第387話 トマスの転職
アレンたちが、廃ゲーマーのパーティーのみでS級ダンジョン最下層ボスのゴルディノの攻略に成功してから3か月が経過した。
3か月間の間、最下層ボスのゴルディノを討伐することを日課に加え、毎日ゴルディノは倒してきた。
90体ほどのゴルディノを倒し、360個ほどの討伐報酬を手に入れることができた。
その中で、虹箱は10個出たが、思ったとおり出にくい分、かなり高価なものを手に入れることができた。
お陰でアレンはパーティーをさらに強化することができた。
ヘビーユーザー島については随分開拓が進んだ。
各町を繋ぐ道路も整備させ、人々は少しずつ交流を開始した。
最初の移住が始まってまだ半年も経っていないが、すでに2回目の収穫が始まった畑もある。
エルフやダークエルフによる木や土の精霊の力を借りたお陰で収穫時期はとても早い。
なんでも畑を休ませず連作できて、年3回は収獲できるという。
狭い島ではあるが、農作物だけでいいなら十分な食料を確保できそうだ。
そして、魔導技師団がアレン軍に参加したことにより通信の魔導具は整備され、全世界と魔導具で連絡を取り合うことができるようになった。
人々の暮らしにも、アイアンゴーレムやゴルディノを倒して手に入れた魔導具による快適な暮らしができている。
通常はアイアンゴーレムについては2パーティーで1日600体を目標にしているが、休みの日もある。
アレン軍についての打合せであったり、島の開拓状況の様子を見に行ったり、仲間たちの休息のためだ。
今日はそんなパーティー休日の日だ。
アレンはセシルとともに、転職ダンジョンの最下層にある転職の間にいる。
3つの課題を全てクリアして、転職ができる場所だ。
「これでトマスも才能ができるのね!」
「うん、そうだね」
「何よ。トマス、もっと喜びなさいよ!」
そして、トマスとレイラーナ姫もいる。
ついでにレイラーナ姫の御供の友達もいる。
ハルバートを肩に担いだレイラーナ姫がとても嬉しそうにトマスに話しかけている。
レベル上げを手伝い続けて、数か月経ち、とうとうトマスのレベルが60に達した。
「これで僕も才能が持てるようになれるのか」
妹のセシルには魔導士の才能があった。
亡くなった兄のミハイには剣士の才能があった。
3人兄妹の次男は、ずっと兄と妹に憧れていた。
横でもっと喜べとレイラーナ姫が言うが、トマスは混乱と喜びで頭がいっぱいになっていた。
上手く自分の考えがまとまらないが、横でレイラーナ姫が嬉しそうにしていることだけは分かった。
『そうです。前衛、後衛、中衛のどの職業をご希望ですか』
トマスの言葉にキューブ状の物体が反応する。
「この前、アレンが言った通りね。僧侶は選べないのね」
転職の細かいルールについて、アレンはレイラーナ姫に説明を済ませている。
そして、個別の職業については、選択できないことは納得してもらっている。
選べるのは、前衛、後衛、中衛の大きな役割のみで、どの職業になるのかランダムで決まる。
『そのとおりです。具体的な職業は選べません。ご希望に添えなくて申し訳ありません』
「まあ、いいわ。トマスが僧侶を手に入れてみせるでしょうから」
レイラーナ姫が斧槍使いなので、トマスは回復役の僧侶にしたいと思っていた。
(さて、ちゃんと僧侶になれるかな)
ペロムス廃課金自警団はほとんど才能有りだが、何人か才能無しもいた。
自警団長のレイブンや副団長のリタもそうだし、傭兵団を結成していた当初から参加者であったり、人格が良かったため雇っていた者もいる。
アレン軍については、軍を結成し、かなりの月日が流れたこともあり、軍の兵も自警団についても全て転職が済んでいる。
しかし、本人の希望の職に就けないのが現状だ。
「えっと、アレン。後衛でいいんだよね?」
「そうです。後衛を選べば、僧侶になれるかもしれません」
トマスの質問に改めてアレンは答える。
「じゃあ、後衛をお願いします」
『分かりました。後衛でございますね。では、この箱を浮いている私より高く投げてください』
20面体のサイコロのようなものを渡される。
(今回は、サイコロで選ぶのか)
トマスの目の前で、20面体に1面1面に職業が書いたサイコロが浮いている。
これを投げて、出た目の職業が選択されるようだ。
アレンは何度か才能無しからの転職に立ち会っているので、理屈は理解している。
そして、サイコロだけではなく、あみだくじ、ルーレットだったりと才能を選ぶ方法は1つではないようだ。
サイコロの場合は、20面の中に僧侶が1面あり、何も書かれていない白紙の面が2つある。
この白紙の面を選ぶと好きな職業になれるという説明をキューブから受ける。
20分の3の確率で僧侶になれるのだが、レイラーナ姫の強いプレッシャーの中、トマスはサイコロを握りしめ、天高く放り投げた。
(何が出るかな。何が出るかな)
頭の中で、前世で聞き慣れた音程が流れてくる。
そして、地面に落ちた面の多いサイコロはゆっくりとバウンドしながら、1つの職業を決定する。
「え……、ちょっと!? 楽士じゃない! そこになおりなさい、トマス!!」
「ひい!? すみません!!」
出た目は「楽士」という職業であった。
僧侶じゃなかったため、トマスはレイラーナ姫にコブラツイストを食らっている。
こういうのを理不尽と呼ぶのかもしれないなとアレンは見つめる。
セシルはそれを見て何も言わないようだ。
これを見て、アレンにいつも乱暴をして申し訳ない気持ちになってほしいとアレンは願う。
「アレン、楽士ってどんな職業?」
締め上げられている兄を後目に、セシルが初めて聞いた「楽士」という星1つの才能の職業について聞いてくる。
「楽士っていうのは、楽器を使って主に仲間のステータスを上げたりするバフをする職業だな。似た職業に詩人というのもあるな。こっちは楽器じゃなくて歌だな」
アレンが欲しがっていたバフ系の職業にトマスはなった。
アレンはいくつかの職業を探している。
その中の1つがバフ系の補助を専門とする職業だ。
ソフィーもどちらかというとバフや回復系だが、精霊の力を借りるのとは別の職業なら補助が重なって相乗効果を生むことができる。
S級ダンジョンでも体験したが、違う種類の補助は重なることが多いので、職業は多ければ多いほどいい。
「じゃあ、楽術師レペさんみたいな感じかしら」
アレンもセシルもS級ダンジョンを一緒に攻略した、十英獣の1人の楽術師レペを思い出す。
「そういう感じだ。そうか、トマスさんは楽士か」
(何か完全な道楽貴族の道を歩んでいるな。俺のせいじゃないからね)
楽器を使い、仲間を鼓舞する才能をトマスは手に入れた。
トマスは道楽貴族の道をまっすぐ進み続けていることを、アレンは自分のせいではないと心の中で言い訳をする。
なお、才能無しのトマスはもう一度転職することができる。
その時は楽士のレベルだけでなく、スキルレベルもカンストしなくてはいけない。
「……仕方ないわね。せっかく、才能が出来たんだから、お祝いは必要かしら」
そう言って、レイラーナ姫はアレンたちを見る。
(ん? この感じは、相変わらずこの姫さんはおませさんだな)
「申し訳ございません。御一緒したいのですが、レイラーナ姫様。私たちはこれから予定がありまして……」
「そう! それは仕方ないわね。お祝いはこちらでしておくわ」
何か訴えるように見るレイラーナ姫の視線を察し、アレンはお祝いの席を辞退する。
何か、2人でお祝いがしたいようだ。
セシルが、兄であるトマスを睨みつけて、「変なことするんじゃないわよ」と視線で訴える。
トマスは「もちろんだよ」と頭を上下に振る。
流石兄妹、以心伝心するなと思いながら、転職ダンジョンを出てから学園都市をセシルと共に後にした。
「ただいま」
「アレンだ。早かったね!!」
2区画分買い占めたS級ダンジョンの拠点の改築も概ね終わっている。
ヘビーユーザー島の開拓が概ね終わったので、学園都市の拠点とS級ダンジョンの拠点もアレン軍が活動しやすいように改築を進めた。
アレン軍も1日中、ダンジョンに通わせるより、こういう開拓も気分転換になるのではという意見が出た。
1日中ダンジョンにいてもアレンは困らないのだが、そういうものかと受け入れた。
建物がいくつにも分かれていたので効率悪いと、壁もぶち抜いて2つの建物を建てた。
その中央には訓練用の広場も作っている。
クレナとドゴラは、休みの日は稽古だ。
朝飯を食べてから出かけて、昼になるとたらふく昼飯を食べて、夕方遅くまで稽古を続ける。
特にクレナは、ドゴラが自分のステータスを上回って嬉しいようだ。
本気で切りかかっても、今のドゴラなら何も問題もない。
ドゴラは今なおレベルが止まることなく上がり続け、今ではレベル95だ。
ドゴラにとっても両手斧術の練習になる。
アイアンゴーレムやゴルディノは的が大きすぎて動きが雑になりやすい。
バスクのような相手には、立ち回りについても、武器の捌き方についても、もっと繊細な動きが要求されるようだ。
スキルとしては表示されない経験値を取得するため、休みの日はいつもクレナや他の兵と稽古をつけている。
「ああ、シアは見学か?」
入口近くで、ぼーっと見学するシアに話しかける。
「ん? ああ、そうだな。もうすぐお昼らしいからな」
お昼だから、昼飯に呼びに来たという。
その割にはアレンたちが転移してからずいぶん見学していたなと思う。
クレナとドゴラにも昼飯だと伝えると、クレナがアレンたちを追い抜いて食堂に向かう。
食堂に入ると、せわしなくヘビーユーザー島の住人がひっきりなしに料理を運んでいる。
彼ら彼女らは島に続く新たな生活場所として、2つの拠点で仕事をしてもらっている。
アレン軍の中でも、こういった生活に欠かせない調理であったり清掃であったりの仕事がある。
結成当初は兵の中の役割分担でそういう持ち場についてもらおうとも思った。
しかし、アレン軍は兵に既に金貨1億枚以上投資している。
この3か月で兵に対する投資額は金貨1億枚を超えてしまった。
そんな兵たちには戦いに関わる部分に集中してもらいたい。
ヘビーユーザー島には、市長のペロムスが島の町民に仕事を斡旋した。
給金を相場の3倍にしたため、マジですかと人が殺到する。
お陰で抽選したり、既に料理等の経験があるものを優先した。
昼時の大賑わいの拠点の食堂の一角にアレンたちは陣どる。
これもアレンの発案で、食事はみんなで取るものだという強い主張があったからだ。
この主張に対してアレンには一部の幹部の人たちだけと食事をしてほしいという、ソフィーの意見を一蹴した。
アレンには皆で食事を摂ることが当然だという考えがある。
席についてしばらくすると、親の仇のようにクレナが肉を食らっている。
最初のころは兵たちはひいていたが、最近は慣れたようだ。
「ん? ルド将軍はまだ獣王国と連絡を取っているのか?」
「そのようだな。ずいぶん時間がかかっているな」
ルド将軍から、アルバハル獣王国で本日次期獣王が決まるという話があった。
獣王位継承権を持つ、ベク獣王太子、ゼウ獣王子、シアの誰を次期獣王にするのか決まるので冒険者ギルドの通信の魔導具に張り付いてもらっている。
そろそろ結果が決まるかなと思っていたが、まだ戻ってきていないようだ。
結果が分かっているなら、アレンたちが待つ食堂にまっすぐ来るはずだがまだいない。
今日はそういう用事があったので、レイラーナ姫に、トマスの転職の祝いの席を辞退させてもらった。
アレンたちに遅れて、アレンのパーティーの1人であるルークも食堂にやってくる。
「お!? もう飯じゃん。腹減った~」
「もう、ルークトッド様、午前中にやるといった範囲がまだ終わっていませんからね」
「飯だ飯だ」と食堂に入るルークを追うように、習い事の講師兼世話役を務めるダークエルフが口を酸っぱくしながら後を追う。
勉強をサボり気味のルークと、必死に勉強を教える講師の関係もいつものことだ。
「わかったよ。昼飯食ったらやるよ」と言いながら、アレンたちの元にルークがやってくる。
アレンが横にいるセシル越しにルークに視線を向ける。
そのときであった。
セシルの後ろを通る際、ルークはおもむろにセシルのスカートを盛大に捲った。
あまりに自然な行為であったため、皆が固まってしまう。
(ふむ、かぼちゃパンツだな)
「……!? こ、殺すわ! このエロガキ!!」
数秒間、時が止まってしまったセシルの拳にかつてないほどの力が込められていく。
そして、時が動き始めたのと同時に、鬼のような顔をしたセシルが逃げ出したルークを追いかけるのであった。





