第258話 神器
精霊神ローゼンは名工ハバラクが火の神フレイヤの声を聞くことができなくなった理由を確認するため、神界に行った。
そして、精霊神が神界から帰ってきて口にしたのは、世界は滅びるという言葉だった。
「世界は滅びるとは一体どういうことですか?」
『うん。その話をするには今起きたことの話をしないといけない。アレン君たちがローゼンヘイムを守ってくれている間に起きたことだよ』
精霊神は何が起きたのか順序立てて説明をするという。
「ローゼンヘイムでの戦争中に?」
『そう。地上で魔王軍と戦っている間に、魔王軍の本軍は神界へ侵攻したようだね』
「本軍ですか? ああ。やはり、主力は来ていなかったと?」
(俺の予想が最悪な方に当たっていくな)
『そうだよ。これはアレン君の予想の通りだね』
「ちょっと。アレン、私たちにも分かるように話をしなさいよ」
アレンと精霊神だけで分かる会話であったので、セシルがもっと詳しく話をするように言う。
「いや、戦争中も話していたけど、学園で聞いていたのと比べて魔王軍の様子がおかしくなかったかな。何だろう。徒党を組んだだけの魔獣の群れというのが、正しい表現かな」
「そういえば、アレン殿はそういう話をしていたな」
フォルマールもアレンがローゼンヘイムで戦争をしていたころの会話を思い出した。
アレンは戦争中ずっと魔王軍の様子がおかしいと言っていた。
補給部隊がほとんどない数に物を言わせた前進だけの部隊だった。
指揮系統もしっかりしておらず、攻めに偏重しただけの魔獣の群れだった。
飢えた魔獣たちだった。
アレンは学園で、魔王軍はずる賢く弱いところを攻めてくると習っていた。
それもあって、中央大陸は敗戦に次ぐ敗戦が続いていた。
学んだことと違い違和感を覚え、仲間たちにも何度か休憩中に話をしていた。
「まるで、使い捨ての部隊だとか言っていたな。そうだったってことか?」
キールも思い出した。
『時間稼ぎだったみたいだね。神界を攻めるため、神々が意識を地上に向けるための作戦だったんだよ。本軍が神界を攻めやすくするためにね』
「1000万体の魔獣を使い捨てに使ったってことですね」
「「「……」」」
かつてないほどの魔獣の軍勢だと学園の学長から聞いた。
たしかにかなり多くの魔獣を倒したアレンたちであったが、数が数だけに楽な戦いであったわけではない。
しかし、そのすべてが目的達成のための陽動か何かであったなら全ての辻褄が合う。
(これは、いや。そういうことか。魔王軍はどれだけ準備をしていたってことになるのか?)
アレンの中で1つの仮説が巡る。
『本軍は邪竜や古代竜、魔神や上位魔神で構成された軍隊であったらしいよ』
(それは強そうだ。地上は使い捨てっていう言葉が妥当だな。古代竜なんてSランクの魔獣というより亜神に近いって言われているからな)
1体1体が魔神レーゼルやS級ダンジョンの階層ボスと同等かそれ以上の軍勢だったのだろう。
「最低でもSランクということですね。それで神界はどうなったのですか?」
『魔王軍もそれだけで、神々のいる神界を攻め滅ぼせるとは思ってもいなかった。狙いがあったようだね』
「それがフレイヤ様ということですね」
『うん。フレイヤ様の神殿を強襲したんだ。どうやら、魔王軍は狙いを完全にフレイヤ様に絞っていたようだね』
「……そ、それでフレイヤ様は?」
名工ハバラクは前のめりでフレイヤ様の身を案じる。
『四大神と呼ばれ、そして荒神と呼ばれたフレイヤ様だ。軍勢が軍勢だけに多少手こずったけど、味方の神々の応援もあって撃退には成功したよ。まあ、無傷でとはならなかったようだけどね』
お互い多少の犠牲も出たが、それでも魔王軍は撃退出来たようだ。
「そ、そうですか」
名工ハバラクは精霊神の言葉で安堵した。
『だけど、大事なものを神殿から奪われてしまったんだ。これがあるからフレイヤ様が火の神と名乗れると言ってもいいほどの物なんだけど、神殿に置いてあった「神器」を奪われてしまったんだ』
精霊神は「神器」という言葉を口にする。
(今までほとんど、特に神界については全く教えてくれなかったのに、色々教えてくれるな)
神界の状況を随分詳しく教えてくれるとアレンは思う。
それだけ、事態は切迫しているのかもしれない。
「それで火が弱くなったということですか?」
今回の事の発端は、火の神フレイヤの声が聞こえなくなった名工ハバラクの話だ。
フレイヤの声が聞こえなくなり、そして、オリハルコンを加工するには火が弱くなったという。
アダマンタイトさえ、十分に加工できない。
『うん。神器を奪われた神は神ではなくなってしまうんだ』
「そ、そんな……」
名工ハバラクの目に涙が浮かぶ。
「それが、人々が滅びる結果になると?」
『それが今の状況に繋がるんだ。神器を失った状況で今までと同じように火の神として力を使い続けると……。そうだね。多分3年もこんなことを続けたら、フレイヤ様は石となってしまうね』
(石か。神なりの死に方の話なのかもしれないな)
「「「……」」」
皆が皆、精霊神の言葉を待っている。
3年で、地上の世界はどうなるのか、固唾を飲んで聞いている。
『3年もしないうちに、今はアダマンタイトにも影響の出ている火の力だけど、まもなくミスリルも加工できなくなるよ。ボロ鉄の防具にクズ鉄の武器で魔王軍と戦うことになるね』
「そ、そんな」
「お、おい。じゃあ、白竜山脈のミスリル鉱も」
白竜山脈を挟んでミスリル鉱からミスリルを採っているグランヴェル家のセシルと、カルネル家の当主のキールが絶句する。
地上から火の神の力が失われる。
それは、魔王軍との戦いで必要な武器と防具が、間もなく手に入らなくなるという話であった。
(ダンジョンで手に入る武器や防具の数では、兵の武器や防具を十分に賄えないしな)
武器も防具も消耗品だ。
新たに手に入れることもできず、そして修理も難しいのだろう。
安価な武器と防具でBランク以上の魔獣と戦わなくてはいけない。
「だから、転職制度の導入ってことですね。この状況を少しでも打破するために」
『そういうことだね。火の神が力を失うという話と併せて、これから教会には神託するって話だったね』
悪い話と良い話を同時に伝えて、人々が混乱しないようにするという。
(これが、転職制度を始めようとしている理由か)
アレンはこれまでずっとやってこなかった転職を、この世界で行うと決めたことに疑問を抱いていた。
理由は単純なものだった。
世界は滅びそうだった。
人々にはこれから絶望が待っていた。
それも凄惨な絶望だ。
魔王軍は人を支配しない。
まもなく魔王軍は魔獣を使い、最も凄惨な方法で人々を殺戮するだろう。
(俺は世界を同時に侵攻されて、その全てを守れるわけではないからな。それにしても考えるべきはフレイヤを狙った理由か)
何百万の魔獣を倒したアレンであったとしても、世界の全てを守る力はない。
天の恵みをいくら配っても、粗悪な武器と防具しか装備できない兵が魔獣の一撃に耐えられず即死すれば、使う暇はないだろう。
だが、今考えるべきことはそこではない。
「状況は分かりました。フレイヤ様は四大神、四属性神とも呼ばれています。アクア様やガイア様と比べても荒ぶる神として聞いています。そんな神をわざわざ魔王軍は狙うでしょうか?」
神にも格があることを学園で習った。
この神学の知識も学園に通って良かったと思えることの1つだ。
創造神エルメアは絶対神だ。そして、創造神ほどではないものの、絶大な力を持った神々がいる。
火の神フレイヤ、大地の神ガイア、風の神ニンリル、水の神アクアの四大神は特に力のある神と教えてもらった。
圧倒的な力を持つ四大神は他の神と比べても別格だが、火の神フレイヤは荒ぶる神としても有名だ。
大地や水の神が守りや癒しに特化しているのに比べて、火の神は特に攻撃に特化している。
怒らせたら、火山が噴火して大地を焼き尽くすとさえ言われている。
もしも、神器が欲しいならもっと戦いやすい他の神を狙うのではとアレンは考える。
「それが、俺たちドワーフがディグラグニを信仰して、フレイヤ様を祈らなくなったことに関係しているってことか?」
名工ハバラクがアレンの思う答えを口にする。
「恐らくそういうことでしょう。精霊神様、違いますか?」
『はは。アレン君は世界の真理のとても近くにいるようだね。だけどこれだけは言葉にできないんだ』
(この状況で言えないことがあると)
精霊神は目をつぶり回答を拒否する。
世界が滅びるかもしれないとしても言えないことがあるようだ。
「十分です。きっと、フレイヤ様は少しずつ力を失い続けていたんだ。だから、魔王軍に狙われた」
「そ、そんな。儂らドワーフのせいで、フレイヤ様は石になってしまうってことか」
ドワーフが祈ることを止めれば、それだけフレイヤが力を失うことになる。
フレイヤ様に何が起きているか知り、名工ハバラクは顔を両手で押さえてしまう。
「え? そんな。ありえないわ! じゃあ、どれだけ待っていたってことになるの」
「セシルも分かったね。これはもう何十年も前から計画を立てていたことになるよ。フレイヤ様に祈るドワーフが減り、力が無くなるのをずっと魔王軍は待っていたんだ」
魔王軍との戦いは60年以上続いている。
(だったら、魔王軍が完全に人々を攻め滅ぼさなかった理由も説明がつくな。そして、奪った神器でこれから何をするのかって話だな)
バラバラの五大陸同盟も、強欲なバウキス帝国の皇帝すら魔王軍の作戦に思えてくる。
そして、神器を手に入れた魔王軍の次の一手が何なのか考えなくてはならない。
『魔王軍は確実に世界を攻め滅ぼすつもりみたいだね。はは』
最後に口にした精霊神の言葉はどこか自らに言い聞かせるようだ。
魔王軍は地上だけでなく神界すら視野に入れた侵攻計画を立てているようにすらアレンには聞こえる。
アレンはあと数年になってしまった人々の余命と破滅の未来を知り、何をすべきか考えるのであった。





