第420話 ロザリナ②
「私に聖珠を依頼する人がいるなんて」
まさかそのためにあの騒ぎの中声をかけたのかと、ロザリナは困惑気味だ。
「俺の友人が欲しがっているんだ。まあ、俺もだがな」
「え?」
「一緒にいた、店主と交渉していたやつだ」
「友人が欲しいからって声をかけたの?」
「そうだ」
「本気なのね」
わざわざ友人のために、あの状況で割って入ったのかとロザリナは思う。
(3つほしいんだからね)
歌姫コンテストはコンテストなので、参加した歌姫に順位付けをする。
5位以内の入賞以上するとマクリスの聖珠が、聖魚マクリスから直々に貰える。
なんでも、その場で涙をこぼして聖珠をくれるらしい。
・優勝の1位は3個
・2位と3位は2個
・4位と5位は1個
アレンはどうにかしてマクリスの聖珠を手に入れる方法が無いのか模索してきた。
そのほかの方法でいえば、延々とこの広い海を遊泳しているマクリスに話しかけて涙をもらう方法もある。
マクリスがその場で難題を与えるので、その難題をクリアしたら貰える。
地上にある「プロスティア帝国物語」の派生として誕生した物語はだいたいこれだ。
英雄や身分の低い者が、頑張ってお姫様のために聖珠を手に入れるために試練を乗り越えていく、そんな物語だ。
歌姫コンテストの概要を知ったアレンは、せっかく聖魚マクリスがやってくるので、手に入れたいと考えた。
ロザリナが驚くがどこか納得するのは、プロスティア帝国では公に存在する取引だからだ。
公に存在するがあの場で、取引のために声をかけたのかということだ。
歌姫コンテストには女性しか参加できない。
しかし、聖魚マクリスの涙は男性が女性に送るものという文化伝統がある。
歌姫コンテストで聖珠を狙うなら、歌姫に依頼料を払って、コンテストに参加してもらうといった方法がプロスティア帝国に公の取引として存在している。
なお、依頼料は歌姫1人に金貨1万枚の前払いで、聖珠を手に入れられなくても返金はしてはならないという歌姫を守るための取り決めがある。
1000人に依頼すると金貨1000万枚かかり圧倒的に予算が足りない。
取引にはかなりのお金がかかるため、厳選して取引相手の歌姫を選ばないといけない。
しかも、歌姫への依頼は重複は禁止されている。
貰える聖珠にも限りがあるので揉めることを事前に防止している。
また大会5日前の現状では、おそらくこの時点で優勝候補は依頼で満たされているだろう。
目の前にどうも事情があって大会に参加できないロザリナという女性がいる。
(彼女は優勝候補なのかね)
アレンは、態々イグノマスから目を付けられる恐れがあっても、騒ぎの中に入ってロザリナを助けたのはこれが理由だ。
不正をしてまで大会に参加しようとしているなら、さすがに予約済みということはないだろう。
あとはどの程度の有能株なのかという話だ。
「それでどうする? 当然、金貨1万枚は出すぞ」
そう言って、アレンはロザリナに取引に応じるか回答を求める。
予算的にも時間的にも、取引する相手はそんなにいないだろう。
おそらく今から探してもあと何人いるのかという話だ。
「気前がいいのね。私、ミネポンタ出身よ。この髪の色を見ればわかると思うけど」
私と取引をしてもいいのかしらと言う。
(ミネポンタ? ミネポンタ属州か?)
「あれ? 今年は属州の参加枠が廃止になったからって話か?」
(たしか、今年は直前になって大会の参加者を絞ったんだっけ)
今回の歌姫コンテストは、属国、属州は参加できず、プロスティア帝国の臣民のみだと、ラプソニル皇女から聞いた。
「そうよ。わざわざ、パトランタまで呼んでおいて、今年は属国も属州も禁止って言ってきたのよ。マジでふざけているわ」
帝都まで何日もかけて、魔導船に乗ってやってきた。
なお、水中の国家や都市間を移動する船も魔導具を推進力にしているため、いわゆる魔導船だという。
アレンは、普通の船だと思って帝都パトランタに向けて乗った船も、「水中魔導船」という魔導船の1つだ。
魔導船から発着口に降りて街に向かおうとすると事態が急変したと言う。
何でも入国管理局から帝都パトランタには入っては駄目だと言われたそうだ。
ミネポンタ属州の大会進行の役人も聞いておらず、数日前にイグノマス陛下が決めたことだいう。
役人が入国管理局と話をしても交渉にはならなかったようだ。
ロザリナはおもむろに服の中に隠していた、光沢のある透明な棒のようなものを取り出した。
「それが、ロザリナの参加証か?」
大事に握りしめるその許可証には番号が割り振られており、この数字がロザリナの参加番号のようだ。
持っていないと言っていた参加証を肌身離さず持っていた。
「そうよ。もう使えなくなったけどね。せっかく、ミネポンタで優勝したのに。管理局は何て言ったと思う?」
納得がいかず、詰め寄ったロザリナに入国管理局の局員は何かを言い放った。
「そうだな。『今年は皇帝が新しく変わった良き年だ。今年の歌姫コンテストは帝国臣民のみで行う』かな」
(今はプロスティア帝国を1つにできていないからな)
イグノマスが何を思いついたのか考える。
今はまだプロスティア帝国の全土を制圧しきれていない。
地上制圧のためにもできるだけ多くの貴族たちを説き伏せなくてはならない。
アレンはロザリナの会話から、歌姫コンテストで何が起きたのか、推察しながらも、適当に言ってみる。
「そうよ、よく分かったわね。ああ、やっぱりあなた、宮殿の関係者のようね」
あてずっぽうで言ってみたが、合っていたようだ。
入国管理局が言い放ったことと全く同じことを言ってしまい、ロザリナから睨まれてしまう。
(そういえば、あれ? 属州って結構強くなかったかな?)
ロザリナから睨まれながらも、アレンは大事なことを思い出す。
それは属州のコンテスト参加者についてだ。
この予選だが、各領や大きな都市で行われる。
プロスティア帝国全土でだいたい1000人くらいに絞られるらしい。
何故、属州、属国を今回コンテストの参加からはじいたのか。
それは、属州や属国からの参加者はコンテストで入賞する可能性が高いためだ。
属州や属国は、それぞれの属州や属国で1人しか歌姫コンテストに参加者を出すことができない。
そのため、必然的に属州や属国で歌姫コンテストに参加するには、10数人にまで絞られ、プロスティア帝国の数百倍の倍率になる。
属国や属州のコンテスト参加者は圧倒的強者ということになる。
なお、今回クレビュール王国は、邪神教の件で今年は大会の参加を見送っていたため、予選も行っていない。
(ってことは、ロザリナは数百倍の倍率を勝ち抜いたってことか)
ロザリナが属州出身という言葉に笑みがこぼれそうになる。
ミネポンタ属州全土を勝ちぬいた、コンテストの圧倒的強者が目の前にいる。
騒ぎの中、ロザリナとの交渉に乗り出した自分の選択に感謝する。
「ん? じゃあ何でパトランタにいるんだ? 帝都に入れてくれなかったんだろ」
そんなロザリナがここにいることが出来た理由を聞いてみる。
「ふふ。水の神アクア様は私を見捨てていなかったのよ!」
いちいち声を張るのは歌の才能があるからなのか。
店員や客の視線が何度もアレンとロザリナに集まる。
「ん? アクア様?」
何故ここで神の名前が出るのだろうとアレンは思う。
「知らないの? 先月大きな騒ぎが起きたじゃない。それに便乗して潜入したのよ! ああ、アクア様は私をお見捨てにならなかったわ!」
魔石の交換のために魔導船を停泊させた。
交換が済めば、元来たミネポンタ属州に帰らないといけない。
その時、港を大騒ぎになるほどの一大事が起きたという。
「ああ、魔導具の警報がなったあの騒ぎか」
アレンが帝都パトランタにある全ての水質管理の魔導具の警報を鳴らした。
「そうよ! 騒ぎの隙に港から抜け出してやったわ!!」
先月、アレンたちは魔導具の試運転をして、帝都パトランタ全土に水質管理の魔導具が異常値による警報を鳴らした。
大会が諦めきれず、様子を見ていたロザリナは、これは好機だと思った。
騒ぎに乗じて入国管理局の局員の目を潜り抜け、ロザリナは帝都への侵入を成功させていたようだ。
「装飾品も購入していたみたいだし、お金は盗んだのか?」
既に一カ月の前のことなら、どうやってこれまで生活していたのか。
荒っぽいことをしてきたなら、これから考える作戦も変わるかもしれない。
「まさか、私の才能は正真正銘『歌姫』よ。1か月もあれば、これくらい稼げるわ」
(なるほど、逞しいな。それにしても才能は星3つの歌姫か。これはちょうどいいかもな)
パトランタの繁華街に潜入したロザリナは、酒場などで歌って踊って日銭を稼ぎつつ、お金を貯めていったようだ。
いざ稼いだお金で、アクセサリーなどの装飾品を買おうとして、騒ぎになってしまったのが今回の顛末らしい。
この歌姫コンテストだが、才能の星の数に関わらず優勝することができる。
しかし、星の数が多い方が有利であることは間違いないらしい。
星が多ければ多いほど、歌はスキルなので、歌の範囲や効果は良くなる。
服やアクセサリーなども評価の対象になるのだが、これにはお金が掛かる。
貴族が自らの子に優勝をしてほしくて大金を出すなんてこともよくある話だと言う。
金のある貴族の子と、星の数の多い才能の平民による戦いもこのコンテストの見どころだとか。
「だが、金貨数百枚じゃ足りないだろ。さっきも言ったが、装飾品に衣服はこっちでなんとかするから、いいものを揃えるぞ。買った服については、そのまま貰ってくれていい」
(髪の色なんてどうとでもなるだろ。聖珠さえ貰ってしまったらこっちのもんだし)
予算が限られており1か月で稼げたお金が金貨数百枚程度だと予想する。
衣装をこちらで揃えてでも、ロザリナと取引がしたいと思った。
「気前がいいのね」
「目指すは優勝のみだからな」
(聖珠ほしいです。って、何故かセシルが怒っている件について。あんまり握りしめるとチャッピーが死んじゃうんだが?)
アレンは衣服やアクセサリーの購入に糸目をつけないと言う。
金貨何万枚使っても優勝は勝ち取るつもりだ。
ロザリナを見ながら、どんな服がいいのか考えていると離宮に待機中の鳥Gの召喚獣がセシルにかなり強めに握りしめられている。
現在、ロザリナとの交渉内容は、鳥Fの召喚獣の覚醒スキル「伝令」を使って、ペロムスや離宮にいるセシルたちと、音と映像による情報共有が図られている。
アレンの視界がそのままダイレクトにセシルたちに伝わっているのだが、何か許されないことをしたらしい。
薄着の女性をあまりジロジロ見てはいけないといった内容の話がギリギリ聞き取れる。
(さて、セシルやソフィーにも協力してもらうか。ああ、セシルの目の前に毎回大会を観戦しているラプソニル皇女もいるな。やるべきことが一気に出てきたな)
「ロザリナからも条件いいかしら」
ロザリナはなんとなく、大会の参加に希望が出てきたことは分かった。
目の前の男は、自らの出身を話しても、大会に参加できることを確信しているようだ。
それだけのコネも金もあるのだろう。
「ん? もちろんだ。どうぞ」
「ロザリナも聖珠がほしいわ。もし3位以上になれたら、1つ私が頂くわ。どうかしら?」
1位で3つ、2位と3位で2つ貰える。
「ん? 問題ないぞ。まあ、当然の権利だな。だから全力で大会に臨んでくれ」
ペロムス、ロザリナ、アレンの順に聖珠をもらえた場合の取引についても話をする。
最初のペロムスの聖珠だけは袋に入れて、直接は受け取らないでほしいと伝える。
(魚人たちにとって聖珠は特別なものらしいからな。ミネポンタに持って帰りたいとか?)
モチベーションの上がる理由は何でもよい。
1000人も参加して6位以下は聖珠を貰えないので、それくらいの譲歩はする。
「ふふふ、運が向いてきたわね。大会に私は参加できるのね。この後どうしようかと思っていたけど、これは運命だったのよ」
どうやっても大会に参加すると決めた自分に感謝したいとロザリナは思う。
衣装や装飾品を手に入れた後の大会参加の目途は立っていなかったようだ。
かなり、行き当たりばったりな性格をしている。
「ん?」
何かが込み上げてきたのか、交渉の実感が湧いてきたのか、ロザリナが笑みを零しはじめた。
アレンはどうしたのかとロザリナの顔を覗き込むと、ダンッと勢いよくロザリナはテーブルの上に立ち上がる。
「これで、歌声と美貌に世界が羨望するのよ! 世界よ、ロザリナを見てなさい!!」
どうやら属州も属国も全てはロザリナにとってどうでも良いようだ。
身分も立場もロザリナにはなく、全ては自分の存在意義のために歌姫コンテストへの参加を望んでいたらしい。
ヒラヒラとした着衣をはためかせながらも、どこか遠くを指さしている。
店内の全員がロザリナを見る中、アレンはやる気があることは結構だが目立つことはしないでほしいと思う。
(おっと、ペロムスも交渉が終わったな。これはペロムスの敢闘賞だな)
アレンたちが交渉している間に、ペロムスが2つの耳飾りの交渉をようやく終わらせた。
2つ併せて金貨120万枚で購入することが出来たようだ。
どうやらカサゴマという店主はなかなかの腕前のようだ。
きっちりと、アレンたちの予算の上限いっぱいの金貨120万枚に抑えてきた。
アレンたちとの今後を考えた店主カサゴマの方が1枚上手だったようだ。
(なるほど。交渉力のある商人は知り合いに多くいたほうがいい。店主カサゴマね。これはアレン軍との取引相手の候補だな)
イグノマスを成敗したのちに、どっちみちプロスティア帝国と貴重な耳飾りなどアイテムを取引しないといけない。
そのための窓口は必要だ。
アレンは魔導書に店主カサゴマの名前を記録する。
聖珠についても伝わっていると思うが、ペロムスもペロムスなりにここは商人としての頑張りどころだと思っていたようだ。
随分、悔しそうにしている。
(さて、次はロザリナを大会に参加させるための工作が必要だな)
いまだにテーブルの上に立つ、オレンジ色の髪と瞳をした魚人ロザリナと、歌姫コンテストの優勝を目指すのであった。





