第450話 世界の形
アレンはララッパ団長に連れていかれ工房の中を移動する。
研究施設の階段を上へ上へと上がっていき、とうとう屋上までやってきてしまった。
部下のドワーフたちも集まっているので、何か実験をしているようだ。
(屋上にいたから、俺たちがやってきたのがすぐに分かったのか)
魔導技師団の工房の屋上では、獣人隊のラス隊長が腕輪のようなものをドワーフたちにつけてもらっている。
屋上の状況を確認していると、後から、セシル、ペロムス、フィオナが遅れてやってくる。
「これは、アレン様。実験を見に来られたのですか」
「実験ですか。ラス隊長もいるってことは先月お願いした私の案は、もう形になったのですか?」
アレンはアレン軍の強化に向けて、ララッパ団長にお願いしていたことがいくつもある。
その中の1つで、先月依頼した件について実験をしているようだ。
アレン軍の総帥なのだが、アレンの口調は未だに丁寧なままだ。
素の口調は基本的にパーティーメンバーに限ると考えている。
「そうよ!!」
アレンの言葉にララッパ団長がビシッと指さして返事をする。
「その腕輪で私が求めたことができるようになるのですか?」
「そうね。一応、試作は成功しているけど、今日は本番よ!」
アレンとララッパ団長の会話をセシルやドワーフたちが聞いている。
魔導具を使って、アレン軍の1つの課題を解決しようとした。
「上手くいくといいですね。ラス隊長もご協力感謝です」
アレンの言葉に、利き腕に魔導具のような腕輪をしたラス隊長が自らのアダマンタイトの槍を持って、水平よりもやや上に槍を構える。
全身が陽炎のように揺れ始め、エクストラスキルを発動させるようだ。
「はい。では、ブレイブランス!!」
火の神フレイヤを祀る神殿のある山とは反対側の遥か彼方に、ラス隊長は自らの槍を投擲した。
槍はとんでもないスピードで遠くに飛んでいき、一瞬で見えなくなる。
目を細めて槍の行き先を見ていたララッパ団長がラス隊長に新たな指示を出す。
「じゃあ、腕輪に意識をして『戻れ』と指示をしてみてくれるかしら」
「ああ、私の槍よ『戻れ』」
パアッ
腕輪に幾何学の文字が浮かび輝き始める。
1キロメートルは優に飛んで行ったラス隊長の槍が手元に戻った。
「やったわ!! 見た! この私の研究の成果よ!!」
屋根の小さな塀に足を乗せ、ララッパ団長が研究の成功にかっこいいポーズを決める。
「「「流石団長素晴らしいです!!」」」
実験が上手くいったようで、ドワーフたちがララッパ団長を女王のようにはやし立てている。
これは何だろうとフィオナが不思議な顔をしてみた後、ペロムスに視線を送る。
きっと後で説明を求めるのだろう。
そんな状況の中、セシルが何かを思い出した。
「アレン、これって前言っていた投擲した武器を使い手のところに戻せるかってやつね」
「そうだ、セシル。せっかく一品ものの武器をハバラクさんに作ってもらうんだ。長く使いたいからな」
アレンはララッパ団長に投擲した武器が使い手の手元に戻る魔導具は作れないか依頼していた。
今回、魔王軍に苦戦を強いられたため、アレン軍の更なる強化を図ることにした。
その中の1つに武器の強化がある。
アレン軍の武器は名工ハバラクを筆頭にドワーフたち鍛冶職人たちによって、ダンジョンでは手に入らない一品物と言ってもいいほどの武器の加工が施される予定だ。
主にS級ダンジョンで手に入れたアダマンタイトのインゴットから武器を「鍛造」する。
さらに「研磨」と「造込」を駆使し、オリハルコンに匹敵する効果の武器をこれから作っていく。
この武器を投擲に使えば、魔神クラスの敵も比較的余裕をもって倒せるはずだ。
しかし、一品物の武器を作ると、とんでもないお金がかかるし、数を用意するのも時間が掛かる。
湯水のごとく投擲されたら武器の維持が難しい。
(魚人軍もできたことだし、そちらの強化もしていかないとな)
主に才能星2つで構成された魚人軍がさらに2000人加わることになった。
彼らの武器の向上も同時進行で行っていく予定だ。
アレンははるか先まで飛んで、さらに戻ってきた槍を見ながら1つのことに気付く。
「飛んで行ったものは帰ってくることは分かりました。もし、魔獣の肉深くに食い込んだ場合も帰ってくるのですか? あるいは山肌の岩盤に刺さったりとか」
「岩盤程度なら実験したけど問題ないわ。ただ、あまりにも硬い敵だったら難しいかも。そのあたりは魔導具の出力を今以上に上げていかないと。魔王軍には負けていられないわよ!」
ララッパ団長が魔王軍に対抗意識を燃やす。
「槍は成功しましたが、生き物の実験についてはこれから進めると言った感じですか?」
アレンはララッパ団長に転移の魔導具を作るように元々お願いしていた。
「そうね、生き物になるとまだまだね。転移も今はまだ武器を1つ手元に戻すのが精いっぱいかしら。これもペロムス市長の協力のお陰よ」
今回の実験には、ペロムスがシノロムの研究所で体験した記憶を参考にしたところもあるという。
ペロムスはどこか分からない空間とプロスティア帝国の帝都パトランタを行き来した。
魔王軍は人間たちよりも高い技術があるようだ。
ペロムスのお陰で得た情報を元に今回の実験を成功させたようだ。
その結果、無機物を、しかも武器の1つ程度なら腕輪サイズの魔導具で移動させることができるようになった。
しかし、それ以上の大きさになると今は実験段階だという。
「転職ダンジョンが更新されるみたいだしな。もしかしたら、転職してできることが増えるかもな」
「そうね! 私も早く転職したいわ!!」
魔導具の研究を進めるうえで1つ朗報があった。
アレンの発した「転職ダンジョン」という言葉にセシルも目が輝く。
「転職ダンジョンの更新ね。早くしてくれないかしら。私も星5つになりたいわよ!」
「まあ、まだ内容も伏せてあるみたいだからな。星5つに転職が可能か分からないぞ」
精霊神ローゼンが、神界で転職ダンジョンを新規更新する話を持って帰ってくれた。
まだ、神界でも情報は極秘で、これから行われる5大陸同盟の会議において神託が下りるらしい。
【転職ダンジョンのスケジュール】
・去年1月、転職ダンジョンの神託がおりる
・去年4月、転職ダンジョンオープン
・今年1月に5大陸同盟の会議で内容発表
・今年4月に転職ダンジョン更改オープン
新たな力を得られるかもしれないとセシルもワクワクしている。
もしかしたら才能星5つを開放してくれるかもしれない。
(なんだか懐かしいな。レベル上限解放、新職追加、新ダンジョンや新ボス実装か。これも邪神復活の影響なのか?)
新規実装は前世でも胸が躍った。
どういうことを実装するか分からないが、これは期待するしかないと思う。
邪神復活の際、魔導書に流れるように表示されたログや、メッセージからも分かる神界の慌てようから、今回の転職ダンジョンの更新に影響しているのかもしれない。
「アレン様、もう少しいいかしら。ヘビーユーザー島をとうとう動かせるようになったのよ!!」
「なんだって! 団長、本当ですか!?」
あまりの驚きでアレンの敬語が乱れる。
「ふふふ。本当よ。神殿に一緒に来てくれるかしら!」
「もちろんだ。グリフたち出てこい。俺らを神殿まで運んでくれ!!」
『『『グルル!!』』』
ララッパ団長が投擲回収の腕輪以外にも、大事な報告をする。
ついにヘビーユーザー島を動かすことができたようだ。
何が起こっているのか分からないフィオナが「話についていけないわよ」というが、ペロムスが宥めることにする。
今回の島の案内もヘビーユーザー島内での活動と、島でも主要な立場にある者をフィオナに知ってもらうことも含んでいる。
アレンたちは島の中央にある神殿に向かう。
全長15メートルほどになった真っ白な竜であるハクが、アレンたちの元に飛んでくる。
大きな口を開ける白い竜の姿を見て、フィオナの顔から血の気が引いていく。
ハクの上にはピンクの髪のクレナが乗っていた。
「あ、アレンだ!!」
『ガアアアア! アレンダ! アレンダ!!』
クレナの言葉をハクがオウム返しをする。
「クレナか。ハクも随分デカくなったな。というか言葉が話せるようになったんだな」
どうやら山の周りをハクに乗って飛んで遊んでいたようだ。
そんなハクだが、片言だが言葉が話せるようになっていた。
「うんうん、一緒に乗って飛べるようになったんだ。神殿に行くの?」
「ああ、この島がとうとう移動できるようになったようだぞ」
「おお! 私も見に行く!!」
『マンマ、ボクモミニイク!!』
「えっと、ハクは駄目だよ。神殿に入れないよ」
『マンマアア、イヤアアア、ギャアアアア!!』
(ふむ。空の上で駄々をこねているな。というかハクに比べるとクレナが常識人に見える不思議)
自分もついていけないことにハクが空中を回転するように駄々こねているようだ。
クレナもアレンたちに付き合うことを諦める。
ギャン泣きするハクの首元を撫でて宥めながら、どこかに行ってしまった。
その様子に常識が崩されていくフィオナが目を点にしている。
山の頂上の神殿を、ララッパ団長を先頭に今度は階段をひたすら下りていく。
するとここにも魔導技師団のドワーフたちが何人もいた。
何やらいくつもの魔導具のケーブルが網目のように繋がれている。
「これはララッパ団長。それにアレン様」
ララッパ団長の配下の1人がアレンたちに挨拶をする。
「お疲れ様です。それで、島を動かすことができるようになったとか」
「はい。なんとか、魔導具への指令の行使に成功しました」
ここの責任者のドワーフが説明をする。
神殿の最下層のこの場所には元々魔導具のようなものがあった。
恐らくこの魔導具を使って、大陸の中央であるこの場所に魔王軍が島を移動させてきたのだろう。
ララッパ団長率いる魔導技師団がようやく魔導具の解析に成功し、作業指示ができる魔導具を連結させたようだ。
その結果、島を動かすことに成功したと言う。
「ちょっと動かしてみてください」
ヘビーユーザー島の動きを把握するため、アレンは鳥Eの召喚獣で島の全容が分かる位置に飛ばしてある。
「では、動かしてみます」
ドワーフたちが何人も魔導具のタッチパネルのような画面に触れて指示を送っている。
「おお、動いた。まあまあな速度だな。これは魔導船くらいか?」
鳥Eの召喚獣が、島が進み始めたことを捉える。
この連合国のある大陸の中央には山脈が連なっている。
その山脈上空にあるヘビーユーザー島が移動を開始した。
「アレン本当? 島が魔導船みたいに動いているの? 魔導船でももっと揺れるわよ?」
セシルが動いていることを感じないと言う。
「たぶん、島がでかくて揺れを感じられないんだろう」
(クルーザーと巨大な豪華客船で揺れが全然違うらしいしな。まあ、移動すると島の住民が船酔いするなんてことなくていいな)
クルーザーも豪華客船も前世では乗ったことがない。
移動しても全く揺れず、島にいる者たちも気づいていない様子も把握している。
「世界地図の魔導具と島の位置を同期させなさい」
ララッパ団長が部下のドワーフに新たな指示を出す。
「こちらが、世界地図と同期した島の位置です。速度もご確認ください」
魔導具でできた大陸の地図に、ヘビーユーザー島の動きが映し出されている。
「なるほどね。これが出力として限界ってことね。アレン総帥、これで満足かしら?」
さながら、この場所は島を動かす指令室だ。
その状況でララッパ団長はアレンに実験の成果の確認をとる。
(ふむ。ここからだと島の進行先の映像が見れないな。この辺りも改善が必要か。それよりも)
「申し訳ありません。この速度だと大陸から出るにも数日かかります。もう少し速くなれませんか?」
アレンにとって乗り物とは速度が命であると考える。
世界のあちこちに移動しないといけなかったお使いクエストをやらされまくったアレンにとって、移動の手段は速ければ速いほど良いというのが前世の常識だ。
「でも、魔石を大量に消耗してもこれが限界っぽいわよ」
アレンの言葉にドワーフたちが使用する魔石の量を増やすが、パネル上に表示された島の速度はほぼ変わらない。
「例えば、魔導コアを連結させたらどうですか? 10個くらい連結させたらかなり速度が出ると思いますが?」
「なるほど。魔導コアで出力を上げるってわけね。皆、とりかかりなさい!」
魔導コアとはS級ダンジョン最下層ボスであるゴルディノがたまに落とす、魔導具に連結したりすることで、機能をとんでもなく上げるものだ。
プロスティア帝国に献上した浄水の魔導具は3つの魔導コアを連結させ、全長100キロメートルにもなる帝都パトランタ全域の10倍をカバーするだけの機能を上げることができた。
最下層ボスのゴルディノの討伐報酬は1日1回、3つから4つ貰える。
プロスティア帝国から戻ってきてから討伐の日課を再開したこともあり、現在は17個にまで増やすことができた。
それを10個使えば、この島の移動速度を加速させることができるという。
神殿に魔導コアが運ばれ、連結されていく。
「なんか、速くなってきたわね。こんなに速くして、どうするのよ」
セシルがパネル状の世界地図に表示された島の動きが明らかに速くなっていったのが分かる。
「そりゃあ、移動は速いのに越したことはない。それに、世界の果てが見てみたくてな」
「え? 世界の果て」
アレンの言葉にセシルが何のことだと言う。
「そう、この世界は学園によると正方形の世界らしいからな。本当にそうなのか、世界の端の部分を見てみたいぞ」
この世界は地球のような球体な世界ではないらしい。
海や大陸を合わせると地球よりも広大な面積があり、海底はマリアナ海溝もびっくりの水深がある。
学園の授業で、この世界は四角形の地面を大地の神ガイアが支えていると、この世界の人々は信じているらしい。
教師に見たことあるのかと聞いたら、古めかしい絵のような物を見せられた記憶がある。
古めかしい絵には、巨大な大地の神ガイアが「俺を置いて先を行け」と言わんばかりの感じで必死に背中で世界を支えていた。
(世界の果てを見て分かることもあるだろう)
移動速度を上げ、世界の果てを見るためヘビーユーザー島は移動を開始したのであった。





