第257話 いびつな世界
オリハルコンを加工できる世界に3人といない名工の1人であるハバラクは憔悴しきっていた。
全てに絶望した名工ハバラクはアレンたちの前で嗚咽し、火の神フレイヤに謝罪している。
アレンたちもどうすることもできず、呆然として何も声を掛けてあげることができない。
工房兼家屋となっている建物から数名のお弟子さんと思われるドワーフたちが出てきて、名工ハバラクを家の中に運んでいく。
「今日はハバラクがお疲れなので、明日にしてほしい」といったことを言われたので、適当な宿屋で一泊し、日を改めて出直すことにした。
そして翌日、名工ハバラクが鍛冶をする建物の前に全員で向かう。
「どうぞ、こちらです」
扉をノックすると、お弟子さんと思われるドワーフが今度は扉を開き、家の中に案内してくれるようだ。
客室に案内されたところで、名工ハバラクを呼んでくるという。
全員で無言のまま待つことにする。
しばらく待っていると昨日と同じく職人を感じる服装をした名工ハバラクがやって来た。
「……これは、お前たちが見つけたオリハルコンだったな?」
昨日泣き崩れた件には触れずに、目の前に置いてある淡く光る黄金の輝きについて名工ハバラクは話をする。
その表情はどこか寂しそうだ。
「うん」
昨日の名工ハバラクの様子から今日持って来るか迷ったが、やはり持って来ようという話になった。
テーブルの上にはダンジョンで見つけたオリハルコンの塊がある。
クレナの返事はいつもよりどこか控えめだ。
「そうか。すまないが、昨日も言ったが、儂はもうオリハルコンは鍛えられねえんだ」
「……」
クレナは瞳を曇らせるが、それ以上何も言わない。
名工ハバラクはオリハルコンの塊から視線を外し、客室に沈黙が生まれる。
「ハバラク先生が鍛えてくれたこの剣に私はすごく助けられてきました」
(名工が鍛えたオリハルコンの剣か。俺もその剣で痛い目に合ったな)
ヘルミオスは自らのオリハルコンの剣について話をする。
ヘルミオスはオリハルコンの剣と鎧を持っている。
剣はダンジョンに塊であったオリハルコンから、名工ハバラクに鍛えて貰ったと聞いている。
鎧はギアムート帝国の国宝で、現在貸与されている形になっているとアレンは聞いた。
「ありがとうよ」
「それが何故、もう鍛えられないということになったのですか?」
ヘルミオスは理由を聞くことにする。
この状況で、もう名工ハバラクが偏屈でオリハルコンを大剣に加工することを断っているとは誰も思っていない。
何か理由があるのだろう。
アレンたちはヘルミオスと名工ハバラクの会話を黙って聞いている。
名工ハバラクは、目をつぶり口にする。
「火が弱くなっちまったんだ。もう声も聞こえねえ」
そう言って名工ハバラクは語りだした。
少し前から急に炉の火が弱くなってしまった。
そして、今まで鍛冶をしている時に囁いてくれていた火の神フレイヤ様の声が聞こえなくなったという。
(鍛冶職人というより神官って感じだな。偉大な名工は神に近づいてしまうのかな)
アレンは、火の神と対話しながらオリハルコンを叩き鍛える名工ハバラクについて率直な感想を持つ。
「それが、ディグラグニが原因と」
「そうだ。それしかねえだろ。バウキス帝国になってから、金儲けのためにダンジョンマスターか何だか知らねえが、いいように祭り上げてよ」
どうやら火の神フレイヤが何かを言っているわけではなく、名工ハバラクの予想のようだ。
(これはウルも言っていたな。だからガララ提督もバウキス帝国の皇帝を良く思っていないらしいし)
アレンはウルから聞いたバウキス帝国の現状について思い出す。
バウキス帝国はディグラグニを国民に信仰させ、魔王との戦争で金儲けをしている。
ディグラグニがどれだけバウキス帝国に貢献しているか、配下を通じて帝国民に称賛させ続けているらしい。
バウキス帝国の皇帝は、魔王との戦争がこのまま長く続けばいいとさえ思っている。
戦争が続けば各国で魔導具の需要が高まり、他国に高値で売ることができる。
そしてダンジョンにも世界中から冒険者が集まってきて、冒険者たちの活動も、ダンジョンで手に入るお宝もバウキス帝国の利益に繋がる。
(だから、中央大陸にも援助は最低限しかしないと)
そして、アレンが普段感じているバウキス帝国の現状と合致する。
必要最低限しか中央大陸に魔導具を提供したり、ゴーレム兵を派遣したりしない。
当然、中央大陸の北部にあると言われる忘れさられた大陸にいると言われている魔王の元に軍を派遣したことも一度もない。
金儲けが理由なら、海上で全て撃退してきた軍事力があっても、魔王軍に攻めて出る必要がないという話だ。
(世界が全ての利益を捨てて1つになることが難しいくらい俺でも分かるが。それでも、このままだとまずいだろ)
アレンは前世で35年生きているので、夢物語や理想だけで世界が出来ているとは思っていない。
国益を完全に無視した国がどれほどあったかと思うくらい、世界が1つになることは難しいと考えている。
しかし、この現状は魔王軍を相手にしてとてもまずい状況だ。
金儲けに走り、戦争を先延ばしにするバウキス帝国。
覇権主義で5大陸同盟を優位に利用しているギアムート帝国。
排他的で他国の干渉を嫌うローゼンヘイム。
憎しみで世界が見えなくなったアルバハル獣王国。
そして、王位継承権と派閥の争いに明け暮れているラターシュ王国。
(これじゃ5大陸同盟も名前だけになっているな。戦争が短期決戦じゃなくて何十年と長く続いたからか。もしかして、いや流石にそれはないか)
それも魔王軍の策略なのかとさえ考えずにはいられない。
「それで、だから火の神フレイヤ様は力を貸さなくなったと?」
「ああ、間違いねえよ。メルキア王国だった奴らでさえ、今じゃ火の神フレイヤ様の信仰を忘れた奴どもがどれだけ多いか」
「そうですか」
「話は以上だ。そういうわけで帰ってくれねえか。こんな火じゃ、アダマンタイトもまともに鍛えられねえよ」
「「「……」」」
アレンも含めて無言になる。
神への信仰が原因でオリハルコンが鍛えられないと言われている。
じゃあ、どうするのだと言われても答えはすぐには出てこない。
帰るべきかと仲間たちの視線がアレンに集中する中、ソフィーの肩に乗る小動物だけが、名工ハバラクを見据えていた。
『はは。全然違うよ。そんなわけないよ。うん。そう。これは黙っているわけにはいかないよ。はは』
「なんだと?」
名工ハバラクが自分の言葉を否定されたため、一瞬強い視線で精霊神ローゼンを睨もうとした。
しかし、その姿に息を飲む。
神の存在を感じてしまったのかとアレンは思う。
『僕の知るフレイヤ様は決してドワーフを見捨てたりしないよ。荒ぶる神だけど、ずっとドワーフを可愛がってきたことを僕は知っているよ。それはほかのどの種族よりもだ』
「な!?」
「では、フレイヤ様が力を貸さなくなった理由が別にあるということですね」
名工ハバラクが驚愕する中、アレンは精霊神の言葉の真意を理解する。
『そうだよ。アレン君。理由は別にある。力を貸さなくなった理由がね。いや、力を貸せなくなった理由かな。はは』
「ただ、それが分からないと。やはり」
どちらにしてもオリハルコンは加工できない。
『はは。僕が神界に行って聞いてくるよ。僕ならフレイヤ様は教えてくれるかもしれない』
そういうとソフィーの肩に乗った精霊神はふわりと宙に浮いたかと思うと姿を消す。
神界に旅立ったようだ。
名工ハバラクが動揺して精霊神のいた場所を見たままになっている。
ヘルミオスから精霊神が何なのかという話を聞いている。
「そうか。神と共にある者たちだったか。昨日はすまねえことをしたな。そうだな、これはドワーフの問題であったのに、お前らのせいにしてしまったな」
「いえ。大丈夫ですよ」
改めて昨日胸倉を掴んだことをアレンは謝罪された。
それだけ、絶望して何もかもが見えなくなっていたのだろうとアレンは思う。
それから1時間経過する。
アレンたちは状況が状況だけに、じっと待つことにする。
何杯目か分からなくなったお茶を口に含む。
そしてさらに1時間経ったときに精霊神が姿を現した。
「どうでしたか? 精霊神様」
『うん。ああ。うん』
その表情に一切の元気がない。
姿はモモンガであるが絶望すら感じさせられる。
「精霊神様?」
ソフィーがとても心配そうに精霊神を見る。
『ソフィアローネ』
「はい」
『これから話をする前に、1つだけ約束することがあるよ』
「はい。精霊神様」
真っ直ぐ精霊神を見つめ、どんな言葉も受け入れますとソフィーは返事をする。
『精霊神である僕は何よりもエルフのためにある。かつての祈りの巫女との盟約に基づき、この存在の全てをエルフのために使うと約束する。だから心配しないでほしいよ』
「え、な、なぜ?」
何故、そんなことを言うのかとソフィーは言いたかったが言えなかった。
どれだけの覚悟があれば、神となった身でありながら、そんなことが言えるのかという話だ。
「「「……」」」
皆の視線が集まり、皆が皆固唾をのんでいる。
『状況は思った以上に深刻なようだ。このままじゃ、世界は何年もしないうちに滅びるよ。はは』
精霊神ローゼンは、世界が滅びると口にした。
精霊神の笑い声はいつもよりずっと乾いているようにアレンには聞こえたのであった。





