第322話 チームソフィー② 里(1)
浮いた島から西に移動して、その先に広がっていたのは朝日に照らされる砂漠地帯であった。
薄く黄みかかった砂がどこまでも続く中、異色の紫の何かが砂の上に大きくへばりついているのが分かる。
「うん? おはよ……。あれ? ソフィー起きていたの?」
メルルが操縦席の前に備え付けられた窓の前に立つソフィーを見て気付く。
タムタム「モードイーグル」はメルルの魔力を消費する。
定期的な魔力の回復は霊Aの召喚獣が魔力の種でするのだが、何かあった時のために3人まとまってこの部屋で寝ていた。
夜番とかは霊Aの召喚獣がするので寝ていても良いと、霊Aの召喚獣が伝えていたのだが、ソフィーは早く目覚め、窓から外の景色を見ていた。
メルルは気付かなかったのだが、フォルマールも起きている。今日も寡黙にサイドの窓から外を見ながら傍に控えている。
「いえ、メルル。私も今起きたところです。それにしても見てください」
「あれ? なんだろう? 砂漠に紫のスライムか何かがいるよ」
「恐らく、オアシスのなれの果てです。オアシスに作られた街がこのムハリノ砂漠にあると聞いています」
「え?」
連合国のある大陸の中央から真っ直ぐ西に光の柱は走っていた。
そして、その終着駅は砂漠に点在する中でもオアシスに作られた街だった。
元の色は知らないが、遠目でも分かるほど街は腐敗し、オアシスの湖は汚染されている。
それを見ながら、ソフィーはアレンの言葉を思い出す。
何故、教都テオメニアで起きたことと同じことが他国で起きたのにそれを知らなかったのか。
他の2つは知らないが、西の光の柱が生まれた地が助けを求めなかった理由は分かった。
連合国の西方面の特に端の方は砂漠が広がっている。
そこは誰も人が住めない環境ではない。
大きな砂漠の中に点在するオアシスや、地下水が豊富にあるところに人々は街を作り暮らしていた。
この広大なムハリノ砂漠と呼ばれる砂漠にある街は、都市国家と呼ばれる国家の運営方式を取っている。
それぞれの都市国家は貿易面で一定の協定を結ぶものの、最小限の干渉で独立している。
エルマール教国やラターシュ王国のように自然豊かな国と違い、砂漠が広がっているため、都市国家間の距離がかなり離れている。
通常の国家なら大体歩いて2~3日の距離に1つは大小の街や村を作るのが基本だったりするのだが、このムハリノ砂漠では歩いて10日以上離れた位置に都市国家が点在している。
ソフィー達が見つめる先には大きなオアシスがあり、この辺りでも有名な都市国家があった。
しかし、オアシスの街を出れば、そこは永遠に広がる砂漠だ。
魔獣のいる世界なので、食料や水を持って逃げても、そのうち砂漠に生息する魔獣に襲われてしまう。
教都テオメニアのように魔獣たちや邪教徒たちが現れたら、きっと逃げ場はなかったのだろう。
ここに何万人か何十万人いたか分からないが、人々は逃げ場を失い、代わり果ててしまった魔獣たちの餌食になったか、自らも邪教徒になったと思われる。
「ひどいことをしますね」
ソフィーはそれ以上の言葉が見つからない。
どれだけ苦しんだ人がいたのか想像し、怒りに震えてしまう。
助けを求めなかったのではない。
求める間もなかったのだと、腐敗したオアシスに隣接する大きな街を見ながら思う。
「ソフィー、どうしよう。アレンは、光の柱のある街は最後にしろって言っていたよね?」
「そうですわね」
今回の作戦はまずは街や村の救済を最優先にしている。
そのため、光の柱には教都テオメニア同様に魔神がいる可能性もあるので、救済を終えた後で良いと仲間たちが別れる前にアレンは言っていた。
「ソフィアローネ様。まずは里によるべきかと。ここから、そこまで離れていないかと」
「そうですわね」
「里?」
フォルマールが次の目的として告げた場所がどこなのかメルルだけ分からなかった。
「ええ、移動中お話しますので、行っていただきたい場所がございます」
「うん。分かった。案内して」
メルルは地図用石板の表示された自らの位置を確認しながら旋回をして方向転換をする。
ソフィーの指示のもと、目的地を目指していく。
そして、何時間も何もない砂漠を進んだ。
「あ、大きな街がある! って、木だよね?」
メルルが大きな建造物を発見する。
ソフィーに案内されてたどり着いたのは街を囲む巨大な外壁であった。
教都テオメニアの外壁より数倍は大きな外壁に守られた街だった。
そして、それ以上に目につくのは、街の中央にある巨木だ。
数百メートルはあり、巨大な外壁も最初小さく見えた。
「そうです。それにしても、既に戦いは始まっていたようですね」
「うん。って何あれ? 変なのが外壁にへばりついているよ」
タムタム「モードイーグル」の前面の窓は拡大鏡の機能がある。
外壁にこびりつくように蠢く何かを確認したため、拡大してみるとそれは魔獣のような何かだった。
上半身は砂漠に住む人が愛用しそうな服を着た人間で、下半身は人間部分の2回り大きなサソリだ。
そして、外壁を登ろうとしたり、正門であろうか、大きな門に集まり、尾の先を使い必死に叩いている。
「きっとあれが、この辺りの邪教徒の姿なのでしょう」
ソフィーは変わり果てた魔獣と人の混成のような姿を、砂漠に適応した邪教徒の姿だと予想する。
そして、その下半身のサソリの姿を活かして砂漠を渡り、この街に攻めてきたようだ。
巨大な外壁には兵が乗るための十分な幅があるようだ。
魔法使いもいるようで外壁から火の玉が生まれ、蠢く邪教徒を燃やしたり、矢を射るなど応戦をしている。
邪教徒だけでなく、砂漠にいそうな蛇やトカゲの大型の魔獣もいるようだ。
いつから戦っているのか分からないが攻防は拮抗しているように思われる。
「ソフィアローネ様、私たちも戦いに協力しましょう」
「ええ、メルル。もう少し接近してもらってもいいですか。私たちはあの里を救うことにします!」
「うん。分かった!」
街を守るため戦うということで行動の方針は決まった。
街から1キロメートルほど離れていたが、さらに接近を試みる。
ガンガン前進していき、800メートル、500メートル、300メートルまで近づいた。
「これ以上近づくと、攻撃を受ける可能性があります。メルル。一旦停止を」
街まで300メートルの位置で止まったが、外壁の上の兵が騒いでいることが分かる。
既に弓で狙いを定めている者もいるので、タムタムを空中で停止させる。
「うん。ソフィーたちは降りるんだよね」
「ええ。アレン様が1体、グリフを置いていてくれましたので」
タムタムから出る搭乗口に鳥Bの召喚獣が1体待機している。
メルルを残して、フォルマールを先頭にソフィーと2人で跨ると、タムタムの下部に設けられた搭乗口がゆっくりと開いていく。
『じゃあ、あたしからいくよ。ウケケケケ』
一緒に同行していた霊Aの召喚獣が、不気味な笑い声を発しながら、先陣を切るという。
「ええ、助かります。では、派手に行きましょう!」
霊Aの召喚獣は頷き、木槌を握りしめフワフワと地面に落ちていく。
そして、握りしめた木槌を砂漠の砂に振り下ろした。
『地縛呪!!』
衝撃が砂に円状の波紋を生む。
『『『ウァアアアアアァァァアアア!!』』』
『『『!?』』』
亡霊や骸骨が砂の中から現れ、外壁の上の兵たちも驚愕する中、邪教徒や魔獣たちの動きを封じていく。
アレンの召喚獣にはあまりに強い能力の場合に制約があるものも多い。
完全な能力の特技や覚醒スキルはランクが上がっても少なかったりする。
霊Aの召喚獣の覚醒スキル「地縛呪」は敵の動きを封じる能力だ。
封じていられる時間は魔獣のランクによって異なる。
魔獣のランクSはほぼ効果がない。
魔獣のランクAは10秒程度動きを封じる。
魔獣のランクBは10分程度動きを封じる。
魔獣のランクC以下は1時間程度動きを封じる。
系統に関わらず効果があるのだが、浮いている魔獣には効果がない。
壁や木でもいいのでへばりついていれば、半径1キロメートルの範囲で効果が及ぶ。
クールタイムは1日だ。
「始まったね。僕も行くよ!」
メルルは魔導盤にバルカン砲(小)を4つ装着することができる。
タムタム(モードイーグル)のまま銃口を、外壁を破壊しないよう、魔獣たちに向け蹴散らしていく。
なお、戦う前の作戦で10秒ほど経って動き出した魔獣はAランクだと思われる。
それらは一緒にやって来た2回の産卵と王台を発動し、合計1000体を超えた虫Aの召喚獣、親ハッチ、子ハッチの使役針で使役させることにする。
3チームに分かれたため戦力が分散されたこともあり、使役できる魔獣は使役したほうがいいという作戦だ。
1時間かそこらで外壁の前にへばりついた邪教徒たちと魔獣たちを一掃した。
外壁の上にいた兵たちは明らかに警戒をしていたが、自分らを狙わず戦いを続ける姿を見て、なんとか応援が来たという認識を持てたというところだ。
戦闘中、何本か矢が飛んできたが、そんなのは無視できるほどの威力でしかない。
「じゃあ、行きましょうか。メルル」
「うん」
メルルは魔導盤にタムタムを仕舞い、フォルマールを従えたソフィーと共に街の正門にやって来る。
正門は何も反応がない。
しかし、ソフィーは無言で正門が開くのを待つようだ。
それから数十分が経過する。
兵の1人が巨大な門の隣にある通用口から出て来る。
鎧を着ているが、頭の兜は脱いでいた。
灰色の髪、長い耳に褐色の肌をしている。
見た目は10代後半かそこらに見えるその男はソフィーたちに言葉を発する。
「ここはダークエルフの里ファブラーゼだ。助力は感謝する。しかし、ここは外と隔絶した里だ。すまないが、中に入れるわけにはいかぬ掟なのだ。……え? あなたは?」
入ったら駄目であることが待っている間に決まったようだ。
しかし、ダークエルフの兵は最後まで言えなかった。
吸い込まれるようにソフィーの金色の瞳を見つめるのであった。