第274話 調和
アレンたちはブロンズゴーレムを倒した後、2日ほど3階層を探索して拠点に戻った。
アイアンゴーレムがいると思われる鉄の間に入っての連戦はしなかった。
「へ~じゃあ、5階層には階層ボス以外に3体のボスがいるってことだね」
「恐らく、そんな感じですね。たぶん一番弱いブロンズゴーレムでも、かなり強かったですよ」
「それはどれくらい?」
「う~ん。総合的に魔神レーゼルの変貌した状態よりやや弱いくらいでしょうか」
アレンはブロンズゴーレムの両手のドリルパンチが脅威だったこと。
恐らく耐久力の低い後衛が一撃でもこのドリルパンチを受ければ即死する。
これを際限なく連撃してくる。
耐久力も高く、魔神レーゼルのようにほとんどの物理及び魔法攻撃が通じなかったこと。
体力も高く、高威力の魔法やスキルを使っても中々倒せなかったことを説明する。
ただし、魔神レーゼルのように体力を回復させてはいなかったため、体力を削り切ったら倒せるみたいな話をした。
遠距離攻撃もなかったので、総合的には魔神レーゼルの変貌した状態よりやや弱いという位置付けで分析した。
「それってすごいことじゃない?」
怪盗ロゼッタがアレンたちのパーティーだけでそれだけの強さの敵を倒したことを驚く。
ヘルミオスの他の仲間も同様のようだ。
「けっ。たかだかブロンズゴーレムを倒したくらいでいい気になりやがって」
(お? きたか?)
ヘルミオスのパーティーが称賛する中、ガララ提督が大したことはないとソファーで酒を飲みながら悪態をつく。
「あん?」
(そして、いつものごとくドゴラが反応すると)
ドゴラがガララ提督を睨みつけたので、アレンはよしよしと心の中でガッツポーズをとる。
「は? 何も知らねえんだな。アイアンゴーレムは2体で出てくるんだよ。ブロンズゴーレムにひいひい言っているお前らじゃ無理に決まっているだろ。勘違い君はマジでうけるぜ! がはは!!」
「……」
そう言ってガララ提督が広いリビングに響き渡るように大笑いをする。
ドゴラは無言で大きく息を吸った後、拳を握りしめ立ち上がった。
男の戦いが始まろうとしている。
「おい。ドゴラ」
しかし、アレンが諫め、男の戦いを止める。
仲間たちと共に席につかせる。
(もう十分だ。それにしても、やはり残り2つのメダルも簡単には取れそうにないと。このダンジョンずっとメダルだな)
最下層ボスと戦うには3枚のメダルを台座にはめないといけない。
ブロンズゴーレムとは違った意味で、アイアンゴーレムを強いだろうと予想していたが、敵は1体とは限らないらしい。
アレンは、5階層に行くとき、ガララ提督が最下層ボスとは戦えないと言っていた。
この言葉はアドバイスであったと、実際に最下層ボスと戦う方法を知って理解した。
だから、ブロンズゴーレムを倒し、アイアンゴーレムに挑戦するときまた何かガララ提督は言うのではと踏んでいた。
そして予想していた通りガララ提督は悪態をついてきたが、その態度とは裏腹に、内面はきっと悪い人ではないのだろう。
次攻略のヒントもあった方がいいと踏んで、ブロンズゴーレムを倒した後、続けて次の間には入らなかった。
ブンッ
アレンが次は2体のボスかと作戦を立てている中、目の前に魔導書が現れる。
(む?)
魔導書の真っ黒な表紙には銀色の文字でログが書かれている。
『召喚して』
とても短い文言がログには書かれていた。
こんなことをするのは1体しかいない。
「これでいいか?」
『ああ』
天使Aの召喚獣になった天使メルスは特技「天使の輪」で、魔導書のログに書き込みをする権限がある。
アレンが権限を付与した。
天使の輪には、召喚獣を召喚する権限を与えているのだが、自分は召喚できないようだ。
このあたりは権限の範囲がしっかりしているのかなと思う。
メルスはいくつかあるソファーのうちの1つを一人占めするように横になる。
ソファーの上で、ゴロゴロしたかったようだ。
「「「……」」」
アレンのパーティーも、ヘルミオスのパーティーもその様子を無言で見る。
メルスは拠点ではガララ提督を超える自堕落な生活をしている。
ヘルミオスパーティーの聖女グレタから聞いた話では、メルスはかなり勤勉で知られ、第一天使として創造神エルメアに仕えていたようだ。
その反動が激しく出たのか、もう何もしないという態度が前面に出ている。
(まるで、長年ブラック企業で社畜やらされていたサラリーマンがニートになったような感じか? 戦闘はしっかりやってくれるから別にいいけど)
前世の記憶で無理やりメルスの状況を当てはめる。
一応、召喚獣としてはしっかり仕事をしてくれる。
そして、召喚獣をどうやって作って来たかという話も聞けば教えてくれた。
何でも召喚獣の制作にはかなりの苦労をしたと言う。
他の職業との力の調整から、召喚獣のデザインまで創造神エルメアは妥協を許さなかった。
(お陰で、Sランクの召喚獣は白紙なんだっけ)
1つのランクの能力やデザインを決めるのに1年以上かかる。
メルスはAランクの召喚獣も完全に決めることなく上位魔神キュベルに倒されたため、Sランクの能力は全く分からないという話だ。
後継の天使だか何だか分からないが、召喚レベル9になれば、しっかりとした設定でSランクの召喚獣を召喚できるようにしてほしいと思う。
「あまり危機的状況じゃねえのか?」
ドゴラはガララ提督への不満そのままに、メルスの態度を見て呟いた。
とても、魔王軍に神器を奪われ、地上から全ての種族が滅ぼされようとしているとは思えない。
ドゴラの感想は、他の皆も思っていたが口にしなかったようで、困ったような寂しいような表情で賛同する。
『ん? 危機的? 火の神の神器が奪われた話なら脅威だ』
何を言っているんだとメルスは言う。
メルスの態度とは関係なく、世界は危機的な状況のようだ。
「ってことは、あまり神界は人々のことに関心がないとか?」
アレンはさらに踏み込んで話をする。
『ああ、私の態度からか』
どうやら、自分の態度が不安にさせていることにメルスは気付いたようだ。
アレンはできれば神界の人々に対するスタンスのようなものを知りたいと思っていた。
どのように思っているのか。
人々には繁栄してほしいのか。
全力で魔王軍から救いたいのか。
「「「……」」」
視線がメルスに集まっていく。
『そんなに気になるのか。無理もないか。神々が大切にしているのは「調和」だ』
「それは、人々の救済ではないということか?」
アレンの質問が続く。
『それは正確な答えではない。人々を救済することが調和に繋がるなら、救済する。元来、人々は自らの力で繁栄すべき存在。神々は教えを説くことはあれど、むやみに干渉はしない』
メルスははっきりと神々のあらゆる種族に対する姿勢を示す。
「精霊神や獣神など特定の種族を大切にする神もいるけど?」
ローゼンヘイムの精霊神ローゼン、アルバハル獣王国の獣神ガルムを例にあげる。
『そこには、一部の種族に対する神にしてもらった事への感謝の意味が含まれている。神々全体の姿勢としては調和だが、多少の偏りもある』
「じゃあ、調和がとれていれば、人々は滅んでもいいってことかよ」
「お、おい。ドゴラ」
ドゴラとしては明らかに不満な答えだった。
人々のことをあまり心配していない態度が気に入らなかったようだ。
そんな、怖いもの知らずのドゴラの態度に、ビビりのキールが諫める。
相手はソファーに身を完全に預けているが、学園の神学でもしっかり学んだ元第一天使メルスだ。
『もちろん。調和が大事だ。調和さえとれていれば、人々が滅ぶ滅ばないは二の次だ。そもそも生と死は表裏一体のもので同じ考えだ。私も殺されて腹が立ったが、絶望していないだろう?』
「そ、そんな」
その言葉に聖女グレタが絶望する。
『ん? もしかして、今まで滅んだ種族、追いやられて絶滅しそうになった種族がいないとでも?』
「え? その口ぶりだと結構いそうだな」
アレンがメルスとの会話に戻る。
『そうだ。この数万年にかなりいる。そもそも救済を謳うなら中央大陸で繁栄した人族のせいで、追いやられたドワーフ族やエルフ族、獣人族のために、人族にこそ制裁を下すべきだ。そんなことはしなかったはずだが? 獣人が何故名前を2文字しか使わないか知っているのか?』
「ん? あ? どういうことだよ」
「やはり、獣人の名前にも意味があったのか」
ドゴラは意味が分からないと言う中、アレンはその言葉だけで理解した。
ウル、サラ、ゼウ獣王子、シア獣王女、ベク獣王太子、他にもこの半年以上の間に何人もの獣人の名前を聞いたが全員2文字だった。
深い理由がありそうだが、なんとなく聞けずにいた。
アレンはその答えがおおよそ予想出来ていたからだ。
『獣人は中央大陸で、人族の奴隷どころか家畜以下の扱いだった。名前も2文字までしか与えられず中には番号で呼ばれていた者もいた。獣人は今でもあの頃の憎しみを忘れないようにしているから、今も名前は2文字だ。人族もきっとあんな目にあえば同じことをするだろう』
憎しみを忘れないため獣王国の法律で獣人の名前は2文字と決めておよそ1000年が過ぎた。
「だ、だからって」
『私は全体の話をしている。人族全体なら善行だけを行ってきていない。歴史を学べば分かるはずだ』
「あくまでもそれぞれの種族の問題で神々は関与しないと。それは魔族も同じということになると?」
『そうだ。魔族も含めて1つの世界だ。調和さえ乱されなければ、ある程度の混沌も受け入れるのが神々の姿勢だ』
(選択肢の中に魔王もいたのはそういう理由か)
アレンはこの世界に来る時職業選択の中に魔王がいることを不思議に思っていた。
どうやら、魔王や魔族も含めて1つの世界として神々は考えているようだ
「世界的には今は調和がとれているという考えなのか? 神器も奪われ、まもなく魔族以外の全ての種族が滅びそうだけど」
『そんなことはない。奴ら魔族はずいぶん前に調和を乱し、すでに神々の決めた調和の外にいる。調停神が送られたが解決できないでいる。私が召喚獣になったのもエルメア様のお考えによるものだ』
「調停神?」
『調和を乱す者、調和の規律を破る者を裁く神だ。たとえ相手が神であろうが、奴には裁く権利と力を与えている。しかし、50年以上経つのに戻ってこない』
魔王軍に、調和を乱すなと制裁をする神を寄こしたと言う話をする。
裁きを執行せずに、音沙汰がない。
魔王軍にやられたようだと言う話だった。
(調和を乱すものを神々は許さないか。平和より調和か。精霊神はだから焦っていたのか)
アレンは黙ってメルスの話を聞く精霊神を見る。
精霊神は絶望した顔をしている。
神々はエルフが絶滅しようが気にしない。
実際に去年のローゼンヘイムへの魔王軍の侵攻で数百万のエルフが死んでしまった。
それを知っていて、たとえ自らが裁かれようとギリギリまでエルフを救おうとしていたのかもしれない。
アレンがこの世界の理に触れようとするたびに、一切答えようとしないのはそれが理由なのかなと思う。
この世の理を理解するということは、ルールを破る手段を考えるということにも繋がる。
精霊神自らも制裁の対象になることを恐れたのかもしれない。
「それで俺なのか? 特に何かをしろとは言われたことはないが?」
『神は干渉をしない。故に調和がとれている。だからアレン殿に創造神が何かをしろと言ってきたことはないはずだ』
(そうだな。創造神からはこの世界を楽しめとしか言われていないな)
ヘルミオスとそのパーティーにはアレンが別世界から転生した話をしていない。
だから今の会話では、アレンに対して神々が召喚士という超常的な力を与えたと理解した。
しかし、アレンのパーティーは、この会話の本当の意味を理解する。
世界の調和を取り戻すために、別世界から連れてきた。
そして、魔王軍と戦える力をアレンに与えたということになる。
アレンに視線が集まる。
「調和が取り戻せるなら多少の混沌は受け入れると聞いたが、神界はそれでいいんだよな?」
アレンの言葉に上体を起こし、メルスは口元を緩ませる。
『もちろんだ。遠慮はいらない。歪められた調和が戻るのに混沌にならない方がおかしい』
言質をとったぞとアレンもニヤリとする。
アレンは調停神という裁きを行う神でも取り戻せなかった調和を取り戻すため、この世界に来たことの意味を知ったのであった。