第271話 クリムゾン②
『こんなところだ。すまない、アレン殿。時間を食ってしまった』
「いや、お陰で楽が出来た」
(クリムゾンを1体で倒してしまった件について)
『クリムゾン=カイザー=シーサーペントを1体倒しました。経験値3億4千万を取得しました』
辺りには壮絶な戦いの痕跡がある。
広範囲の水面に浮く葉が消し炭となっている。
今何をしているのかというと、召喚獣になった天使メルスが自分の力がどうなったのか知りたいと言うので、魔獣と戦ってもらった。
ステータス的にAランクの魔獣も階層ボスも問題がないことは分かる。
2階層からSランクの階層ボスを順々に戦ってもらって現在に至る。
3階層の体力を凄い勢いで回復するスカーレットは倒せなかったが、1体でビービーもクリムゾンも倒せる。
『あの長いワームの魔獣以外は何とかなるといったところか』
アレンもメルスがどれくらいの力があるのか知りたかったので、どうぞどうぞと戦わせることにした。
少し離れた所で共有した視界で戦況を見ながら、明日冒険者ギルドに渡す資料の再確認を仲間としていた。
戦況が終盤になったと思ってから、仲間と共にやってきた。
「まあ、流石に再生能力の激しいスカーレットは無理かな」
『そうか。私に倒せない魔獣がいるとはな』
メルスは少し残念そうだ。
「その力で、天使だった頃のどれくらいの力があるんだ?」
敬語不要と言われたので、メルスには他の召喚獣と同じように接することにした。
アレンの仲間たちも呼び捨てで構わないし、畏まる必要はないとメルスは言う。
これはメルスの殊勝な態度ではなく、天使だけに羽を伸ばしたいだけなのかもしれない。
堅苦しいのは嫌だという、本音が良く漏れる正直な性格のようだ。
プライドや気位が高い性格ではないので助かる。
創造神エルメアにどんな扱いを受けてきたのかという話だ。
『以前の力で言うなら数分の1程度だ』
そういうメルスはアレンに対して「アレン殿」と言う。
教皇にも呼び捨てだったと聞いているが、召喚獣になった1つのけじめのようだ。
「じゃあ、上位魔神キュベルは今の数倍かそれ以上の力があると言うことか」
『そういうことだ。アレン殿たちの力を見たが、今戦えば、キュベルに本気を出させる前に全滅だろう』
「まじかよ。これの数倍でも倒せないってどういうことだよ」
キールは改めて自分らが戦おうとしている者の強さを知る。
「さて、もう夕方だダンジョンを出るぞ」
今日は3日のダンジョン攻略の日程の3日目だ。
これから拠点に戻って、3日間で知り得た情報をまとめて冒険者ギルドに行くのは年が明けてからも変わっていない。
「こちらが、新たなデスゾーンのマップです。出てくる魔獣も変わっていました」
「そうか。すまないな」
そして翌日の冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドでは、膨大な量の取引のためいつものごとく、個室に案内された。
その際、デスゾーンの地形が変わっていたので、羊皮紙に全体図と逃走経路をまとめたものを冒険者ギルドのポポッカ支部長に渡している。
なお、この場に天使メルスはいない。
カードとなって魔導書の中だ。
メルスの顔を知る者は世界中にいる。
騒ぎになってもめんどくさいと言われた。
「念のため、これは4階層のデスゾーンです。他の階層は確認しておりません。恐らく地形は同じだと思いますが、魔獣が異なっている可能性があります。では、これにて」
アレンが伝えるべき事を伝える中、ポポッカ支部長は羊皮紙の図面を確認している。
(渡すものは渡したな。じゃあ、帰っていいよね)
取引は終わった。
渡す資料も渡した。
「先日、うちの支部にもエルメア教会からの神託の話が来たぜ。アレンが言っていた話って、これのことだったんだな。やべえことになりそうだ」
しかし、ポポッカ支部長の会話は続く。
1月1日にエルメア教の本部に、火の神の力が弱まっていること。転職制度が今年の4月から始まることが神託された。
転職はすぐに始まらない。
神託は周知のみで、転職は4月からだ。
「ヘルミオスさんが言っていた話ですよ。情報提供も提案も、私は連絡しているだけです」
たまには自分でヘルミオス本人が言ってほしいですよとアレンは悪態をつく。
「……その提案してくれたダンジョン情報部だがよ。冒険者ギルド本部でも正式に承認を受けたよ」
アレンが否定するが、ポポッカ支部長はそのまま話を進める。
「え? そうなんですか。おめでとうございます」
(よかったね。これで俺の手間も無くなるな)
アレンは先月、ポポッカ支部長に1つの提案をした。
それは、ダンジョン内の情報を収集し、必要な情報を精査し提供する部門を作る必要があるということだ。
アレンは新たな組織の構想である「ダンジョン情報部」をまとめた提案書をポポッカ支部長に渡した。
提案書には、デスゾーンのように危険な情報は、無事に生還した冒険者から情報の取引を行う。
今までは、魔石や武器や防具が主な取引の内容であった。
しかし、「情報」は時に高価な武器や防具に勝ることがある。
貴重な情報は、ダンジョン情報部で精査を行って、必要な冒険者に販売すると言った内容であった。
アレンはS級ダンジョンを攻略し終わったら、このダンジョンから離れることになる。
いつまでも、アレンが収集や分析をした情報を提供することはできない。
しかし、毎年5割の冒険者が死ぬ状況は看過できない。
アレンの中で、このくらいの危険度のダンジョンなら2割程度まで年間死亡率を抑えられると考えている。
魔王軍との戦いはどのような形で勃発するか分からない。
才能がある人が1割しか生まれない状況で、貴重な戦力を失うわけにはいかない。
アレンがいなくなった後も考え、冒険者ギルドには自立した、そして永続的な組織づくりを提案した。
アレンは去年の12月末時点で年の死亡率が1割切ったと報告を受けている。
神託とS級ダンジョン冒険者ギルド支部の取組みの実績も合わさり、本部では速攻で提案が通ったのかもしれない。
「それでこの地位や名誉という件なんだが」
(む? まだ話が続く感じか)
早く帰りたかったが、アレンの提案で疑問があるとポポッカ支部長は言う。
「そこがどうかしたのですか?」
「いやデスゾーンから脱出した冒険者の提供した報酬が提供ポイントって。金じゃないのか?」
「う~ん。まあ、お金でもいいですよ。その辺は提供した冒険者に選ばせたらいいんじゃないでしょうか? ただ」
アレンはポポッカ支部長の質問に答える。
アレンは情報提供者への見返りは、提供ポイントという提供した情報を累積で加算していき、累積したポイントによって、推薦状であったり、名誉賞であったりが貰えるようにしてはと提案書に書いた。
理由としてはS級ダンジョンで金策をした冒険者は、冒険者業を引退することが多い。
S級ダンジョンは金貨1万枚を超えて稼ぐことができる。
そんな冒険者が冒険業を引退した後必要になってくるのは、セカンドライフとなるその後の安定した暮らしだ。
お金は冒険者を引退する時十分にある。
冒険者を辞めた後、お金より必要になってくるのは肩書であったり、新たな職場の推薦状であったりする。
金だけあっても何もできず、散財して冒険者崩れになる者も多い。
他の冒険者や人々にとって有用な情報を提供し貢献した者の冒険者引退後の人生を、世界的な組織の冒険者ギルドが全面的にバックアップする。
冒険者ギルドでの善行や貢献をしっかり記録し明記すれば、貴族の家や豪商の家で雇ったりする際、雇い主も素性が分かり安心する。
こうすれば、冒険者ギルド情報部は貴重な情報をお金で買取をする必要がない。
予算が足りなくなることなく、持続的に活動することができる。
当然、手に入った情報は安価で必要な冒険者に売る。
情報を精査する担当者にもそれなりの給与を払い、情報の分析ができる有能な者を雇うためだ。
「確かに、そうか。なるほど」
ポポッカ支部長の横の担当者がアレンの話を必死にメモしている。
何度も「ちょっと待ってください」と言われるので、その度にメモを取る時間を与える。
この担当者が情報部の部門長に就任するらしい。
「冒険者ギルドの支部長になれる冒険者なんて限られていますからね。これも冒険者の引退後の生活を支援する意味が含まれていると考えていただけたらってことですね」
「それで、こんな情報を提供したアレン殿には何か希望の報酬はあるのか? 世界で唯一のS級ダンジョンにある支部長としてなるべく叶えさせてもらうが? 当然金じゃなくても構わないぞ」
何なら冒険者ギルド本部にも掛け合うと断言する。
自らをそこらの支部長と一緒にしないで欲しいと雰囲気が語っている。
ポポッカ支部長の目つきから大概のことはしてくれそうだ。
もう何か月にもなるアレンの情報について、アレンは何も報酬を貰っていない。
「あれ? さっきも言いましたがヘルミオスさんの情報で、そして提案です。報酬ならヘルミオスさんに聞いてください」
「……」
もう、そんなことを言ってもポポッカ支部長は信じていない。
少なくともポポッカ支部長は、立場上ヘルミオスとは何度か会ったことがあるが、こういう事に頭が回らないことは断言できる。
そんな支部長を後目に、アレンは個室を後にする。
「ちょっと、お礼貰わなくていいの?」
冒険者ギルドの話なんて、もう頭にないアレンに対してセシルが勿体ないのではと言う。
「え? まあ、世界的組織に貸しができたんだ。必要な時にヘルミオスさん経由で回収するさ」
アレンはニヤリと笑みを零し、悪い顔をする。
セシルがため息を吐く。
「よし、メダルも全部集まったし、そこそこAランクの召喚獣の分析も終わったし、5階層を目指すか」
「わぁ! とうとう行くんだ! 行こう行こう!!」
クレナも拳を胸の前で握りしめる。
去年の4月から攻略を目指したS級ダンジョンだが、最下層ボスのいる5階層を目指そうと仲間たちにアレンは声を掛けるのであった。





