第400話 ベクの行方①
アレンはプロスティア帝国の皇后と子供たち、そしてその家臣の貴族たちを救出した。
窓から覗くことができる宮殿は少し騒がしいように感じる。
シアがスキルを使って宮殿の分厚い壁に大穴を空けたので、その轟音は宮殿どころか、帝国民の住む城下町にまで届いたはずだ。
(ふむ、騎士たちは相変わらず監視していると)
「アレクよ。こちらを疑っている様子はないようだな」
一緒に救出劇を図ったシアが、同じく庭の外を歩く騎士たちを見ながら話しかけてくる。
騎士たちの挙動からも、こちらに対して一切の疑いは感じられない。
「そうだな。いきなり来ることはないと見ていいか」
「うむ」
アレンが窓から庭の外を見ると、騎士たちは相変わらず魔導具の監視を続けている。
この騎士たちはイグノマス将軍の手の者だと見て良いだろう。
なお、イグノマスは現在皇帝の椅子に座っているのだが、アレンの中では自らも手を出したこともあり、内乱は終わっていないのでイグノマス将軍という認識だ。
「少しは落ち着かれましたか? 皇后陛下」
身を清め、服を着替えた皇后に、頭を下げアレンが優しく声をかける。
一族郎党皆助け出したので、皇子・皇女たちが母である皇后の周りにいる。
そして、現状を理解できない子供たちが不安そうにこちらを見ている。
その横にはドレスカレイ公爵が寄り添っている。
公爵家ということもあって、ドレスカレイ公爵も皇族の血筋なのかなと思う。
「え、ええ。ありがとうございます。アレクと申しましたね。この礼はプロスティア帝国として必ず行います」
皇后はそう言うと、自らと一緒に捕まった家臣たちに子供たちを別の部屋に移動させるように指示する。
アレンたちの表情を見て何となく、ただ単純に自分らが助け出されたとは思わなかったようだ。
「今は気持ちを落ち着かせてください。あとは我々の方でなんとかしますので」
恩について肯定も否定もしない態度をアレンは取る。
(さて、内乱の解決か。他国の政治に手を出してしまったな。まあ、これは目的が目的なだけに仕方ないか。子供たちは助かって良かったな)
アレンは農奴としてラターシュ王国という国に生まれた。
その国では明確な身分があり、農奴もいれば国王もいる。
農奴であるロダンとテレシアの間に生まれ、貧しくも楽しい農奴生活であったと思う。
人は生まれながらにして平等という常識が前世にあるからといって、アレンには前世の記憶を元に国家や世界の在り様を変えようとは思わない。
それは召喚レベルが上がり、強い仲間たちができ、5000を超える軍を持ち、国家の在り様すら変えられる力を持っても変わらない。
それぞれの国には歴史があり、権力者である皇帝や王、そして人口の大半を占める国民が決めることだと考えている。
内政には興味がないというのが正直なところだ。
しかし、魔王軍討伐に向けて必要ならいくらでも手を出す。
シアを獣王にするのは、それがパーティーを強化することに繋がるからだ。
それ以外の理由で手を貸すのは、友人や恩人の頼みで動くことかなと、部屋の外に出される子供たちを見ながら考える。
今回はドレスカレイ公爵が投獄されているとカルミン王女やイワナム騎士団長に報告したところ、カルミン王女から救出を強くお願いされていた。
マクリスの聖珠を貰った礼もあるので、救い出すことはやぶさかではないと考えていた。
(ベクがいないからな。どうなっているんだ?)
プロスティア帝国の内部の政治には興味がなかったが、そうは言っていられない現状だ。
3日間かけて宮殿内を調べたが、アルバハル獣王国から魚人と共に去ったというベクがいなかった。
これ以上探すなら、帝都の城下町にまで捜索エリアを広げなくてはいけない。
アレンたちはプロスティア帝国に来るために、クレビュール王国を説得するところから始めた。
3日ほどかけて渡航許可を取りつけ、それから何日もかけて帝都パトランタにやってきた。
アレンたちよりも早く帝都パトランタに向かっているのであれば、ベクが宮殿にいてもおかしくはないと思った。
しかし、宮殿をくまなく探したがベクはいないようだ。
実は見当はずれで、プロスティア帝国は絡んでいないのかもしれない。
その辺の確認をするためにも、今回のイグノマス将軍の反乱で捕まってしまったドレスカレイ公爵を救出した。
「君たちは魚人ではないと? いささか信じられないが、そういうこともあるのか。地上ではアルバハル獣王国でも内乱が」
アレンたちがプロスティア帝国の属国のクレビュール王国の者たちという認識を持たれると話が進まないかもしれない。
ドレスカレイ公爵にアレンたちが自分らを救出した経緯を理解してもらう。
「それで、ベクを追ってここまで来たというわけです。何か知っていることがあったら教えてほしいです」
半信半疑の様子だが、とりあえず、どこまで信じるかはドレスカレイ公爵に任せることにして、話を進めることにする。
「そうですね。あのイグノマスが内乱を起こしたのは3か月ほど前になるかな」
プロスティア帝国で起きた話をしてくれるようだ。
(お? 結構経つんだな。俺たちが5大陸同盟の会議に参加している時期か)
そう言って、ドレスカレイ公爵が内乱の様子を教えてくれる。
イグノマス将軍は、普段は近衛騎士団の騎士団長の任についていた。
だから、動かせる軍は近衛騎士団に限られている。
イグノマス将軍は3か月前に近衛騎士団を使って、一気に宮殿を制圧したという。
帝都パトランタとその近隣に配置している軍は3つある。
近衛騎士団は宮殿を守る軍で、3つの軍の中で一番人数が少ないが、才能や装備では他の2つの軍を凌駕するという。
その他には、帝都を守る第一帝国軍と、帝都周辺を守る第二帝国軍がある。
軍の規模は、近衛騎士団が3000人、第一帝国軍が12000人、第二帝国軍が25000人ほどだという。
近衛騎士団の装備と才能に優れた精鋭軍により、あっという間に宮殿を制圧し、プロスティア帝国の皇帝はその時に討たれたという。
そして皇族たちや側近たちもことごとく捕まってしまった。
ドレスカレイ公爵も皇族の血縁者だったので捕まって投獄された。
「……近衛騎士団長だから、宮殿を占拠出来たということですね」
「そうです。騎士団長の任につかせていなければこんなことにはなっていなかったですよ。優秀であるから平民から取り上げていたのに」
(平民出身なのね。だが、内乱が成功するかどうかはその者の器量のはず)
アレンはイグノマス将軍の立場を理解する。
3つの軍の中で一番、皇帝を討てる可能性があるのは同じ宮殿にいる近衛騎士団だ。
しかし、そのあと第一帝国軍と第二帝国軍が反乱だと刃を向ければ、一番才能と装備に恵まれていてもかなり苦戦するはずだ。
内乱が起きないように3つの軍に均等に力を配分するのは定石のはずだと思う。
「その後のことは何か分かりますか?」
投獄された後のことで分かることはないか聞いてみる。
「イグノマスはその後、第一軍、第二軍に投降を勧めたと聞いています」
(皇帝は討ったからあとは俺に従えということか)
ドレスカレイ公爵の話では、近衛騎士団率いるイグノマス将軍は宮殿に立て籠もって、自らが皇帝であることを第一帝国軍と第二帝国軍に説いた。
割と丁寧に説得し、これ以上の流血は無用と2つの軍に呼びかけたという。
既に皇帝を討たれ宮殿を占拠されている状況を打破することは難しいと判断した2つの軍は、少しの間、膠着状態が続いたものの投降を決断し、イグノマス将軍に下ったという。
お陰で今では、第一軍も第二軍もイグノマス将軍の配下であるという。
現在進行形でプロスティア帝国全土の軍がイグノマス将軍の元に下りつつある状況だ。
(最小限の血で、帝国は陥落したということか。そんなに簡単にいくものなのか。ん?)
あれこれ教えてくれるので助かるなと思いながらもアレンは違和感を覚える。
「投獄後についても随分詳しいのは、情報提供者が宮殿にもいるということですか?」
ドレスカレイ公爵の話の内容が詳し過ぎた。
「当然ですよ。プロスティア帝国に長年仕えてきた家臣も多いですから」
牢獄に捕まった後の話も詳しくて助かると思ったが、内通者が多かったようだ。
アレンはそれを聞いてなるほどなと思う。
イグノマス将軍に反対する多くの王侯貴族が投獄されたが、投獄されずに宮殿内で活動する者たちも多いようだ。
大臣などの貴族だけではなく、近衛騎士団の騎士たちや役人、使用人などの召使たちの中にも、今回の反乱への反対者もいたようだ。
そういったプロスティア帝国側の者たちが獄中にいるドレスカレイ公爵に情報を提供していたようだ。
親子代々、プロスティア帝国に忠誠を誓ってきた者たちも大勢いる。
皇帝が討たれ、大勢がイグノマス将軍側にほぼ決まった状況でも諦めずに、様子を窺っているようだ。
なお、まだ20代そこそこのドレスカレイ公爵、その父は内乱の折に討たれてしまったようで、この場にはいない。
やはりプロスティア皇家の血縁者には容赦ないようだ。
「なるほど。では、もしかしたら宮殿は荒れるかもしれぬということか?」
アルバハル獣王国の獣王女だと名乗っているシアは、アレンと違ってドレスカレイ公爵に普通に話しかける。
宮殿内で人質に近い状況にあった皇后やドレスカレイ公爵が解放された。
これを機に騎士団の中に決起を起こす者はいないかと思う。
少し騒がしくなった宮殿が今以上に騒がしくなるのかとシアは言う。
「いや、大勢はイグノマス側だ。何もするなと言って聞かせている。それはないだろう」
既に大勢はイグノマス側にあるという。
だから、おかしなことはするなといっているが、ドレスカレイ公爵も皇后もいなくなった状況なので最終的にどうなるかは分からないらしい。
もしかしたら、牢獄からいなくなったことにより、イグノマス将軍に反対する者たちが暴発するかもしれない。
才能のある近衛騎士団のほとんどがイグノマス将軍に付き従っている状況だ。
恐らく、プロスティア皇族に従ってきた臣下たちがいきなり暴発することはないとドレスカレイ公爵は言う。
「内乱については十分に分かりました。ところで実はベクの行方を私たちは追っているのです」
アレンはドレスカレイ公爵にベクについて尋ねるのであった。





