第419話 ロザリナ①
ペロムスとカサゴ面の店主の、2つの耳飾りの価格交渉が続いている。
(よしよし、いい感じで盛り上がっているな。さすが、ペロムス。店主も後に引けなくなったな)
アレンはペロムスの交渉方法を全面的に称賛する。
一等地に構えた店の店主ほど、自らの実績に誇りを持っている。
一度、交渉の席に着いたなら、そうそう取引をやめることはないだろう。
挑発しまくった若い商人のペロムスを、成功者として諫めようとするならなおさらだ。
ペロムスには確実に購入するよう言っている。
先ほど店主が提示した金貨240万枚の半値にはしてほしいところだ。
(さて、取引はペロムスに任せてと。さっきのオレンジ色の髪の女性だ。買い物済ませるのか)
アレンは、ペロムスに交渉を任せて、どんどん売れていく店頭に並んだアクセサリーと、それを求める女性たちに目がいく。
すると、さきほどアレンが耳飾りを譲ったオレンジ色の髪の女性が購入を済ませるようだ。
「こちらの耳飾り2点でございますね」
「そうよ」
店員とやり取りをしている。
「大会の参加者様でございますか?」
「もちろんよ」
この見た目で分からないのと自らの存在に自信をにじませる。
「では、参加証のご提示をお願いします」
「ご、ごめんなさい。宿屋に置いてきたわ」
オレンジ色の髪の女性の返事に、店員は何か気付いたようだ。
「申し訳ございません。こちらは決まりになっておりますので、参加証のご提示をお願いしております」
「何よ。さっきの人は参加証なしで購入できていたじゃない」
オレンジ色の髪の女性の前に買い物を済ませた者は大会の参加者ではなく、参加証なしで買い物ができた。
頑なに参加証の提示を求めてくるので、何不公平なことを言っているのだと不満顔だ。
「恐れ入りますが大会参加者は、参加証の提示が義務付けられております」
「何よそれ。もういいわ。別の店にするから」
だったらいいわとカウンターに耳飾りを置く。
「……申し訳ございません。少し確認したいことがございますので、あちらでお話がございます」
店員はオレンジ色の髪の女性の態度に何かを確信したようだ。
入り口に立たせている2人の店の警備員に視線を送った。
何かがまずいと、慌てて店から出て行こうとする。
「ちょっと、何なのよ! 私、大会の準備で忙しいの!」
警備員がオレンジ色の髪の女性の道を塞いだことに、不満で騒ぎ立てる。
「申し訳ございません、直ぐ済みますので」
あまり騒がないでくださいとなだめる。
何事だと店に買い物に来ている女性たちも視線を送っている。
「ちょっと! どこ触ってんのよ!!」
2人の警備員は女性をがっつりとそれぞれ片腕を掴んだので、ワーキャー言いながらも、女性は抱え上げられ足をバタバタさせている。
「暴れないでください。なぜ参加証が提示できなかったのか、話を聞かせて頂くだけです」
そんな状況に話はすぐに済むので騒がないでと店員は言う。
「話すことなんて何もないわ!!」
(ほうほう、参加証ね。これはチャンス到来か)
オレンジ色の髪の女性は両腕を掴まれ、騒ぎを起こす中、アレンが何かを思案しながら、近づいていく。
「ふむ。またか? 最近は多いな。この店も大会の協力に感謝する」
「こ、これは申し訳ありません」
アレンまで騒ぎに参加したため、ペロムスと耳飾りの交渉をしていた店主も、騒ぎを抑えるため取引を中止してやってきた。
そして、明らかに貴族の風格を出したアレンに騒ぎを謝罪する。
「なに、問題ない。それで、また参加証の偽造か?」
(と、適当なことを言ってみる)
状況が知りたいので、状況からあてずっぽうで何が起きたのか投げかけてみる。
「おそらくそうですね。参加証の偽造か、資格なしでの大会への参加かと。この時期とても多くて」
「資格なしって何よ。勝手に決めないでよ! ロザリナは大会に参加できるわ!!」
資格なしという言葉に女性は激怒する。
何か逆鱗に触れるような言葉であったらしい。
『イワナム騎士団長、部下を連れて店に入ってきてください。入ったら適当に話は合わせてくださいね』
女性が騒ぐ中、アレンはその状況に鳥Fの召喚獣の特技「伝達」を使い、外で待機していたイワナム騎士団長を呼ぶ。
「何事でしょうか? アレク様」
アレンに呼ばれて、魔法屋にイワナム騎士団長を筆頭に騎士たちがぞろぞろと入ってくる。
何かあった時のために店の外で待機してもらっていた。
特技「伝達」を使えば対象を絞って、言葉を伝えることができる。
「うむ、少し問題が起きたようだ。この女性を宮殿に連れて参れ。丁重にな」
「「は!」」
騎士たちに圧倒され、店の警備員たちも女性を手放すようだ。
そのまま騎士たちは、騒ぐ女性を店の外に連れ出していく。
「助かりました。ありがとうございます」
騒ぎを抑えてくれたアレンに店主はお礼を言う。
(完全に騒ぎに参加してしまったな。とりあえず、問題にならないようにだけはしておくか)
「うむ、これも務めだ。イグノマス陛下には別の形で貢献したいものだ。耳飾りはどうしても必要だ。少しは加減をしてほしいものだな」
そう言って、アレンは店主を見て、ニヤリと笑った。
ペロムスとの交渉もほどほどにしてほしいとお願いする。
「そ、それは、やはり、戦が始まるのですか?」
店主がハッと何かに気付いた。
「ん? 戦とな。私は何か口が滑ったのか?」
店主がいい感じで勘違いをしてくれたので、アレンは店主を睨みつけておく。
「い、いえ、何でもございません!」
ここにきて、ようやく、アレンとペロムスが何者なのか店主は確信する。
店主の予想では、騎士たちを配下に従えるアレクはそれなりの家系の貴族で、若く見えるが当主になっているのだろう。
そんな貴族の青年がかなり高価な耳飾りを求めるのは他でもない。
イグノマスが起こす戦争で戦果を上げるためなのではと考える。
商人たちの中で噂になっている、内乱を起こしたイグノマスが臣民を掌握するため、地上制圧に乗り出すという話がある。
歌姫コンテストが終われば、戦争に大きく舵を切るという話だ。
地上で戦果を上げるには、高価な装備品を手にするに限る。
そのために、宮殿の秘宝が流れたと聞きつけ、配下の商人を連れて当店にやってきたのだろう。
カサゴ面の店主の口から「もしかして、戦果を上げ、地上に領土を頂くために耳飾りを?」という言葉が出そうになる。
家が傾くほどの高価な装備品を手に入れようとしているのは間違いない。
そんな賭けに出るほどの高価な品を求めるのは、もしかしたら宮殿では戦勝後の話など具体的に進んでいるのかもしれない。
今後の商売にも関わってくるので、できれば今後の話を聞きたいと店主は思う。
しかし、「今はまだ話すことは何もない」と表情から察しろと言わんばかりの態度でアレンは回答する。
(良い感じに勘違いしてくれてありがとうね)
これなら、もし宮殿まで情報が伝わり、「市場調査とか言って、何故高価な装備品を買い付けていたんだ?」とたとえ問われても言い訳がいくらでもできる。
「では、ペロニキは置いていく故に。交渉を続けてくれたまえ」
「は、はい」
(おっと、足元を見られそうだからな。これも言っておくか)
「ちなみに、店主よ。そなたの名は?」
「え? カサゴマと申します」
なんで名前をと思いながらも、店主カサゴマは名を名乗った
「ふむ、カサゴマだな。今後も協力してほしいこともあるゆえにな。覚えておくぞ」
「な!? その時はなんなりと!!」
戦争が始まれば、戦争需要で魔法屋は大いに儲かるだろう。
その時が来れば、助けを求めるという意味か。
もしかして、戦争後陸地での支店を設ける際、その店を任されるのか。
店主カサゴマの頭の中で、金勘定の計算が目まぐるしく始まる。
アレンとしては、絶対に耳飾りが必要なことはバレてしまった。
このままだとペロムスの交渉が苦戦しそうなので、交渉で負けないようさらに今後の話を匂わせる。
あまり厳しい価格交渉をすると今後の儲けがないかもということだ。
店主を勘違いさせながらも、アレンはペロムスに交渉を任せて出て行った。
(おっと、いたいた)
大通り沿いにある魔法屋から出て、少し行ったところで騎士たちが女性を抑えて待機していた。
イワナム騎士団長たちに店から少し離れたところで待っているように特技「伝達」で伝えておいた。
「ロザリナは無実なの! そうよ。これは何かの罠なのよ。って、何ジロジロ見てんのよ!!」
オレンジ色の髪に、目は綺麗な緑の瞳、薄着で肌の露出の多い格好をしている。
コンテストの参加者ということもあって、スタイルはとても良い。
年齢は自分と同じくらいなのかなと判断していると、ロザリナに警戒される。
「この先に、お勧めの店があるので、そちらでお話ししましょう」
「え?」
スイーツが美味しい店に行こうとアレンは言う。
騎士たちに適当に時間をつぶしたら、ペロムスを迎えに行くように言う。
ペロムスには鳥Fの召喚獣の覚醒スキル「伝令」を使い、どこで何をしているか教える。
特技「伝達」は言葉しか伝えられないが、覚醒スキル「伝令」になると映像や音を伝えることができるようになる。
鳥Fの召喚獣が見せた、上空の光景と共にペロムスに伝え、どこに行ったのか分かるようにする。
店に入り席に着き、何を選ぶか聞いてみたが、かなり警戒されていたため、適当にスイーツをいくつか頼む。
(旨かったら、ルークにもいくつかお土産を渡さないとな。最近不機嫌だし)
宮殿に入れるようになったアレンやペロムスと違い、魔導具を整備するルークの役で街や宮殿に行く予定はない。
そういうわけで、貸し与えられた建物から出ていないため、最近不満顔だ。
機嫌を取るためにも、旨いスイーツがあれば、いくつかお土産に持って帰ろうと思う。
「……」
ロザリナはずっと無言で警戒を続ける中、帝都パトランタ名物のスイーツを店員が運んでくる。
「それで、なんで参加証を偽造したんだ?」
色とりどりのスイーツが来ても、何も話そうとしないロザリナに問いかけてみる。
口調は相手の状況も合わせて、割とラフモードだ。
「あなたに答える義理はないわ」
「ふ~ん」
「何よ。それで、ロザリナを宮殿に連れて行こうってわけ?」
「いや、別に。このまま、どこかに行ってもらっても構わないぞ。連れて行こうとしたら逃げられたって報告しておくだけだし」
(めんどくさいから、宮殿に伝わらない限り、それすらしないけど)
「あらそうなの! じゃあ!!」
そう言ってロザリナは、用はないわねと言わんばかりに立ち上がった。
「俺なら、宮殿にコネが効くから、大会に参加させられるんだけどね」
(そんなコネないけど)
「え!? ど、どういうことよ!!」
ロザリナの足が止まった。
「何事にも例外はあるってことだ。俺なら、その例外が作れる立場にある。どうする? 今のままだと装飾品1つを買うのも苦労しているようだが?」
その言葉にロザリナは自らの状況を考えているようだ。
「……分かったわ。大会に参加出来るのね。あなた、名前何て言うのかしら?」
何かを決断したかのようにアレンに話しかける。
「店でも名乗った通り、アレクだ。ロザリナさんでいいのか?」
「ロザリナでいいわよ。それで、ロザリナを大会に参加させて、アレクは何がほしいのよ」
何が目的でそんなことを言ってきたんだと言う。
(なるほど、一切動じないと。身分は見た目から平民だと思うけど、随分勝気な性格なのかな)
自信に満ちた見た目どおり、結構図太い性格をしているようだ。
ロザリナの態度を確認していると、何の目的なのか早く答えろと眉間に皺が寄っている。
「当然目的はある。歌姫コンテストで入賞以上すると、マクリスから聖珠を貰えると聞いている」
「え? もしかして!」
ロザリナは目を見開いた。
「そうだ。大会には参加させる。だから、入賞以上した暁には聖珠をくれないか。そういう話をしたいんだがどうだろうか?」
アレンは悪い顔をしながら、ロザリナに取引を持ち掛けたのであった。





