第417話 水晶の種
アレンはペロムスと共に帝都パトランタの市街に足を運んだ。
探しているものを求めてのことだ。
「この辺りもなんかすごい人だね」
ペロムスは向かってくる人を避けながらアレンに話しかける。
「ああ、お祭り騒ぎだな」
(内乱の騒ぎもそれほど大きくなかったらしいからな)
プロスティア帝国はイグノマスによって内乱が成功しつつある状況だ。
元々内乱は宮殿内にとどまりそれほど大きくなかったと聞いている。
帝都の街並みは内乱を感じさせないほどの賑わいを見せている。
これから始まる歌姫コンテストはプロスティア帝国の人々にとって大切なお祭りなのかと思う。
帝都パトランタの市街地では多くの魚人たちがプロスティア帝国内から集まっている。
(また花柱がでかくなっているな)
花弁が全長100キロメートルを超える水晶花の中央には、雌しべのような花柱が伸び続けている。
この花柱は高さ1キロメートル、太さは数キロメートルにも達するという。
この数キロメートルの花柱の上で歌姫コンテストは行われる。
なんでも、花柱の上で歌うのは聖魚マクリスが見やすいための配慮であるとか。
「なんか、美人さんが多いね」
花柱を見るアレンとは違い、ペロムスはすれ違いざまの魚人の容姿に視線が引き寄せられる。
「地方の予選を勝ち抜いた参加者じゃないのか?」
「ふ~ん」
ペロムスとのとりとめのない会話が進む中、アレンたちは目的地に向かっていく。
今日は宮殿の役人たちに対して、市場で金を稼げるものを調べてくると報告をしてある。
歌姫コンテストは、プロスティア帝国の守護者たる聖魚マクリスを称えるために、感謝の意味を込めて歌姫たちが感謝の歌を披露する。
聖魚マクリスを称えるのに何故歌を歌うのかというと、そこにも理由がある。
何でもマクリスと愛を交わしたディアドラという女性は、歌を生業とする女性であったという。
街の酒場で、大衆のために歌を歌っていた平民の女性にマクリスは恋をした。
聖魚マクリスへの感謝の気持ちはディアドラとの出会いにあやかって、歌で表現しようという話だ。
アレンたちは観光に来たわけではないので足を運ぶつもりはないが、300年前の当時の状態の酒場が、今では記念館となって残されているらしい。
聖魚マクリスは普段延々とこの広い海を遊泳しており、帝都パトランタには1日しかやってこない。
しかもやってくる1日は水晶花が種子を飛ばすタイミングと決まっている。
だから、スケジュールは聖魚マクリスに合わせて、事前に各地方で予選を行っている。
歌姫コンテストの参加資格についても分かってきた。
歌姫コンテストの参加資格は以下のとおり。
・歌姫など歌系統の才能があること
・女性であること
・過去に優勝していないこと
参加資格に才能の星の数は関係ないようだ。
ディアドラには歌い手と呼ばれる、星1つの「歌手」という才能があった。
ディアドラが歌を歌っていたことや、聖魚マクリスへの感謝を込めた大会ということもあって女性限定だ。
そして、コンテストなので、参加者の優劣を決めるわけだが、毎年優勝みたいなことはできないらしい。
5位以内に入って入賞しても来年の参加資格があるが、優勝すると今後大会に参加できないという。
どこかの年末にあるお笑いコンテストを思い出す。
「あ! 魔法屋って書いてあるよ。あった、あった。ここもすごい人だね。水晶の種あるかな?」
ペロムスがお店の看板に書かれた魔法屋という文字を発見する。
「どうだろうな。ペロムスも店主が不自然なことを言わないか気を付けていてくれ」
「うん、分かっている」
ここはアクセサリーなどの装備品を扱う魔法屋だ。
魔法屋とは、ステータスの上昇や毒の防御などの効果が込められた指輪などを扱うお店だ。
評価に見た目の判断基準があるようで、大会参加者がこぞって、アクセサリーを多く扱うこういうお店に来ているという。
大会参加者なのか綺麗なアクセサリーを見ていた女性の魚人たちの視線が、アレンたちに一気に集まる。
皆が皆、「なんで、男2人でこんな時期に来ているんだ?」と言いたそうだ。
「なんか女性専用車両に入った気分だな」
視線を一身に浴びつつ、前世で場違い感半端ないところに行った光景が思い浮かぶ。
間違えて女性専用車両の電車に入って視線を集めてしまった過去を思い出す。
「何それ?」
「こっちの話だ」
ペロムスは村長の息子であるのだが、農奴であったアレンに対して興味があり、クレナ村にいた頃からあれこれ話をした記憶がある。
クレナとドゴラと違い、アレンの中では貴重な常識人枠であった。
「いらっしゃい。これはこれは、ゆっくり見て行って下さいね」
店の中に入っていくと眼鏡をかけた、カサゴ面の店主が挨拶をしてくれる。
アレンたちは宮殿にも入れるよう身なりの良い格好をしているので、丁寧な対応をしてくれる。
ここはかなりお高い店なので、相応の接客をしてほしいと見た目を整えてきた。
信用を言葉や態度ではなく、見た目で得ることができるなら、それに越したことはない。
「すみません。水晶の種はありませんか?」
2日前、女子会の話題になった水晶の種はないか確認する。
「水晶の種? あまり置いていないですね」
混んでいるお店であるが、丁寧に対応してくれる。
そして、ショーウインドウの下に隠してあったものを見せてくれる。
それは、野球ボールほどの大きさの水色に輝く玉のようだ。
「これが水晶の種ですか。綺麗ですね」
「今お店にあるのはこの2つだけですよ。1つ金貨100枚するけどどうしますか?」
それなりの金額がするようだ。
これは水晶花の種子のようなものだという。
これが、水流に流され移動し、行きついた先の海底で新たな水晶花が咲くという。
実際は帝都パトランタの市民総出で水晶の種を拾い集め、結構いい値でプロスティア帝国が買い取るということをしているらしい。
「2つともお願いします。この店にはもうないんですね?」
そう言って、今ある2つの水晶の種については即決して代金を払う。
アレンは含みのある言い方をする。
「ありがとうございます。そうなんですよ。お客様、宮殿の役人様ですかい?」
「そういうところです。この店には随分、世話になっていますが、水晶の種をあまり卸さずにすみませんね。ほかの店に良い値を受けてしまってね」
アレンは今日やってきた目的の1つを達成するために、話を続ける。
ペロムスも店主の態度に不自然さがないか注視する。
「ほかの店に? 当店も、他の店との付き合いがあります。新たな皇帝陛下は他店にも卸していないでしょう」
カサゴ面の店主は眼鏡を輝かせて、アレンの嘘を見抜く。
「これは、やはり、気づかれているのですね」
バレてしまったかという顔をする。
「もちろんですよ。商人たちの情報網は侮れませんよ。やはり、貴族たちのご機嫌伺のために配っているのですか?」
「まあ、そういったところです。今年も多くの水晶の種を飛ばすでしょう。その時は良い値で買い取ってくださいね」
貴族たちを軍門に下らせるためにイグノマスが宝物庫の中の物を配っている。
商人たちはそのことを把握しているようだ。
「もちろんですよ。贔屓にさせていただきます」
(あらあら、嘘ではないようだが、帳簿にもないんだが)
アレンは知力を上げて、今回の店主とのやり取りに臨んだ。
知力を上げているので、相手の嘘が大概見抜けるようになった。
しかし、それでも完璧とは言えず、今回のように大通りの一等地に店を構えるような歴戦の商人相手なら厳しい時もある。
きっと1、2割の確率で嘘を見逃してしまうだろう。
アレンは、ペロムスも見るが、首を横に振られる。
どうやら、同じく装備品で知力を上げて臨んだペロムスも目の前のカサゴ面の商人の態度に噓偽りがないように思えるようだ。
水晶の種を手にすることは、元々このプロスティア帝国にやってきた理由の1つだった。
しかし、宮殿の倉庫という倉庫、そして宝物庫にも水晶の種は無い。
ラプソニル皇女に念のために確認したのだが、宮殿の宝物庫には結構な量の水晶の種が在庫としてあるはずだと言っていた。
良い値で売れる水晶の種をイグノマスが貴族たちに配ったものだと、目の前の店主が言うように、元々は思っていた。
しかし、貴族たちを懐柔させるために宝物庫から配った品の中に水晶の種は無かった。
絵画や彫刻など他の美術品については帳簿に記録があるのだが、水晶の種だけが無い。
では、金貨に換えるために、商人たちに売ったのかというと、今のやり取りでそれも違うようだ。
貴族たちには不要だが、価値があり、いい値段で売れるものは商人たちに売却していた。
どこに何をいくらで売ったのか帳簿に記録があった。
しかし、水晶の種だけが帳簿に動きがない。
何かあった時のために3000個近い水晶の種を宮殿で在庫として確保しているらしい。
数ヶ月前の内乱以降、帳簿の動きが止まっているのだが、在庫は存在しなかった。
(何故ない? 帳簿に誰に配ったか載せられない理由があったのか?)
まだ把握できていないことがどうやらあるようだ。
アレンはもっと調べたほうが良いとペロムスに視線を送る。
ペロムスもそうだねと視線で返す。
アレンとペロムスが目で意思疎通しているとカサゴ面の店主が念を押してくる。
来月以降採れる予定の水晶の種の予定が、店主は気になるようだ。
年に一回、この巨大な水晶花だけが1万個近い水晶の種を放出する。
アレンたちが思案する中、新たに飛ばされた水晶の種は卸してくれると聞いて、店主の顔が一気に明るくなる。
このプロスティア帝国に来た理由はいくつもある。
シアを獣王にするため、獣王の証である装備品を手に入れるためであったり、聖珠を1つでも多く手に入れるためだ。
その他でいうとバフ系のスキルを持つ仲間を見つけるためだ。
魚人に多く誕生するバフ系の才能のある職業だが、目算がないので、見つかればいいな程度の目的だ。
そして、最後に装備品の強化だ。
水晶の種は名工ハバラクからもどうしても欲しいと頼まれていた。
この水晶の種は「造込」の素材だ。
ヘビーユーザー島で鍛冶をしてくれている名工ハバラクの工房を筆頭に、鍛冶の職人たちは鍛冶の才能がある。
星の数ごとの鍛冶職人の才能
・星1つ、村一番の鍛冶職人
・星2つ、町一番の鍛冶職人
・星3つ、国一番の鍛冶職人
・星4つ、世界一番の鍛冶職人
・星5つ、伝説の鍛冶職人
名工ハバラクは星4つで、その他9人の星3つの才能の鍛冶職人がヘビーユーザー島にいる。
この鍛冶職人の才能があれば、「加工」のスキルを得ることができる。
才能がないと基本的に鉄までしか加工できない。
ミスリルの金属を加工するには鍛冶職人の才能が必要だ。
星の数が高くなればなるほど、ミスリル、ヒヒイロカネ、アダマンタイトとより硬い金属の加工が可能になる。
星4つの才能のあるハバラクだからこそ、オリハルコンの加工が可能だ。
そして、もう1つ、鍛冶職人じゃないとできない才能がある。
それは、加工した武器や防具に一定の効果を付与する「造込」というスキルだ。
この造込というスキルを使うことで、武器には攻撃力以外にも、造込の効果をつけることができる。
武器に造込で付けられるものの例
・ステータス上昇
・クリティカル率上昇
・攻撃ダメージ上昇
・クールタイム減少
・属性付与
付与使いの魔法では、効果が一定期間過ぎると無くなってしまうが、造込だと永続的に効果が続いていく。
星の数が高くなればなるほど、ミスリル、ヒヒイロカネ、アダマンタイトとより硬い金属の造込が可能になる。
なお、星4つの才能がある名工ハバラクでもオリハルコンの造込はできないようだ。
名工ハバラクが可能な造込はアダマンタイトまでだと聞いた。
アレンの仲間たちはオリハルコンに武器と防具が変わりつつあるので、アレン軍の強化には造込された素材を使おうと考えている。
この水晶の種はかなり効果のある造込ができるようで、同じクラスの造込素材は限られている。
ローゼンヘイムなら、「世界樹の枝」が、かなり効果の高い造込素材だが、世界樹の伐採は牢獄行きだそうだ。
なんでも、落ちてきた枝のみ採取可能だという。
アレンはその話を聞いて、伐採せずに枝を採取しようと、世界樹の幹を召喚獣でステータスを上げて揺らしてみた。
エルフの女王が「そんなことを」と顔面を蒼白にして膝から崩れたのは、また別の話だ。
他にも、有名なもので、アルバハル獣王国もあるガルレシア大陸には、竜人族の里という、魔族と対を成すほど強いといわれる竜人が支配する里があるらしい。
そこで採れる「竜目岩」はとても良い造込素材になるとハバラクから聞いた。
「あとは、耳飾りだっけ?」
「そうだ。ペロムスにもバスクを見させた方がよかったな」
貴重なアイテムは鑑定スキル持ちのペロムスに見せるに限る。
「え~。魔神を目の前にしたら死んじゃうよ」
ペロムスはビビりながら言う。
最近も戦ったバスクは耳に耳飾りをしていたのだが、その効果はデバフ完全防御のようだ。
メルスの魔力が込められており、属性付与を完全に防ぐ。
バスクの耳飾りを思い出すアレンであった。





