第264話 先駆者①
転職が終わった翌日のことだ。
「よしよし」
『ポウポウ』
ソフィーが3歳児ほどの民族衣装のような服を着た男の子を抱っこしている。
この男の子は「コルボックル」という土の幼精霊だ。
背中に大きな葉っぱを背負い、ソフィーを小さな手でぎゅっと抱きしめている。
「随分大人しくなったな」
「はい。精霊神様のお陰です」
『……』
(もうアウトスレスレじゃないのかってくらいのアドバイスだしな。いやアドバイスってレベルじゃないぞ)
アレンは精霊神を見るが、ソフィーの頭の上で、無言で丸くなっている。
数年で世界が滅ぼされると聞いた精霊神ローゼンは全力でソフィーの支援に乗り出した。
世界が滅ぶということは、自分の愛するエルフがこの世から消えるということだ。
顕現させた幼精霊にもソフィーの言うことを聞くように懇々と説得している。
こんなこと許されるのかとアレンは感じている。
しかし、その幼精霊だがかなり知力が低いのか、精霊神は何を言っているのかわからないと首をかしげている。
するとさらに必死に精霊神が説得をする。
何かのコントか漫才のようなものを見させられている。
「おい、アレン。いい加減、提督か何だか知らねえが、あの飲んだくれを追い出さないのか?」
ほのぼのとした空気の中、ドゴラが悪態をつく。
「ドゴラ、まだ言っているのか?」
「いつまでいるんだよ」とドゴラが行列の中でぶつくさアレンに話を振る。
今日も朝からダンジョンに入るのだが、いつものごとく朝は特に行列が神殿の外まで伸びているため、それなりに待たされる。
飲んだくれとはいえ、ガララ提督の前だったため我慢していたドゴラが不満を溢す。
「そうだよ!」
クレナもドゴラのことを悪く言われたことが不満だったようで、頬を膨らませ同調する。
「ふむ」
「え!? ふぎゅ!!」
そんなクレナをアレンは頬っぺたにぎにぎの刑に処す。
「反省したか?」
「何でよ。ふぎゅぎゅ!!」
アレンの問いに反抗の目で睨む。
反省の色が感じられないため、さらなる厳しい刑を追加する。
クレナの頬が伸びたり縮んだりする。
「お、おい、これはツッコんだ方がいいのか?」
キールはこの状況に困惑する。
(迷わずツッコむんだ)
「もういい加減にしなさいよ。また門番に止められるわよ」
セシルからしっかりツッコミを頂いたところで、クレナを解放する。
「どうして……」
ガララ提督を悪く言うのがなぜ悪いのかとクレナは涙目で訴える。
どうやら、納得はしていないようだ。
「ふむ、ガララ提督は先駆者だ。尊敬こそすれ、侮蔑など絶対にしてはいけないぞ」
「「先駆者?」」
クレナとドゴラが同時に疑問の声を上げる。
「これは前世の記憶だがな。世の中には先駆者という者が必ずいる」
アレンは行列を少しずつ進みながら話をする。
クレナやドゴラだけでなく、仲間たち皆がアレンの言葉に耳を傾ける。
前世でも、ボスと呼ばれる者がダンジョンや魔獣の城など色々なところに配置されていた。
ゲームの話であるが、そこはいつものごとく省いて語る。
ボスは常に昔からいるわけではなく、時には急に現れることがある。
アップデートによる新ボス実装というやつだ。
新ボスは、どうやって倒したらいいか誰にも分からない。
そんな新ボスを倒すのが「先駆者」と呼ばれる者たちだ。
試行錯誤をしながら、新ボスを倒す最適解を目指していく。
弱点は何なのか、理想のパーティー構成の職業は何か、何人必要か、必要装備は何か等を模索する。
攻略方法がないので、先駆者が最も危険に晒される。
それでも後発組のために道を切り開いてくれる。
アレンは前世で学生の頃は時間がかなりあったので先駆者だった。
しかし、就職しサラリーマンになったら後発組になった。
どれだけ、先駆者がありがたいか分かっている。
攻略方法をネットの掲示板や自らのブログに乗せてくれて後発組に道を照らしてくれる。
前世でケンピーというキャラ名でネットゲームをやっていた時代、氷の女王というアホみたいに強い新ボスが氷の城という新ダンジョンに実装された。
ゲーム配信会社がしっかり検証せずに実装したため、そもそも勝てるはずのない新ボスだった。
それに挑戦してくれたのは、よくお世話になった先輩のユーザーだった。
圧倒的な力の氷の女王に敗れ、装備は地面に落ちてしまった。
何万時間もかけて鍛え上げた装備は床落ちにより消滅し、回収できなかった。
引退の危機に追い込まれた先輩を救うため、皆で装備を持ち寄ったこともある。
(現実でこれをやる勇気がどれほどのものか)
この話がゲームの話だとアレンは理解している。
アレンにとってゲームは人生そのもので遊びではなかった。
それでもガララ提督を見て、前世で命を懸けていたかというとそんなことを言えない。
「ガララ提督は、冒険者時代から軍属になってもついてきてくれた仲間を6人も失ったんだ。自暴自棄になってもおかしくない。もしかしたら、ドゴラ。お前が強くなって驕りが出てしまって無茶しないか心配してのことかもしれないんだぞ」
(それが、強欲な皇帝の無理な攻略命令だとしたら、酒を飲まないとやってられないかもしれないんだぞ)
「そうか」
「うん」
ドゴラもクレナも返事をし、表情からも理解してくれたようだ。
そうこうしているうちに4階層に移動する。
「今日はレベル1が3人もいるからな。メルルとクレナは先頭で、ドゴラはレベルがある程度上がるまで少し下がってくれ」
(まあ、この階層はAランクの魔獣しかいないし、レベルは速攻で上がるけどね。ってお? 隠しキューブだ)
葉っぱの上に浮く隠しキューブを鳥Eの召喚獣が発見する。
鳥Eの召喚獣はアレンが4階層にいない時も、4階層の空を旋回している。
隠しキューブはめったに出ないので優先して向かうことにする。
隠しキューブの前の葉っぱの上に降りる。
「これで巨大化用石板がでるといいな」
「うん! そしたら僕の超身兵が完成するよ!!」
メルルが胸の前にぶら下げた魔導盤を握りしめて返事をする。
「今日は自分がやりたい!!」
アレンに叱られ反省していたクレナが、自分がやるという。
「……そうだな」
「もう。アレンは5連敗しているんだから、素直に譲りなさいよ」
「いや、素直に譲ったし」
「素直じゃないでしょ」
セシルがアレンの態度に呆れ顔で言う。
さっきのありがたい話は何だったのかとセシルは思っているようだ。
そして、クレナが声を掛けようと近づいた瞬間だ。
ブンッ
水面に浮かぶ葉っぱの上から視界が変わる。
(お? これは? グランドキャニオン風の見た目はやったか?)
アレンたちは赤褐色の岩柱と乾燥した大地の中にいる。
そして、目の前には10メートルを超える一つ目の巨人がこん棒を握りしめている。
そして、アレンたちに気付いたようだ。
『グルァアアアアアア!!!』
雄たけびを上げ、地響きを立てながらアレンたちに突っ込んでくる。
そして、その巨人は1体ではないようだ。
前後左右複数体の巨人が地面を揺らしながら迫ってくる。
「ここデスゾーンだ!! グリフに乗り込め。メルルは時間を稼げ!!」
アレンはデスゾーンに飛ばされたことを理解する。
全員に矢継ぎ早に指示を出す。
「うん! タムタム降臨!」
ミスリルの輝きの巨大なゴーレムが姿を現す。
そして、慣れたように乗り込み複数の巨人たちを抑えつける。
その大きさは巨人たちを圧倒する。
10メートルを超える巨人を文字通り蹴り上げ、上空に吹き飛ばす。
(前回にでた超巨大化用石板はさすがだな。Aランクの魔獣をものともしないぜ。誰がこんな貴重な石板を出したんだっけ。まあ、そんなことは問題ではないな)
【名 前】 タムタム
【操縦者】 メルル
【ランク】 ミスリル
【体 力】 9000+1800
【魔 力】 9000+1800
【攻撃力】 9000+4800
【耐久力】 9000+4800
【素早さ】 9000
【知 力】 9000
【幸 運】 9000
アレン5連敗で石板が重なる1つ前に、キールが出した超巨大化用石板の効果に感動を覚える。
ミスリルゴーレムは全ステータス3000のゴーレムだった。
そして、魔導盤の凹みを石板3つ分占有する超巨大化用石板をはめ込むとステータスは3倍の9000になった。
強化用石板はステータス3000増加で、攻撃力と耐久力をそれぞれ増やしている。
「相変わらずすげえな……」
ドゴラが圧倒的なミスリルゴーレムの力に感動する。
「いっけえええええ! タムタム!!」
胸の水晶の中でメルルが地響きを立てるミスリルゴーレムを操縦する。
巨人たちは恐らく大きさからしてAランクの魔獣だろうが、数体一度に簡単に動きを封じる。
超巨大化用石板を魔導盤にはめたミスリルゴーレムは体長50メートルに達する。
子猫か子犬のように巨人たちを薙ぎ払っていく。
クレナたちも阿吽の呼吸で、吹き飛ばされ体勢を崩した巨人たちの命を刈り取っていく。
『サイクロプスを1体倒しました。経験値720000を取得しました』
アレンの魔導書にたった今クレナが倒したサイクロプスから取得した経験値のログが流れる。
「おっしゃあああああ。レベルが上がったぜ!!」
ドゴラが一気に40近いレベルアップを果たし、大きな声で吠え大斧を力強く握りしめる。
レベルが1だったので爆発的にステータスが上昇し、大斧がすごく軽く感じるようだ。
『『『グルル!!』』』
しかし、渓谷の岩の柱からどんどんサイクロプスたちが低い唸り声を上げながら現れる。
辺り一面に100体を超えるサイクロプスがいるようだが、地響きからも視界に入り切れないくらいの群れのように思える。
「うし、経験値がきたぞ。久々のデスゾーンだ。しっかり稼ぐぞ!!」
「「「おう!!!」」」
アレンの掛け声とともに戦いが続いていくのであった。