第438話 商人ペロムスの戦い④
エクストラスキル「ビーストモード」を発動するベクの前に魔神ティマラドが現れる。
上位魔神キュベルの配下だと言う魔神ティマラドは、道化のような恰好をしているが、仮面まではしていない。
シノロムと目玉の化け物がさらに上の3階層に逃げ、既に姿が見えなくなった。
奥にある階段に視線を移した瞬間に、ティマラドがベクに急接近する。
『この私を前によそ見とは!!』
『ぬん!!』
向かってくるティマラドの拳に、ベクは握りしめた拳に合わせる形で応える。
ティマラドの方が力負けをして、後方に吹き飛ばされてしまった。
『なるほど。大した攻撃力だ。だが、これならどうかな!!』
ベクは攻撃力と素早さに特化した戦い方だ。
相手の有利になるような戦いは選択をせず、ティマラドは一旦距離をとるようだ。
ある程度離れたところで両手から魔法球をいくつも生成し、ぶつけてくる。
「うわ!?」
その中の1つがペロムスの元に向かう。
『は!!』
犬歯をむき出しにしたベクが後方に下がり、魔法球を前足で弾き飛ばす。
ペロムスの壁となり戦うようだ。
『ふふ。そんなゴミは見捨てないと、わたくしには勝てないですよ』
ペロムスを見捨てようとしないベクに、ティマラドは勝利を確信する。
魔法球の全てがペロムスに降り注ぐ。
全身を盾にベクがペロムスを庇い、魔法球の被弾により毛が焼け焦げる。
「あ、あの……。このままでは負けてしまいます」
ペロムスは回復薬でベクの体を癒しながらも、ここは勇気をもって自分を見捨てるべきだと考えた。
このまま自分を狙う魔神を相手に、共倒れは避けなくてはならない。
その覚悟の表情に、凶悪な顔になってしまったベクの口角が上がり、犬歯を覗かせる。
余裕はまだまだあると言う意味なのかペロムスは分からなかった。
『何も心配することはない。獣人は約束を守るものだ。我を牢から出した礼は必ずする。そう言ったはずだ! フルビーストモード!!』
自らの言葉に覚悟を決めたように、ベクはエクストラスキル「フルビーストモード」を発動した。
『む!?』
『があああああああ!! これでどうだ? われはまだまだ戦えるぞ!!』
獣王ムザが5大陸同盟の席で、アレンたちと戦った時にも使った2つ目のエクストラスキルだとペロムスはすぐに気付いた。
筋肉をさらに躍動させ、骨格すら形を変え、牙が長くなっていき獣へと変わっていく。
完全に4足歩行に姿を変えるその様は獅子の化け物だ。
ベクは一つ大きく雄叫びを上げたが、獣王ムザと違い理性を感じる。
2つ目のエクストラスキルを発動させても、ベクは理性を失わないようだ。
『それがどうしたと言う話ですか? 全ては同じ……、ぐはああ!?』
目にも止まらぬ速度で距離を詰めたベクの前足が、ガードしたティマラドの手ごと顔面を粉砕する。
爪で肉が裂かれ、紫の血をまき散らし、骨が大いに露出する。
『おわりだ!』
ティマラドが焦り変身を試みようとする中、前足を上から振り下ろし頭をひねりつぶした。
一瞬下半身はビクビクと痙攣をしたが、すぐに動かなくなる。
「す、すごい」
ペロムスはベクのあまりの強さに絶句する。
戦闘系の才能があるわけではない商人のペロムスにとって、アレンやドゴラなど強くなりすぎて、どれくらい強いのかも分からなくなっていた。
それでも、今のベクの強さは獣王ムザを圧倒しているように思える。
獣王の証を身に着け、装飾品もしっかり装備したベクは魔神すら圧倒するようだ。
『行くぞ! 時間が惜しい。乗るのだ!!』
ベクがペロムスに乗るように言う。
「は、はい。急ぎましょう!」
ペロムスを背中に乗せたほうが、遥かに移動速度が速いからだ。
有無を言わさないその態度に圧倒され、ペロムスはベクに跨る。
乗るや否や、ペロムスも学園のダンジョンで乗っていたアレンの鳥Bの召喚獣を圧倒するほどの速度でベクは4足歩行で移動を開始する。
数段飛びで階段を駆け上がり、出た先は通路になっていたようだ。
魔族も蹴散らし、何分もせずにまた大きな広間に繋がっていた。
ここは大型の魔獣を使った実験室のようで、部屋のあちこちに深い引っかき傷がある。
何を作っていたのか分からないが、通路と通路の間を大きく設けられているので、3階層ではここを通らないと転移室のある部屋に行けないこととペロムスは覚えていた。
その広間の中央にはシノロムと目玉の化け物がいた。
その横には頭が2つ、手足も2組ずつの上位魔神ラモンハモンが立っていた。
『『そこまでだ。贄のくせに、牢から出たか。魔王様の悲願のため、糧となってもらうぞ』』
檻から出た獣を見るような2つの顔、4つの目でラモンハモンはベクを見ている。
いつまで経ってもシノロムが聖獣石と贄を持ってこないので、キュベルに言われてこの研究室の空間にやってきた。
『そうじゃよ。我が究極実験体ラモンとハモンよ。その贄を捕まえるのじゃ。もう時間がないぞ。力なき双子の魔族であるお前らに力を与えた恩を返すのじゃ!』
シノロムは魔導具の時計で今の時間を確認する。
どうやら時間はもうないらしく、早くするように言う。
『もちろんですわ。シノロム様、私たちこそ究極の魔神』
『そう、俺らは魔神を超える存在。シノロム様のご期待に応えましょう』
ラモンハモンはどうやらシノロムによって作られた合成の魔神のようだ。
この3階層からなる研究室で造られたのかとペロムスは考えた。
キュベルと同じ上位魔神までが出てきてしまった。
ベクから降りたペロムスが後ずさりするほどの、圧倒的な存在感を見せるラモンハモンに対して、ベクは一歩前に出た。
『上位魔神か! それがどうした!!』
一切の怯えも恐怖も感じられない。
フルビーストモードになった深く濃いたてがみが獣の王の風格を見せる。
『獣神ガルムの血を濃く継ぐ者は、恐怖を知らぬと見えるわね』
『我ら魔王軍の計画の一部に過ぎない獣よ。身の程を知れ』
『ほざけ!!』
巨大な口を開け、さらに吠えたかと思うと、踏み込みを入れた地面の石畳を粉砕し、突っ込んでいく。
『ハモンよ。防ぎなさい』
『ああ、ラモン姉さん。分かっているよ。ぬん!!』
弟のハモンの男の1組の手でやすやすとベクの凶悪な一撃を受け止める。
止められた片方の前足を離し、もう片方の前足でベクは追撃をしようとする。
しかし、姉のラモンの女の1組の手から巨大な魔法球が放たれ、防御する間もなく腹に直撃を受けたベクは吹き飛ばされてしまう。
「大丈夫ですか!? ベク様!! か、回復を!!」
『問題ない! 問題ないぞ!! ぐるおおおお!!』
天の恵みを使いながら、大きく損傷したベクの腹の傷をペロムスが癒やす。
傷が癒えたベクは戦意が衰えてはおらず、ラモンハモンに挑んでいく。
2体の体が合成されたその動きは、魔法と物理、防御と攻撃を同時にできる戦い方のようだ。
体術はエクストラスキル「フルビーストモード」でも追えないほどの身のこなしだ。
魔法は、圧倒的な装備を身にまとったベクに致命傷を与えるほどの威力がある。
攻防一体と圧倒的なステータスで、ベクの俊敏な動きも攻撃力の高さも全く歯が立たない。
ベクが攻撃を仕掛け、カウンターを受け吹き飛ばされる状況が何度も続く。
『何を遊んでおるんじゃ! ラモンとハモンよ。お前たちももう一度実験室にぶち込むぞ!! キュベル様がお待ちだ。はよ、贄を捕まえるのだ!!』
そんな状況にしびれを切らしたのはシノロムであった。
さっさと、いい加減な戦い方をしないでベクを取り押さえろということだろう。
『『畏まりました。シノロム様、速やかに』』
ズウウウウン
口調が一致したラモンハモンの動きがベクをさらに圧倒する。
壁にめり込むほど吹き飛ばされ、後方に下がっていたペロムスが駆け寄る。
「ベク様って、うわ!?」
デロン!
とうとうペロムスにかけられてしまった魚Aの覚醒スキル「擬態」が解けてしまった。
ラモンハモンもシノロムもペロムスを見ていた。
捕らえた魚人は人族が化けていたことに何事かと沈黙が生まれてしまった。
ベクは中央大陸を侵攻し、人族への報復に舵を切ろうと主張する獣人だからだ。
これで味方はいなくなったと、ペロムスは恐る恐るベクを見上げる。
『そうか。人族であったか。いや、そうか。シアは自らの道を見つけたのか』
いきなり人族になったペロムスをただただベクは見ていた。
見つめながらもその先にいるシアを考えているようだ。
一瞬の沈黙だが、ペロムスにとっては寿命が縮むほどのものであった。
沈黙はベクの次の行動で破られた。
獣の手になってしまった前足につけている水の神アクアの加護の腕輪を、器用に外し、ペロムスに差し出した。
「こ、これは? あ、あの、一緒にここから脱出するのでは?」
ベクが何故こうするのか分からない。
しかし、この腕輪がないと水の中にある帝都パトランタに行ってもおぼれ死ぬだけだ。
そんなペロムスに水の神アクアの加護の腕輪を差し出すと、ベクはどうなるのだと言う話だ。
『これを身に着け、シアの元に行け。後から追おうぞ』
ペロムスはベクの言葉に衝撃を受けるが、迫るよう腕輪を差し出したベクに、困惑しながらも腕輪を装備した。
『早く捕まえるのじゃ! 聖獣石も奪い返すのじゃ!!』
ベクとペロムスのやり取りに、シノロムがもたつくなとラモンハモンに急かし立てる。
『絶対に振り向くな! まっすぐ走れ!!』
「は、はい」
ベクの言葉と共にペロムスは扉に向かって走り出した。
『そっちは転移室! ? 待つのじゃ!!』
シノロムと目玉の化け物が慌てて追うが、ペロムスは指輪も首飾りも素早さに変え、ベクに言われた通り後ろを振り向くこともなく突き進んでいく。
『最後に救ったのは人族か。愉快だ。実に愉快だ!! がはははは!!』
ベクがゆっくりと上半身を起こし、狂喜に満ちた笑いをする。
今までの自分の人生がなんだったのか。
最後にこれまでの行動を全てを否定するような状況と決断に笑いが止まらないようだ。
『『それでどうするのだ?』』
さっさとシノロムとペロムスの後を追わないといけないとラモンハモンは言いたげだ。
何もないなら戦いを終わらせるぞと言いたげなラモンハモンに対して、ベクは一言呟いた。
『ビースト』
その言葉と共に、更なる体の変化がベクに起きる。
メキメキと一回り巨大になっていくその体全身から殺意が溢れ出ていく。
ベクは3つ目のエクストラスキル「ビースト」を発動させた。
『そうか。ギルを殺し血をすすり奪った力か。どうだ? 私らの作戦で手に入れた力は』
『血に飢えた獣の末裔よ。同胞を食らわないと生きていけぬとは、片腹痛いわ。ははは』
ベクのさらなるエクストラスキルの発動にラモンハモンはさらに笑いながら言う。
『グルアアアア!!』
エクストラスキル「ビースト」が発動するや否や、ベクの中から理性の全てが失われていく。
狂気に飲まれ、目の前の敵を屠ることに意識の全てが注がれる。
アルバハル獣王国を建国した半神半獣の獣の化身は、もしかしたらこんな姿をしていたのかもしれない。
『『スピードが増しても同じことよ!!』』
ラモンハモンは、防御と魔法攻撃によるカウンターを取ろうとする。
ハモンの1組の手で防がれた瞬間、ラモンが唱えた魔法球がベクに襲い掛かる。
『ガアアア!!』
ハモンに攻撃を防がれたはずだった。
しかし、ベクは同時に魔法球を弾き飛ばした。
ベクの攻撃はそこまででは留まらなかった。
体をひねり、ラモンハモンの横腹を蹴り上げた。
『ハモンよ。大丈夫!!』
『がは!? 防いだはずの手を使い殴ったか!!』
同体であるがゆえに無敵な攻撃ができるラモンハモンに対して、ベクは物理の理を無視した3回同時攻撃を繰り出した。
『グルウオオオオオオオオオオオオ!!』
ラモンハモンと違い、複数組の腕や足があるわけではない。
3つ目のエクストラスキルを発動し、物理の限界を突破したようだ。
ベクは一声吠えるとともに、さらに筋肉を躍動させ、ラモンハモンの攻撃に対応しようとしている。
『面白いわ。これが神の領域に足を踏み入れた獣の力ね。ハモンも本気を出しなさい』
『そうだね。ラモン姉さん、俺らも本気を出さないといけないな!』
ラモンハモンの体がメキメキと変貌し、手足の組み合わせが2倍になり体も1周り以上大きくなっていく。
ベクとラモンハモンの狂気に満ちた戦いが続いていく。
***
ペロムスは必死に3階層の通路を走っていた。
魔族に何度か出くわすが、ベクのいない今は戦うこともなく逃げの一手だ。
少し遠くの後ろの方でシノロムの叫び声が聞こえてくるので、減速するわけにはいかない。
必死に走ると見覚えのある扉が見えてきた。
急いで中に入ると、何か魔導具感のある大きな設備が部屋の中央に置かれていた。
『こちらはシノロム様研究所の転移装置です。どちらに行かれますか?』
「えっと、プロスティア帝国にお願いします!」
何かよく分からないが、ダンジョンで使う転移用のキューブ上の物体との会話を彷彿させる。
転移装置はペロムスが人族であっても通常通り手続きを踏んでくれるようだ。
『分かりました。場所は先日、プロスティア帝国内で変更されています。転移を開始しますので、光る魔法陣にお立ちください』
魔導具を中心に魔法陣がいくつも床に描かれており、転移先はいくつもあるようだ。
その中の1つの魔法陣が放つ光が強くなる。
この円形の魔法陣の上に立てということなのだろう。
『な!? 止まるのじゃ。転移するでない!!』
広間にぜぇぜぇ言いながらシノロムが目玉の化け物と共に入ってくる。
目玉の化け物がペロムスに視線が合うなり触手を伸ばし迫ってくる。
「お願いします。急いでください!!」
急いで転移するように叫んだ。
『それではプロスティア帝国への転移を開始します』
転移装置はシノロムの言葉に反応することもなく、魔法陣がさらに光を強く放ち、ペロムスはその場から消えたのであった。





