のためにも新婚生活を開始したペロムス邸に乗り込むことにした。
***
食事が始まる前、ペロムスはセシルが持ってきた杖の鑑定を行う。
試しの門で出てきたものを鑑定するのもペロムスの仕事だ。
廃課金商会、ヘビーユーザー島の市長など、新婚ホヤホヤなのだがペロムスの仕事は多い。
「この杖はすごいね。双魔の杖っていうのか」
鑑定スキルのあるペロムスが効果を教えてくれる。
【双魔の杖】
・知力20000
・魔法攻撃ダメージ15パーセント
・魔力2回分で魔法2回同時発動
これまでのどの杖よりも良かった。
「すごいな。これで殲滅速度が2倍以上になったな」
魔法2回同時発動は浪漫しかない。
「え? 本当! ぐふふ」
既に夕食がテーブルに運ばれる中、セシルは手に入れた杖を抱きかかえ、ガッツポーズをとる。
本当は魔力1回分で同時発動の方がいいのだが、嬉しそうにするセシルにそんなことは言えない。
アレンが魔力回復薬を大量に生成するので、魔力が余り気味のパーティーなので実際に悪くはないと思う。
「まあ、セシル、変わってしまったわね」
(いや、セシルは昔からこんな感じだぞ)
従者時代に足車させられたアレンが、憐れむフィオナに対して無言で反論する。
セシルの隣で、口いっぱいに食べ物を詰め込んだルークがテーブルの上の精霊王ファーブルの様子に気付く。
「なあ、これもうまいぞ」
『う、うん、ルーク。ありがと』
試しの門の攻略が進むにつれて、精霊王ファーブルの元気が無くなっていった。
何か思うことがあるらしいのだが、時空神との誓約とやらのせいで何も言わない。
ルークがもっと食べるように籠に入ったパンをとって精霊王に渡す。
(さて、ダンジョン攻略中に理由が分かるといいんだが。竜王にも会えなくなったしな)
試しの門の爪の証を手に入れた後、牙の門の情報がないか竜王のいる神殿に足を運んだ。
爪の門を攻略する中で知ったこともあったので、メガデスだけの話を聞くよりも広く情報を集めようとした。
しかし、神殿に向かうと門番に足を止められた。
竜王は最近臥せっているので、謁見は叶わないらしい。
何度かタイミングを分けて足を運んだが、会うことはできなかった。
「それで、これからどうするのですか?」
食事を摂りながら、ソフィーが今後の話をする。
「まあ、基本的に攻略を進めたいんだが、これだけいい物があるなら素材や武器、防具の回収もした方がいいかもしれないな」
この試しの門は各階層のフィールド的な難易度は、S級ダンジョンよりも上だが、魔獣たちのランクが低いとあって今のところ順調に攻略が進んでいる。
そんな中、今日セシルに新たな武器が手に入った。
これは最下層ボスのゴルディノ討伐報酬を超える武器だ。
【試しの門に出てくる魔獣のランク】
・爪の門1階層:Cランクのみ
・爪の門2階層:Cランク多め、Bランク少なめ
・爪の門3階層:Cランク少なめ、Bランク多め
・牙の門1階層:Bランク多め、Aランク少なめ
・牙の門2階層:Bランク少なめ、Aランク多め
【試しの門で手に入るもの】
・爪の門1階層:なし
・爪の門2階層:造込素材、魔導具素材、魔法具素材
・爪の門3階層:ミスリル、ヒヒイロカネ、アダマンタイト
・牙の門1階層:装飾品
・牙の門2階層:武器
アレンは記録した魔獣や手に入った物について皆に話をする。
「たしかに、武器や防具も魅力的ね。装飾品ももっと良くしたいわ!」
食事中、杖を抱きかかえたセシルも納得する。
「探索する召喚獣の数を増やそう。アレン軍は魚人が追加したことだし、勇者軍は春までに1万人にする予定だからな」
武器や防具はパーティーだけのために手に入れるのではないとアレンは言う。
アレン軍は魚人2000人が追加されて、7000人になった。
そして、勇者軍は1000人規模であったのだが、運営に慣れてきたのか1万人規模に段階的に増やしていくらしい。
「魚人はともかく、勇者軍も強化すんのか?」
ルークが疑問に思ったことを口にする。
大変な目にあって手に入れた武器や防具、素材などを勇者軍にも渡す理由が分からなかったようだ。
「そうだ。共同戦線をするわけだ。預ける背中は頼もしい方がいいだろ。必要な物資は提供していかないとな」
プロスティア帝国での魔王軍との戦いで、勇者軍は無償で協力してくれた。
その際に、犠牲になった勇者軍の兵もいるという話をする。
「そっか。協力していかないとな」
ルークがアレンの言葉に納得をする。
『協力……』
「ん? どうしたんだ? ファーブル」
『いや、何でもないさあね』
「そっか」
『……』
呟いた精霊王の態度はどこか動揺していた。
そんな様子を精霊神ローゼンは黙って見つめていたのであった。
***
今日も今日とて毒沼攻略を進めていく。
各階層に飛ばした召喚獣の枠も増やし、アイテム回収も進めていく。
「なかなか、次の階層にいく手だては見つからないな。って、ここはデカい沼地だ」
「お! お宝あるかな!!」
チューブで息を吸いながらアレンとキールが器用に会話をする。
この沼地は他の沼地に比べて随分でかいようだ。
こんな明らかに変なものには何かある。
そんな予感がアレンにはした。
霊Aの召喚獣が沼地に足を進める。
和装の幽霊の姿をしているので、ゆっくりと足から沼地に入っていく様子は完全にホラーだ。
霊Aの召喚獣が腰まで沼に浸かったところだった。
ズズズズズ
粘度のある沼地がゆっくりと波打ち始めた。
「何かいるぞ。戦闘準備に入れ!!」
沼地がどんどん盛り上がっていく。
沼そのものに大きな目と口が現れていく。
『我は毒と沼を支配する大精霊ムートン。この場に足を運んだことを後悔するがよい!』
(え? 大精霊?)
巨大なヘドロのような者は自らを「大精霊ムートン」と名乗った。
アレンたちに巨大な口からヘドロを飛ばしてくる。
『ギャウ!?』
硫酸のような毒沼を口から吐き出す。
クレナを庇うように広げたハクの翼が煙を上げてしまう。
毒耐性があってもハクはダメージを受けるようだ。
「ハク! 許さない!! 覇王剣!!」
金色に輝くオリハルコンを掲げたクレナは上段から強力な一撃を放つ。
沼からせりあがるドーム状の大精霊ムートンは頭から真っ二つに分かれた。
『ぐは!? 我が体をここまで裂くとはやるな! だが!!』
「あう!!」
頭から2つに分かれた体が見る間にくっ付いていく。
体の一部を触手のように伸ばし、接近して攻撃してきたクレナを吹き飛ばす。
(クレナをあそこまで吹き飛ばすとは、強敵だな)
「物理攻撃は有効じゃないぞ、ソフィーもセシルも援護しろ!!」
物理主体から距離をとっての魔法攻撃に変える。
『ぬぐ!! この程度の攻撃!!』
魔法攻撃の方が有効なようだ。
「マクリス! フリーズキャノンだ!!」
なんでここに大精霊がいるのか分からないが、敵対行動を取るなら仕方ない。
魚Sの召喚獣の一撃をお見舞いすることにする。
『分かったのら~。フリーズキャノン!』
口を開いたマクリスの前方に魔法陣が現れ、巨大な円錐状の氷の塊が現れる。
『む!? 何をしても無駄なこと!! 地の利を得た我が力食らうがよい! 毒沼津波!!』
大精霊ムートンからも全身を覆うような魔法陣が生じる。
巨大な自分の体と同じくらいの巨大な津波状の毒の沼がアレンたちに迫る。
マクリスと大精霊ムートンの間で強大な力がぶつかり合うのであった。





