第246話 来店①
「お、おい。睨むなよ。いいじゃねえか。全部揃ったんだからよ」
「いや、別に睨んでないし」
アレンに強烈に睨まれ、キールは戸惑いを隠せない。
「良かったじゃない。メルル。これで全部揃ったのよね?」
「う、うん」
セシルがアレンとキールのやり取りを無視してメルルに声をかけると、メルルは気まずそうに返事をした。そのタイミングで隠しキューブがすっと消える。
アレンたちは、3階層の岩山の中の大穴にいる。
あれから20日ほど、岩山の中にいる魔獣、宝箱、隠しキューブを探す日々が続いた。
本体用石板は頭、体、右手、左手、足に分かれているのだが、最後の1つの右手がずっと出なかった。
宝箱や隠しキューブから出る石板を探し続けたが、他の部分が被ってしまい揃わなかった。
中々揃わない中、ずっとアレンが隠しキューブに話しかけ取引をしていた。
キールが俺もやりたいというので、じゃあと代わってあげたら現在のような状況になった。
(くそー。いっつもこうだ。俺がやるといつも装備集めに時間がかかる)
前世の記憶をたどっても、今回のように装備を揃えたり、強い武器を作るのに運の要素が絡むと時間がかかっていたような気がする。
「本体が揃ったけど、どうしましょう? ヘルミオス様を待たせる訳にもいきませんし…」
凹むアレンの気分を変えようと、ソフィーがこれからの話をする。
これからヘルミオスと会う予定だ。
今はダンジョンに入り始めて20日ほどなのだが、ヘルミオスが戦勝を祝したギアムート帝国での行事が終わったので、このS級ダンジョンにやってくると聞いている。
戦勝と聞いて、あれからもう2ヵ月ほど経っているのだなとアレンは思う。
20日間ずっとこの3階層にいたわけではない。
アレンは5日に一度冒険者ギルドで金貨1000枚分のDランクの魔石10万個の取引をする。
また、ダンジョンで手に入れたヒヒイロカネやミスリルの武器や防具も不要なので売却しなくてはいけない。
アレンの魔導書は大きな物は入らないので、宝箱の中身の一部が荷物になっていく。
魔石を手に入れたら、その後高速召喚を使って魔力の種にする時間も必要だ。
そういう荷物の整理や冒険者ギルドでの取引などの時間や仲間たちの休息も兼ねて、ダンジョンに籠るのは5日のうち3日半にした。3泊4日のダンジョン生活で、残り1日半は休みだ。
仲間達は、アレンが自室に設けた、家庭菜園に近い広さの鉢で作る魔力の種を集めるのを手伝ってくれたり、皆思い思いにS級ダンジョン1階層の街で過ごしたりしている。
夜はメルルがどうしてもお酒を飲みたいというので、近所のレストランに出掛けるようにしている。
砂漠で3日間歩き回った後、水のように久々の酒を飲むメルルを見ると、ドワーフはお酒が無くなると死んでしまうのかとアレンたちは戸惑いを隠せない。
なお、アレンの収納にもメルル用に瓶のお酒を入れているのだが、基本的にダンジョン内は禁酒だ。
ダンジョンにいる以上廃ゲーマーとして活動してもらうことになる。
お酒を飲むゲーマーはアレンの中ではいないことになっている。
「そうだな。そろそろ昼になるな。今日はこの辺にしてゴーレムの検証は次にダンジョンに入ったときにするか。メルルもそれでいいか?」
「うん! もちろんだよ!! 皆ありがとう……」
「ちょ!? 泣くなよ」
「メルル大丈夫? お腹空いたの? 私も、って、ふぎゅ!?」
(おい、クレナ。お! 本体全ての石板をはめたら幾何学的な文字が光り出したな)
とうとうと言っても20日程度でアイアンゴーレムの本体部分を全て揃えることができたのだが、あまりに嬉しかったようだ。
メルルが本体用石板を全て埋めた魔導盤を握りしめ泣き出してしまった。
小学生の頃のラジオ体操のスタンプカードのように首からかけた魔導盤が、メルルの手に反応する。
魔導盤には幾何学な文字が浮き出ていて今にもゴーレムが出てきそうだ。
そんな感動のシーンを昼になり空腹になったクレナが台無しにする。
クレナをほっぺたにぎにぎの刑に処したアレンは、大穴を出て階層中央の広場から1階層に移動する。
「すぐに冒険者ギルドに寄らないの?」
神殿から出て直ぐの冒険者ギルドではなく拠点を目指すアレンに、セシルがヘルミオスとの待ち合わせ先の冒険者ギルドに行かないのかと問う。
「いや、今回宝箱から結構出たんで荷物を置いてから行こう」
宝箱から出たアダマンタイトの弓を握りしめアレンは答える。
歩いて10分もすれば、いつもの拠点だ。
ダンジョンの宝箱で手に入れた武器や防具を持って拠点に移動する。
「やあ、今ダンジョンの帰り? 遅かったね」
「ん? えっと? あれれ? これはどういうことでしょう?」
(ありのままに今起きていることを話すぜ。今日昼ごろ冒険者ギルドで落ち合おうって勇者と話をしていたんだ。せっかく同じダンジョンを攻略するんだからってそんな感じだ。そしたら、何故か俺らの拠点に勇者が大量の荷物を運んでいるんだ)
ドワーフの業者を雇ったのか、大量の荷物が拠点の中に運ばれていく。
「ねえ? もしかして、これって許可とってないんじゃないの?」
「いや、まあ。シルビア。驚かせようと思って」
アレンやその仲間たちの様子にヘルミオスの仲間で剣聖のシルビアが気付いた。
「えっと、ヘルミオスさんもこの拠点を使うってことですか?」
「うん。僕がじゃなくて、僕のパーティー『セイクリッド』もって感じかな。駄目かな?」
(なるほど、しっかり施錠もしてたんだが。っていうか、ドベルグさんもいるし)
斥候役らしき、薄着でへその見える女盗賊に視線が行く。
どうやら、この女盗賊が拠点の鍵を何らかのスキルで解錠したようだ。
そして、剣聖ドベルグを含めた明らかに実力者と思われる10人近いヘルミオスの仲間たちが、ヘルミオスとアレンのやり取りを見つめている。
どこか罪悪感がある表情をしているのは、きっとヘルミオスの悪乗りに付き合わされたからだろう。この表情はこれが1度や2度ではないことを表しているような気がしてならない。
「なるほど、荷物運びは彼らにお任せしまして、今後の話をしますか?」
(家賃多めに払わせるとしよう)
アレンは今更拠点から出ていけとは言わない。
引っ越し業者と思われるドワーフと、ヘルミオスの配下と思われる使用人たちにここは任せて、どこか落ち着いたところで話をしようと言う。
アレンも腹が減って飯が食いたいと思っている。
「いいね。お勧めの店を紹介するよ。皆も一緒に行くよ」
ヘルミオスが大通り沿いにあるお勧めの店を紹介してくれると言う。
ヘルミオスの仲間たちにも行くよとヘルミオスが声を掛けた。
アレンもこういう状況だからと仲間たちに話をして、拠点の地下倉庫に荷物を置いて店に行くことにする。
「ほら、ここだよ。ここ」
「おお! やったぁ!!」
ヘルミオスが店を指さすと、メルルが両の拳を胸の前で握りしめ感動の声を上げる。
魔導盤の石板が全部そろったときより反応がいいのは気のせいか。
ここはお酒が美味しいらしく、いつ来てもドワーフたちが酒盛りをしている。
拠点近くの大通り沿いにあるということもあり、ここを通ると何らかの強力な磁力が働いているのか、メルルがへばりついて動かなくなる。
「こちらですね」
(いや、結構利用した店だな)
初めてきた感じも、何度も来た感じも出さない大人の表情でアレンも店の中に入って行く。
「いらっしゃい!!」
店の扉を開けるとお店の店主が大きな声で迎えの挨拶をしてくれる。
(今日もドワーフがたくさんいるな。まあ、ここで酒を飲めるってだけでダンジョンを攻略するエリート集団なわけで。あ、またガララ提督がいるのか)
配下と思われるドワーフにテーブルの上でコブラツイストをする海賊帽子を被ったガララ提督が嫌でも目に付く。
この店は神殿に近く、S級ダンジョンに通う冒険者が多く利用している。
一度に金貨100枚どころか1000枚を超えるお宝を手に入れることができる実力のある冒険者が、この街には大勢いる。
なお、S級ダンジョン1階層の街の外周部分には、この試練の塔の周りのC級からA級までのダンジョンを攻略する冒険者がかなり多くいる。
アレンが、ガララ提督の存在に気付く。
ガララ提督もダンジョンに行かない日はここで、20人近いドワーフたちと酒盛りをして盛り上がっている。
「お、おい、あの黒髪じゃないのか?」
「ああ、たぶんそうだ」
「ゼウ様に連絡しに行くぞ」
「ああ」
(ん? 何だ?)
アレンがガララ提督に気付いたのと同時に入口付近で酒を飲んでいた2人組の獣人が、アレンに気付いたようだ。
ひそひそと話をした後、会計を済ませて店を出て行く。
「あれ? ガララ提督じゃないですか?」
アレンとヘルミオスとその仲間たちが案内された席に座った後、ヘルミオスが騒いでいる集団にいるガララ提督に気付いた。
「あん? おお、中央大陸の英雄様じゃねえか。おい、おめえら、ちょっと挨拶するぞ」
そういうとテーブルから飛び降り、木のジョッキを握りしめたガララ提督が数人のドワーフを引き連れ、人相悪く近づいてくるのであった。