第395話 貢物①
「ほう、特命全権大使をクレビュール王家が送ってきたというわけか。それにしても随分若そうだな」
クレビュール王家に貰った立派な服装をしているが、16歳になったばかりのアレンをジロジロと見ながら上級役人と思われる者は言う。
「はい、クレビュール王家は、帝国の信任を失いつつあると聞いて、私が指名された次第です。アレクと申します。お見知りおきを」
アレンはアレクという偽名を使った。
これは、アレンという名前が5大陸同盟内で随分有名になってしまったための対応だ。
アレンたちはベクがこれから何をしたいのか暴き、そして獣王の証たる、オリハルコンのナックル、防具、そしてクワトロの聖珠を取り返さなくてはいけない。
そのベクだが、どうも王城の内部に自らの配下を忍ばせていたようだ。
随分前から自らが獣王になれないことを知っていた。
用意周到に事を起こすために、自らの目や耳となる配下をそこら中に配置させていた。
アレン軍の中の獣人の中にもベクの目や耳がいるかもしれない。
「かも」というのは、シアは自らの配下の身辺を何度か確認している。
しかし、これまでにベクの配下であるという証拠は何も出てこなかった。
それは、シアと獣人部隊がアレン軍の中に入ってからも同じことだった。
今回、アレンたちはプロスティア帝国に行くことを伝えたのはアレンの仲間たち以外には将軍や団長など数えるほどしかいない。
ベクを捕え、獣王の証を取りにプロスティア帝国に来たことが、ベク側に情報が漏れたら、活動に支障が出る可能性が高い。
アレンはアレクという偽名を名乗っているが、それ以外の名前はこのようになった。
・セシルはセラフィ
・ソフィーはソラニス
・フォルマールはフォルニクス
・ペロムスはペロニキ
・シアはジョアンナ
・ルークはルーティ
獣王国の法律で2文字の名前しか与えられないというものがあるが、シアにはこの際、長めの名前を付けてあげた。
少々困惑しているシアに対して法律には、偽名を長くしてはいけないなんてものはないだろうと言って説き伏せた。
アレンはクレビュール王家から渡された国王と同等の権限を持つ特命全権大使であることの書状をこの港を取り仕切っている上級役人に見せる。
名前からしてでっち上げの書状だが、バレなければどうということはない。
「ほう。我はこの港を治めるプロスティア帝国入国管理局の局長のタイノメだ」
(おお、随分偉い上級役人が出てきたぞ。こいつが俺らの入国を断ってきたのか)
皆に命令をしている上級役人を目掛けてアレンはやってきた。
これから話を通さないといけないことがあるからだ。
アレンの目の前にいるタイの魚人は、花弁が数十キロにもなる、この巨大な水晶花の花弁1枚分を占有する巨大な港を支配する最高責任者だった。
そして、このタイノメ局長が、アレンたちがプロスティア帝国に入国したいといった際に正式に断った張本人だ。
正式な入国拒否の書面にはタイノメ局長の名と押印があった。
このタイノメ局長が断わらなければ、入国後の動きが変わっていた。
怒る部分もあるが、タイノメ局長はさらに怒っているように思える。
アレンたちが、プロスティア帝国の入国管理局の日程に無理強いさせて入国してきたからだ。
本来であれば、入国管理局に連絡したら「1か月は待て」とクレビュール王家は言われたそうだ。
アレンはタイノメ局長と分かったので、書状を渡すことにする。
そこには自らの立場をクレビュール王家が保証することと、カルミン王女がドレスカレイ公爵に会いに来たことが認められている。
「ふん、そうか。だが、特命の大使が来たところで長居は出来ぬぞ。さっさと貢物を移動させよ! 次の予定が詰まっておるのだ!!」
「し、しかし」
「くどいぞ! 我が会ってやったのだ。それで充分であろうが!」
粘ってみたら、怒鳴られてしまった。
そして、「やるのか?」とタイノメ局長の配下の騎士たちがアレンの下に一歩前に出る。
タイノメ局長はさっさと貢物を置いたら帰れと言う。
書状に対しても何の興味もなく、受け取るどころか、ほとんど見ようとしない。
タイノメ局長も、クレビュール王国がしたことを知っている。
プロスティア帝国の支配からの脱却を説く邪神教をあれだけのさばらせた。
魔獣だか何だかが氾濫し、受けた被害が甚大なため納税の恩赦を与えて貰い、プロスティア帝国の支援まで受けてしまっている。
(属国の風上にも置けないというのがプロスティア帝国の考えってことか)
タイノメ局長の侮蔑の視線を見ながら、置かれた現状を把握する。
クレビュール王国はプロスティア帝国から、このような目で見られているため、長期の滞在はできそうにない。
これではベクの調査も、ベクに支援した者の調査をすることもできない。
この状況ならカルミン王女も連れてきたのだが、将来の旦那さんのドレスカレイ公爵にも会えないだろう。
船から降りるときに窓から見えた、水晶花の花弁の中央に佇む王宮に、ベクの支援者がいるかもしれない。
ベク自身も王宮にいても、足を踏み入れることすら許されそうにない。
(と、ここまでは予想通りか)
このような扱いを受けることはある程度予想できた。
特にここ数年、邪神教を厳しく取り締まらなかったため扱いがひどいらしい。
王家に普段どのような流れで貢物を献上しているのか聞いたところ、港から倉庫に移して、何があるのか書状で報告して帰るだけらしい。
その際、王宮に呼ばれることなどそうそうないと聞いた。
とんでもない冷遇を受けるわけだが、今回ばかりはそれでは困る。
この帝都に長居しなければ、何も始まらない。
だから一芝居うつことにする。
「……」
アレンは無言で積み荷が運ばれていくのをタイノメ局長の横で見ることにする。
「ん? ……ったく」
すぐ横にいるアレンに対して、何のつもりだとタイノメ局長が言いたそうだ。
しかし、アレンはタイノメ局長を見ることなく、魚人たちの手によって船底の格納庫から港の倉庫に運ばれる貢物を、真剣な眼差しで見つめ続ける。
アレンは特命全権大使なので、小国とはいえ国王と同等の権限を持ってやってきた。
あっちに行けとはタイノメ局長は流石に言わないようだ。
巨大な船の格納庫の一番奥にある人の背丈の倍はありそうな、黒い物体を10人掛かりでゆっくりと運んでいく。
この積み荷を運ぶ集団には、魚人となったペロムスとフォルマールも参加している。
「プロスティア帝国は早く貢物を移送せよと仰せだ。早く運ぶのだ!!」
「「「は、はい!!」」」
イワナム騎士団長がさっさと運べと魚人たちに檄を飛ばす。
1辺3メートルにはなりそうな巨大な魔導具がゆっくりと運ばれていく中、ペロムスが重いと体勢を崩した。
「……ちょ、おわ!?」
(おい、もう少し自然にやってくれ)
ペロムスはこの積み荷を運ぶため、攻撃力5000上昇の指輪を装備しているので重くはない。
「む? 大丈夫か!? ペロニキ、落とすなよ」
「ん? うん、ありがとう。フォルニクス」
大きく地面に傾いたため、フォルマールがフォローに入り地面に落ちるのを防ぐ。
アレンから言われた通りにやっているのだが、かなり棒読みの会話だ。
「お、おい、そっちをしっかり持て」
「重いな。いったん地面に置くぞ」
「そっとな。貴重なものだと聞いているぞ」
打合せを聞いていない他の8人の魚人も連携を取り、声を掛け合いながら体勢を持ち直すため巨大な積み荷を地面に置いた。
「おい、しっかりと運ぶの……」
バランスを崩してしまい落としかけた貢物をしっかりと運べとイワナム騎士団長が言おうとした。
しかし、それは最後まで言うことはできなかった。
「ば、馬鹿な!? イワナムよ!! これがどれだけ貴重なものか分からぬのか!!」
アレンがとんでもない大声で叫んだのだ。
「な!? ど、どうしたのだ? アレクよ」
タイノメ局長は吹き出すように何事だとアレンに言う。
「も、申し訳ない。急ぎ運ぶようにと……」
タイノメ局長がどうしたのかアレンに聞くが、そんなことにも目もくれず、イワナム騎士団長の下に駆け寄りさらに叱り飛ばす。
「ば、馬鹿な。ゆっくりでよいわ! この魔導具の価値を知らぬのか!! この魔導具はこのアレクが懇意にしているバウキス帝国からの、皇帝陛下に対する献上品ぞ!!」
イワナム騎士団長を言い訳も許さず、アレンは顔を真っ赤にして叱り飛ばしている。
クレビュール王国の国王に長年仕えているイワナム騎士団長がここにいることを、タイノメ局長は分かっていた。
何度か会話をしたこともあるし、国王が王宮に呼ばれた際は必ずその後ろに立っていた。
王家直属とも言える近衛の騎士団長を頭ごなしに叱り飛ばす。
アレンの話の内容からも、この魔導具はバウキス帝国からプロスティア帝国に差し出されたもので大変貴重であるという。
アレンはイワナム騎士団長をひとしきり叱り飛ばした後、ようやくタイノメ局長の方を向いた。
「な、どうしたのだ、アレク殿? バウキス帝国が懇意にしている?」
どういうことかもう少し説明が欲しいとタイノメ局長は思う。
「い、いえ、申し訳ありません。この浄水の魔導具が壊れようものなら、国王と私の首だけでは済まないことになるところでした! 申し訳ございません!! 直ぐに問題がないか確認を致します」
アレンはタイノメ局長の言葉に、自らの失態であると深く頭を下げて謝罪した。
アレンはそう言って、壊れていないかこの場で確認すると言う。
魚人たちが様子を伺う中、アレンはどこか故障がないか必死に隈なく確認する。
「そ、それは……」
それほどのものなのかと、タイノメ局長は改めて運ばれる巨大な魔導具を見る。
そして、あることに気付いた。
アレンは自らとクレビュール国王の首だけでは済まないと言った。
その中に当然、この港を取り仕切る自分も含まれていることに気付く。
アレンの言葉はそのための謝罪であったようにも聞こえた。
それほど貴重な魔導具なのかと心配そうに点検するアレンを見る。
「問題はないようです。いや、一度運転させて、確認しないと……」
アレンは耳に入っているが、タイノメ局長の言葉が聞こえないほど真剣な眼差しでブツブツと何かを言う。
タイノメ局長には、確かに運び出す魚人が体勢を崩していたが、落としたようには見えなかった。
「これは、随分大きな浄水の魔導具のようだな? どれほどの規模で効果があるのだ? とんでもない効果があるのか?」
タイノメ局長は1つの可能性に気付いた。
魔導具は同じ効果でも、性能はまちまちだ。
部屋1つしか浄水できないものもあれば、王宮など巨大な建物全体を浄水できるものまである。
これだけ貴重だと叫んでいるのであるから、とんでもない効果があるに違いない。
もしかして、この帝都が誇るこの巨大な港1つを浄水できるかもしれない。
いや、それはさすがにないかと、タイノメ局長は自らの中で検討した仮説を否定する。
「私が聞いた話では、この帝都パトランタの大きさでしたら、……この10倍は浄水するだけの効果があるとのことです」
アレンは魔導技師団のララッパ団長から聞いた性能をタイノメ局長に伝える。
ララッパ団長の話ではバウキス帝国の帝都10個分だと言っていた。
同じ帝都なので、大きさも同じくらいなのでそんなもんだろうとアレンは答える。
「……え? すまないが、もう一度言ってくれ」
タイノメ局長はアレンの言葉が耳には入ったが理解はできなかった。
アレンはこの全長100キロメートルを超える円形の水晶花の上にあるパトランタ10個分の水を浄水させることができると言った。
「この帝都パトランタ10個分を浄水できると聞いております。300年は稼働すると聞いているのですが、いや~バウキス帝国は価値が分かっていない様子で、助かりました。まさかこのようなものをプロスティア帝国に献上することができるとは。実は私はこの大使の任を与えられる前は……」
バウキス帝国がこの浄水の魔導具の価値も分からず献上してくれたと言う。
アレンが特命全権大使としてやってくる前は、5大陸同盟の機構の中で、バウキス帝国との交渉を担当していることを改めて説明する。
「さ、300年……」
アレンの水を吐くようにつく嘘も、300年という言葉のせいでアレンの話がほとんど入ってこない。
そして、何となくアレンが叫んだ理由が分かってきた。
タイノメ局長にもこの魔導具がとんでもないということも分かってくる。
(よしよし、プロスティア帝国に最も輸入している魔導具の価値が分かってきたようだな)
タイノメ局長が口をパクパクさせながらアレンの話を聞く中、交渉が続いていくのであった。





