第437話 商人ペロムスの戦い③
ペロムスとベクの脱出劇が始まった。
「んぐ!?」
ペロムスが両手でガードする中、魔族の拳をもろに受け後方に飛ばされる。
「ぬ? ふん!!」
ペロムスの悲鳴に合わせて、ベクは後方に下がり、難なく魔族の頭を粉砕する。
随分騒ぎが広がり、魔族たちがどんどん出てくる。
しかし、魔族に対してベクの力は圧倒しているようだ。
難なく魔族たちを倒していく。
獣神ガルムに最も近いと呼ばれた男はどれだけの力を持っているのか、ペロムスはシアの自慢話が真実であることを知る。
「ベク様。ありがとうございます」
「良いのだ。だが、回復は任せたぞ」
「はい。お任せください」
魔族たちをものの数発で粉砕するのだが、たまにベクにも攻撃を受けることがある。
アレンから貰った召喚獣を使い造られた回復薬を振りまきながら、ベクをメインに戦い、ペロムスがサポートする作戦だ。
ペロムスはアダマンタイトの短剣で武装しているが、基本的に守りの一手だ。
耐久力15000弱あるので、何発も攻撃を食らわない限り、そうそうやられることはない。
ベクにはスキルをガンガン使っても問題ないと伝えているため、高い殲滅速度を維持できている。
なお、戦いがどれだけ続くかも分からないので、アレンから貰った回復薬は節約モードだ。
非戦闘員と思われる魔族に尋問して聞いたところ、この場所は空間として閉じており、脱出するには転移室と呼ばれる場所に必ず行かないといけない。
ペロムス自身もその転移室から来たのでだいたいの道順は分かっている。
3階層からなっており、3階層の一室に転移室があった。
現在、転移室に向かう前の寄り道をしている。
1階層の部屋の扉を粉砕し、小部屋となっている研究室の中を確認している。
ベクにはどうしても見つけねばならない探し物があった。
個室の1つ1つが何らかの研究をする、よく分からない実験をしていた。
ペロムスみたいに捕まって、生きているものはいなかった。
実験で解剖を受け解体された者や、中には魔族の死体が転がっている。
「ん? おお、これは獣王の証か!」
探していたのは、ベクがアルバハル獣王国から奪った獣王の証だ。
獣王の証とは、オリハルコンの鎧、オリハルコンのナックル、聖鳥クワトロの腕輪という黄色セットだ。
まるでゴミのように部屋の隅に、ベクの手から離れた獣王の証は投げ捨てられていた。
「やった! 早く装備しましょう! おお、これが聖鳥クワトロの腕輪!!」
ペロムスは黄金に輝く武器と防具を見て歓喜した。
周りが敵だらけの閉鎖された環境から脱出するために最も大事なことはベクの強化だ。
この装備があれば、ベクはもっと強くなる。
「獣王の証を余が装備するのか。そうだな、今は……」
「何を言っているのですか。この非常時に強くならないと」
何かためらいのようなものがあるベクに対して、ペロムスは装備するよう必死に説得をする。
「つけないと?」
たしかに命は大切だが、それ以上の物をペロムスに感じた。
何を必死になるのかと改めてベクは思う。
「私には、将来を一緒にいたいという女性がいるのです。絶対にここから脱出しないといけません!」
ペロムスには無事に帰って会いたい女性がいる。
そのためにプロスティア帝国にもやってきた。
「女子のために。いや、そうか……」
そんなこともあるのかとベクは思った。
自分の半生にはなかった言葉が、自分に比べて力ない男から聞こえてくる。
その真剣さに、さらに考え込んでしまう。
「もう、急ぎましょう。ここにも魔族が来るかもしれません」
「そうだな」
急かしながらも、ペロムスはこっそり鑑定することも忘れない。
「鎧は動きやすい形状になっていますね。ってこれは?」
ドゴラが装備するようなフルプレートな感じの装備ではない。
格闘系や斥候系が装備する鎧で、露出部分もそれなりにある防具のようだ。
金色の武器と防具、黄色の腕輪が、獅子の獣人ベクによく似合うなとペロムスは感心する。
何か難しい顔をしながらナックルの装備具合を確認する。
この行動からもベクは初めて装備したのかもしれない。
そして、腕輪がもう1つあった。
聖珠がはめられておらず、何か透けるような水色だ。
「それは、水の神アクアの加護だ。イグノマスの配下からこの国に入る際に貰ったものだ」
「おお!! 水中で呼吸できるってやつですね」
「そうだな。貰ったが、結局使わなかったわ」
シノロムに騙され帝都に踏み入れてはいないため、イグノマスの配下の者に貰ったが装備することもなかったとベクは言う。
【ベクの主なアクセサリ】
・腕輪①:クールタイム半減、回避率2割、体力5000、素早さ5000
・腕輪②:水中での永続呼吸、体力2000、魔力2000
・指輪①:攻撃力5000
・指輪②:攻撃力5000
・首飾り:攻撃力3000
・耳飾り①:物理攻撃ダメージ7パーセント
・耳飾り②:物理攻撃ダメージ7パーセント
【ベクの主な武器・防具】
・オリハルコンのナックル:攻撃力12000
・オリハルコンの鎧:耐久力10000
圧倒的に強化されたベクを先頭に2人は移動を再開した。
獣王の証を装備したベクは圧倒的に強くなった。
聖鳥クワトロの腕輪のお陰で素早さが上昇したベクに魔族たちは、動きに全くついてこれない。
ある程度進むと2階層に繋がる階段が見えてきた。
下の階層と上の階層に繋がる階段は、何かを運ぶために広く設計されている。
階段の前の広間に1体の男が立っている。
『騒ぎが収まらぬと思えば、逃げた虫けら2匹を捕まえられぬとは。我はこの階層の支配者だ。上位魔族のレドラゴック様よ。贄風情が、ふざけたことを……』
このシノロムの研究室は個室がかなり多く、通路もそれなりにあるが、そんなに複雑な迷宮のような構造はしていない。
騒ぎを起こした者を上の階層に繋がる階段の前で待ち伏せしていたようだ。
「そうか。邪魔だ! ぬん!!」
『ば、馬鹿な!がは!!』
スキルを発動し、オリハルコンの拳に凶悪なまでの力が籠った一撃は、上位魔族を文字通り粉砕する。
階段を上がり、ペロムスとベクは2階層に到着した。
「それで、聖獣石はこの階層にあるのだな」
「そう言っていましたね」
魔族の中には非戦闘員のただの研究員もいるようだ。
戦闘員の魔族はAランクの魔獣相当だが、非戦闘員の研究員自体はそこまで強くない。
研究員の話では、2階層に聖獣石の研究する研究室がある。
ペロムスにはまもなく擬態が解けるのであまり時間がなかった。
一緒に行動するベクはとても非情なところがあり、何をしてくるのか分からない。
しかし、聖獣石をこのままにするわけにはいかなかった。
1階層の研究員から聞いた場所にベクとペロムスは向かった。
研究室に入る扉をぶち壊し、ベクと共に入る、部屋の中央には何やら水色に輝く物体が研究施設の水槽の中に浮いている。
「ひいい!?」
白いコートのようなものを着た魔族の研究員が扉をぶち破って入ってきたベクに怯えている。
非戦闘員の魔族にとって、ベクはとても脅威の存在なのだろう。
「これは何ですか?」
「なんだと? そ、そんなこと誰が、はぐあ!?」
反攻的な態度をした瞬間、ベクが研究員の魔族の首を握り持ち上げ、足は宙を浮く。
いくつか小さな研究施設があったが、ここは何十倍も広い。
そして、中央にはドッジボールほどの大きさの何かが水槽に浮いている。
「こ、これがもしかして、キュベルが言っていた聖獣石? なにか水晶の種に似ているね」
水槽に浮いているのは、魔法屋で購入した2個の水晶の種に似ていた。
全ての話が重なり、正解に導かれるような気がする。
ずっと探していた3000個の水晶の種を使ってもしかして何らかの実験をしていた。
そして、転移先はキュベルが指定しているらしい。
転移先を倉庫から別の場所に移動するような話もしていた。
倉庫から持ち運んだ3000個の水晶の種を使って何らかの実験をしていた。
「な!? そ、それは!!」
水晶の種という言葉に研究員が反応する。
聖獣石のようで、水晶の種から出来ているということも間違いなさそうだ。
何のための石なのか効果を鑑定するが、何も出てこない。
これは鑑定のレベルが足りないか、そもそも効果がないかだ。
ならばとペロムスの体が陽炎のように揺れていく。
少しでも情報を得ようとペロムスはエクストラスキル「天秤」を発動した。
『金貨9999億9999万9999枚』
「え!? すごい額だ。っていうか、計測不能ってこと?」
金貨の価値に比べるととんでもない額になった。
国を指定すれば、国家予算の限界も知ることができる。
何も指定しなければ際限なく金貨の価値と調べることができるはずであった。
初めて自らの天秤の能力の限界を知る。
「どうしたのだ?」
動揺するペロムスにベクが確認する。
「とんでもない価値の物のようです。すみませんが、これは何に使うのでしょうか?」
「だ、誰が、ぐあああ!? い、言う。言います!!」
答えようとしない魔族の首を掴んだベクの手に力が籠る。
魔族の研究員が説明をしてくれる。
この聖獣石は、ペロムスの説明の通り、水晶の種3000個を使って作られたもの。
ベクの血だけでは、十分な力を邪神は発揮しない。
邪神の復活は3段階に分かれているらしい。
1段階目は、ベクの血を使い水の神アクアがかけた邪神の封印を解く。
2段階目で、神器の器で集めた人の命を使って力を元に戻す。
しかし、それでは邪神は暴走してコントロールが不能になる。
3段階目で、聖獣石を使って、邪神の行動を安定させるために必要だとか。
聖魚マクリスを殺し、水の神アクアの眷属の魂を封印した聖獣石をもって、邪神を安定させるとかそういう話であった。
聖獣石はどうやら復活させた邪神をコントロールするためのものらしい。
「聖魚マクリス様まで殺そうとしたんだね」
愛するフィオナのために大事な涙を貰わないといけない。
魚人たちの信仰の象徴たるマクリスを邪神の安定剤か何かにしようとしているようだ。
「そ、その通りだが、全て、説明はしたぞ。だから、た、助け、ぐぎゃ!?」
ベクはさらに力を入れて、命乞いをする研究員の魔族の首を握り潰した。
「どうした?」
「……い、いえ。この聖獣石は、このままこの場に置いていくわけにはいきません」
今回の脱出で、逃げだす魔族もいたのだが、ベクは皆殺しにしている。
命乞いをしようが非戦闘員だろうが容赦はしなかった。
ベクにはゼウ獣王子やシアにはない徹底した性格が窺える。
ガシャン
ペロムスはアダマンタイトの短剣で水槽を破壊し、中に浮いたドッジボール大の聖獣石を抱きかかえた。
そして、魔導具袋に聖獣石を収める。
この魔導具袋は入り口はそこまで大きくないのだが、魔導具の特性から、かなり大きなものまで収納可能だ。
『何をしておるのじゃ!?』
騒ぎの中、ベクがぶち破った研究室の入り口から魔族の老人が入ってくる。
今回はしっかり魔族の恰好をしていた。
その背後には巨大な目玉に触手が伸びた化け物がいる。
「き、貴様シノロムか」
ベクの顔が一層に険しくなる。
『聖獣石をどこにやった!! 貴様ら!! ギイちゃん、やってしまうのじゃ!!』
水槽の中の聖獣石がないことに気付き、シノロムは目玉の化け物に指示を出す。
目玉の化け物は一気に触手を伸ばし、ベクとペロムスに襲い掛かる。
ペロムスが防御の姿勢をとる中、ベクが一気に距離を詰め、目玉の化け物を殴り伏せようとする。
「んぐ!!」
思いっきり目玉の化け物の触手に頬をぶたれ、皮がめくれ血をまき散らす。
「ベク様!!」
「問題ない。ぬん」
不規則な触手の動きに合わせて、ベクが巧みな足さばきでかわし始めた。
『ギイ!』
触手を無尽蔵に増やしていく。
「うわああ!?」
後ろにいるペロムスのところまで、触手の勢いが止まらない。
「それがどうしたというのだ? ビーストモード!!」
メキメキと体の毛が深くなり、筋肉が躍動し始める。
獅子の姿にどんどん近くなる。
ベクはエクストラスキル「ビーストモード」を発動させた。
『ぬ? 獣神ガルムの力か! ギイちゃん。やってしまうのじゃ』
『かかってこい!!!』
全てを食らうかのような勢いでベクは跳躍する。
そして、巨大な目玉を粉砕させるかのように思いっきり殴り飛ばした。
体液をまき散らして目玉の化け物は吹き飛ばされる。
『ひ、ひい、なんて力だ! こ、これは敵わぬのじゃ!?』
「あ、逃げた!?」
シノロムはペロムスを捕まえるほどには力があるようだが、ビーストモード状態のベクには全く敵わないようだ。
部屋の奥にある階段から逃げ始めた。
その様子に目玉の化け物も追うように逃げ始める。
『ば、馬鹿な。ギイちゃんはあやつらの、足を止めるのじゃ!!』
『ギイ!?』
シノロムが逃げるために目玉の化け物に時間を稼げと言う。
目玉の化け物は『何をご冗談を』と巨大な目玉を見開いて絶句する。
ワチャワチャしたまま2体で通路を走り去っていった。
「だ、大丈夫ですか。思ったよりも血が出たようですが」
『問題ない』
天の恵みで治そうとするが、血が止まるが怪我が完全に癒えないことにペロムスは驚く。
「あれ?」
『ん?』
「いえ、ビーストモードになると、自我を失うのでは?」
シアから獣王に許されたエクストラスキル「ビーストモード」は我を忘れると聞いていた。
実際、ムザ獣王も獣のようになって、アレンやドゴラと戦っていた。
『真の力を手にする者は獣神ガルムの力の前で自我を失わぬ!』
腹の底に響く力強い口調になったが、ベクの意識ははっきりしているようだ。
ベクとペロムスはシノロムの逃げた先へ向かう。
そこもかなり広い空間で、奥に3階層に通じる階段が見える。
シノロムと目玉の化け物はそのまま止まらず、上の3階層に行ってしまうようだ。
しかし、ベクとペロムスは足を止めた。
目の前に立ちふさがる道化師のような恰好をした者がいたからだ。
『私は参謀キュベル様直属の配下の魔神ティマラド。お遊びの時間は終わりだ。ふふ』
余裕の笑みを零し、挨拶をする魔神ティマラドが2人の前に立ちふさがった。
魔神相手にペロムスとベクの戦いは続いていくのであった。