第357話 戴冠式②
アレンは祈る信者の数によって、上位魔神を倒せる力がドゴラの持つ神器カグツチに宿るか火の神フレイヤに確認する。
キールは何が言いたいか分かったようだ。
ドゴラは話が飛びすぎていてよく分かっていない。
この数日、ドゴラにあれこれ聞いたのだが、どうも祈りの力を全て使い果たしている。
これから、火の神フレイヤを信仰していたバウキス帝国に吸収された旧メルキア王国に、「また祈れや」って言おうと思っていた。
使徒になってしまったドゴラには、火の神フレイヤに対する人々の祈りの力が必要だった。
火の神フレイヤへの信仰が、神器に宿り、ドゴラの力になる。
ドゴラの挑発を受けた火の神フレイヤが今後のことを考えずに、バスクを倒すため神力を全て使い切った。
火の神フレイヤは直情的で計画性のない神の可能性がかなり高い。
現在、人々からの信仰を経て得られる神力が切れた状態で、アレンはこの状態のドゴラを「ガス欠ドゴラ」と名付けている。
ガソリンを注ぎ込むには行動に移さなくてはいけない。
四大神の一柱のフレイヤに信仰する者が少ない事にはいくつか理由がある。
まず、信仰していた鍛冶職人たちは、ダンジョンから武器と防具が大量に出るため、数を減らしていった。
信仰そのものを無くした者も多い。
ダンジョンマスターディグラグニが集めた信仰を湯水のごとく使って、S級ダンジョンの報酬や武器、防具、魔導具、ダンジョンの拡張等に使っている。
火を司る神だからといって、魔法使いも火の神フレイヤに祈るわけではない。
魔法には魔法専属の神がいる。
魔法の神イシリスという。
魔導王セシルも含めて、魔法使いが魔法を使う際に構成する幾何学模様は、魔法の神イシリスに交渉するために必要な神学文字だと言われている。
エルフたちも火の神フレイヤの前に火の精霊たちに祈る。
では、大地や風、火や水など自然そのものへの感謝や祈りだが、真っ先に思い浮かぶのは、恵みの神である豊穣神モルモルだ。
そして、大地の神ガイアであったり、渇きを癒す水の神アクアを人々は祈りの対象に思い浮かべる。
祈る者がいないわけではないのだが、魔王に攻められている時代的な背景も重なって、火の神だけに祈りたいという者は年々減少の一途をたどっているのが現状だ。
今ここに、エルメア教を信仰しておらず、祈りの拠り所を失った5000人の信者がいる。
この大陸全土で1万人を超えるであろう迫害の対象になった信者たちがいる。
彼らが祈れば、どれだけの力になるのか。
ぶっちゃけ、魔神を狩るだけの力になるのか知りたいとアレンは尋ねる。
『い、1万人もわらわの信者になるのか? であるなら、そうだな、時間はかかるが、あのデカブツを倒したくらいの威力は出るはずだ』
火の神フレイヤはバスクの名前など興味なく「デカブツ」という。
バスクは2つ名どころか1つ名も覚えて貰えなかった。
(マジか。上位魔神になったバスクを狩るだけの威力になるのか)
どれだけ時間がかかるのか知らないが、これはかなりの朗報だ。
上位魔神に対して一撃必殺のある仲間の存在は戦術の幅を広げることができる。
「もちろんです。好きに祈らせてあげてください」
煮るなり焼くなり好きにするようにとアレンは悪い顔をして言う。
枢機卿や神官たちはキールに何の話をしているのかと困惑しているが、キールは首を横に振って少し待つように言う。
『そ、そうか。わらわの信者か。ふふふ』
火の神フレイヤの声が歓喜で裏返ってしまっている。
「しかし、火の神フレイヤ様、ここは一度お姿を見せた方がよろしいかと」
『む、何故だ?』
「あ、アレン、こんなこと本気でやるの……」
セシルがさらに呆然とする。
そして、皆が呆然とする中、アレンと火の神フレイヤの会話は続いていく。
「人々は神に比べて足りない部分が多くございます。やはり救いの手を差し伸べたのが誰なのか、はっきりとさせた方が良いかと」
間違って別の者に感謝しては意味がないと言う。
この現状を救ったのは誰なのか、誰のお陰なのか、誰に祈る必要があるのか、人々に知らしめるべきだとアレンは言う。
確実に全力で、獣人が祈る獣神のごとく祈ってもらわねば困るとアレンは考えている。
『それは確かにそうであるな。しかし、何も条件のないことで、姿を見せるわけにはいかぬ』
神には神の理がある。
だから出て来れないと火の神フレイヤは言う。
神が簡単に地上で力を発揮すれば、それは調和の壊れた世界だと聞いたことがある。
だから精霊神は本来のライオンのような姿を抑え、モモンガの姿のままでいるし、手助けするのは「精霊王の祝福」のみだ。
神が人々の願いを聞き入れるのに契約や代償を求めるのもそれが理由だ。
その結果、プロスティア帝国の皇太子マクリスは魚になったし、1つの国はモルモの実しか生らなくなった。
人々の調和が壊れることに繋がりかねないので、簡単には神は人の前には出て来れないようだ。
「たしかにフレイヤ様のおっしゃる通りでございます。しかし、今は特別な時なのです。この状況に見覚えはありませんか? 降臨祭にございます」
『こ、降臨祭。なるほど! これは降臨祭の階段ということだな!!』
アレンは自らの知識をフル稼働して、火の神フレイヤを説得する。
その際に使ったのは「降臨祭」だ。
年に1度、教都テオメニアの神殿に降臨した数柱の神々は、高台の上の神殿から、階段から降りて集まる群衆に神の御力を見せると言われている。
(やはり、降臨祭に神々は出たいのか。信仰を集めるチャンスだからな)
アレンは自分の提案が当たっていたことに内心ほくそ笑む。
降臨祭の際には、創造神エルメアが現れ、数柱ほどの神が一緒に降臨する。
数多の神がいる中で、年に1度に現れる枠はとても限られている。
アレンの記憶では、降臨祭でここ最近、火の神フレイヤは選ばれていない。
直近で降臨祭に四大神枠でやって来たのは水の神アクアと大地の神ガイアだったと記憶している。
「今回は、数十年に1度のキールが教皇になる大事な戴冠式。懐の深い火の神フレイヤ様が、その美しいお姿を民に見せたとそういうことでございます」
特別な状況であるので、簡単に姿を見せたわけではないと火の神フレイヤに囁く。
神殿の階段を模した階段に、キールが教皇見習いになる戴冠式だ。
『ほう?』
「そして、その時、火の神フレイヤ様の救済を求める信者が、たまたまいたとそういうわけです」
『それならエルメア様も納得するかもしれないな。しかし、わらわは民の救済など軽々しく出来ぬぞ』
「そのようなことは使徒にお任せください。火の神フレイヤ様にその御心をお見せいただく。それだけで私たちは動くことができます」
「見習いだ!」というキールの苦情申告は聞き流す。
ドゴラは何か仕事が増えたなと深くも考えずに聞いている。
『ソフィアローネ、ごめん。ちょっと眠くなったよ。はは』
「え? ろ、ローゼン様?」
その瞬間、精霊神ローゼンは目をつぶり、ソフィーの腕の中で深い眠りにつくことにした。
ここから先は、絶対に見ても聞いてもいけないことのようだ。
「ですので、ああして、こうして。こんなこともできると助かります」
『なるほど。その程度なら問題はないぞ。そなたは頭が切れるようだな』
「フレイヤ様ほどではございません」
『そうかそうか。そなたはアレンというのだな。覚えておこうぞ』
「ありがたき幸せでございます」
アレンが悪い顔をしながら細かい打ち合わせをする。
「あ、あの。って、ふ、フレイヤ様!!」
10万を超える群衆の前で打ち合わせをするアレンに何事だと枢機卿が歩みを進める。
枢機卿にはデカい斧と話をしているようにしか見えなかった。
まさに話しかけようとしたその時、打ち合わせの終わった火の神フレイヤが神器カグツチから出てきた。
火の粉がパチパチと輝く中、真っ赤な長い髪をまっすぐ伸ばした女性が階段から少し高い位置に浮いている。
アレンとの打ち合わせの通り、神力を使って見た目を最大限良くしている。
煌めくように火の粉を纏った火の神フレイヤを見て思わず、枢機卿が腰を抜かした。
枢機卿、神官たち、神兵たちと波紋状に感嘆の声が一気に広がっていく。
『そこの母子よ』
「は、はい」
『そなたらの苦しみは、あい分かった。わらわの使徒が、そなたらの助けになろう』
「ほ、本当でございますか!?」
そう言うと、火の神フレイヤは母子を熱がほとんどない優しい火に包んであげる。
まるで全てを包み込まれたかのような安堵感を覚える。
(さて、メルス召喚っと)
『本当にやるのか? 私は知らんぞ、アレン殿の召喚獣なのだからな……』
アレンは王化して神々しくなったメルスをこの場に召喚した。
空中で火の神フレイヤに膝をつき、首を垂れる。
まるで創造神エルメアも、今回の一件に同意しているように見える。
メルスは心を無にしており、ただ召喚獣としてこの場にいただけだと自分に言い聞かせる。
「メルス様だ!?」
「なんと神々しいお姿だ」
「やはり、創造神エルメア様は我らをお見捨てにならなかったということか」
火の神フレイヤと元第一天使メルスの登場に広場の人々は波のように一気に頭を下げていく。
枢機卿も階段の途中のバランスの悪いところで階段に顔が付くほどの勢いで跪く。
『苦しむ民を火の神フレイヤは見捨てたりはしない。連れて行こうぞ! 天上の園へ!!』
火の神フレイヤは目指すべきは浮いた島だと言い、両手を天に掲げる。
するとこの場の上空一面に小さな火の玉を埋め尽くすように浮かべる。
まるで、天が輝いているようだ。
蛍の光のような、火の玉がゆっくりと地面に降りてくる。
人々は触れてみるが温かい程度でほとんど熱くない。
完全に演出のみで、熱量を抑えた火の神フレイヤの御業だ。
目指すべきは浮いた島であると火の神フレイヤは宣言した。
フレイヤの声は全ての人々の心に吸い込まれていく。
人々が膝を地面についたまま、天井を埋め尽くす火の光を見つめる。
「は、はい。火の神フレイヤ様。お助けいただきありがとうございます」
『そなたらの苦しみは、あい分かった。もし、まだ苦しむ者たちがいるというのであれば、この場にいる全ての者もわらわの使徒を頼るがよかろう』
広場の全ての人の心に直接訴えかけるような声だ。
それを見た、元邪神教の信者たちが感銘を受けて多くの者が泣き始めた。
「人々に救いの道を指し示していただきありがとうございます」
階段の方に小躍りするように戻って来た火の神フレイヤにアレンは改めてお礼を言う。
『うむ。ぬふふ』
火の神フレイヤはニマニマしながら、神器カグツチの中に消えていった。
こうして、人々が神の御業により呆然とする、戴冠式が幕を下ろしたのであった。