第439話 水晶花の戦い⑤
『あぁ、魚人のみんなあああ、なのら~』
闇が込められた魔剣オヌバを振るうバスクの渾身の一撃は、聖魚マクリスを絶命させるのに十分な一撃であった。
聖魚マクリスは最後まで魚人たちを思って光る泡となって消えていく。
『ふふ。全ては予定通りだ。後がなくなっているね』
聖獣石に聖魚マクリスの魂を封印させるため、マクリスを倒すことは必須であった。
計画の中にいるバスクも、アレンやドゴラの相手をしながら、ずっとマクリスを倒すタイミングを見計らっていたようだ。
キュベルは勝利を確信し、仮面の下で笑みが止まらない。
(向こうの魔神はあと5体くらいか。Sランクの魔獣になるとまだまだ結構いるな。ロイヤルガードって効果いつまで持つんだ)
今一度、アレン軍、勇者軍共闘戦線が戦う魔王軍の戦力を確認する。
Aランクの魔獣は残り7万体ほど、魔神もSランクの魔獣もまだまだいる。
聖魚マクリスがいなくなり、劣勢の戦いだ。
聖魚マクリスが皆にかけた「ロイヤルガード」はいつ効果が切れるかも分からない。
「このままでは、あまり持たぬぞ! アレンよ。どうするのだ!!」
ビルディガと戦うシアが横目でドゴラの戦いを見ながら悲鳴を上げる。
マクリスがやられ、バスクの狙いがドゴラに変わりボコボコにやられ始めたことに感情的になる。
あまりに重い一撃に耐えられないドゴラが、重い一撃を必死に神器カグツチで受け続けている。
(さて、本当に決断の時だぞ。いつ崩れるか分からない状況になってきたぞ)
アレンは、廃ゲーマーのパーティーリーダーであり、アレン軍の総帥をしている。
皆を先導する立場には責任が伴う。
作戦1 このまま自然体で戦う
作戦2 この場から退避し、アレン軍、勇者軍も撤退する
作戦3 メルスたちを呼んで、共に目の前の上位魔神たちと戦う
作戦1は現状を維持しながら、なるべく早く帝都パトランタ北部での戦いを終わらせて、メルスなど主力メンバーをこちらに呼ぶ方法だ。
それだとこの場にいる仲間たちが上位魔神の犠牲になるかもしれない。
作戦2だと、200万にもなる帝都パトランタの魚人たちは、多くが魔王軍に殺され邪神復活の犠牲になるだろう。
作戦3だと、メルスたちアレン軍の主戦力をこの場に呼んで、上位魔神を1体ずつ倒す。
主力を失った結果、アレン軍、勇者軍は大いに犠牲がでるだろう。
敵があまりにも強すぎて、仲間か、アレン軍か、それとも魚人たちか誰かを犠牲にしないといけない状況になった。
何度も、最良の結果になるにはどうするべきか検討をする。
アレンが最善策を考える中、上位魔神たちが現れた場所に魔法陣が現れる。
『ラモンハモン、遅かったですね。贄と聖獣石を早く……』
全ての成功を確信したキュベルが、ラモンハモンに贄と聖獣石があるのかと振り向き様に問う。
間違いなく誰がやってくるか確信していたのだが、そこに現れたのはラモンハモンではなかった。
帝都パトランタには似つかわしくもない人族が、ボロボロの恰好をしていた。
「アレ~~~~ン!!」
転移が済み魔法陣が消え、飛び出して出てきたのはボロボロの服を着て、全身に出血の跡が見られるペロムスであった。
叫び声と共にアレンに渡すべく、魔導具袋から聖獣石を取り出した。
『そ、それは!? バスク、その者から!!』
『あ? なんだ? キュベル』
バスクが反応する中、キュベルが途中で言葉を止めてしまった。
アレンの元にペロムスが走り出している。
何故、魚人の姿をしていない人族がこの場にいるのか。
そういえば、プロスティア帝国には、水の神アクアの加護のついた腕輪があるという。
それはベクが持っていたと記憶している。
ベクはシノロムを通してイグノマスと繋がっていたからだ。
しかしそれよりも、大事なことがある。
目の前で魔導具袋から取り出した聖獣石を抱きかかえる人族の男に見覚えがあるからだ。
似たような魚人を昨日、倉庫に潜んでいたので、シノロムが実験に使うというので捕まえた。
アレンの言っていた「俺と同じことをしやがって」という言葉の本当の意味をキュベルは理解した。
アレンも自らと同じように、プロスティア帝国に仲間たちを侵入させていた。
その中の1人、明らかに戦闘員ではない仲間を宮殿で働く役人に扮して活動させていた。
「ああ。これが魔族たちの言っていたことか。すごい勢いで集まってくるぞ」
走りながらも聖獣石が輝きを増していくことにペロムスは気付いた。
光る泡となり水中に散っていった聖魚マクリスの魂が、聖獣石の中にどんどん吸収されていく。
『僕の計画が。いいから、その人間から聖獣石を回収しなさい!!』
聖魚マクリスの魂の全てを吸収した聖獣石を奪い返せとキュベルはバスクに叫んだ。
(初めて、余裕のない態度を見せたな)
『あ、ああ、分かったよ』
聖獣石が何なのか知らないが、何をしてほしいのかバスクは理解した。
ドゴラを今一度吹き飛ばし、自分に比べて欠伸が出るほど遅い、ペロムスに向かってその巨躯を跳躍させる。
バスクが迫ってくるのを視界の端に捉えたペロムスは、走馬灯のようにこれから自分がどうなるか分かった。
この聖獣石を奪い、自分を逃がしてくれた男の覚悟を知っている。
自分も自然と同じようなことができた。
「アレン、これを!!」
自らに迫るバスクに対して、ペロムスは聖獣石を掲げアレンに向かって全力で投げた。
アレンに向かって輝く聖獣石が飛んでくる。
『おら、クソ雑魚が死ねや!!』
聖獣石をペロムスが投げても、寸前まで迫っていたバスクは攻撃対象を変えることはなかった。
(守れ! テッコウ、自己犠牲だ!!)
「ぐあ!?」
跳躍に合わせて飛び蹴りを食らわせるバスクの攻撃を、間一髪石Cの召喚獣に覚醒スキル「自己犠牲」を使わせた。
ダメージを大きく肩代わりした石Cの召喚獣は体力を全て削られたため、光る泡となって消えていく。
ペロムスは吹き飛ばされながらも、聖獣石はまっすぐアレンの元に投げた。
「大丈夫か!!」
アレンは聖獣石に手を伸ばし受け取ろうとしながらも、視線は吹き飛ばされたペロムスの方に行く。
真横に大いに吹き飛ばされるが、ペロムスはよろけながらも立ち上がるので、何とか絶命を防げたようだ。
(やばい、かなり厳しかった。足蹴りしてくれたおかげで、助かったともいえる)
変貌した上位魔神のバスクが非戦闘員に見えるペロムスに余裕ぶってくれたから助かったようだ。
蹴り上げずに魔剣オヌバで切りかかっていたら、ペロムスは助けられなかったかもしれない。
キールの回復魔法をかけられたペロムスはアレンを盾にするように後ろに下がっていく。
『け、生きてやがったか』
ペロムスを殺し損ねて悪態をついている。
ブンッ
(ん? あれ? 俺、魔導書だしたっけ?)
アレンの中に次に起きたことは違和感だ。
目の前で魔導書が開き、収納のページにペロムスが投げたものが入ったからだ。
『聖獣石を収納に入れました』
魔導書表紙のログにもしっかり聖獣石が入ったことが書き記されている。
そして、新たなログが流れ始める。
『聖獣石の解析を開始しました。また、水の神アクア様よりメッセージがございます。魔導書のメッセージ欄をご確認ください』
(解析ってなんだ? この丸い石は聖獣石というのか。聖魚マクリスを吸収した石だから聖獣石か)
ペロムスが魔法陣から出てきて、この聖獣石を見たキュベルの慌てようだ。
そして、魔導書のページが勝手に開き始める。
『アレン様
平素よりお世話になっております。
早速ですが、たった今頂いた聖獣石について、解析には少々お時間がかかりそうです。
お手数ですが、今しばらく耐えしのいでいただけたら幸いです。
なお、現状が厳しいのは重々承知しております。
火の神フレイヤに神力を分けましたので、そちらを使って神の領域を汚すものと戦ってください。
水の神アクア
神界スタッフ一同』
(ふむ。久々の魔導書のお手紙が突っ込みどころありすぎるな。何が起きている? もう少し具体的にあれこれ書いてほしいのだが。もしかしてそんな余裕がないのか)
ビルディガとバスクの脅威がなくなったわけではない。
圧倒的苦境の状況にやってきたペロムスがもたらしたものが、聖獣石と呼ばれる石なのは、今の手紙で理解できた。
考察したいことは山ほどあるが、今すべきことを優先しないといけない。
「ドゴラ、フレイヤ様、水の神アクア様が神力を分けるとのことです」
『ぬ。アクアがかえ? 以前、降臨祭を譲らなかったのに、それは真か! って、おお、神力が漲ってくるぞえ!!』
(ん? 何か根に持っているような発言が飛んできたぞ)
エルマール教国で以前行われた神々が奇跡を起こす降臨祭という神が人々の前に現れるお祭りがある。
水の神アクアと大地の神ガイアが選ばれたのに、火の神フレイヤが選ばれなかったことを根に持っていたようだ。
「なんだ? おお、力が湧いてくるぞ!!」
ドゴラもこの状況で何かが起きていると理解できたようだ。
神力を分けると言う意味が分からなかったが、神器カグツチが輝きを強めていることだけは分かる。
火の神フレイヤの加護の効果が「大」となりドゴラのステータスが上昇していく。
(アクアのお陰で加護が「大」になったな)
・極小は、火攻撃吸収
・微小は、火攻撃吸収、全ステータス1000上昇
・小は、火攻撃吸収、全ステータス3000上昇、スキル使用時ダメージ1割上昇
・中は、火攻撃吸収、全ステータス5000上昇、スキル使用時ダメージ3割上昇、真系統のスキルのクールタイム3割減少
・大:火攻撃吸収大は、火攻撃吸収、全ステータス10000上昇、攻撃ダメージ3割上昇、真系統スキルクールタイム3割減少、スキル「爆炎撃(限)」の開放
「爆炎撃!!」
ドゴラの大斧が光り輝く高熱をまといながら、バスクに突っ込んでいく。
『うひょ! やるようになったじゃねえか!!』
新しいスキル「爆炎撃」は魔剣を握りしめるバスクに受け切られてしまった。
バスクとドゴラの間の力差は絶望的な戦いであったが、水の神アクアの加勢でぎりぎりの戦いになったといったところだ。
『何をしている。はやく聖獣石を奪いなさい!!』
(なんかキュベルのキャラがぶれているな。これはそんなに焦ることなのか)
仮面を被っていても分かるほど、明らかにいつもの遊び心のある感じではない。
『ああ、分かってるって』
「させるかよ!」
ドゴラが身を挺してアレンの元にバスクが迫ることを防ぐ。
この場の流れが、アレンが取り込んだ聖獣石を守るという構図に変わっていく。
バスク、ビルディガとの攻防が進む中、新たな魔法陣が現れる。
『も、もうしわけない、キュベル様。聖獣石を奪われてしまったのじゃ!!』
目玉の化け物とやってきたシノロムが自体の経緯についてキュベルに説明しだす。
『そうですね。細かい説明を聞いている場合では、ん? 今度こそラモンハモンかな?』
仮面の下でどうすべきかさらに考える中、新たな魔法陣が現れる。
そこには変貌したラモンハモンがやってきた。
そして、ラモンハモンの片側の片手には力なくうなだれたベクの首が握りしめられていた。
全力を出したベクであったが、それでも変貌したラモンハモンには敵わなかったようだ。
「な!? ベクお兄様!!」
すぐにラモンハモンが誰を持っているのかシアは気付いた。
ベクの元に行こうにもビルディガがそれを阻む。
「……し、シアか。逃げよ。こいつらには絶対に勝てぬぞ」
血だらけで全身が打ちのめされたベクはエクストラスキルの発動が既に切れていた。
シアの声になんとか反応するのがやっとだった。
意識が朦朧とする中、水に溺れながらも、シアの身を案じる。
既に体を動かす気力もないようだ。
ラモンハモンに連れてきたぞと投げ捨てられたベクは、祭壇近くにいるキュベルの足元に横たわる。
『贄はあるのですか。バスクよ、魔剣を寄こしなさい』
『ん? 今度は何だよって、っておいおい』
あれこれよく分からない指示にバスクは不満を上げる。
キュベルがバスクに向けて手をかざすと、魔剣オヌバが吸い込まれるように飛んでいきキュベルの手に収まった。
バスクは『俺の魔剣が』と言いたいが、既にキュベルの手の中だ。
魔剣がないと仕方ないのでドゴラから距離を置くことにする。
「な!? ま、まさか。やめよおおおおおおおおおおおお!!」
『計画は全て実行されるのです。全ては悲願のために! その為に僕は!!』
シアが絶叫する中、力なく花柱の上に伏したベクにキュベルの握りしめた魔剣がせまった。
アレンは慌てて石Cの召喚獣の覚醒スキル「自己犠牲」を発動する。
そんなことはお構いなくと、キュベルはベクの背中に魔剣の剣先をメリメリと押し力を籠め続ける
石Cの召喚獣が光る泡へと消える中、オリハルコンの鎧をものともしない漆黒の闇をまとった魔剣は、ベクの心臓深くを貫いたのであった。





