第421話 マクリス皇子
ここは、宮殿の隣にある離宮で、セシルたちは食堂にラプソニル皇女やカルミン王女と一緒にいる。
アレンたちがスイーツを食べている間も、ここで集合してアレンから送られてくる情報から今後の対応を話し合っていた。
「アレン、何よ。私たちが閉じ込められている間に楽しんで!」
アレンがロザリナと交渉する中、そこから少し離れた離宮でセシルが憤慨している。
『あ、あの。心外でございます。楽しんでおりません』
セシルに鷲掴みにされた鳥Gの召喚獣が、ロザリナの件は必要な交渉だと訴える。
「まあ、アレン様らしいと言えば、アレン様らしいですわよ? これで聖珠を手に入れる可能性も出てきましたし」
ソフィーがアレンの対応にフォローを入れる中、憤慨するセシルは問題ないとカルミン王女がラプソニル皇女に伝えている。
「それでもよ!」
ソフィーがアレンのフォローを入れているが、セシルの怒りは収まらないようだ。
「……」
ラプソニル皇女にとって、セシルの憤慨よりも気になることがあった。
アレンの鳥Fの召喚獣の覚醒スキル「伝令」の力を、アレンの仲間たちと共に体感したばかりだ。
当たり前のように、大通り沿いの有名なスイーツの店の光景が脳裏に映し出される。
そして、目の前に座ってるかのようにロザリナという女性とのやり取りがコマ送りするかのように何度も脳内に展開された。
セシルたちが離宮に送られてきたとき、シアからはこんな内乱は全く問題ないと言われた。
パーティーリーダーのアレンがいるから、今回の内乱は失敗に終わり、あなたも離宮から解放される。
そんなことがと思ったが、たった今アレンの力の片鱗を体感してしまったようだ。
「それにしても合理的だな。購入記録か。購入記録は商人たちに配っていると言うことだな」
アレンの作戦に、シアから感嘆の声が漏れる。
『そのとおり。ラプソニル皇女殿下、購入記録については、宮殿にありますか? できれば場所も教えてください』
アレンはシアの言葉に同意しつつ、宮殿にある購入記録がどこにあるのか尋ねる。
「当然あると思いますが、私はどこにあるかまでは」
きっと、イグノマスの配下の役人たちが管理しているとラプソニル皇女が言う。
そして、細かい場所は役人が管理して詳しくは分からないと答える。
『ふむふむ。探し回るより、すでに渡った商人たちと交渉して手に入れるようにしましょう』
鳥Gの召喚獣ごしにアレンが今後の話をする。
アレンがロザリナの優勝のために目を付けたのは、魔法屋でアクセサリーの購入に参加証を求めたことだ。
アレンはただただ、見た目の良いアクセサリーや衣服を金にものを言わせて買い揃えようとしているわけではなかった。
ロザリナと会話しながらも同時並行で、なぜ、店で購入した際、参加証の提示を求めるのかについて、ラプソニル皇女に確認をしていた。
ラプソニル皇女の話では、歌姫コンテストの参加者が、魔法屋で参加証の提示を求めた理由は主に2つあるという。
1つ目は、なりすましや無資格での参加を取り締まるため。
入賞者にはマクリスの聖珠はもちろんのこと、栄華が約束されている。
そして、なんと参加さえしてしまえば、その後の罰則はないという。
これはマクリスが称えた者に罪を問うのはおかしいという理由からだ。
あくまでも歌姫コンテストの中心は聖魚マクリスであるという。
だから、装飾品の購入の段階から厳しく取り締まっているという。
疑わしきは尋問する。大会協力店である魔法屋が、ロザリナを別室に連れて行こうとしたのはそのためだ。
(何とか偽造すれば、その後ロザリナの不正参加がばれても問題ないと)
2つ目は、購入の記録を取って、商人たちに配布しているという。
聖魚マクリスは服装などの見た目も大変重要視する。
毎年、入賞以上の結果を残した者が、何を買い、どのような装いでコンテストに参加したのか記録を取りまとめている。
購入記録を取るために参加証の提示を求めているらしい。
だから、コンテストに参加しなければ、参加証なしでもアクセサリーは買える。
宮殿に集められた購入記録は、一旦取りまとめられ、改めて商人たちに提供しているという。
翌年の歌姫コンテストのための出品準備に活用してもらっているらしい。
商人たちは、購入記録と入賞した実績から、次回の流行りを予測し、力を入れて推す商品を決めていく。
実績のあるもの、流行り廃り、推しの商品を、購入記録を元に商人たちが思い思いに分析し、店頭に商品を並べる。
聖魚マクリスへの感謝祭と聞いているが、歌姫コンテストは随分経済を回しているらしい。
どこの世界でも、いつの時代でも、商売を勝ち抜いていくのはビッグデータなのだろう。
圧倒的な情報を活用してこそ、商売でもコンテストでも勝ち抜いていけるとアレンは考えた。
アレンは商人たちと交渉して、配布された過去の購入記録を、提供を受けた店から手に入れることにする。
リスクなしで手に入れるにはその方がいいだろう。
これから、ロザリナを大会に何とか参加させないといけない。
リスクがいくつもあると足がつく恐れがある。
それ以外にも宮殿では水晶の種の行方など調べている物もある。
既にペロムスが耳飾りを購入した魔法屋の商人と、購入記録を求めて交渉中だ。
できるだけ長い期間の購入記録から必要な情報や聖魚マクリスの欲しいものを分析する必要がある。
ロザリナと適当に落ち合う約束をして、アレンも交渉に参加している。
『金を出したらくれそうだ。分析結果を元にいくつか服を選ぶから、調整してほしい』
鳥Gの召喚獣を通して、新しい情報がもたらされる。
『いくらでも金を出すつもりだが、提供してくれないなら、他の店で求める。今後もな』と言ったら魔法屋の店主カサゴマが随分前向きな態度になった。
分析した衣服や装飾品を元に、さらにバランスの取れた格好にする必要がある。
金にものを言わせただけの服がいいとは、ここにいる誰もが思っていない。
そのための服選びを離宮にいる人たちで判断してほしいと言う。
「あとは好みか。ちなみに、聖魚マクリスは皇子であったときの逸話とかあるのか? こういう女性が好みであるとか。そういえば、ディアドラはどのような人物であったのか?」
シアが聖魚になる前のことで何か知っていることはないかとラプソニル皇女に言う。
どうも、プロスティア帝国物語はプロスティア帝国によって脚色された部分も多く感じる。
生前の逸話からも、マクリスの人物像を知りたい。
コンテスト入賞を勝ち取る何かの情報があるかもしれない。
マクリス皇子が出会ったディアドラとの接点とか聞けたら、ロザリナを優勝させるヒントもあるかもしれない。
シアの言葉にセシルやソフィー、鳥Gの召喚獣も含めて、確かにと頷く。
「……マクリス様とディアドラ様の出会いですか?」
ラプソニル皇女は顔の雲行きが悪くなり、一瞬言葉が詰まってしまった。
「ん? そうだが、あまり、素行が良くなかったとかか?」
ラプソニル皇女の顔から聖魚になる前の300年前実際に生きていたマクリスの逸話を知っていると、シアは判断した。
ラプソニル皇女の表情から、あまりよろしくない逸話であったのかと勘ぐってしまう。
ディアドラとの出会いは、もしかしたら随分脚色されているのかもしれない。
「いえ、マクリス様は聖魚になられる前から素晴らしい人格者であったと聞いております。ただ、ディアドラ様との出会いを語るにはどうしてもお伝えしないといけないことがございまして」
「ん? どういうことだ?」
何か言いにくいことがあるのか、シアも、ほかの皆も分からない。
「その、実はマクリス様は、容姿の方が、その、あまり……」
ラプソニル皇女が言葉を選びながらも、シアたちに話をしてくれるようだ。
「え? うそ? 容姿? 不細工だったってことかしら? そんなことないわよね」
セシルは何度となく読み返したプロスティア帝国物語の内容を改めて思い出す。
マクリスの容姿について、触れられていなかったが、絵本に描かれた容姿は不細工ではなかった。
「はい。実はそうなのです。実は聖魚マクリスは『豚の皇子』と揶揄されていたのです」
「豚? 陸上にいるあの豚でございますか?」
何故、海底の大帝国なのにそんな表現をするんだろうと、セシルは自然に疑問の声が出てしまった。
「はい。あまりの醜さから、その、皇帝陛下から海底にはいない生き物で例えられたと」
プロスティア帝国は、美しさについてこだわりのある国だ。
地上の王侯貴族でも装飾品はプロスティア帝国産に限ると言われるくらいに、見た目にも装いにも魚人たちにはこだわりがある。
そんな中、聖魚マクリスはとても醜い容姿で生まれてきたという。
時の皇帝であり、マクリス皇子の父親から、「お前はなんて醜いんだ。まるで豚だな」と言われたという。
美しい海にはいないほどの醜さとして、プロスティア帝国ではどうやら、とても醜いものに「豚」という表現を使うようだ。
ラプソニル皇女は他言しないでほしいと言って、マクリスの生い立ちについて語り始めた。
マクリスは生まれた時から、容姿には恵まれず「豚の皇子」と皆から言われた。
担当付きになった使用人があまりの醜さに嘔吐してしまうほどの容姿であった。
舞踏会があっても、一緒に踊りたいという貴族の子女たちはいない。
それどころか、指名されないように目も合わせないようにするほどであった。
マクリスの容姿の問題は年を重ねることで大きくなっていった。
学園も卒業し、成人となりいい年になったので、将来のお相手をという話が出始めたからだ。
しかし、貴族家に対してマクリスはどうかという話を進めたが、先方の都合ですべて断られた。
プロスティア帝国は300年前も大帝国であったが、その大帝国の皇子との婚姻を断るほどの醜さだったと言う。
婚姻の話が進んだ貴族の子女たちの全てが、自らの人生に絶望し、高熱にうなされてしまった。
「そのようなことが……」
あまりに過酷な状況にソフィーも困惑している。
「それだけに留まりません。あまりに醜く、そして世継ぎもできないと判断した皇帝は昼夜を問わず顔を隠すように命じたのです。その話を受けてマクリス様は家出をされたと聞いております」
見た目が醜悪なマクリスを皇帝は許さなかった。
これはもう婚姻を進めて、行く行くはプロスティア帝国の発展のためにという状況ではなくなってしまった。
これ以上の恥を帝国にもたらさぬよう、日夜を問わず、ローブで顔を隠すように言われた。
実の父であり皇帝にその様なことを告げられ、あまりにショックで、マクリスは宮殿を飛び出し家出をしてしまった。
そして、帝都パトランタを彷徨いながら自らの居場所を探して回った。
長いこと街をさまよい、腹を空かせたマクリスは何ということもない、普通の大衆酒場に入った。
ローブを深くかぶったまま酒を飲み、未来のないこれからのことを考えていると、美しい歌声が聞こえたと言う。
一段高くなった壇の上でスポットライトを浴び、歌う女性がディアドラであった。
「これが、ディアドラとの出会いなのね」
セシルは何度となく読んだマクリスとディアドラとの出会いを思い出す。
この物語に1つの大きな疑問があったのだが、その疑問が解消されてしまった。
確かに絵本では酒場でディアドラと出会ったとある。
なぜ、皇子のマクリスは平民であるディアドラと会うことが出来たのだろうか。
物語には書くことが出来なかった、マクリスの容姿という理由がそこにはあったのかと思わず声が漏れてしまった。
マクリスの一目惚れであったという。
ディアドラが生きる力を与え、家出したマクリスはほどなくして宮殿に戻った。
「はい。その後、顔を隠したまま、何度もお店に通ったという話です」
足繁く通ううちに、そこまで大きくない酒場であったこともあり、ローブを深くかぶって歌を聞きに来る不審者がいるという話になってしまった。
ある日、ディアドラの方からマクリスに声をかけた。
何か不審なお客が来ていると噂になっている。
是非、フードを取って見せてほしいと言われたそうだ。
「それはフードを取ったのですか?」
セシルが前のめりになって、その話を聞き入っている。
大好物な話であったようで、腕に握られた、鳥Gの召喚獣がつぶれてしまいそうだ。
なお、鳥Gの召喚獣だが、成長スキルをレベル8まで上げているため、その辺の前衛と比べものにならないくらい体力も耐久力も高い。
「フードを取ったそうです。いつかフードを取って声をかけようと思ったそうで」
「まあ!」
ソフィーも大好物だったようだ。
それでどうなったのか、手を胸で握りしめ、次の話を待つ。
こうして、アレンだけが「なんかまた女子会になったな」という言葉を封印して、ラプソニル皇女の話を皆で聞き入るのであった。